第84話帝都決戦 Ⅳ
轟音と振動が帝国内に響き渡る。
帝国中に散らばり、ヴィジョンズとの掃討を続ける革命軍及び現帝国を放棄した騎士団の面々はその衝撃に目を向ける。
そして目を見開く。
帝都の一角。
そこには、巨大な八つ首の龍が鎮座する光景。
その身は淡い炎が揺らめき、幻想種の特徴が一目でわかった。
あぁ、と。
騎士団は納得した。
ここ最近の皇帝の暴挙。
その全ての答えが、視界の龍にあるのだと。
公国が今現在、竜族からの侵攻がある様に、帝国もまた幻想種からの侵攻を受けていたのだと。
そして、その侵攻には帝国勇者も関与していたのではないか、と。
人族の希望が人族を裏切り、魔族側に立つなど、今までの歴史の中でも聞いたことがない。
人々は絶望し、悲観する。
王国勇者の鎌瀬山も闘ってくれてはいるが、東京タロウはこちらに向かっているらしいが消息は掴めず。
帝国勇者で唯一の味方である音ノ坂芽愛兎が戦闘に秀でてないことは知っている。
鎌瀬山釜鳴は現在九図ヶ原と戦闘中だ。
SSランク冒険者も帝国には不在。
皇帝たちは人族を見捨てた。
あの龍を止められる者は誰もいない……。
そう、帝都の民の誰もが思った刹那。
八つ首の龍の首の内一つが、黒点に切り裂かれ捕食された。
同じ黒点は次第にいくつも空中に展開し、その内の一つに、遠くの者はわからないが、比較的近くにいた者は気付いた。
そして、一言、言葉を漏らす。
「勇者芽愛兎様が闘ってくださっている……ッ」
血に濡れたマフラー、血に染まった金色の髪。
黒い刀と宙に浮かぶ無数の黒い大剣を操りながら、八つ首の龍と互角以上に戦う少女。
確かに、その姿は芽愛兎だった。
その呟きは瞬くまに言伝で広がっていき、人々は希望を取り戻し、願い、力を取り戻す。
絶望を払拭し、希望を導く。
最弱の勇者だった。
けれどもその勇者は自分たちの為に、必死に戦ってくれていると。
芽愛兎の姿に、誰もが力を分け与えられ、一度離した武器を手にとる。
もっと、手に持つ武具に力を加える。
人々を導く希望の存在。
確かに、この瞬間。最後に咲き誇った刹那。
音ノ坂芽愛兎は、『勇者』に成れた。
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『暴食』は変質した。
既に、太郎の扱う『暴食』とはその能力は完全に乖離していた。
芽愛兎の持つ固有武装『写鏡円果』。
それは、相手の武具を写しとり解析する固有武装。
そこに概念能力の『無貌の幻身』を用いることにより、芽愛兎の身体の一部の概念の元固有武装を変化させることで写し取った固有武装の能力を模倣できる合わせ技。
故に、その固有武装は芽愛兎に最適な形に一部変形されながら模倣される。
しかし、『暴食』は変質されない。
並大抵の固有武装とは違う異質。
むしろ、芽愛兎という存在自体を取り込み段々本来の『暴食』から乖離して行っていた。
事実、芽愛兎の実力だけで見るならばこの戦闘初期とは見違える程に実力は上がり、それは目の前のネームレスを圧倒する。
喰真涯健也の器から溢れ出、八つ首の龍となったネームレスは強さが衰えていることはない。
むしろ、この姿になったことで元の幻想種のダレかの姿により近く構成され喰真涯健也の器よりも格段に上がっている筈だ。
なのに。
「何故……何故貴様が!!」
「何故?そんなのボクが勇者だからに決まっているのですよ、君という悪を倒す、勇者として当然のことなのですよ」
空中には無数の『暴食』の大剣。
それらが息つく間もなく、八つ首の龍に襲い掛かる。
それえらの一部を第一の首から吐く『暴食』に侵食されない『この世にない量子』のブレスで弾き飛ばし。
第二の首の持つ見たモノの時を止める能力で止め。
第三の首の持つ透過能力で身体の一部を透けさせて避ける。
けれども物質量が多すぎる。
その一つ一つが必殺である『暴食』の大剣。
触れたモノを必ず食い破るその存在に、
ネームレスは解決策を見いだせない。
術者である芽愛兎は上空の『暴食』の足場に立ちながら、攻撃にまわる八つ首の龍の能力を躱し続ける。
明らかに芽愛兎の実力はこの世の群を抜く。
その身を犠牲にし、力を得た愚者は、崩壊と引き換えにこの世の強者のステージに枠を踏み入れる。
今の芽愛兎は魔王クラスの領域にまで足を踏み入れようとしていた。
「あぁ……」
ネームレスは芽愛兎を見る。
崩壊の兆しを見せるその身体。
侵食され、別の存在に置換されていくその存在。
そして、勇者として申し分ない実力を兼ね備えた、勇者らしい思考を未だ持った勇者の姿を見て、ネームレスが笑う。
要は、時間の問題だ。
