第83話帝都決戦 Ⅲ


数日前。

帝国革命。

その勇者同士の第一戦。

革命軍後方軍キャンプ地でのヴィジョンズ達の襲撃。


喰真涯と芽愛兎の邂逅。


完膚なきまでに叩きのめされ、打ち捨てられ、死の直前まで追い詰められた。

いくつの毒を注ぎ込まれたのかわからない。

けれども、とても辛かったのだけは覚えている。


悲しくて、苦しくて、何よりも情けなかった。


そんな最中、芽愛兎は自分の中の毒を喰らう存在を感じた。

徐々に、痛みも苦しみも引いて行って。


段々と鮮明になっていく意識の中。

けれども身体のどこも動かせない。

それでも、芽愛兎は心の中で、きっと見たのだろう。


最弱の勇者は、力を求めた。

自分には無い。

自分では得ることの出来ない。

誰よりも強く、そして、最愛の人を救える力を。


だから、芽愛兎は視た。

だから、芽愛兎は写した。


鏡に、己に。


『写鏡円果』に。


自分の中を駆け巡る、圧倒的な力を。


だから、『暴食』を、芽愛兎はその身に写した。


力を求め、禁忌に手を伸ばす。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ボクは、君を救う。きっと君を救ってみせる!!」


そう告げる芽愛兎の右腕は『暴食』の黒点に完全に侵食されていた。

芽愛兎の全てを喰らうようにそこに存在する。


事実。

芽愛兎は自らを喰らわせ、その代わりに『暴食』に力を貸してもらっている状態だ。


『暴食』


それは、東京タロウのように自由自在に扱えるものではない。

芽愛兎には器が小さ過ぎるし、何よりも資格がない。


悪の体現者イビルエンヴィー』という『七つの原罪』を統べる資格が。


例え、遥かにで再現された『暴食』とはいえ、芽愛兎如きが扱えるほど簡単な力ではない。


芽愛兎の固有武装である『写鏡円果』。


言うなればこれは、下位互換を創り出す固有武装だ。


洲桃ヶ浦蜜柑の限外能力『同型模写』のように、常に三つのストックを好きなように管理できるものではなく。

タロウの『嫉妬』のように、まったくの劣化無しで完全模倣できる力でもない。


最後に鏡に写した固有武装にしかその姿を模倣できない。

若干の劣化を伴い、オリジナルには絶対に勝つことの出来ない下位互換しか作り出せない。


固有武装をその身に顕現させようとも、音ノ坂芽愛兎は勇者最弱であることは言うまでもないだろう。


現に、今芽愛兎が模倣している『暴食』は。


東京タロウのオリジナルの持つ力の100分の1以下にも満たない。

芽愛兎のキャパシティーでは、その力の100分の1以下を模倣するのがやっとだった。


それ以上を仮に模倣してしまえば、芽愛兎の存在は、発動と同時に弾け飛んでいただろう。


「うらぁ!!」


それほどまでに強力な力の一端を手に、芽愛兎は『暴食』を纏った拳を繰り出す。

その軌道は素人同然の、それこそ勇者としてのスペックが追い付いただけの、ただの女子高生のパンチ。


「ソレが如何に、強力だとシテも。アタラナケレバいい」


その拳を喰真涯が容易に避けられるのは言うまでもない。

拳を避け、芽愛兎の腹に蹴りを打ち込む。


「うぐぅ!!」


芽愛兎は苦痛の声を吐き出し……笑う。


喰真涯の蹴りは、それこそ、勇者であっても吹き飛ばされ転げまわるほどに強力な威力。

しかし、繰り出した蹴りは、芽愛兎の腹に吸収されるように、押し留まった。


「喰らうのですよ『暴食』!!」


芽愛兎の声とともに、芽愛兎の腹部の服の裏に存在していた『暴食』は服を破き去り瞬く間に喰真涯の右足を覆う。


ぐしゃり。


喰真涯の右足からは歪な音が響き渡り、『暴食』がその猛威を振るう。


