第81話帝都決戦 Ⅰ


帝都。


それはまさに人族の象徴。

人族最大国家に相応しい、美しい街並みを誇る都市だ。


民は皆、希望を胸に日々を過ごし、皇帝に信頼を捧げる。


何が起きようとも、たとえ魔族が侵攻して来ようとも。

『英雄』バルカムリア・ダーバックとその仲間。

人族最高の実力を認められた各団長達。


そびえ立つ城に、多大なる信頼と安心を託し。

民は、帝国の一部であろうと、帝国に恥じぬ民であろうと、日々を過ごしていた。


なのに。


「ッ!!」


プラナリア・ユーズヘルムは帝都を……戦場を駆ける。


目の前で不愉快に蠢く化物を切り進みながら。

見るも無残に変わった帝都を視界に抑え、込み上げる怒りを押し殺し、ただ駆ける。


勇者同士の戦いは、彼等に任せておけばいい。

彼等はいずれ、自分が皇帝として君臨する新帝国を支える勇者なのだから。

心配する必要も無く、ただ自分は勝利の知らせを待てばいい。


だから。


「プラナリア。急ぐのはわかりますがペースが速すぎですよ」


「急いてなどいません。これが普通です。ヒューズ、貴方はただついてくればいいのです」


「御意に」


プラナリアの後ろに続くのは第三騎士団長ヒューズ・カルメロイ。

皇帝の命に従い、革命軍を強襲した彼等第三騎士団だが、強化兵のことを知るにつれて、その誰もが革命軍へ参加させてほしい、と捕虜として捕まりながらも志願してきたのだ。


プラナリアはこれを快諾し、第三騎士団は革命軍へと加わり共に進行し帝都までへときたわけだが……。


「私は、罪があるとすれば頭だと考えています。手足に罪は無く頭にこそ」


「えぇ。わかっておりますよ。皇帝の変化に気づけなかったとはいえ、命に従い貴女方を襲ったのは事実です。貴女は優しい人だ。私だけに、罪を背負わせてくれる」


「……罪を清算しなさい。貴方の実力は買っているのですから」


「えぇ。私は貴女の剣となろう。……貴女と共に見る真帝国が楽しみですね」


プラナリアとヒューズは言葉を交わしながら、戦場を進む。


革命軍は帝都全土に散り、強化兵の討伐と帝都民の救助に向かっていた。

革命軍幹部たちにそれぞれでの指揮を任せ、プラナリアは戦場を駆ける人物を探していた。


帝国は実力主義だ。

実力があれば、たとえスラム出身だろうが、皇帝にさえなれる。


故に。


「まだ早計です。私は勝たなくてはいけませんから……バルカムリア・ダーバックに」


プラナリアは皇帝を目指し、城へと向かっていた。


皇帝はそこに座し、反逆者を持っていると。

そう確信し。


「覇道を信じ、己が道を行く。良い。実に良いな…|力こそすべて、力こそ世の理。だが、噂に名高いユーズヘルムの戦乙女がここまで若いとはな」


プラナリアはその声に悪寒を感じ、声がした方を見る。


「……貴方は」


そこは屋根の上。

そこに立つのは一人の青年。


しかし、その青年の指には9つの指輪が嵌められていた。


「まさか……嘘でしょう?」


ヒューズはその姿と、嵌められた指輪に目を見開く。

同じ様に、プラナリアもまた驚愕に顔を染めていた。


その姿は、かつての皇帝だ。

絵画に描かれた在りし日の英雄の姿。


その指輪は神遺物だ。

帝国に保管され、代々皇帝が引き継ぐ帝国の歴史そのものだ。


そして、身体から揺らめく淡く蒼い炎。


それは、人ではない事が一目見て理解できた。


「そこまで堕ちましたか、バルカムリア!!」


「堕ちた?そう見えるか?くく、違う。俺は解放されたのだ。人という弱者の枠組みからな……刮目せよ!ここからが、新たな英雄譚の始まりだ!!」


声を荒げるプラナリアに、バルカムリアは叫び。

刹那、バルカムリアの姿は消える。


「ッ!?」


プラナリアは、自前の剣でバルカムリアの拳を防いでいた。

