第78話ハッテムブルク2
一度帝国内で行われた勇者による育成制度の導入。
結果としてはどの勇者の下についた者も命を落とすか、逃げ出す者が大半だった。
しかし、その中で唯一生き残った二人の姉妹がいたことは、帝国上層部としても意外であった。
さらに、生き残ったふたりが所属していた勇者が、また帝国上層部の度肝を抜いた。
不動青雲。
帝国最強と呼ばれ、人の命というものにこだわりがない。
邪魔だから殺す、ただ不機嫌だから殺す、気に障ったから殺す。
それだけの理由で、殺された帝国の民は少なくない。
そんな傍若無人な勇者の下で、生きながらえた唯一の二人。
ナスネとフジネの二人の姉妹。
二人の女性が生き残った--そんな噂が流れたものだから、実は不動青雲の悪評はただの勘違いなのではないか、そう勘違いする愚か者は少なくなく。
不用意に不動青雲を取り込もうと接触を図った貴族が何人も惨殺されたことは帝国の記録に新しい。
そう。
あくまで、ナスネは帝国勇者である不動青雲の部下だ。
だからこそ、そのナスネが帝国騎士団を率いて革命軍に加担すると、その言葉は革命軍幹部の耳を疑った。
ハッテムブルグで突如生じたパンデミックは革命軍の到着をもって終結し、都市内に蔓延っていた化物たちは、革命軍ひいては冒険者たちによりそのほとんどが駆逐され、各地にキャンプ地を設立し、市民の保護が行われている。
ハッテムブルグの広場に建てられた仮設テント。
その中にある長机にはガーナック、プラナリア、そして鎌瀬山、後方軍から合流した芽愛兎が革命軍側として、その対面に冒険者ギルド度帝国支部ギルドマスター・ガイ・ウラモ、そしてナスネが並ぶ。
「信じられませぬな」
ナスネの放った言葉に、ガーナックが口を開く。
無理もない話だ。
現在、革命軍と帝国は対立状態の真っ只中だ。そんな状況下でいきなり味方につくなどと言われてはい、そうですか、というわけにはいかない。
何か裏があるのではないか、と勘ぐるのも当たり前の話だ。
「はい。恐らく信じられないでしょう、とは思っています。私たちは今、戦争の真っ只中。正しい判断です」
ですが、とナスネは続ける。
「貴方たちも見た通り、帝国は勇者の血液から作り出した強化薬を用いた薬物投与により人を化物に変えています。……このような道理に背いた行いを見て、心が変わるのも事実。現に、このような強化薬の存在を知らされていたのは皇帝お膝元の第一、第二騎士団のみです。第三騎士団以下には知らされないまま実戦運用が始まり、選択の余地がないまま戦争が始まりました」
「つまり、あんたらは投薬なんて知らなかった。こんなことになってんなら帝国を裏切って革命軍側につくぜ、ってことか?」
鎌瀬山がナスネを睨みながら、言葉を告げる。
それにナスネは、はい、と頷いた。
「仰るとおりです。ですけど裏切り、と言うのは訂正させてください」
「あ?」
「裏切りではなく、帝国の今後を思えば貴方たち革命軍が勝利することが好ましいと、各団長との間でも合意が取れました」
「団長達が皇帝に背くとは……考えられぬ」
ガーナックはうねるように言葉を絞り出す。
ナスネの言い分が筋が通っているのは、理解できる。先に交戦し拘束した第三騎士団の面々に聞いても強化薬についての知識はほとんど無く、そもそもこのような生物兵器が人道的に許されざるものであることは誰もが承知の上の筈だ。
しかし、団長たちは皇帝の剣として身を捧げた存在だ。皇帝に背く行為など考えられない。
それこそ第四騎士団長のように間違いをわかっていながらも、目を背ける存在だ。
「君たち革命軍がにわかに信じがたいのはわかる。しかし、ここは彼女の手をとるべきではないのかね?」
うねり、思考を続けるガーナックに対してガイ・ウラモが口をはさむ。
「しかしですな……」
「彼女たちの協力を得ることが出来れば、帝都攻略の可能性は限りなく成功に近い値になることは間違いない。それに彼女の言葉は、私、ガイ・ウラモが保証しましょう」
「……」
ガーナックは再び思考する。
ガイ・ウラモは全国各地に点在する巨大組織・冒険者ギルドの帝国支部ギルドマスターの地位を持っている。
