第77話ハッテムブルク1
「なんですか。この事態は……」
革命軍の長、プラナリア・ユーズヘルムは目の前の光景を見て茫然とする。
否、
プラナリアだけではない。他の革命軍すべてが茫然とその惨状を眺めていた。
帝国首都付近に位置するハッテムブルグは中々に栄えた都市だ。
つい最近、少数の魔族による軍事施設の襲撃により荒れた都市ではあるが、その栄華ともいうべきか、帝国お膝元の首都なのか数日で復興されていた、筈だった。
しかし、現実はどうか。
美しかった都市の見る影も無く、辺りは人の死体、散乱した肉片がばら撒かれていた。
同じく、革命軍が平原で相対し鎌瀬山が撃退した人体実験による化物。
その一部ともいえる肉片も都市内部の至る所に散乱していた。
辺りに立ち込める死臭。
そして炎上した都市。
ボコボコと大地が隆起し、大小さまざまな化物が姿を現す。
そしてそれをなんとか撃退しようとしている常駐騎士と冒険者たち。
それを、革命軍は見ていた。
ハッテムブルグを一望出来る高台の上から。
その視界に入ったのは炎上した都市、多くの死体、蠢く化物、逃げまどう市民。
「急ぎ、私達も加勢に入ります!!全軍、ハッテムブルグへ!!」
プラナリアの焦りの混じった号令。それと共に茫然としていた各革命軍も一目散にハッテムブルグへと駆けていく。
「くそっ。プラナリア、俺は先に行く」
「えぇ。頼みます、勇者鎌瀬山!!」
鎌瀬山はプラナリアに一言告げると、高台から飛び降りる。
それを追うように、革命軍の実力者、高ランク冒険者たちが鎌瀬山の後を飛び降りた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
そこは地獄だった。
安寧を過ごしていた、美しい都市はその姿を反転させ、地獄へと変わる。
至る所で家屋が炎上し、人の形をしていない『かつて人だった化物』がハッテムブルグを大量に闊歩していた。
常駐していた騎士、滞在していた冒険者、そして近くに居た冒険者たちが合流し相対しているが多勢に無勢。
更に、この現象は他の帝都近辺都市でも起きているようで、冒険者達は各自別れ近辺の都市の加勢に行っていた。
帝国支部冒険者ギルドマスター ガイ・ウラモの強制招集によって、対革命戦に参加していない帝都首都に滞在していた冒険者達は集められ、各戦場に……各帝都近郊首都にちりばめられるように派遣された。
しかし、魔王グラハラム軍の公国襲撃により実力のある冒険者から一獲千金を夢見る層まで多くの冒険者が不在の今、純粋に、帝国内には冒険者の数が足りなかった。
それと同時に、領地に化物の出現が確認されその対応に追われている州もいくつか存在し、各州にいる冒険者もその地の対応に追われ援軍は期待できない状況だ。
帝国全土を徐々に蝕んでいく『人であった化物』。そしてそれは今なお増え続けていた。
革命軍が蜂起してから、現れ始めた化物達は帝国全土を蝕み、人々の意識は、自ずと帝都へと向いていた。
一つの噂が、流れる。
『この化物達は、帝都から発生している』と。
帝国首都同時襲撃により、人々の意識は帝都へと向けられ。帝都の異常。そして、帝国の歪みを、確かに感じ取る。
そして、革命軍の勝利を願う帝国民の数は増える。
隆起した地面から次々に現れる、異形の化け物達は、市民を、騎士を、冒険者達を喰らい、大きくなる。
ぶくぶくと太り、力を増していく。
あるいは、死体を貪り、失った部位を修復していく。
「はっ、はっ、っは……う、ぅぅぅぅぅ。こっち、だから、もう少し、頑張って」
「うぅ……お姉ちゃん……」
一人の少女は、歳がまだ二桁にもみたない幼女を連れてその地獄を走っていた。
その少女は、たまたまお小遣い稼ぎに子供たちの面倒を見ていた町娘。
普段なら、実家のお店の手伝いをしながらいつも通りの幸せの日々を送っていた筈なのに。
今の彼女の表情は強い焦燥感。
それもその筈。突如孤児院の地面が隆起し化物が現れ、子供を、院長を喰らい始めたのだ。
彼女と幼女についていくはたまたま、庭で遊んでいた。ただそれだけ。
