第74話ユーズヘルム州の一日 ルカリデス視点
リウリスの味方であった筈の騎士たちに強化兵士が一斉に襲い掛かる。
その一方的な数の暴力により彼らは肉を千切られ、骨を砕かれ命を絶やしていく。
「何故っでずがぁ!?リウリス様っ!?」
「しし、し死にたくな___」
部下が叫ぶ断末魔に対してリウリスは満足気に腕を組ながら笑っていた。
その惨状を木陰から覗いていたルカリデスは呟かずにはいられなかった。
「惨いな……」
反逆と言う騎士道に反する道。
そんな行いをリウリスを信じてついてきた騎士たちに対してこの仕打ち。
余りにも彼らが報われない。
「それに読み通りか……」
信じてきた者たちに対してここまで躊躇する素振りすら見せずに殺害する精神性。
それは既に常人の範疇ではない。
普通ならこう簡単に切り捨てられる筈がない。
部下を。仲間を。
だが、あの男は、リウリスは只の事務処理をこなすように坦々と切り捨てていた。
それは道徳心の放棄、理性のタガが外れた人であることを辞めた人間。狂人にしか出来ることではない。
しかし、彼が生まれながらの狂人であったとしたならここまでそれが隠し通せた筈がない。
狂いながら理知的なイメージを印象づけるには人を理解している必要があり、生まれもってイカれていたら人を理解することなんて出来ないだろう。
つまり、彼を変える何かがあったに違いないのだ。
それはユーズヘルム家の当主の座から奪われる焦りか?
妹と比較され続けてきた劣等感からか?
可能性は幾つもあり、情報で聞いた限りでは断言することは難しい。
しかし、歪んだ想いが彼を狂わせるまで至るにはピースが幾つも足りていない。
ルカリデスはこれまでリウリスを見て聞いてそう思った。
劣等感、焦燥感、無力感。悲しみ、憎しみ、怒り。そういった負の感情に限らずあらゆる感情はいき過ぎれば人を狂わせてしまう。
しかし、そのいき過ぎた感情には必ずきっかけが必要になるはずだ。
暫しの思案の後、ルカリデスはルミナスの元へ戻ることにする。
「放っておくとうるさいしな……」
木々に身を潜めながらルカリデスは森の中を駆け抜けていった。
そして、川の流れに沿って下流を目指す。
「あら、お早いこと。どうでしたの?」
ルミナスは川のすぐ近くの岩に座り込んでいた。
ルカリデスは砂利の上を歩きながら、頭をかく。
「……予想通りてか読み通りだな……あの坊っちゃんの裏で手引きしてる野郎がいる。そもそも帝都でしか製造法を確立していない筈の新型強化兵士を指揮してる時点で真っ黒だ」
「やはりそうでしたの。で、あの男は始末したの?」
「いや、してない。あの数なら殺ろうと思えば殺れたが、それだと裏で手引きしてた奴を捕まえようが無くなるからな。で、そっちは生きているのか?」
ルカリデスが指を指す方向には一人の男が身体を濡らしながら倒れていた。
「これですの?まあ、生きてはいますわ。ですけど、人は辞めてしまいましたけど」
そう笑みを浮かべるルミナスは何処か艶かしく扇情的であった。
「眷属化か……意外だな。そこまでそいつが気に入っていたのか?」
眷属化。それは吸血鬼が人の血流に己の血を流し与える事で結ばれる契約の事を差す。その契約を結ばれた人間は人であることを辞め、夜の王、吸血鬼へと姿を変える。
しかし、吸血鬼は血を薄める眷属化を余り好まないのは有名な話だ。
ルミナス自身も依然、眷属は造ったことがないと言っていた筈だ。
だというのにこの老人、アリレムラ・ユーズヘルムを救うためにわざわざ眷属化までさせるとはルカリデスも思っていなかった。
「んーそう言うわけではないですわ……なんと言いますかもったいないじゃないですの。この人間私より強いんですのよ?それにこれだけ弱っているのでしたら私が無理矢理にでも眷属化させられますわ。自分より劣る眷属を造るのは嫌ですけど強いならしといて損はないでしょう?」
眷属化は只血を流し込むだけの事ではない。
眷属化において重要な点は『契約』であるということだ。
つまり、相手側の承認が必要なのだ。
力の弱い人間においてはその契約に抗うことも出来ず、強引に眷属化することが可能であるが、抵抗力の強い人間には契約が弾かれ、眷属化することが困難であった。
アリレムラも太守として人族の中では高位な力を持ち、普通であればルミナスが眷属化できる筈がない。
しかし、生死をさまようほどの傷を負った状況下でなら精神干渉により強引に眷属化を可能とさせたというわけだ。