革命前にも、何かと革命軍に対して便宜を図ってくれた、革命軍側の人材と行ってもいい存在だ。
そのような男に、こうまで言われてしまっては、ガーナックも考えを改めざるを得ないところまできてしまう。
そもそも、今現在、強化薬の登場により相手側の勢力は未知数になった。
故に、戦力は喉から手が出るほど欲しい存在だ。
しかし。
「ナスネ殿。君に聞きたい」
「なんでしょう?」
「君の考えは、勇者不動青雲の考えと見てもよろしいのかのう?」
ガーナックの問いに、ナスネは思案顔になって上方に視線を傾け、呟く。
「青雲様は、恐らく興味ないかと」
「興味がない?」
「はい。皆さん青雲様を誤解なさっているようですけど……青雲様は勇者九図ヶ原とは仲も良くありませんし……。公国へ行っている間の個々の判断は一任されているので、貴方方が心配しているように革命が成功して青雲様がいきなり敵になるとかはありませんよ。……だって、青雲様は帝国の勇者ですから」
熱を帯びたように、まるで恋する女子のように、ナスネは星雲の名を呼びうっとりとした。
そして、ナスネは咳払いをすると、真剣な表情に戻し言葉を紡ぐ。
「申し訳ないのですが、私たちにも時間がありません。……帝都がハッテムブルグやモモンガ州都のようにパンデミック化するのも時間の問題でしょう。……私たちと共に、現帝国を打倒する手をとってはいただけないでしょうか」
ナスネは手を差し出した。
差し出された手を見つめねがら、ガーナックは思考する。
その手を取るのは簡単だ。なんの取引もない。……あったとしても帝国革命成功後に武勲としてのとりたてか地位の保証か。
その程度なら、いくらでも与えることができる。
しかし、これが罠だったら。
彼女を保証するものは何もなく、信じるのは彼女の言葉だけ。
下手に手を取ることで、罠に陥ってしまうのではないかと。
あまりにも、降ってきた利益が大きすぎるがゆえに、素直にその手をとるのを躊躇ってしまう。
その手を取ることは、革命軍の明暗を分けるに等しいことなのだから。
「ナスネは、信用できますですよ」
ガーナックが思案し、答えを出そうとしていた刹那。
音ノ坂芽愛兎は呟いた。
喰真概襲撃により負った身体の傷は勇者特有の治癒能力で大体は癒えたが、いくつもの毒を飲まされた身体の調子はまだ怠い。
調子が悪そうに嘔吐く芽愛兎は言葉を繋げる。
「ナスネは、ぼろぼろになったボクを救ってくれたりもしました。……彼女の言葉は信じていいと思うのです」
「芽愛兎様……」
芽愛兎がそうガーナックに告げ。
同時に、バンッ!!と鎌瀬山が机を叩き立ち上がる。
「ったく。黙ってきてりゃうだうだうるせえな」
「鎌瀬山様!?何を……」
「答えなんてとうに決まってんだろ」
鎌瀬山はそう呟くと、そのままガーナックの方へと歩み、彼の手を強引に掴みナスネの手をとらせた。
この瞬間、革命軍と離脱騎士団の協力体制が敷かれたことを意味し、ナスネは微笑みをガーナックは驚きに目を見開く。
「これで協力体制は敷けた。あとは帝都でクソ野郎どもをぶっつぶすだけだろうが」
「か、鎌瀬山様……しかし、彼女らが万が一に裏切る可能性も……」
「そんときはそんときだ。こいつらごとぶっ飛ばしてやればいい。もとからそのつもりだろ」
鎌瀬山は乱暴に、ガーナックの背を叩き乱暴に言葉を投げかける。
しかし、とまだ言葉を続けようとするガーナックに対し、
「ガーナック。すでに協力体制は締結しました。勇者様もこう言ってます。ナスネ殿を信じてもいいのでは?」
プラナリアにも言葉を遮られ、この場にいる全員の視線がガーナックへと集中する。
「……参りましたのう。ここで私が反対してももう何もありますまい。ナスネ殿。貴殿を信じよう」
ガーナックは、堪忍した、といったように首を振るって、ナスネとの握手を強める。
「はい。必ずや、現帝国を打倒しましょう」
ナスネもまた、握手を強めた。
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