しかし、あまりの力に押され、民家に吹き飛ばされた。


「ほう、今のに反応するか。次期皇帝を語るだけはある」


バルカムリアは感心した声を挙げ


「しかし。それではまだ足りぬ……帝国を背負うにはそれっぽっちの力では……軽すぎるな」


覇道の道を歩み、果ては人族の頂点に君臨した男。

滲み、あふれ出るオーラは今も昔も変わることは無い。


「ん?ヒューズか。ちょうどいい、貴様もどうだ?俺と共に、覇道を歩むのは」


バルカムリアは、目の前で起きたことに唖然としていたヒューズに声をかける。


ヒューズには今の一連の行動が見えていなかった。

帝国騎士団団長に相応しい実力を持っているヒューズが見切れなかった程に、バルカムリアの動きは速かった。

そして力強く。


「どうだ?」


逞しい。

自らの全てを賭け、全身全霊を尽くしたとも言える王のオーラ。

自らを捧げ、王の糧とならんと身体が、心が疼かされる。

幻想種に堕ちてもなお、それは健在だ。


しかし。


「生憎。私は、既にプラナリアの剣ですので。貴方の誘いは受け取れない。人から堕ちてまで貴方に尽くしたいとは思えません」


「そうか、残念だ。本当に残念だ……俺はお前の力を認めていたのだがな。……死ぬといい」


ヒューズの返答に頬を一瞬緩めたバルカムリアは一言告げると、その瞳は敵を見る目へと変わる。

あぁ、と。

ヒューズはその瞳に感嘆を覚える。


これこそが、自分が見惚れた皇帝の瞳だ。

見惚れ、全てを捧げたいと思わせた眼差しだ。


だが。


「今の貴方には、人族を守るという心が感じられません」


バルカムリアの拳は外れ、頬には一筋に切れ目が入る。


『瞬動』


一閃と呼ばれ恐れられているヒューズ・カルメロイの持つ限外能力。


半径10メートル内の空間を瞬時に移動できるそれは、バルカムリアの拳を躱し、傷を与えた。


「ふっ。流石だな……ああ、やはり惜しい。お前ほどの男を殺すのは……もう一度だけ問う。俺について来い」


「……返答が変わることはないですよ」


「そうか……残念だ……『グールス』、『ファールクダ』仕留めておけ」


悪寒を感じたヒューズはその場から『瞬動』を用いて、バルカムリアから距離を取った。


その行動は正しい。

ヒューズが立っていた場所には無数の槍が突き刺さり、炎が巻き上がる。


「ヒューズは逃げるの得意だから、だるいな」


「かっー!!逃げ腰ヒューズかよ。めんどくせーな!!」


「お二方も……若いお姿で」


共に現れたのは、かつてのバルカムリアの仲間にして、現帝国騎士団長。


第一騎士団長 『堅牢』 グールス・ゴーガン

第二騎士団長 『炎深』 ファールクダ・クペタ


バルカムリアと同じく老いていた彼等にその面影は無く、若く、幻想種の特徴である淡い炎を身体に宿していた。

その姿を見て、ヒューズは一種の絶望を感じた……が、それは直ぐに杞憂に代わる。




ヒューズには聞こえていた。

背後から近づく足音が。

ヒューズには感じていた。

同じ志を持ち、プラナリアの治める次期帝国の要に成り得る存在が近づいて来るのを。


それは、お互い信頼し合っていた関係だったから感じることが出来た。

同じく、バルカムリアに剣を捧げた同士としての、直感。


「老害には退場してもらわんとな」


「そうだね。若返るなんてつまらない。壊れるからこそ、人は美しいんだから」


ヒューズの両隣に並び立つは、帝国の剣。


第6騎士団長 『土竜』 ドモン・イスカール 

第10騎士団長  『薔薇の騎士』 エミール・ブレンダ


「真皇帝には我らを覚えてもらわないとな」


「あぁ、そうだね。僕らが真帝国の騎士団を担う存在になるのだから、まずは出番の終わった英雄の首を土産にしよう。いけるかいヒューズ」