「ソレは右腕ダケではナイか」


しかし、喰真涯の表情が曇ることは無い。


顕現させるは刀。

右手に掲げたその名は。


『死屍刀装』


躊躇なく、右足を切り落とす。


「ッ!?」


芽愛兎は確かに見たのだ。

右足を切り落としたのを。


けれども、切り落としたはずの右足は瞬きの間に再生していたのを。


「コレシキの事で驚クのカ?貴様は何と闘ってイルのか、分かってイルのか?」


「ぅぐ……」


喰真涯は左手で芽愛兎の首を掴み、持ち上げる。

その左手を解こうと、芽愛兎は苦し気に両手でその左手を解こうとするが全く動くことは無い。


世界最高峰の腕力を持つとされる魔獣『アブラハリ』の腕力。


ナスネと同じく、その腕力に掴まれれば逃げ出すことは不可能だ。

かろうじて、『暴食』が芽愛兎の首周りに纏わりつくことで潰されるのを防いでいる状況。


「死者ノ怨念を、その身に、受けた事はアルカ?」


『死屍刀装』の刀身は、紫色に染まり、灰色の蒸気を発する。


「「「「ァァァァァァ」」」」


そして、微かに聞こえる複数の、地を這うような雄たけび。


「一瞬二、無限の時ヲ。苦シミ、精神ヲ瓦解サセろ」


その刀身を芽愛兎の肩に刺す。


「うぐあァァァァァァアアァ!?」


瞬間、芽愛兎は叫ぶ。

苦しみに、痛みに、地獄に、絶叫する。


それは、追体験。


無限にも言える、苦しみだけを抽出した恨みの、憎しみの、悲しみの。

これまで喰真涯によって死んだ、殺された、吸収された、存在の恨み、憎しみ、悲しみ。


その全てを一心に受ける。


常人ならば、精神は壊れ、廃人同然に成るであろうこの事象を。


「ボクは、君たちを、超えていくのです!!」


芽愛兎は乗り越える。


既に、芽愛兎は、狂人だ。

心は腐り切り、ただ、目的を果たすだけのために、自らの身体も厭わずにこの場に立っている。

自らを切り捨てた、獣だ。


瞬間、暴食は芽愛兎の背中からあふれ出し、そのまま喰真涯を囲うように広がる。

広がったソレは、鋭利な形状に姿を変え喰真涯へと襲い掛かる。


それを、喰真涯は芽愛兎から離れ交わす。


四つに別れた『暴食』

羽のように……否、触手のように『暴食』は、脈をうっていた。


「哀レな女だ」


喰真涯から見た芽愛兎。

それは、苗床に寄生する虫のように見えた。


既に『暴食』に侵された右腕は、だらん、と下げられ動く素振りを見せない。


肩で息をするように、芽愛兎は身体を上下させながらやっとのことで呼吸をしていた。


その片目は黒く塗りつぶされ、『暴食』の黒点が蠢き。

かろうじて残った左目からは、血が流れる。


芽愛兎の身体に、傷がない場所はない。

裂けた服の隙間から見える腹部の肌からは、所々に見える血で赤く染まった肌と『暴食』に侵食された箇所がちらほらと。


これが、身に過ぎた力を臨んだ愚か者の姿だ。


「醜イな」


「醜くても、ボクは、勝たなければいけないのです。ここで勝たなければ、ボクが生きてきた意味はきっと無くなってしまうのです!!」


たとえ、人の道から外れようとも。

音ノ坂芽愛兎が、初めて勝ちたいと、心の底から思った。


彼女自身、自分が勝利とは程遠い存在だという事は自覚していたし、粘っている最中に、諦めにも似た感情を持ったこともあった。


それでも、勝ちたい。

勝って、彼を救いたい。


「愚かデ、哀レだ。その願いがカナッタ先に、何がアル。貴様がオレから取り戻したとシヨウ。ダガどうだ?その未来に、貴様はイナイ。ヤツの隣にいるのは、貴様ではナイ」


「そんなのわかっていますですよ。わかったうえで、彼の幸せを願っているのですよボクは!!」


芽愛兎の意思に同調するかのように、『暴食』の黒点は芽愛兎の背中から溢れ出る。


