第80話閑話 帝国勇者 開戦の狼煙


帝国首都アルルカント。


王国勇者を加えた革命軍、及び冒険者連合は首都近郊の各町々へと散らばり強化兵の対処に向かう。

同時に、王国勇者鎌瀬山を主軸とした革命軍の精鋭及び一般兵は首都アルルカントへと向かう。


その最中。


「ユニコリア。やれ」


「……はい」


玉座に座る一人の男。

本来、そこに陳鎮座している筈の帝国の象徴である皇帝はいない。


否、王室にいるのは二人の勇者と一人の魔族。


帝国勇者 九図ヶ原戒能

     喰真涯健也

幻想種 『七色の幻想』が一人 ユニコリア     


皇帝はその場に居ず、帝国各重鎮たちもそこにはいない。

しかし、九図ヶ原戒能は玉座に座る。


九図ヶ原の命令と共に、ユニコリアの指は紅く灯り、空中に文字を書くとすぐにそれは霧散する。


瞬間、帝国首都は大きな地響きと共に、帝国全土を脅かしつつある化物の産声にも似た絶叫と、帝国民の阿鼻叫喚の声が合わさって響き渡る。


不協和音。

有体に言ってしまえば、そこは地獄絵図だ。


突如発生した化け物達に対し、在中していた帝国騎士団は1、2騎士団を除いて化物の駆除、市民の保護に周った。

それは、実に用意周到で、予め予期されていたのかと思う程に行動が迅速だった。


「あァ、不動んとこの玩具が指揮してんのか。ったく、つまんねぇな」


九図ヶ原戒能の限外能力『感覚境界』。

その範囲は帝国首都全土に及び、情報が一気に頭脳に入ってくる。


範囲を狭めれば常時発動が可能な能力ではあるが、帝国首都全土までその範囲を広げると、その情報量はとてつもなく、常時発動できるものではない。

九図ヶ原は会得した情報の一つに、不動の私兵である姉妹の一人、フジネが全体的な指揮を執り騎士団を統率している情報に行き当る。


「始末してくルカ?」


髪は白く染まり、目は紅く、若干のひび割れのような傷を顔に残す勇者。

喰真涯健也は九図ヶ原の呟きを聞き、動き出そうとするが。


「あん?。ほっとけ。どうせ勝てるわけねェんだ。少しの間でもユメ見させてやろうや」


「貴様にシテは楽観的だナ、九図ヶ原」


「はッ。喰真涯が出向けば一瞬で型が付く。だが、それじゃァ面白くねェ」


玉座に腰を深く預け、九図ヶ原は続ける。


「オレァただただ楽に物事を進めたいわけじゃねェ。そこには波乱万丈の物語がなけりゃア二流、三流で終わっちまう。いわばこれは実験だ。喰真涯の血液で作った強化兵。コイツラがたかが帝国の騎士団如きに抑えられるようじゃ到底目的は果たせねェ」


九図ヶ原戒能。

この男は到底勇者の器ではない。

自己中心的で、自らが世界の中心だと信じてやまない男だ。

否、そうあるべき人生を送って来た。


極悪非道。血も涙も無く。力を手に入れてはいけない部類の思考を持った人格破綻者。


「まァ見てろって。片割れのナスネが帝都内にいねェ。恐らく革命軍に接触しに行ってるようだが好都合だ。何道草くってっかしらねェが、帝都が壊れる前にはさっさと来てくれねェとこまるからな。アッチの勇者は3、コッチの勇者は2。ったく、革命軍に貴重な帝国勇者が殺られちまったからなァ。弔い合戦と行こうじゃねえか」


