第76話抗う者、諦める者


大地が蠢き、砕ける。それの繰り返しが一瞬で何度も起きる。



その惨状を繰り出しているルカリデスとドレットの闘いは一言で言えば硬直戦であった。

ドレットは自在に周囲の地面、建物を操り、ルカリデスに攻撃を仕掛けて来るが、その攻撃はルカリデスにとってみれば児戯に等しく、軽くいなす。

同様にルカリデスの大地を砕く一撃は姿を隠したドレット本体には届く事が無く、お互いの攻撃は無作為に周囲を破壊散らすだけだった。


ルカリデス自身も只の消耗戦になっているのは理解していた。

しかし、此処では勝つのが目的でない以上、ドレットをこのまま引き付けとけば何も問題ないと考えていた。

しかし。


「お前、やる気ないな?」


姿は見えないもののドレットの声が地下に響き渡る。


「……」


「つまらねえな。……さてはあれか?時間稼ぎって奴かい?それなら悪いけどな。全部無駄な」


「……無駄?」


「空飛べば逃げれるとでも思ってたんかな?残念だが、空飛んで逃がすほどは甘くねえんだな」


ルミナス達は逃げれていない。

ドレットはそう言いたいのだろう。


「くくく、てめえ以外、この周囲の人間は俺が既に取り込んじまってるんだよなぁ」


 

自信満々に告げるそれが本当なのかブラフなのかルカリデスには見当がつかないがもし真実だとしたら厄介な状況であるのには違いなかった。


どうする?

少し試すか。


両腕で迫り来る泥弾を弾きながら僅ながら気配の感じる方向に跳躍する。

そして、そこに全力で拳を降り下ろす。


床が軋み、砕け散る。

しかし、ルカリデスの表情は浮かない。


「ちっ、駄目か……」


気配が分裂し遠退いて行くのを感じる。

口の軽さとは裏腹にかなり慎重な男のようだ。


噴き上がる苛立ちを抑えつつ冷静に状況を俯瞰する。

四方から見られているじろじろと見られているような不快な感覚。これは能力の類いに間違いないが、未だ全容は読めない。

恐らく広範囲に影響及ぼす範囲操作系の能力。

しかし、解せないのはこの能力に物質的制限が感じられない事だ。

このドレットと言う魔族は建造物全てを自在に変化させ操っている。それもかなり広範囲に。

対象範囲に制限が無いとなると他に制限があるという事になるが、時間、精度、距離、威力、規模どれをとっても隙が無い。


「俺が見つからないのかな?それは困った事だな」


「うっとおしい……」


迫り来る無数の土槍を腕で弾きつつ、外に出ようと跳躍し修復された天井を突き破ろうと掌底を放つ。それは天井を貫通するが、在るはずの光がその先には見えなかった。


それを不思議に思いつつも着地と同時にまた力強く踏む込み突き破った天井を通り抜ける。


「くくく、逃げな逃げな……俺を楽しませてくれよな」


後ろから響く不快な声。


こういった手合いは嫌いだ。

裏で人をおちょくりそれを楽しむ。

人をおもちゃかなんかだと勘違いしてやがる野郎は。



一発ぶちかましてやりたい。

だが、それよりルミナス達の安否の確認が先だ。


ルカリデスは突き破った天井から今度こそ外に飛び出る。


「ちっ……」


無事外に出る事は出来たが、ルカリデスの顔は浮かない。


ルカリデスの眼下に広がったのは入る前には無かったはずの数百本近い柱だ。

その柱は整然と並ばれており、長い柱の先には人が埋められていた。

子ども達、それにルミナス、アリレムラ、館の上にいた奴等も全員囚われてしまったのだろう。


「安心してな。皆生きてるからさ」


生きているのか?と一瞬思ってしまったのが表情に浮かんでいたようでドレットがそう告げた。


「あれは何だ?」


「ん?ああ、俺はコレクターでな。人をコレクションするのが趣味なんだな」


「はっ……悪趣味だな」


「そういうなってな。これが意外と楽しいんだ。こいつらはまだ生きてるんだけどな。この後、俺が一人一人侵食してやるんだ。そしたらな。こいつら苦しそうに呻きな、みっともなく喚くんだ。その時がなたまらねえんだな、お前もやれば分かるさ。まあ、お前は俺にされる側だけどな」