ルカリデスはルミナスの考えを理解はできたが、懸念が一つ残っていた。
「まあ、戦闘を見ていたが人族の中では飛び抜けて強かったことは認めるよ。けど、自分より強者だと支配が難しいと聞くが危険性はないのか?」
「有りますわ」
けろりと危険性を認めたルミナスにルカリデスは突っ込みをいれてしまう。
「おいっ」
「ですけど、一応生殺与奪の決定権は此方が持ってますし問題ありませんわ」
「隙を突かれて一撃で殺られるへまはするなよ?」
「気をつけますわ」
ふと、ルミナスは良いことを思い付いたと悪戯する前の子どものような表情を浮かべる。
それを見てルカリデスはため息を吐いてしまう。
「はあ、なんだよその表情は?」
「いえいえ、大したことではないですわ。ただ、もし私が殺されてしまったらルカは怒って下さるのかしら?って思ったの」
赤い瞳を輝かせ期待の眼差しを此方に向ける。
その眼差しを理解したが、こいつの望み通りに答えるのはなんとなく癪だと思った。
「怒ってやるさ。相手にではなく、まんまと殺られたお前にな」
だからすげない言葉をかけたのだが、ルミナスは私は分かってますわっと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「あら、つれないこと……酷いですわルカは」
そんな態度がムカつき、つい舌打ちをしてしまう。
「ちっ、うるさい」
「あ、舌打ちしましたわね!今!」
舌打ちされた事に憤慨した様子のルミナス。
と言っても本当に怒っているわけではないのは分かっている。
だから、ルミナスの文句の嵐を無視しながら砂利の上で横たわるアリレムラの頭を軽く蹴り飛ばした。
「起きろ」
「ぐっ!」
「ちょっと、私の眷属に乱暴しないで下さる?」
「動くにしろこいつが起きないと始まらないだろ」
ルミナスと言い合ってる内にアリレムラは意識を覚醒させたようで痛む頭を押さえながら身体を起こした。
「うっ……くっ……」
「起きましたですの?」
「状況を理解しているか?」
「……ふ、訳が分からんな……息子に殺されたと思っていたが」
「あんたは確かに息子に殺されかけたよ」
「そうか……で私は何故生きている?怪我も消えている。それに強い充足感を感じる」
「勝手で悪いですけど、貴方、私の眷属にしましたの。死にかけの貴方を助けてあげたのだから感謝してもよろしいのよ?」
「君はあのときの吸血鬼か…それに眷属化……なるほど、私は人を辞めたのか」
アリレムラは自分の状況を理解した上でなお取り乱す様子を微塵も見せなかった。
目を覚ましたら人で無くなっていた。その突然の事態をすんなりと受け入れられたのはアリレムラが太守として大きな器を持った男だからだろうか。
それとも本音の部分では動揺しているが、それを魔族である俺たちに悟らせない為に冷静なふりをしているのか。
アリレムラの考えは分からないが、まともに会話出来るのなら話が速くて助かるなとルカリデスは思った。
「私の眷属が嫌でしたら殺して差し上げますけど」
眷属化は生殺与奪の権利を真祖が持つわけだが、それは眷属をいつでも殺せるというのと、眷属が死にたくても死ねせないと言う二つの意味がある。
つまり眷属化された人間は勝手に自害出来ないのだが、ルミナスは嫌がる人間を無理に眷属のままにしておくつもりは無い。故に、アリレムラが命を絶つとしても止めるつもりはないようだ。
その判断については種族としての誇りや文化が関わってくるので下手に口を出すと争いの種になるのでルカリデスは口を挟むつもりはない。
と言っても、これから何と殺り合うか分からない状況下で実力者であるアリレムラを眷属化することが出来たのに殺してしまうのはもったいないなとは心の内で思っていた。
「……私は寧ろ感謝している」
だから、アリレムラが好意的に答えた事に安堵を覚えたのも事実ではあるが、こうも聞き分けが良いと疑わしくも感じてしまう。
「感謝とは呑気な奴だな。あんたが殺されるのを知って俺らがここにいたと言うことは端からあんたを眷属にするための罠だったとは思わないのか?」
「うむ、思わん。闘えばそちらが強いのは明白だ。特に、君は。わざわざ息子を使ってこんな手間のかかることをする必要もあるまい。所でもう少し詳しい状況を聞きたい。リウリスはどうした?」
「あんたが川に落ちた後、あんたの部下含め人間はリウリスを、除き全員死んだよ」