「……心二も無いことヲ」


「バレちまったかァ」


「貴様に仲間などの感情ナンテある筈ガナイ」


「言ってくれるネェ」


九図ヶ原は喰真涯の言葉を軽くあしらうようにフッと鼻を鳴らすと、玉座から立ち上がり帝国首都を視界に収める。

帝国全土が見渡せる王室。

そこから見える景色は数分前とは違う。


賑わっていた繁華街も、今は悲鳴を絶叫が響き渡り地獄に染め上げていた。


「なァ、ユニコリア」


「ッ!!」


首都の惨状を眼下に収め笑みを浮かべていた九図ヶ原は、表情を消し背後で頭を垂れていたユニコリアの方に向き直ると、彼女の髪の毛を掴み引っ張り上げる。

その痛みに、ユニコリアは苦悶の表情を浮かべた。


その身に僅かに灯る淡い炎が揺れる。


「哀れだなァ。てめェも。幻想種の魔王の幹部様が勇者なんかに絶対服従なんてなァ」


「……」


「はっ。言い返す気力もねェってか?安心しろや。てめェがやろうとしてたことはオレがやってやらぁ。そん時の幻想種の魔王がてめェの大好きな魔王様とは限らねェけどな」


ユニコリアの髪を乱暴に手放し、再び玉座に腰かける。

机に置いてあるワインを傾け、眼下の地獄を肴に悦に浸る。


「喰真涯。≪皇帝≫達はどうだ?」


「調整は完了してイル。流石人類最高峰の器タチだ。ナムラクアイなどトハ格が違う」


「あったりめーだろ。オレ等が来るまでは人族の英雄だぜ?ったくよォ」


九図ヶ原の口元は三日月に歪む。

その面影に、勇者としての顔は無い。

ただ、己の欲望のままに周囲を貪り尽くすだけの怪物だ。


「そんな英雄様と英雄様が代々守って来た国で遊べんだ。召喚してくれてありがとうなんのって、たまんねェって。目の前に玩具置かれちゃァ、遊ばねェえわけには行かねェだろうよ」


「貴様のクズさはいっそスガスガしいナ」


「ァん?オレはクズじゃねェよ。ただやりたいようにやってるだけだ。…………あァ。次の玩具が来たようだゼ?」


九図ヶ原の広げた『感覚境界』。

待ちわびた玩具が、認識内に入っていた。


「てめェが芽愛兎。オレが鎌の雑魚。先に片づけた方が東京太郎でいいんだよなァ?」


「あァ。それでカマワナイ。やっと忌々しい女ヲ消セる」


各々の獲物を確認し合った勇者は、口元を歪め合う。


「じゃアくまがいくんよォ。皇帝達(おもちゃ)の様子でも見に行くかァ」


―――――――――――――――――――――


そこは闘技場。

かつて、鎌瀬山と九図ヶ原の模擬戦が行われ、鎌瀬山が無残に敗北を喫した場所。


そこでは、三人の若者が……否、若者に見える老獪達が鍛練を行っていた。


その動きは……いや、全盛期を超えている。


その内の一人。

エルヴンガルド帝国 皇帝 バルカムリア・ダーバック。

その姿に老いは無く、既に肉体は全盛期である20代後半へと若返った。


そして、バルカムリアと鍛練をしている二人の若者。

第一騎士団長 『堅牢』 グールス・ゴーガン

第二騎士団長 『炎深』 ファールクダ・クペタ


元来ならば、この二人も過去バルカムリアと共に英雄譚を駆けた英雄達。故に、その齢もそれ相応のものの筈だ。

その二人にも老いは見られず共に全盛期の姿をしていた。

しかし、その身体からは淡い炎が浮かび上がり、既に、人ではなくなっていた


「あァ。いいねェ」


その様子を観客席から見下ろしながら、九図ヶ原の口角は歪む。


「どうだい喰真涯、調子はよォ」


「おおよそハ定着しテイるナ。ほぼ、幻想種と言っテモいい」


「実験は成功ってかァ。やっぱし元の素材がよくねェとナムラクアイ程度の雑魚が限界かねェ。ただよォ、人類最高峰の人材じゃなきゃァ成功しねェって失敗みたいなもんなんだよなァ。改良しねえとな」