そして、響く笑い声。

この男はつくづく人を怒らせるのが好きなようだ。


だが。


「そうか、何となくだがお前の能力が分かった気がした」


「…俺の能力?そうかいそりゃあよかったな。けど、別に俺は隠してるつもりもないんだけどな」


「だろうな……お前は警戒心が高く、冷静だ。隠そうと思えば出来たはずだ」


なら何故能力を隠す気が無かったのか。

答えは簡単だ。能力がバレたとしても問題ないからだ。


「ああ、そうさな。でな答え合わせでもするかい?」


軽快な声音が周囲から響き伝わる。


「ならお言葉に甘えてさせてもらおうか……お前の能力は周囲の物を取り込む力だな」


ルカリデスは一拍空けて言葉を続ける。


「周囲に分散された気配、生命力を持ち自在に動く壁、そして人を侵食する力。どれもこの場所自体がお前であると仮定するなら納得がいく」


「ははは、そうだな。やっぱやるなお前……で分かった所でどうするんだ?」


その反応でドレットが魔族について詳しいということが理解出来た。

ルカリデス達、鬼族はどの種族でも魔法の類いを一切使えない。かつ、発現する能力は全て肉体強化あるいは補助系と大規模な攻撃をするすべを持たないのだ。

伝説上に存在する鬼であるなら、振るう拳で運河を割り、山を消し飛ばすが生憎ルカリデスにそれだけの力はない。


「そうだな、面倒な話だ」


これまでの攻防で分かっている通り、只の攻撃では直ぐに修復されて意味が無い。

圧倒的かつ広範囲な一撃それが必要だ。


「だろうな、前からお前の種族とは相性が良くてな、負けたことがねえんだよ」


大多数の鬼は脳筋だ。

こういった搦め手に近い能力には相性が悪いだろう。

だが一つ気になる事がある。


「だが逆にお前の一撃では鬼を殺すには威力が足りないと思うが」


「殺すのに威力がいる?そう考えている時点でお前も脳筋なんだよな」


殺すのに威力がいらない?


「ほら、こうすれば良いだろ?な?」


ルカリデスの立っていた地面が凹み、ルカリデスが飲み込まれていく。

四方から取り込むように迫る土を吹き飛ばそうとするが、その余りの質量に対応が間に合わない。

それに足場をとられ振るう拳では思うように威力が出ない。


「成る程、四方から潰すつもりか、確かにそれなら圧殺出来ずとも呼吸が出来ず窒息死させられるな」


吹き飛ばした土の合間に間髪いれず土が入り込む。既に四方が土で囲まれた時点で余り呼吸も長く持たないだろう。


「まあ、結構楽しかったな。だから礼だ、俺に呑まれて溺死しな」


「ぐっ…」


何処から聞こえたドレットの声。

只の遊びだったかのように語るその男に対して苛立ちが募る。


嘗めた態度で人を見下していてさぞ愉快なのだろう。

だが、生憎此方は


「ああ、不愉快だ」



呟いた瞬間、ドレットの肉体が一回り巨大化する。


もう充分だろう。

充分溜まった。


身体に押し込めていた憤怒の感情をエネルギーへと変換させていく。

その膨大なエネルギーはドレットの身体をぶち壊さんとばかりに身体の内から外へと拡がっていく。


その余波で先程まで押し潰されていた周囲の土が弾き飛ばされていく。


「ん?何だ?」


ドレットもルカリデスの変化に気付いたようだ。


だが、もう遅い。

気付いた所でこれは防げない。



「鬼との相性が良いって言ってたな?生憎、俺もお前みたいな奴とは相性が良いんだ」


ルカリデスの身体燃えるように紅く染まり、そして、全方位に灼熱が降り注がれた。


「なっ____なな、これは……何だ!?俺が、燃える?」


ドレットは突然の事態に動揺していた。


土だろうが鉄だろうと関係なくあらゆるものを塵へと還す罪の業火。

対城規模の超広範囲消滅能力。『烈火』


怒りの感情を無方向の力へと変化させ、周囲に放つ。

それは本来、鬼が持つことの無い広範囲能力。


だが、未調整の蠱毒の血によって一度死にそして生まれ変わったルカリデスは既に通常の鬼とは異なる存在へと変化し、多種族の能力、特性を取り込み複数の能力を持つ多重能力者へと代わっていた。


