第79話ハッテムブルク3



帝都進行前夜。

会議が終わり、帝都へ向かうメンバーは朝までの休養を取っていた。


今この時もパンデミックは小規模ではあるが帝国各地で起こっている。

それを撃退するために、帝国に滞在する冒険者達はガイ・ウラモ主体の元各地へと強化兵対峙へ。

しかし、それだけでは数が足りず増えすぎた革命軍の中にも各地へのパンデミックへの対処を志願兵として集めた。


これは、最後の警告の様なものだ。

帝都での闘いは、想像を絶するものになるのは確実だ。


ナスネの話を聞いたところ、皇帝、第一騎士団、第二騎士団は既に帝国勇者の手中に。

加えて、幻想種と思わしき魔族を従えていることも情報として提供してきた。


これをプラナリアは革命軍全軍に話し、それでも帝都決戦に付いて来るか、各地のパンデミックの対処に周るかを選択させた。

既に帝国は異常事態の塊だ。

パンデミック以上の何かが帝都で起こることも考えられる。


それを加味して、それでもついてきてくれると言ってくれた兵のみを連れ明日、出陣する。


「なんなんだ?何で俺がここで活躍したことになってやがんだよ」


そんな決戦前夜。

鎌瀬山釜鳴は微妙な居心地の悪さを感じながら、歩いていた。


会う人全てが、自分に謎の感謝を示す。

加えて、『炎剣』のオルバーナとかいうSランク冒険者に物凄く馴れ馴れしくされていた。


この異常な事態に鎌瀬山は脳裏に東京タロウの姿を思い浮かべ、舌打ちをする。


ハッテムブルグが魔族に襲われ、呂利根が撃退に来たが呂利根は殺され市民は絶望に落とされた。

そこに颯爽と現れた鎌瀬山がその魔族を撃退した。


鎌瀬山が聞いた話はそれだ。

恐らく、何らかの方法でタロウが鎌瀬山の姿に成り替わり茶番を演じたのだろう。

頭の痛くなるような、糞みたいな話だと、鎌瀬山は吐き捨てる。


自分の知らないところで知らない誰かに感謝されている事は正直に言ってしまえば気持ち悪さの方が強い。


「タロウといいガイ・ウラモといい。くそみてーなヤツらしかいねえな」


先ほど、自分を研究所に送り込んだガイ・ウラモを殴った拳を握りながら呟く。

一発殴らないと気が済まなかったが、殴っても気が済まなかった。


「オルバーナとかいうやつなんなんだよ……一体何したらあんなに好感度振り切れるんだよ……」


オルバーナの馴れ馴れしさにうんざりとし、オルバーナがまだ美少女なら話は違ったが残念ながらただの男だ。

鎌瀬山の当初の想像では、勇者に選ばれた自分は元の世界で見ていた漫画や小説の様な物語の様に栄えある役割を抜擢されて活躍し、女の子も選り取りみどりだった想像をしていたのだが……。


「今の立場が嫌なわけじゃねーんだけどな」


栄えある立場ではないが、栄えある立場を勝ち取ろうと革命軍に身を投じている。


ニーナとクル子。

大分想像とは違ったが、自分の周りには二人女の子がいる。

クル子は見た目こそ小人族と白狼族のハーフなだけあって、ニーナと変わらぬ容姿だが鎌瀬山よりは歳も上だ。

だとしても、ニーナは言うまでもなくクル子もそういう対象には今のところは無いが、鎌瀬山にとて大切な存在になっているのは事実だ。

出会いはどうであれ、鎌瀬山にとってこの世界において欠かせない存在になっている。


ユーズヘルム州に残してきた二人の事を思い浮かべながら、月を見ていた刹那。


「鎌瀬山様」


自分の名前を呼ばれて、振り返る。


鎌瀬山の視界に入ったのは、月明かりに照らされた金色の長髪。

蒼い瞳で自分を見つめる女性。


革命軍の大将的存在であり、次期皇帝筆頭候補のプラナリア・ユーズヘルム。


鎌瀬山の先を促す視線を受け、プラナリアは呟く。


「ユーズヘルム州太守・アリレムラの死の報が届きました。二日前に鷹狩りにて強化兵に襲われて死亡したと……。そして、私の兄であるリウリスが太守代理の座に着いたようですが……太郎様の予定していたものと段取りが違います。太郎様の部下の動向を教えて欲しいのですが……」


「んなこと知るわけねーだろ」


不安そうにしているプラナリアに、鎌瀬山はため息をつきながら吐き捨てた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「太郎君はどこなのですか」