「当たり前です。ドモン、エミール」


三人の団長は二人の英雄……否、堕ちた英雄の前に並び立ち。

瞬間、眩い閃光と共にお互いの限外能力は差炸裂し合い、凄まじい戦闘が始まる。


それを視界の隅に入れ、バルカムリアは目の前の立ち上がって来たプラナリアに視線を戻す。

その身体に傷は無い。

思いのほかダメージを負っていないプラナリアを訝し気に思いながらも、バルカムリアは口を開く。


「ふむ、皇帝は、軽くないぞ?小娘」


「わかっています。しかし、貴方如きに帝国は任せられません」


「貴様如き小娘が全盛期を超えたこの俺に勝つとでも?」


「えぇ。貴方を倒さなければ私は皇帝にはなれませんから。それに、新帝国は今までの個の力だけの国ではありません。皆が力を合わせ未来を切り開く国です」


「理想も程ほどにするんだな。力こそが帝国。力こそが正義。現に、貴様如きでは俺には勝てん!!それは貴様も分かっているだろう?幻想種の力を手に入れた俺にも、グールス、ファールクダにも貴様らは勝てん!!」


「分かっています。私たち人族がか弱い存在であることも、魔族に力が及ばないことも。だからこそ、私達は協力するのです。そうすれば、個で勝てなくとも皆でなら勝てる」


「小賢しい雑魚の言い分だ」


「えぇ、人族はその小賢しい雑魚ですから。それでも、私たち人族の前に立ち皆を安心させていた貴方は、私の憧れでした。今、私はその憧れを断ち切ります」


向き合い、バルカムリアは拳に力を入れ構え。

プラナリアも同様に剣を構える。


一色即発のその刹那。


「よく言ったプラナリア!!さすが次期皇帝!!」


一人の女性の声。

立派な装備に身を包み、日本刀をその手に持った女性。

長い栗色の髪は頭の上で一房に纏められ、黒い瞳はバルカムリアを写していた。


「勇者不動の子飼いか」


不動青雲の私兵であり、革命軍が来るまで帝国騎士団を率いていたフジネ。

バルカムリアはその声を聴いても、特に思うところはない。

勇者の子飼い如きが加わったところで、己が勝利に曇りは無い、と確信している。


バルカムリアは自分をはさみうつように背後に現れたその女性を一瞥すると、その身を高ぶらせ覇気を高める。

バルカムリアは士気を高め、極限の集中状態へと自らを誘う。


「全力で相手をしよう。次期皇帝を語る少女よ。勇者の子飼いよ。貴様の夢は潰える」


右手の指に嵌めた四つの神遺物。

それは順に煌めきを放ち、一つずつその姿を変えていく。


それは『君臨した兜』


それは『栄光を掴んだ籠手』


それは『覇者を導いた鎧』


それは『勝利の名を冠する剣』


眩い煌めきと砂塵の後に。

姿を現したのは一人の騎士……否、王だ。


人族最高国家。

その皇帝の座を永い間守護してきた、本物の王。


全身に、この世の至宝ともいえる武具に身を包む……覇王。


「皇帝の座が欲しいならば、俺を倒せ。代々、皇帝の座はそうして継がれてきた。己が力を信じ、敵を砕き、勝利をもぎ取れ!!理想を語りし小娘よ。貴様の信を俺に示せ!!」


バルカムリアは叫ぶ。


その叫びに呼応するかのように、プラナリアは叫ぶ。


「あぁ!!示そうとも!!私は、己が理想を信じ、必ず貴方を打ち取る。憧れを超え、理想を超え、私は皇帝になる!!我が理想を、貴方に示そう」


「そーいう熱いの好き。いいねプラナリア。私も全力で頑張るよ」


フジネは軽く、そう呟き日本刀を構える。


そして、三者は駆け出し、刃を交える。




両陣営は相まみえ、激突する。


帝都決戦を揺るがす三大決戦の一つ。

革命軍総大将対皇帝は、開幕する。


帝都の命運を賭けた決戦は、残り二つ。


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