芽愛兎が気付くことは無いが。

既に、『暴食』はタロウの使う『暴食』とは乖離していた。


『暴食』は芽愛兎を取り込み始め、自我を強め、徐々に芽愛兎を『暴食』で置換していく。


『暴食』を使う者であるタロウと使われるものである芽愛兎の差。

いずれ、身体の主導権が奪われるのも時間の問題だ。


既に、芽愛兎の固有武装であるはずの『写鏡円果』は『暴食』に取り込まれ解除も出来ない。

このまま完全に『暴食』に置換されるまでの間。


それが芽愛兎の寿命だ。


「はぁ!!」


それでも芽愛兎の残った瞳に絶望の色は無い。


決戦前夜は死に震えた。


けれども、大切な者を。

取り戻すために、最弱な自分が賭けなければいけない代価を再認識した。


本当に叶えたい願いを、心に決めた。


だからもう怖くない。


未来。


自分の助け出した喰真涯健也が、自分じゃない他の誰かと時を共に過ごそうとも構わない。


その覚悟を決めて、ボクは、死地へと足を踏み出した。

他でもないボクが、彼を救うために。


左手を翳し、そこに黒点は集まっていく。

数を成し、形成するは、一振りの刀。


『暴食』が集まり合った、歪な黒い刀。


それを構え、芽愛兎は駆ける。


「理解し難い、感情ダ」


喰真涯は、その芽愛兎を見て悲観した瞳を見せる。

喰真涯健也……否、幻想種のダレか・ネームレス。


彼の記憶は定かではない。

彼は確かに存在したダレか。存在したであろうダレか。存在したかもしれないダレか。


それらのダレかが複数集まり、合わさった結果が今のネームレスを名乗っている。


『暴食』の刀と『死屍刀装』。


その二つがぶつかり合いながらも、芽愛兎の背中からあふれ出る『暴食』は切っ先を尖らせ無数に分裂し喰真涯を襲う。

それを、喰真涯は『偽りの偶像』で会得した魔獣の全直感能力を用いて避けながらも芽愛兎と切り結ぶ。


『暴食』をその身に宿しても、芽愛兎はまだ追いつけない。

芽愛兎が弱いのではない。


この『暴食』を身に宿した芽愛兎ならば、勇者内でもその実力は上位に食い込む筈だ。


単純に、喰真涯が強すぎる。


歴史そのものともいえる血を取り込み、完成形までその能力を引き上げたネームレスは、歴代勇者、魔王の面々の中でも限りなく頂に近い場所に居るのは事実。

その最大最強の力をネームレスは惜しみなく使える。


否、それは有り得ない。


「ガっ……」


芽愛兎と切り結ぶ喰真涯が突然血を吐き出す。


その隙を、芽愛兎は見逃さずに『暴食』の刀を振るうが、暴風竜ジェンダの暴風結界により芽愛兎は吹き飛ばされ。


「うぐぅ」


「くっ」


吹き飛ばされた芽愛兎も、『暴食』の侵食に一瞬苦痛を歪め身体の自由は効かなくなる。

宙を舞い、地面に叩き付けられそうだった芽愛兎をナスネが抱き留める。


「うぐぁぁぁぁあ。亡者共メ……貴様らハ……ッ」


芽愛兎を吹き飛ばした後も、苦しみながら心臓を掴むネームレス。


「当たり前なのですよ。ハンデは、君もなのです」


傷だらけで、身体の三分の一は暴食に侵された芽愛兎は立つ。

不思議ともう痛みを感じなかった。

おそらくは痛覚を……感覚器官を『暴食』に侵されてきたのだろうと芽愛兎は考えるが、どうでもいい、と芽愛兎はその考えを捨て去る。

むしろ、都合が良かった。


朽ち果てるしかないこの身体に、痛みなど不要だと。


「さっき君の右足を『暴食』が喰らって分かったのですよ。再生できるからと言って、君はボクに喰われるべきじゃなかったのです。……君は、健也君の限外能力『偽りの偶像ローカスイータ―』の真の所有者ではないのです。健也君が使うならまだしも、君のような過去の亡霊が使ってノーリスクなわけないのですよ」