その身を犠牲に力を得た勇者のタイムリミットに、自分が付き合う理由などないのだから。
力を吐き出させてしまえばいい。
「貴様を殺すことはオレには出来なそうだ。ならば、貴様が守るべき民を殺そう。『勇者』を殺そう」
瞬間、八つ首の内一つの首は膨張し破裂する。
その衝撃波は周囲を吹き飛ばすには申し分なく、芽愛兎はその襲い来る暴風を『暴食』の殻で受け流す。
暴風が過ぎ、殻を解いた先には、八つ首の龍がいない。
影が差す。
見上げた空には太陽を隠すように、遥か彼方、巨体のネームレスが飛翔する。
「帝国に災いを。滅びを。我らが魔王様の為に、その命を捧げよ……『裁きの選別』」
瞬間、ネームレスの身体には無数の瞳が表れ、生成されるは球状の光の量子。
高密度のエネルギーをもった其れは、徐々に巨大化し太陽のように帝国を明るく照らす。
それはさながら、第二の太陽。
「さぁ、どう防ぐ?音ノ坂芽愛兎!!」
初めて、ネームレスが芽愛兎の名前を呼ぶ。
強者として認め、名を呼ぶに価した。
ネームレスのその心の現れ。
ネームレスは太陽を落とした。
太陽が落ちてくる。
光り輝く、眩しく輝く其れは、瞬間破裂し高密度のエネルギーを誇った光の矢となって帝国全土に降り注ぐ。
その一撃だけで、おそらく帝国にいる殆どの生命は死を遂げるだろう。
その光の矢を防げる実力者は、この帝国内には数られるほどしかいない。
そのような広範囲高威力攻撃。
ネームレスは当然ながら、その反動で動きを制限されるのは言うまでもない。
身体は痺れ、動くこともままならない。
そんなネームレスならば、今の芽愛兎ならば『捌きの選別』をスルーし空へと『暴食』で駆け上がり、喰らわせその命を絶たせ、喰真涯を助けることが出来る。
しかし、芽愛兎はそれをすることはない。
喰真涯を助けるために奔走してきた芽愛兎は、その願いを一端隅に押しのけ『勇者』として、行動する。
「させないのですッ!!」
弱いままの芽愛兎ならばきっと前者を選んだだろう。
けれども強くなった芽愛兎には欲が出てしまった。『勇者』として民を守らなければ喰真涯に合わせる顔がないという、心が。
胸を張って褒めてもらえない、と、バカな心を芽生えさせてしまった。
喰真涯を取り戻す最後のチャンスを見逃した。
そのような猶予は、芽愛兎には残されていないというのに。
「散らばるのです『暴食』!!」
芽愛兎の指示で『暴食』は芽愛兎の背中から無数に吐き出され、それらは帝国全土へ散らばり『裁きの選別』と衝突する。
凄まじい轟音を響き渡らせ、結果、全ての『暴食』は『裁きの選別』を飲み込んだ。
帝国は守られ、『勇者』によって守られた生命は生存する。
「あっ……」
芽愛兎は言葉を零し、両ひざを地面に着いた。
『暴食』に侵食されていった身体。今、『裁きの選別』に対しての行為がその侵食を早めるのは言うまでも無く。
芽愛兎としての存在を保つ大切な何かが侵食された、と。
両ひざをつき、身体のどこも動かせず、ただ虚ろな瞳になる芽愛兎は思う。
否、思っていたかもわからない。
芽愛兎の思考は、知識は、知能は、その全てを侵食され、芽愛兎の心は空っぽになる。
音ノ坂芽愛兎の限界。
身に過ぎた力を扱い、その心は砕けた。
侵食され、冒涜され、侵された。
音ノ坂芽愛兎はまだ生きてはいる。けれども、精神は死を迎えた。
バラバラに崩された心は自力で戻すには不可能だ。
ただの人形として、芽愛兎は、敗北を迎える。
「助かった。貴様が『勇者』でな。感謝する音ノ坂芽愛兎」
首の内一つが芽愛兎に語る。
しかし、その言葉は芽愛兎には届かない。
「貴様は『勇者』だ。そして哀れな女だ。……オレの中で、貴様は会うといい。求めていた者にな」
ネームレスは一つの首を変色させる。
黒い竜の顎に……『偽りの偶像』に変化させたそれは芽愛兎を喰らう為に迫る。
「貴様の力は認めた。オレの糧と成れ音ノ坂芽愛兎」
芽愛兎は若干口角を上げて笑う。
聞こえていない筈なのに、感じていない筈なのに。
それでも。
『勇者』として強者に認められた。
最弱の勇者だった芽愛兎が憧れていたもう一つのもの。
その細やかな願いが叶ったことを、芽愛兎は感じる筈の無い壊れた心で感じ取り。
迫りくる『偽りの偶像』。
そして……。
芽愛兎はこのままであれば敗北してしまう。
この敗北が、芽愛兎にとってきっと一番楽な道だ。
心を侵食され、感情は消えた。
人形のように、芽愛兎の瞳は虚ろで、痛みや苦しみから解放され、一瞬で逝ける。
もう苦しまなくていい。
甘い誘惑が誘う。
身を委ねていいと、誰もが囁く。
それでも。
芽愛兎は、諦めきれない。