ただそれだけで、間一髪で死の危機から救われた。
助けて、と絶叫する声を、訴える瞳を、その全てを見捨ててやっとの思いで逃げて来た。
自分の両親の安否さえわからないこの状態で、絶望してすべてを諦めても無理もないこの状態で、彼女を後押ししていたのは、彼女の手を強く握る幼女のお陰だ。
怖いはずなのに、泣いて蹲りたいはずなのに、それでも、それを我慢して自分に付いてきてくれる子供のために少女は、アウレーという名の少女はその幼女を先導しながら地獄を駆ける。
目指す先は、教会。
その近辺は騎士の駐屯所が存在し、加えて冒険者ギルドの支部がある。
そこならば、と。
そこならば、きっと安全だと、アウレーは疑う事なく幼女と共に地獄を駆ける。
死体を喰らう化物を躱し、家屋に潰され抜け出せない助けを求める声に耳を塞いで。
それでもやっとのことで辿り着いた、そこは。
「あ、あぁ……あ……」
アウレーたちは知らなかった。
そこは既に放棄されていたと。
初期段階にそこは化物達に襲撃され、司令塔を違う支部に移したのだと。
教会があったはずの場所は、多くの瓦礫で埋もれ、そこから見える真っ赤な液体。
散乱する血肉。ぼりぼりと貪る音。
化物達は、そこに居た。
まるで、自分たちの様に、そこが安全だと信じて走り続けて来た餌を待ちわびるように何匹も。
「あッ」
幼女が、その光景を見て尻もちをついてしまった。
その音は反響し、響き渡り。
「「「「「グギイイイイイいいいィィィィィいィィい」」」」」」
そこに居た多くの化物は待ちわびていたかのようにぎょろりと様々な飢えた瞳を、口を、こちらに向け高らかに吠えた。
「あ、そんな……ッ」
もう逃げられないと。
自分だけならまだしも、幼女がこの化け物達から逃げ切れる筈がないと。
そう感じとったアウレーの脳裏には、一つだけ自分が助かるかもしれない最悪な考えが浮かぶが、その勧化を拭い払い、幼女を抱きかかえ駆ける。
「うぇぇぇぇえ、お姉ぢゃん……」
「大丈夫、大丈夫だから」
胸の中で泣き叫ぶ幼女を抱え、走るが、当然、化物達から逃げきれる筈も無く。
「ゲヒァ!!」
「うぐッ……」
化物の爪が伸び、アウレーの右足を大きく切り裂きアウレーは転んでしまった。
「ゲヒゲヒゲ。アハウァハウァハウア」
聞くに堪えない絶叫を挙げながら。
「ごめんね、ごめんね」
「お姉ちゃん……」
ぎゅー、と幼女を抱きしめ幼女もまた抱きしめ返す。
死を覚悟し、目を深く瞑る。
「ゲヒァ!?」
けれども、自分に死が訪れることは無く、化け物達は苦痛に似た叫びをあげた。
「大丈夫か?良く頑張ったな」
化物達の声に代わり、聞こえてきたのは青年の声だ。
静かに目を開き、その姿を視界に捉えた。
アウレーはその青年の姿を見て、それが誰だか理解して、安堵の涙を流す。
アウレーはその青年の事を知っている。
つい先日起きた少数の魔族の襲撃。
帝国勇者が殺され、絶望に染まった瞬間。
その時、自分たちの窮地に駆けつけ、すぐさまその力を用いて自分たちを救ってくれた英雄。
あの時、遠目で見ていた、憧れ。
「勇者……様」
「安心しろ。俺が来たからには化物共なんざ駆逐してやるからよ」
王国勇者・鎌瀬山釜鳴。
その英雄の背中を、アウレーは生涯忘れることは無い。
――――――――――――――――――――――――――
「ここまでッ……。しかし、解せませんね」
プラナリアはその手に携えた剣を振るい襲い掛かってくる化物達をきれいに両断しながら戦場を駆ける。
その後ろを革命軍の兵士が追っていく。
革命軍の最高司令官である彼女は、本来、戦場に出てはいけない存在だ。
どれだけ実力があろうと、彼女は最後まで控えているべき存在だ。
手や足をいくら失っても、行動することは出来る。
しかし、頭を失っては、行動はできないのだから。
革命軍の頭であるプラナリアは、それでも、遮る声を無視し自ら戦場に出ていた。
血が上った頭を冷やしたかったのもあるし、この不可解な現状を整理したかったのもある。
「皇帝の狙いが読めません。私達にぶつけるならまだしも、帝都近郊首都に同時に放つ……?皇族の正当性を欠くに等しい行為ですが……」
