第86話帝都決戦 Ⅵ


帝国闘技場。

阿鼻叫喚が巻き起こる帝国内において、この空間には悲鳴が聞こえなかった。

響くのは、両勇者の固有武装『ジャポニカ』と『シャルマハト』が火花を散らす金属音。


「はん!!んなもんかよォ!!王国勇者ぁぁぁぁぁあ!!」


九図ヶ原の周囲に浮遊する六つの球状の物体。

彼の固有武装である『シャルマハト』はその能力を鎌瀬山はまだ見抜いていない。


模擬戦当時、鎌瀬山の固有武装『ジャポニカ』を無数に分裂したそれ等が地面に縫い付け、鎌瀬山の手にジャポニカを呼び戻せなくなる事だけは確認した。


恐らく、捉えたものを無力化させる能力な事であろうと推測はついているが、確信には至らない。


「ちッ」


鎌瀬山は『空間移動』ジャポニカを用いて襲来するシャルマハトを弾く。

いつシャルマハトの形態が変化、または分裂してジャポニカを捕えるのかはわからない為、意識を向けながら弾く。

事実、攻撃をジャポニカ主体で行っている、否、それでしか行えない鎌瀬山はジャポニカが封殺された時点で勝ち目はない。


加えて、九図ヶ原本人の猛攻。


勇者随一の近接戦闘に特化した九図ヶ原の拳は、その一撃一撃がとてつもなく重い。

まともに喰らえば、その時点でかなりのダメージを負うことは間違いない。


「弱腰逃げ腰の雑魚が!!」


「当たらねえなら意味ないんだよ脳筋が!!」


「まずは当ててから言えや雑魚勇者」


九図ヶ原の猛攻を紙一重で避けながら鎌瀬山はジャポニカを振るうが、読まれていたとばかりに躱される。


九図ヶ原の限外能力である『感覚境界』によって、広げられた空間内の事象は全て目で見るよりも先に脳に情報として入ってくる。

常人では到達しえない先見。

それは極端に言うならば、数瞬先の未来を視ていることに等しい。


攻撃を全て見切られ、反撃を何とかジャポニカで防ぎながら九図ヶ原から距離をとる。


近接戦に特化し、こと限外能力、固有武装を加味しない近接格闘においては勇者最強を誇る九図ヶ原に近接戦を挑むのは愚の骨頂だ。

ジャポニカを数度振るい斬撃を生み出し、『空間移動』によって歪んだ空間へと斬撃は消える。


数瞬後、九図ヶ原の周囲には同じく空間の歪みが現れ無数の斬撃が四方八方から襲い掛かる。


「いやさァ。てめぇの攻めってワンパターンでつまんねェんだよ。ンな弱さでオレに届くと思ってんのか?思ってるんだとしたら哀れだわ」


九図ヶ原の周囲で無数の金属音が鳴り響く。

その斬撃の牢獄を、九図ヶ原はシャルマハトを用いて全てを防ぐ。


そして。


「もうすこーしなんかあんじゃねェかと思って遊んでみたが期待はずれだわ。こりゃ東京タロウに期待するしかねェか」


つまらなそうに、九図ヶ原は呟いて。

九図ヶ原はその全身全霊を持って、踏み込んだ。


「あ?」 


凄まじい地響きの後に音が消えた。

鎌瀬山の視界から、そこに居たはずの九図ヶ原が消えた


「がはッ……」


瞬間。

咄嗟にガードした……否、たまたまジャポニカの柄が腹部付近に来るように動かしただけだった。

それでも直撃を免れ、余りにも暴力的に超人的な速さで突っ込んできた九図ヶ原戒能の拳の衝撃はジャポニカを通じて鎌瀬山の全身に行き渡る。


全身を岩で殴打されるような痛み。

鎌瀬山は衝撃に吹き飛び闘技場の壁へと激突した。


「運がいいじゃねェかよ。いやァ。運だけかァ?」


九図ヶ原戒能は嘲笑う。

地面に這いつくばり、あまりの痛みに起き上がる事すらままならない目の前の弱い同郷の者を見て。


「そー悲観すんなよ。生まれ持った才能ッてのがあんだ。てめェに無くてオレにはあった。ただよォ、てめェは無さ過ぎたけどなァ」


一歩一歩、九図ヶ原戒能は近づく。

九図ヶ原戒能が本気を出せば、鎌瀬山には感知することの出来ない速さで最高の威力の一撃をいつでも打ち込むことが出来る。


鎌瀬山が弱いわけではない。

九図ヶ原戒能が近距離を最も得意とするように、鎌瀬山はどちらかというと遠距離型勇者だ。


遠距離戦のみにおいては鎌瀬山は英雄王すら凌ぐ。

けれども、これは一対一の、近距離戦だ。

鎌瀬山に勝ち目は薄い。


「てめェと呂利根と芽愛兎。まァ、今用意できんのがここらが限界か。こっちが終われば東京太郎に英雄王、不動、洲桃ヶ浦、幼女……まァ、選り取りみどりッてか」


九図ヶ原は勇者の名前を呟く。