『暴食』から得た知識。


限外能力は勇者固有の能力。

自らの能力を通して模倣するだけならばまだしも、そのオリジナルを勇者以外が使うことにリスクが生じるのは当然の事だ。


ネームレスは所詮、喰真涯健也という器を乗っ取った『幻想種の魔王の血液の中に存在する魂の特定数の複合体』に過ぎない。


群体が勇者の魂を奥に押し留め、勇者の身体を奪えたのだ


ならば。

他の魂が奪い取れない筈もない。


偽りの偶像ローカスイータ―』を使い続けることで、その血に眠る魂を呼び覚ます。

その魂は集い、集合し、我が再びその器を持って現界しようと奪い合いを始めるのは当然の事。


喰真涯の扱う魔獣の能力。


かつて、城落とし 魔獣アブラハリ

かつて、宵闇を駆けた夜の王 怪鳥シャドラ

かつて、雷雲を統べた 雷獣ヴジュラ

かつて、焔で世界を包む 焔龍ゴケイアロス

かつて、魔術を塵に帰した 魔獣ガイア


その全てが、王の名を冠する、準ずる魔獣。

自らを喰らい実力を証明した魂に使われるならまだいい。

だが、何も成していないただ横から来ただけの簒奪者に好きなように扱われることは、彼等のプライドが許さない。


故に、一斉蜂起を起こす。

それらを含めた今まで使った能力の魔獣全てが喰真涯の中で器の争奪戦を始める。


「ァァァァァアアァアアァァアア」


喰真涯健也の器は徐々に亀裂を帯びて、肥大化し、内からは紫色の肉が沸き上がる。

それは大きく膨張し、八つ首を持つ巨大な龍の姿へと変わる。

その身に揺らめく紫色の炎を宿し、16の目で芽愛兎とナスネを見る。


「あぁ……鬱陶しい亡者共め。人族の手ごろな器を捨てることになるとはな……だが、仕方ない。過ぎた事は悔やまん」


その龍はネームレス。

過去のダレかの集合体。

内に存在する他の魂を押し殺し、勇者の器を捨て、一番動きやすい器へと姿を変えた。

慣れなかった口調も大分流暢なものへと変わった。


「まさかあの能力にあのような弊害があろうとはな。亡者共を後程叩き潰さねばな」


その思考も、先ほどとはまた違う。

否、八つの人格が行き来し、その魂を成していた。


器が変化しようと、勇者の身体を基にしているソレは、弱体化することも無く。

むしろ窮屈な器から解き放たれたことで、強化されたほどだ、とネームレスは感じる。


偽りの偶像ローカスイータ―』による能力の流用が出来ない事が惜しいが、過去のダレか八つ首分の能力があれば目の前の忌々しい勇者を消し飛ばすには充分だ、と。


偽りの偶像ローカスイータ―』のストックなど、これからいくらでも増やせるのだから。



「このまま自滅してくれれば良かったのですが、そう簡単にはいってくれないのですね」


侵食され侵される。

『暴食』に染まった芽愛兎を見て、ナスネはあまりの痛々しさに目を逸らす。


芽愛兎の勝利条件に自分の生死は勘定に無い。

喰真涯健也を救えるか救えないかの二択。ただ、それだけが芽愛兎の願い。


だとしても。


「芽愛兎様私も……指示をお願いします」


悲しくないのですか、と。

薙刀を構え、芽愛兎に言いたい言葉を押し殺してナスネは芽愛兎の隣に立つ。


彼女の役に少しでも立てるなら、と勇んだナスネではあったが。


「ナスネは、町の皆を救いに行ってほしいのですよ」


「ッ……芽愛兎様それはッ!!……わかりましたッ」


それは暗に足手纏いと言われたのと同義。

薙刀を握る手を強め、悔しさに歯噛みしながらナスネは戦場を後にする。


「はっ!!!逃がすと思うか子飼い!!貴様は俺の新たなストックなのだからな」


ネームレスの一つの首が粘性の液体をナスネ目掛けて放つ。

一直線にナスネへと向かうそれをナスネは振り向いて払うことすらする素振りは無い。


「させないのですよ」


芽愛兎の背中から放たれた『暴食』がその液体を包み喰らう。

ネームレスは芽愛兎に視線を向け、忌々し気に目を細める。


死にかけの勇者になど興味がない、と。

放っとけば死ぬ存在に興味はない、と。


しかし。


「がぁぁぁぁぁぁぁあッ!?」


八つ首の一つが、粘性の液体を放った首が空より飛来した『暴食』の大剣によって切り裂かれ捕食される。

視線を芽愛兎に移すが、その姿に、ネームレスはゾクりと寒気を覚えた。


その姿は、『暴食』に侵食されながらも、瞳の輝きを失わない一人の勇者。

右手右足は黒く黒点を纏い、背中からは異形の黒点が溢れだし、身体のあちこちが侵食されている。

見るだけで、哀れで、愚かで、気味の悪い獣。


既に命を失ってもいい程に侵食されているにも関わらず、精神を崩壊させることも無く、正気を保っている音ノ坂芽愛兎は、『暴食』の刀を構えながら、叫ぶ。


「やっとボクは、君と同じステージに立てたのですよ。この夢のような力が覚める前に、ボクに君から健也くんを救わせろなのです。ボクを見ろなのです!!ボクは、こんなにも強くなった!!たとえ借り物の力だとしてもやっと、誰かを救える力を手に入れたのですから!!」


最弱の勇者は、強者のステージへとその命を犠牲にし、足を踏み入れる。

最愛の彼を救うために。

その命を消費しながら。








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