「なんでお前らは俺にあいつの居場所なりなんなりを聞いてくんだよ」


プラナリアとそのまま明日の事について話し合っていた最中、どこからか現れた芽愛兎が不安症な表情で鎌瀬山に問う。

太郎の居場所。

確かに、太郎は太守との交渉としてモモンガ州へと行ったきり未だ帰ってきていない。


進行速度としても、それだけ離れているのだから未だ合流できないのは当たり前だと言われればそれまでなのだが、プラナリアも芽愛兎もいずれ合流してくるとはいえ、勇者が一人いない状態での帝都決戦は不安なのだろう。


確かに、鎌瀬山もタロウを疎ましく思ってはいるが、彼の実力には一目置かざる負えない。

ちらり、と芽愛兎を見る。


小さくて貧弱。

その体躯に恥じぬように、勇者としてのスペックも低い。


固有武装を顕現させたと聞いたが、それでも喰真涯に負け太郎の助けが無ければその場で殺されていた。


九図ヶ原に関しては自分が受け持てばいい。

そう考えていた鎌瀬山にも、太郎が追い付いていないのは引っ掛かりがあった。


喰真涯という勇者を果たして芽愛兎が抑えられるのかを。

下手したら、喰真涯だけで革命軍が全滅してしまうかもしれない。


鎌瀬山も流石に自分が二人を相手取れるとは思ってもいないし、自分が九図ヶ原一人を相手取るのも難しいのかもしれないことも分かってた。


それは一種の成長。


「確かにタロウがいねぇことに不安がるのはわかるけどよ」


「……不安なのですよ。ボク一人では、きっと喰真涯君を抑えきれない。……ボクが失敗すれば、革命軍は終わりなのです」


その小さな拳を握りしめて、芽愛兎は言う。

自分の弱さも、召喚されてきたときから十分にわかっていたし。

固有武装を手に入れたからって、自分が他人の猿真似しか出来ない事もわかってた。


喰真涯健也を一番倒したく、一番救いたいのは彼女だろう。

それでも、非情な事に彼女にその力はない。


「作戦では、ボクとタロウ君が喰真涯を……タロウ君が来るまでは、ボクとナスネで止めることになってるのです」


彼女は不意に言葉を漏らす。

それは、先ほどの会議で決まった話だ。


タロウの居場所がどこにいるのかはわからないが、モモンガ州との通信が回復し、太郎が既にこちらに向かっていることは把握できた。

タロウが帝都につくまでの時間稼ぎを、彼女たちはしなければいけない。


けれど、不安なのだろう。

それに、恐怖も感じているのだろう。


芽愛兎の身体は小刻みに震え、それでも気丈に振る舞おうと、無理している状態だ。



「ボクは……情けないのです。……怖いのです……」


芽愛兎の口からは不安が漏れる。

それは今まで押し留めていた感情。決戦前夜になって、その恐怖が目前に迫って。

それは、彼女の前に立ち塞がった。


彼女のこれまでの心模様は、言い方を悪くすればふわふわしたものだった。

それこそ、まだ希望に満ち溢れ、正義は最後に勝つのだと、奇跡が起きるのだと。

心の奥底のどこかで信じていた。


喰真涯健也と対峙した。


奇跡は起こらず、自分は痛めつけられた。

思い出しただけで、全身が、心が締め付けられる。


芽愛兎達は知らないが、タロウの『暴食』によって毒が全て吸い出されていたこともあって回復も勇者特有の治癒力で早かったが、元来、仕込まれた毒の量は致死量であるし、長く苦しんで死ぬ生き地獄の毒だった。