「お前、何だ!?鬼じゃないな!?」


ドレットの焦る声が周囲に響く。

既に怒りをエネルギーとして発露させたルカリデスは冷めた態度で否定する。


「いや鬼さ、一応な」


「嘘だ…こんなのっ俺な知らな____」


そして、世界が業火に包まれた。


________________。


















焼け野原と化した大地にルカリデスは一人佇んでいた。


館は焼失し、多くの人間が死んだ。

クル子達や柱の中に捕まっていた人間は生き残っているが、中々に酷い惨状だ。

だが。


「終わったか、とりあえずは」






そして、世界が反転した。







「は?」


文字通り宙に投げ出される感覚。

浮遊感を覚え、その瞬間、重力に引っ張られて下降する。


気づけばルカリデスは空にいた。


突然の事態にルカリデスは加速して墜ちながらも呆けてしまう。

何故自分が空にいるのか全く理解できない。

そして、目の前に広がった光景が自分が先程までいたはずの場所と全く異なっていた。

何重にも張り巡らされた壁の中に整然とされた街並みが四方に広がっていた。その中央に位置する巨大な城、そしてその天辺に聳えたなびく旗印。

ここが何処なのかルカリデスは理解する。


帝都アルルカント。

敵の本拠地の真上。そこにルカリデスはいた。


「何、だよこれ……」


眼下に見えるアルルカントに目を疑う。

そこは、煌びやかな雰囲気が佇まう人族最高峰の国家の面影は無く。


阿鼻叫喚。


異形の化け物達が暴れまわり、住人たちが泣きながら逃げまどい、騎士及び冒険者たちが必死でそれらを撃退していた。


そして、自分が落ちる落下点には一人の魔族。


一角の角を持った淡い色の炎をその身体に揺らめかせる幻想的な魔族。


ルカリデスは、目が合った。

幻想種 ユニコリアと。


一目見て理解した。


ああ、こいつ強いな。それも桁違いに。


ルカリデスは自分の死が直ぐ後ろまで迫っていることを理解し、目を閉じる。



この事態を引き起こしたのは間違いなく彼女だろう。

理由が何であれこの様子からして相対は間逃れない。

つまり、それは絶対的死の宣告に近い。


こんな時、人はどうするだろうか。


受け入れるか?


抗うか?



どちらの選択を選んでも結果は変わらないとしたら人は楽な方を選ぶだろう。


諦めて運命を受け入れると。


結局の所、弱者は強者に振り回されるしかないのだ。

どんなに抗おうとも強者が生み出す大きな流れには逆らうことは出来ず、流されてしまう。弱者の運命は強者によって確定させられる。



だが、喩えそうだとしても。

ルカリデスは最後まで抗うことを選択する。


一度閉じた目を開き、ルカリデスは覚悟を決めた。



「やるしかねえか」


______________________。


俺は空にいた。



それがリウリスには訳がわからなかった。


ドレットが現れて、見知らぬ鬼や吸血鬼が現れるや否や、自分を置いて話が進んでいった。

そして、何か言おうとしても人形のように身体は自由に動かず、、そのまま可笑しくなった館に呑み込まれた。


と思ったら次は空にいる。


可笑しい。これは何だ。


何故、こうなった?


俺は皇帝になる男だというのに。


いや待て、そもそも何故俺は皇帝になりたいんだ?


ドレットの死により呪が完全に解け、リウリスの思考は回り始める。


俺は今まで何をしてきた?



父が刃に貫かれ倒れる。

俺の部下が化け物に喰われていく。

妹は腕が折られて泣いている。

姉が怒りに満ちた瞳で俺を見ている。


この記憶は……。


いや、そうだった。俺か。

父を殺し、部下を殺し、妹を、姉を、民をも殺そうとしていたのは俺だったか。



自分のしてきた事を全て理解した上でリウリスは笑う事しか出来なかった。


所詮駒の一つとして動かされていた自分は小者でしかなく、自分の命運を決める肝心の時ですら只の傍観者でしかなかった。

父を殺して部下を殺して自分すら殺し得た結果がこの末路。


笑うしかないだろう。


「はっはっはっはっはっ! くく、ははっ!……まあ、そうですよね」


堕ちる事に抵抗する気もなく、受け身の動作をすることもなく、頭から超高速で落下していく。

このまま落下すれば間違いなく即死だろう。

それは道化でしかなかった自分にはお似合いの結果だ。


凡人は所詮、運命には抗えないのだ・・・・・・・・・・・・・・・・


諦感したリウリスは自分の運命を受け入れ、目を閉じようとした。


「リウリスっ!」


数十年間聞いてきた声。

厳格で理想家な男。

国を思い、民を思い生きる愚直な男。

その姿をいつも後ろから見ていた。


自分の夢であり、理想だった男。

その男の背に辿り着いた己が選んだ選択は裏切りという名の刃で貫く事だった。


そんな愚かな選択をした己に迷いもなく空から手を伸ばしているのは父だった。


「はっ……なんて馬鹿な幻を見てるのでしょうか俺は」


父であるアリレムラ・ユーズヘルムは既にいない。

その事は一番自分が良く分かっていた。

そして、己の永年の夢を潰された父がこんな風に自分に手を差し伸べる筈が無かろう。



それに、喩え幻だとしても俺にはその手を掴む資格がない。


リウリスは静かに目を閉じた。




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