その言葉の意味を鎌瀬山は知らない。

しかし、その言葉が仲間たちに対して害をもたらそうとしていることだけは、感じ取れた。


九図ヶ原が一歩踏み出す。


「いや、てめェオレの能力まだ理解できてねェのかよ。オレに奇襲なんざ効かねえんだよ」


九図ヶ原は振り向き飛翔してきた剣をシャルマハトで防ぐ。

鎌瀬山が第四騎士団長から譲り受け、帝国を託された剣。


奥の手として隠していた剣ではあるが、イマ、鎌瀬山は何もしていない。

しかし、まるで意思を持っているかのように鎌瀬山の危機に動き、自ら攻撃を仕掛けた。


しかし、九図ヶ原に奇襲の類が効くことは無い。

限外能力を発動している限り、九図ヶ原には死角はない。

シャルマハトに吹き飛ばされて、雷剣ヴァジュラの刀身は砕け、地面に無残に散らばった。


無残な魔剣を鼻で笑う。

人族の中では最高峰の部類の武器でもこんなものか、と。


九図ヶ原戒能は一人で完成された勇者だ。

九図ヶ原の身体が間に合わない攻撃だろうと、其れは固有武装であるシャルマハトによって防がれる。


不動青雲が存在しなければ、その存在は帝国最強。


「魔剣かァ。固有武装があるオレ等にゃ意味ねぇ筈のガラクタでしかねェんだが……あーあ、こんなんが奥の手とか……てめェさァ」


九図ヶ原は鎌瀬山を蹴飛ばした。

全身に行き渡った九図ヶ原の全力の一撃は、直撃こそ免れたがまだ全身を痺れさせている。

無様に蹴られ、鎌瀬山は転がる。


「何を思ってオレに勝てると思ってたんだ?あァ?あの頃から少しマシになっちゃいるけどよォ、雑魚には変わりねェよ」


嘲笑から、既に哀れみにその瞳は変わっていた。

鎌瀬山ははそれを全身に受けながら、震える身体を抑えて立ち上がる。


「……んなもんねえよ」


「あァ?」


「俺以外お前の相手を出来る奴が俺ら革命軍の中にはいねえんだ。俺がてめえとやるしかねえだろうがよ」


鎌瀬山は言い放つ。

鎌瀬山自身、自分が九図ヶ原に勝てる可能性がどのくらいあるかなど、わかっている。

勝ち目が薄く、下手したら勝負の土俵にすら上がれないことも。


そして、結果がこれだ。


少しは成長した。

それは自分でもわかる。

あの浮ついていた一か月前を振り返ってみれば、この期間でどれほど自分が成長したのかなんて嫌な程わかる。


けれども、九図ヶ原には届かなかった。


勇者として召喚された期間の誤差。

3週間のビハインドはあまりにも多くの差を鎌瀬山と九図ヶ原に与えていた。

そもそも、二人では勇者としてのタイプが違う。


九図ヶ原は召喚された時点で既に完成された早熟な勇者。

対して鎌瀬山は、成長を必要とする勇者だ。


元の世界においても社会の表を歩いて来た鎌瀬山と、犯罪の限りを尽くし日常とはかけ離れた日々を経験していた二人では。

心の在りようがそのまま強さに起因しがちなこの世界において差が生まれるのは明白だ。


長い目で見れば、鎌瀬山はいつか九図ヶ原を追い越す。


しかし、現状は鎌瀬山にその猶予を待たせるような状況ではない。


自分以外、九図ヶ原の相手をできる者がいないのだから、勝てないことがわかっていても自分がやるしかない。


……頭に浮かぶくそったれな勇者を、鎌瀬山は不愉快に思う。


「俺は時間稼ぎが主だ。あのくそったれがなんで参戦してねえのか俺にはわかんねえが、あいつの気が向くまでは俺がお前を止めてるしかねえんだよ!!」


鎌瀬山はジャポニカを再び強く構え、駆けだす。


自分が負けることが分かっていようと、自分達が負けることはない。

東京太郎の気が向くまで、自分が目の前の最強を相手にしていれば自分達が勝てるなら安いものだ。


「あァ、そうか」


九図ヶ原の表情は歪む。

それは先ほどまでの戦闘に喜びを得る笑みではない。


「時間稼ぎか。いいねェ。オレもしたいところだったんだよなァ」


まるで玩具を見つけた子供のような、歪な笑み。


瞬間。

何もなかった筈の空に、大勢の人が『転移』してきた。


比喩でも揶揄でもなく。

集団転移。


その中には、鎌瀬山の見知った顔も……彼が研究所で救ったはずの子供達も含まれていた。

彼等は遠くの市街地へと落ちていく。しかし、皆意識はあるようで時計塔の上など、安全な場所に降りたったのが数人見え、他の子ども達の心配もいらなそうだと、鎌瀬山の不安を取り除く。