その地獄を垣間見て、芽愛兎の心はどこか、傷がついてしまったのだろう。


麻痺していた『恐怖』が目覚めていた彼女を襲った。


どれだけ痛めつけられても、何も感じなかった。

九図ヶ原に呂利根に、どれだけ傷つけられようが、何も感じなかった。


今思い返せば、それこそが異常で感覚が麻痺していたに違いない。


喰真涯健也という、最愛の勇者に殺されかけた。

正気に戻ってハッピーエンドになるなんて、そんな幻想も打ち砕かれた。


ただ、その事実に、彼女の心に塗り固められたハリボテは溶けてしまったのだ。


「……芽愛兎様」


プラナリアはそんな芽愛兎を見ながら思考する。

革命軍に芽愛兎が接触してから今まで、芽愛兎のこんな顔は見たことがなかった。


プラナリアからしてみれば、彼女は良き勇者。

帝国の未来を一に考え、現帝国に反抗し力を貸してくれた存在。

多少、勇者としての力は弱いとしても、プラナリアはそのブレない心に、信頼をしていた。


しかし、今の彼女を見て、プラナリアは思考する。


……ただ、勇者であるだけの少女に、帝国という重みを、押し付けてしまったのではないかと。


「怖いならやめればいいし、逃げりゃいいんだよ」


黙ってしまった二人の沈黙を裂くように、鎌瀬山はぶっきらぼうに言葉を告げる。


「で、でも、それでは……ボクがいなくなってしまったら……喰真涯くんを止めるのは……」


「か、鎌瀬山様!!それは……!!」


鎌瀬山の言葉に若干揺らいでしまう芽愛兎と、芽愛兎の戦線離脱の可能性に危機感を覚え語気を強めるプラナリア。

ここで、芽愛兎が抜けてしまえば、タロウが来る前に革命軍全滅もあり得るのだ。

プラナリアが慌てるのも無理は無く、そこまで、喰真涯健也は危険な勇者である。


「はっきり言っちまうとな。この革命に俺等なんざ本来必要ねぇ」


「え?」


「は?」


固まる二人を他所に、鎌瀬山は続ける。


「俺等は所詮、太郎の手のひらで転がされてるだけなんだよ」


鎌瀬山は、研究所のことを思い出し、拳を握りしめる。

革命に参加させられたのだって、太郎によるものの影響が大きい。

それは鎌瀬山の自由意志ではない。

それに、鎌瀬山もなんとなく、東京太郎が表に出て事を為すことを避けていることは薄々感づいていた。


タロウは、表に立つ身代わりが欲しいのだと。

召喚された当時の未熟な鎌瀬山ならいざ知れず、今の成長した鎌瀬山なら冷静に考え分析できていた。


それでも、鎌瀬山はタロウの思惑とは別に、革命を成さなければならない理由が出来た。

少なくとも、ニーナのような少女がもうこの帝国で生まれないために、革命を成さなければいけない。

ニーナとクル子の前では、自分は憧れの勇者でないといけない。

それに、勇者として召喚されながら研究所で救えなかった、少女の面影が鎌瀬山の心を強く締め付ける。


「俺は俺の理由でこの革命に参加してるし、あいつの思うように転がされてる。それが一番の近道だからな。認めんのもくそったれだが、あいつは俺よりも遥かに実力は高い。王国勇者の誰よりも、帝国勇者の誰よりもな」


「「ッ!?」」


芽愛兎とプラナリアは鎌瀬山の言葉に驚愕を示す。


タロウの実力を常に疑問視していた二人だ。

喰真涯を退けた事から一定の実力を持っていることも、限外能力のようなものも使っていたことを周囲にいた兵からも伝わっているし、非戦闘系の能力の勇者ではないことも分かっていた。


しかし、勇者である鎌瀬山から実際に聞くのでは意味が違う。

それは紛れもなく真実に近いものであるし。


プラナリアはその発言を聞いて、若干頬が緩みかけていた。

タロウという未知の戦力が、自分が想定していたよりも遥かに上だったことに。

鎌瀬山の過大評価のおそれもある為、絶対的な信用は出来ないが、だいぶ心が軽くなったのは事実だ。


それとは対照的に、芽愛兎は自分の手を見て考えていた。


「ボクは……」


「お前が参戦しなくても、あいつは間に合うだろうよ。あいつはやると決めた事はどんなことをしてでもやるヤツだ。元の世界でも気に入らなかったが、あいつにはそれだけの実力がある」


「……」


「革命をとっぱらって、お前がしたいことはなんなんだ?」


「それは……」


芽愛兎は、考える。

自分が革命を無くした時に、自分が何をしたいか。


一人の青年の姿が浮かぶ。

取りこぼし、穢され、堕ちた勇者。


取り戻したい、勇者。


全てを取っ払って、勇者としてではなく、音ノ坂芽愛兎として考えた。


タロウが来れば、革命は終わるかもしれない。

それでも、自分が本当に望んでいた日常はない。

隣に、いないのだ。


「ボクが……彼を救うのです。ボクが!!彼を元に戻すのです!!」


それはきっと不可能だ。

彼女の掲げる理想は、彼女には大きすぎる。


ただの無謀。

達成条件すらも分からない、奈落の迷路だ。


それでも、芽愛兎は、進むと決めた。

それは地獄かもしれない。それでも、今の芽愛兎は弱音を吐くことは無い。

信じれば奇跡は起こると、そう自分に言い聞かせる。


「そうかよ。ならやればいい。やれるかやれないかなんざわかんねぇ。ただ悔いのないようにやれればそれでいいんだよ」


「……ありがとうなのです。君のお陰で、ボクにも決心が、目的が出来たのです」


盲目的に、正義を成し遂げようとしていた、濁った眼の彼女は既にここにはいない。

狂った帝国勇者など、もうここにはいない。


芽愛兎の瞳には光が灯り、『勇者』ではなく『音ノ坂芽愛兎』はやっと眠りから目覚める。


「俺は何にもしてねえよ。……ったく、こういうのは正義の役割なんだよ。らしくねぇな」


自分に似合わないことをしてしまったと、自分の行動を省みて、恥じらいを覚えながら鎌瀬山は呟いた。



帝都決戦前夜。

明日、人族の命運を分ける闘いは始まる。


様々な思惑が入り混じる中、役者は帝都に揃い、歴史に語り継がれるであろう対戦は幕を開ける。



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