「……あやつの部下もか?」
「そうだ。酷いものだったさ、ああも冷酷に切り捨てられるなんてまともじゃないな」
「……一つ聞きたい。あれは君らから見てもリウリスか?」
アリレムラのその問いかけにルカリデスは首を振る。
「悪いが俺らはリウリスって人族を話で聞いていただけだ。詳しいことは分からない。けど、あれは間違いなく人族だ。それだけははっきりしている」
「そうか……ならあれがリウリスの本心だったのか」
傍目から見てもアリレムラが肩を落として傷心しているのは分かる。
実の息子に殺されかけたのだから仕方の無いことではあるが、今は落ち込んでいる時間はない。
次にリウリスがどう動くのか予想がついていない以上、ここでちんたらしている場合ではないだろう。
「傷心の所悪いがあいつらの動きが気になる。移動するぞ。後、先に言っておくがあんたの立派な信念も志しも知っているがルミナスの眷属になった時点であんたのその考えは捨てな。これからは俺らの指示に従ってもらうことになる」
「……君たちは一体これから何を起こすつもりだ?」
「そうですわね。まずは、リウリスの裏にいる何かを突き止めますわ。そしたらその敵もろとも全員始末かしら」
「単純に言うとそうだな」
そもそも目的としてはアリレムラを失脚させ、リウリスを殺せばおのずとプラナリアが皇帝の座につけるのだから目標の最低ラインはリウリスの抹殺ということになる。
だから、リウリスの裏で手引きしている奴をわざわざ特定する必要があるのかと言われると実際はない。
しかし、リウリスが新型強化兵士を連れているという事実は時間軸で考えると違和感を覚えるのだ。
つい先日までカンナベルグにいた筈の男が何故、つい最近現れた新型の強化兵士を連れていたのか?
これが裏で手引きしている奴のモノによるなら、そいつを捉えることはこの帝国全体で起きている事態の全容を解明できるかもしれない。
ルカリデスはそう考えていた。
「……方針は分かった。それと君たちの指示には従うことを誓おう。その上で私の願いを聞いてもらいたい。いや、聞いて頂きたい」
アリレムラは地面に頭をつけ、深々とルカリデス達に頭を下げた。
「私の娘であるナータとファルファナを救って頂きたい」
長女のナータ・ユーズヘルム。
三女のファルファナ・ユーズヘルム。
その二人の名前が出て、ルカリデスたちは困惑する。
「事情が分からんな。そいつらは継承権を持っていないはずだ。リウリスに殺される動機がないだろ?」
「普通に考えるなら、そうだ。だが、目の前で刺された私なら良く分かるのだ。リウリスは娘たちを殺す」
「まあ、あの狂いっぷりなら分からなくもないが……」
「流石にそこまで理性を失っていないと思いますけど。貴方に続いてその二人を殺せば間違いなく疑われるのはリウリスですわよ?彼の願いが太守の座ならそんなことせずにとっとと太守になってしまえば良い話ですわ」
「だから……分からん」
「あんたが分からないなら此方はなおさら訳が分からないな」
「うむ……」
アリレムラの抽象的な想像と勘だけでは方針を変えるまでも無いのだが、ルカリデスは一つの懸念が合った。
もし仮にリウリスがアリレムラのいった通りであるならば。
「その二人を殺す可能性があるくらい錯乱してるとなると、あのちびっこ達が危険か」
ルカリデスが言うちびっことはニーナとクルムンフェコニだけでなく、鎌瀬山が連れてきた旧式の強化兵士として造られた子ども達の事だ。
幼い彼らを革命軍の部隊に混ぜるわけにも行かず、アリレムラの太守館で預かられているわけだ。
「あの勇者が連れてきた子どもたちですの?確かに危険ですわね……」
ルミナスを意見を聞き、何を優先すべきか思考する。
その時間はおよそ数秒にも満たなかった。
「決まりだ。リウリスを殺す」
「あら、首謀者が気になるのではなかったのですの?」
即決でニーナ達の身の安全を優先したことにルミナスは意外そうな顔をする。
実際、裏で手引きしている奴が誰なのか気になる所ではあった。
しかし。
「気になるが、そこまで拘る必要もない。あいつに子ども達の保護を頼まれてるしな」
「あんたもそれでいいか?息子を殺すことになるが?」
「……道を互えた時点で親子の情等無意味だ」
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