痛みと苦しみの呪いに永劫に蝕まれても、叶えたい願がある。
救いたい人が居る。
「ふざけるななのです……」
「なっ!?」
鼻先まで掠めた『偽りの偶像』は降り注ぐ無数の『暴食』の大剣により寸でのところで芽愛兎に辿りつかない。
ネームレスは、思わず驚愕の声を出す。
光を失い、身に過ぎた力の代償に、身を滅ぼした勇者が復活するなど。
『偽りの偶像』を引き戻し距離をとる。
ネームレスは直感で感じ取っていた。
今、目の前にいる芽愛兎は、今までで一番危険だと。
「『無謀の現心』『写鏡円果』……君たちはボクの力なのです。根性見せやがれなのですよ。余所者になんか負けるななのです」
死に体の芽愛兎は立ち上がる。
血だらけで、ボロボロで。
見るも無残に痛めつけられ、侵食された身体。
限界を迎えた身体と心を、芽愛兎は酷使する。
最後の無茶を、芽愛兎は、自分自身の全てに強いる。
「ボクは勝つ。負けばかりの人生だったボクが、ここまで来ているのです。もう少し付き合ってもらうのですよ……。だから、ボクに力を貸しやがれ『暴食』!!ボクの存在を全てくらい尽くす代わりに、ボクに最後まで動かせるのです!!君はボクに勝利をもたらせない程、矮小な存在だとでも言うのですか!!」
芽愛兎の声に応じるように、『暴食』の黒点は芽愛兎の右手に集まる。
しかし、それだけだ。
それでも。
芽愛兎は駆ける。
そのボロボロの脚は、今にも崩れそうで。
そのボロボロの身体は、今にも崩れそうで。
それでも瞳だけは、希望を見据えて、前を向く。
「はっ!!死に体の悪あがきが!!貴様は……ッ」
ネームレスは駆ける芽愛兎を掻き消そうと動こうとした、瞬間。
大量の『暴食』の大剣は降り注ぎ、身動きを完全に封じられた。
これは芽愛兎の『暴食』ではない……では。
「なんだ……」
ネームレスは視線を、向けた。
この大剣を放ったであろう、芽愛兎の背後にいつの間にか存在していた黒点が凝縮されて出来たであろう少女のシルエットをした黒い存在を。
その黒い少女は笑う。
「なんだ貴様はッ!!」
ネームレスは吠える。
しかし、その身体を動かすことは出来ない。
芽愛兎よりも強力な其れは、おそらくオリジナル。
オリジナルの『暴食』に、ネームレスは瞬時に対抗手段を用いることが出来ず。
それでもかろうじて。
「グルアぁぁぁぁぁぁアアァァァァァァ」
一つの首が伸び蛇のようにして芽愛兎に襲い掛かる。
牙をむき出しにし、殺意を持って芽愛兎の現前へと迫る。
それを『暴食』の少女は防ごうともしない。
大剣の雨が降るわけでもなく黒点が広がるわけでもない。
否、『暴食』の少女が予備として後ろに現界させていた『暴食』の大剣はネームレスの9つある首の一つの眼によって時を止められ動かす事が出来なかった。
同時に、もう一つの眼による空間の固定により、『暴食』の少女自体の動きも止められ、芽愛兎への掩護は出来ない。
けれども、『暴食』の少女に焦った様子は見受けられない。
『暴食』の少女は視界の隅に映った女性を見て声を出さずに口を動かす。
『一つ譲ってあげる』、と。
その視界の先には、ナスネがいた。
芽愛兎に足手纏いと言われ、一度は離れたナスネ。
足手まといと言われようとも……芽愛兎のことが気にかかり再び戦場に足を運んだナスネは。
戦闘では足手まといにしかならない自分に出来る事を考え、そして、そのチャンスまで身を潜めていた。
そして、今、ナスネだけが芽愛兎を救うことが出来る。
「纏え、集え、我が名の下に、奇跡を承認する。第八式武装『神死の槍』」
勇者クラスの、固有武装クラスの絶対の一撃。
詠唱と共に、ナスネの身体は光り輝き、薙刀を構え駆ける。
それは一つの巨大な槍。
ナスネそのものが槍と化し、芽愛兎に迫りくる首に横ばいから衝突した。
「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ」
「ぐぅ!!」
ネームレスが痛みに叫び、瞬間、首は木っ端みじんに吹き飛んだ。
ナスネも衝撃で後方に弾き飛ばされ、その手に持っていた薙刀の穂先は砕けていた。
「ありがとうなのです、ナスネ」
芽愛兎は右手を正面に向け、衝撃をやり過ごし。
ボロボロの身体で駆ける芽愛兎は
「捉えたのですよ。ネームレス!!……ボクは君に勝つ。喰らえ『暴食』ぅぅぅぅぅう!!」
その右手でネームレスに触れた。
瞬間。
芽愛兎の声に呼応するように。
背中からは『暴食』が噴き出て、瞬く間に芽愛兎とネームレスを球状に囲い捕食した。
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