そもそも、狙いがわからない。
帝国勇者か皇帝か、そのどちらがこの現状の原因にあたっているのか定かではないが、いくらなんでもこの行為は有り得ない。
革命軍にぶつけるならまだしも、本来帝国側である近郊首都に放つことで得られるメリットは皆無だ。
「この現状は不可解……ですがッ」
いくら考えてもプラナリアの頭に答えは浮かばない。
プラナリアは頭をいったん、頭を振るう。
今考えるべきはそれではないし、それはガーナックなどの参謀に任せればいい、と。
他には無い武力を持つ自分が。
帝国騎士団長の面々に匹敵する実力を持つ自分がこの場で、地獄で、何をするべきかは決まっていた。
「あ、ああああ、助けてくれ!!誰か!!誰か!!」
聞こえるのは男の声、赤子を抱きかかえる妻と彼女についていく数人の子供たちとその親。
12人ほどのその手段は巨大な塊から逃げていた。
それは、球体だった。
ところどころに大きく裂けた口が無数についた二階建ての家程の巨大な肉球。
ぶよぶよしたその醜悪な球体は、ごろごろと転がりながら、口の端には人の手や足が引っ掛かっているその球体は、生き残りの集団に向って転がっていた。
それは、焦らす様に、ゆっくりとゆっくりと、ケタケタと身の毛のよだつ笑いをまき散らしながら。
その化物にとって、これは遊びなのだろう。
逃げ惑う弱者を、いたぶりいじめ尽くす遊び。
それを視界に捉えたプラナリアは、ギリッ、と奥歯を噛み締めた。
「我が帝国の民に、触れないでください」
プラナリアは屋根伝いに飛翔し、肉塊を真上から両断する。
「ゲヒア……キヒヒ?」
「悲しいですね。きっと貴方達も帝国の民だった。善悪の違いはあれど、帝国に生きる民だったでしょう」
引き裂かれた肉塊は、無数の口から笑い声を繰り出し、断面からは血と共に白いぶよぶよとした物体が流れ出る。
それは、やがて一つ一つが独立し人型として完成する。
「彼らを安全なところまで。私は後始末をします」
逃げていたハッテムブルグの民はプラナリアに会釈するとそれぞれの家族で支え合いながら、後方についてきていた革命軍に連れられてその場を後にする。
その間も、ぶよぶよとした脂は生み出され続け、両断した母体もぶくぶくと泡を吹き出す。
脂ぎったその人型、そして二つに引き裂かれた肉塊からは無数の足が生え一つの生物として完成する。
「人の命をここまで冒涜し汚す、現帝国を変えなければなれません」
プラナリアは剣先に意識を集中させ、一歩、踏み出した。
「やっとお見つけいたしました。プラナリア様」
一人の女性の声が聞こえた。
瞬間。
化け物達のその身は突如業火に包まれ、グジュグジュと汚い音を立てながらその命燃やし尽くす。
熱く、肉の焼け焦げる匂いのする空間で、その炎越しには一人の女性が立っていた。
「貴女は……」
プラナリアはその女性を知らない。
しかし、この業火を引き越したのは紛れもなく彼女だ。
プラナリアは剣を構えながらも、その女性を見る。
穂先が赤く灯った刃のある長棒を携え、軽い武装に身を包む。
「よっ」
その女性は業火を飛び越え、プラナリアの前に着地し、微笑みながら口を開く。
「私の名はナスネ。性はありません」
「ナスネ……」
ナスネと名乗った女性をプラナリアは再度見直す。
その容姿に、見覚えはない。かといって、有名な冒険者というわけでもない。
しかし、多くの化け物たちを一瞬で葬り去る実力から考えて、そんな人材が帝国にいるのなら名が知られていないはずがないし、プラナリアが知らないはずがない。
「私の名を知らないのも無理はありませんよ。きっと名前ではなく立場で、帝国では知られているでしょうから」
プラナリアを見て、微笑み、ナスネは言葉を繋げる。
「私は、帝国勇者不動青雲様の直属の兵士です。私と妹、及び帝国第5、6、10騎士団は現帝国の行いを見限り、これより革命軍側につかせて頂きます。その言伝のために、私だけが、この場に参上いたしました」
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