その中で。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁl!」


鎌瀬山と九図ヶ原の上空に一人の少女が落ちてくる。

その深紅の長髪と深紅の瞳。


「ニーナ……ニーナぁぁ!!」


その姿はニーナ。


鎌瀬山は、すべてを放り出して。

目の前の九図ヶ原すらも視界から捨てて。一目散に彼女を救うために駆け出して。


「あァ、良かった。大切なモンならよォ。ちゃァんと注文したんだぜ。あいつがここに堕ちるようによォ」


九図ヶ原の声が耳のすぐ近くで聞こえた。


冷静さを失い、ただ心の思うがままに行動してしまった。

失敗した、と鎌瀬山の脳裏に浮かぶと同時に、酷い鈍痛が頭に響く。

上から殴りつけられ、地面に激突する。


「が、ァ……」


「なァんでてめェはオレを無視できると思ったんだァ?」


九図ヶ原の声は遠く聞こえ、次に聞こえたのは。


「いやあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!離して!!カナリさん!!」


ニーナの悲鳴と自分に向けられた助けを求める声。


慌てて顔を上げ、視界に入ってくるのは。

九図ヶ原に掴まれ、捕まってジタバタと暴れるニーナ。


「てめえ……ニーナを放せ……」


再び、鎌瀬山は立ち上がろうとするが、頭を思いっきり殴りつけられたせいか視界が揺れ平衡感覚が掴めず立ち上がれない。

九図ヶ原はそんな鎌瀬山を笑う。

歓喜に満ちたように、玩具で遊ぶ子供のように。


「オレァよォ」


そして呟く。


「人の大切なもん壊すのが狂おしい程好きなんだ。壊されて、その絶望した顔がよォ。あァ……最高なんだ」


揺れる視界で、気が付けばシャルマハトが自分の手足を拘束していた。

限外能力も固有武装を発動しようとするも、その感覚自体が鎌瀬山から消えていた。


「シャルマハトに拘束されたものは全ての力の行使が出来なくなんだよ。前回一回見せただろうが、忘れたのかよ」


以前、シャルマハトに捕まったジャポニカが身動きが取れなかったことを鎌瀬山は思い出し。

同時に、自分も同様に拘束され身動きが取れない状況に、なんとか脱出しようともがくが其れは意味を成さず九図ヶ原を憎悪に満ちた視線で睨みつけることしかできない。


イカれた顔で、その手をでニーナの服を破く。

九図ヶ原には呂利根のように幼女嗜好があるわけでもない。


目当てはその服の向こう。

左胸で淡い光を灯す魔石だ。


「乳児から体に魔核を埋め込んだ実験体。あァ、発想自体はおもしれェが、時間がかかりすぎんのが難点だよなァ。そんで、強さがAランク冒険者ぐらいしかねェなんて。居てもいなくても変わんねェだろ」


淡々と呟く九図ヶ原に捉えられたニーナはその瞳に涙を蓄えながら、震えていた。


「あ……ぁ……」


目の前の存在が邪悪な存在で、それと鎌瀬山が闘っていたことを理解して。

そして、自分のせいで鎌瀬山がピンチに陥ってしまったのだと思考する。


自分がこの場に落ちてきてしまった事で、自分を助けようとしてくれた鎌瀬山に隙が生じてピンチにさせてしまったのだと。

鎌瀬山が元から劣勢だったことはニーナには知る術はないし、自分が捉えられてこの状況になっているのなら、自分のせいで劣勢になってしまったのだと理解するのは不思議な事でなはい。


自分の存在が、大好きで尊敬する勇者様の邪魔をしてしまった事にショックを受けていたと同時に、身に迫る死の恐怖に、身体は震え、言葉は出ない。


「呂利根がいりゃあ、こんなのアイツの大好物だろうから目の前で犯させて反応を楽しんだんだが……流石にオレにはんな趣味はねェからなァ。あァ、残念だ。だが、まァ……」


ニーナの胸。

心臓代わりの赤い魔石を見ながら、九図ヶ原はニタァと笑う。


「おい……やめろ」


その視線が何を意味するのかに気づいた鎌瀬山の顔は真っ青になる。


その視線が、その笑みが、何を意味しているかなんて。


「あァ……気づいちまったかァ?オレの知的好奇心に満ちた子供心によォ。これとっちまったら実験体ってどうなっちまうのかなァって」


「やめろ……やめてくれぇええええぇぇぇぇえええ!!」


「ぎゃはははははははあははははははははははは!!あァ、良いねェ、その表情。てめェ今最高の表情してんぜェ?」


九図ヶ原の笑い声は響き渡り、その雑音の中で。






「カナリさん、ごめんなさい」





聞こえた。

それはニーナの声だ。

ニーナが最後に震える身体を振り絞って出した声。

その涙に溢れた瞳で、鎌瀬山を視界に捉えて、呟いていた。


何が、何を、何故自分は謝られているのか。

わからない。わからない。わからない。わからない。





「じゃァなァ。てめェを守る事すら出来ねェ雑魚勇者を恨めよなァガキ。あひゃははははははははははあ!!」




九図ヶ原の手に握られていたのは血に濡れた魔石。

鮮血が舞っていた。

その小さな身体から。噴水のように噴き出して。

ニーナの身体を赤く染め、ニーナの瞳は濁り。


鎌瀬山を見るその瞳からは、血が混ざった一粒の涙が頬を伝った。







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