「人族如きガ、幻想種に成りエタことガ奇跡に等シいがな」


眼下の既に人族ではなくなった人類最高峰の英雄を視界に抑えながら二人の勇者は呟く。


初代勇者であり幻想種の魔王の血を取り込んだ喰真涯の血液を利用した強化薬『蟲毒の血』の初の成功例。

その特性は、対象者を今ある種から幻想種へと引き上げることが元来の効果。

しかし、犯罪者及びモモンガ州におけるパンデミックにより帝国市民に投与した結果は身体が耐えきれずに化物になるだけだった。


だが、彼等は違った。

力の衰えを感じ未来を案じていた皇帝、グールス、ファールクダの三人に九図ヶ原は話を持ち掛け渋々ながらも彼らは承諾した。

実力主義国家において力への固執は人一倍強い彼等だ。いずれ老い、消え失せる身ならばと九図ヶ原の賭けに乗る。

彼等を後押ししたのは安心感。

残虐非道と言えども、勇者。その油断を利用された。


そして出来上がったのが三人の幻想種……否、まだ不完全ではあるが、徐々に体が定着してきていると行ったところだ。


「よォ、調子はどうだい」


「おぉ、勇者か。ハハハ、コイツはすこぶるいいぜ。ここまで身体が動くとは。全盛期よりも遥かにいい」


「そいつァよかった」


皇帝は、九図ヶ原の言葉に笑顔を浮かべながら言葉を返す。

口調も、態度も、老いた皇帝ではない。

その当時の雰囲気を身に纏い、快活さに溢れていた。


「あぁ、すごいな、これは」


「すっげぇぜ!!三人で邪龍を滅ぼしたあの時の力を遥かに超えてやがる!!」


背後の二人も同様に、九図ヶ原に敬いの感情の籠った声音で感想を述べる。

二人もまた、歳老いた雰囲気からは一変し、精神も若返ったように瞳に光を放っていた。


「なぜ俺たちは人族に固執していたのだろうな……力こそが全て。その筈だった」


「バルカムリア。その話はもういい。現にボクたちは手に入れた」


「そうだぜバルカムリア。俺たちの力はもう衰えもしない。老いもない。幻想種が俺等の理想だったんだよ」


「そうだな盟友達よ。俺らはただ強さのみを求めようぞ」


三人は肩を組み合いながら、若者のように言葉を弾ませる。

そこに帝国皇帝としての姿も意思も形もない。

ただ、力を求めるだけの化物に……された。

人族の英雄は地に堕ちた。

否、本人達はそう思っていない……むしろ始まりだ、と。

俺たちの伝説がここからまた再誕する、と本気で思っている。


そんな様子を九図ヶ原の表情は嬉々として歪む。

玩具で遊ぶ幼児のように。


「今、ユニコリアの野郎に失敗作共を放出させた」


「ほう、勇者よ。遂に始めるのか?」


「あぁ、だからよぉ。発動しろよ……神遺物アーティファクト門徒開きしエンバランス隔絶リゼクション』をな」


「承知した。蠅一匹逃がさんわ」


失敗作。

それは犯罪者、スラム街の浮浪者、一部の帝国民……そして、第一騎士団、第二騎士団の面々だ。

皇帝、団長以外拒絶反応でナムラクアイレベル、もしくは異形の存在に進化した団員。

元団員が化物と化したにも関わらず、各団長は気にも留めることは無い。


そして。


バルカムリアの付けている指輪の一つ。

右人差し指につけたその指輪は光輝き、刹那砕け散る。


同時に、帝国首都を囲うように光の壁が出現する。

それは内からしか見えず、外からは何の変哲のないように見える光の結界。


出ることを禁じ、入ることを許す。

敵を逃がさず、閉じ込めることに特化した神遺物アーティファクト

帝国に代々伝わり皇帝が受け継ぐ対魔族用決戦神遺物アーティファクトの一つ。


都市一つを監獄とし、化物が闊歩し、騎士を民を喰らう程に徐々にそれらは強くなる。

時には化物同士が争い片方を喰らい、更に強い化物が生まれ出る。

それは……言い表すならば、帝都首都全体を対象とした『蟲毒の壺』。


「いいねぇ。逃げようと門に集まってた市民共が絶望してるぜ。くひゃひゃ」


九図ヶ原は笑う。

光の壁に遮断され、逃げ場を無くし、強化兵に食い散らかされる民を、年端もいかない子供が絶望のまま殺されようともその笑みは消えない。

人の不幸が、己が糧。

絶望を悦とし、快感に浸る。


帝国勇者 九図ヶ原戒能。


彼の脳裏に、革命軍が到着し続々と帝国内へと侵入してくる情景が『感覚境界』を通して伝わる。

獲物が、狩場に入ってくると。


「さぁて、役者も揃った事だ。愉快で悲劇な喜劇を愉しもうじゃねェか」


人族の明暗を分ける、人族最大国家で行われる無意味な戦争は。

閉じ込められた都市で行われる。


『蟲毒の壺』


全を混ぜ、最強の一を創り出す。


「はッ。ようは人族が勝てばいい。人族がどれだけ死のうが一人でも残り統括すりゃァそれで人族の勝利だ。帝国を混ぜた『最強』を創り出し、率い、手始めに現幻想種を滅ぼし、そして全ての魔族を滅ぼす。さァ、一縷の人類の希望を壊そうとする悪しき勇者を駆逐しようや」

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