第73話ユーズヘルム州 急変
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翌日、昼を過ぎた頃に執務室のドアをノックする音がした。
アリレムラは視線を書類に向けたまま入れとだけ告げる。
「失礼します」
声を聞いた所でようやくアリレムラは視線をドアの方に向け、笑みを浮かべた。
「おお、リウリスか。疲れはとれたか?」
「はいお陰さまで。しかし、父上も根を詰めすぎなのでは?」
リウリスは父がここ最近、余り休んでいないことを部下から聞いていた。
しかし、無理もない。
革命軍総本山最高責任者としての重圧。仮に、革命軍が敗北したとしたら処刑は免れぬ立ち位置。
休もうとしても休めない。だからこそ、執務に没頭するしかなかった。
それに。
「前線で今兵達が頑張っているのだ。これぐらいはどうということもない」
「ですが、余り父上が気を張り詰めすぎてしまっては部下が気苦労してしまいますよ……そうです。少し気分展開に鷹狩りにでも行きませんか?」
「と言われてもな……」
リウリスは名案を思い付いた言わんばかりにアリレムラを外に誘うが、アリレムラは太守として責務がと困った表情を浮かべる。
そこに文官がリウリスの助け船として外出を後押しをする。
「アリレムラ様、後は些細な事務処理だけなので我々にお任せ下さい」
ここ最近、アリレムラ自身も自分のせいで部下に気苦労をかけさせてしまていることを気に病んでいのも事実。
ここは任せることにするか、と決断した。
「うむ……そうするか」
その返事を聞いたや否やリウリスは笑みを浮かべ
「では準備して参ります」
と部屋を後にした。
その数十分後、騎士10数名を連れアリレムラは館の外に出た。
普通なら鷹狩りなぞに御付きの騎士を数十人も連れ出すことはしない。
しかし、昨夜の事を警戒して護衛を多目につけたのであった。
他にはリウリスの部下が8名とその総勢に、警戒しすぎかもしれんな、とアリレムラは内心で苦笑した。
「父上、どうされました?」
「ん?ああ。鷹狩りなんぞ一体何年振りだったかと思ってな」
「僕が幼い頃にプラナリアとナータを連れて鷹狩りに行ったのを覚えていますか?」
「勿論覚えている。お前は鷹に頭を掴まれて泣いておったな」
自分にとっての黒歴史を話されて罰が悪そうに苦笑する。
「全く、覚えていなくて良いことまで覚えてるようで」
「くくく、ナータも鷹に怯え私の影に隠れていた。あのとき鷹狩りをまともに出来たのはプラナリアくらいであったな」
その言葉でリウリスの笑顔が凍りついた。
その反面、心の内では燃え上がる憎悪が身体をたぎらせる。
「……ええ、あいつは昔から何でも出来ましたからね。嫌になるくらい」
「リウリス」
その息子から零れ出た言葉にアリレムラは困惑した様子を見せた。
息子たちの仲が余り良くない事は知っていたが、リウリスが直接的に言葉にするのを聞いたのは始めてだったからだ。
そして父の反応に気付いたリウリスは自分がミスをおかした事を自覚した。
ここまで隠してきた負の側面をつい見せてしまった。
それが何故なのかは分からない。
もしかしたら、これから起こすことを考えて感傷的になっていたのかもしれない。
そんな考えが頭の中に浮かんだことが馬鹿馬鹿しくてつい笑ってしまった。
「ふ、ですが、鷹狩りの腕ならもうプラナリアにも負けませんよ」
「ほう、少し見ない間に大口を叩くようになったみたいだな。お手並み拝見させてもらおうか」
先程の失態を誤魔化しつつ、リウリスは頭のなかで己の内から出た感情を否定する。
感傷的になる?あり得ない。
私が、俺が、一番だと理解出来ない。
アノ闘いしか脳の無い妹を評価する者。
それはゴミでしかなく、この男も俺の価値ヲ理解出来ないゴミの、筈だ。
であるなら、人がゴミに感傷するはずもない。
そう、ない筈だ。
……
……
「どうした?リウリス」
ボーッと立つリウリスを不思議に思われたのだろう。
その問いかけでリウリスの深く暗く沈んでいた思考がぱっと戻った。
「い、いえ、つい昔の思いでを懐かしんでしまっていたようです……」
そう笑顔で答えたが、リウリスの心は既に先程まで感じていた違和感すら忘れ、完全に冷めきっていた。
その後、平原に移動したアリレムラ達は鷹狩りを暫し楽しんでいた。
アリレムラはこんな気を休めたのはいつぶりだろうと思った。
帝国を改革するために裏で画策していた以前ならこれほどまで気を抜く事は出来なかっただろう。
ようやく、革命軍を蜂起し帝都近郊まで攻め落とすことが出来たからだろう。
しかし、まだ油断出来ない現状であることに代わりない。
プラナリアからの報告では強化兵士と呼ばれる異形の兵士がいると言うことだ。
騎士を凌駕する身体能力に極めて高い再生力、人類史の転換期とも言える驚異的な能力を持った兵士を薬一つで作る事が出来る。
これは長年魔族に苦しみ続けられてきた人類にとって希望といえるモノだった。
だが、人道的観念を失ってまで達成すべきではなかった。
まだ他国への情報も断片的なものしかないが、いずれ、この非人道的な行為は浸透するはずだ。
おそらく、周辺諸国は既にこぞって帝国を糾弾するだろう。
その流れは長年帝国主体としてきた人族が大きく乱れる要因となるだろう。
「父上は帝国が新型の強化兵士を完成させたという話を聞きましたか?」
ちょうど己が考えていた話をリウリスにされ、驚く。
今までカンナベルグにいたと言うのに知っていると言うことはそこまでその話が広まっていると言うことだ。
しかし、まだ数日しか経過していない。早すぎないだろうか。
アリレムラはそう疑問に思った。
プラナリアとアリレムラが魔術によって定時連絡を行っているが、それは魔具を用いているから出来ていることだ。
遠距離での通信を可能とする魔具は非常に高価であり、庶民が手を出せるモノではない。
となると、帝国から諸外国に広めているモノがいると言うことだ。
「ああ知っている。だが、その話どこで聞いた?」
「カンナベルグですよ。あっちではその話で持ちきりでしたからね、それがどうしました?」
「やはりか。それで新型強化兵士がどうした?」
「僕はずっとあっちにいて話の真偽も分からない状況でしたから、実際にどれ程の価値があるものなのか父の意見を聞いてみたかったのです」
「そうか。そうだな……。うむ、あれは……駄目だ」
「駄目?なのですか? 魔族にも対抗し得る力が手にはいると聞きましたが?」
「確かにそうだ。画期的な技術であり、大規模に体制を整えれば魔族とも渡り合えるだろう。だが、あれは人という生物を蔑ろにしすぎだ。例え、あれで戦に勝ったとしてもそれは人の勝利と言えるか?否、言える筈がない」
「ですが、公国が攻められている以上堕ちるのは時間の問題です。そうしたら次は王国か此方が狙われますよ?その時までに魔族に対抗可能な戦力が必要だと父上もご理解しているはずです。倫理観を大切にするのは理解出来ますが、それで全てを失っては意味が無いですよ?」
「対抗できる戦力ならいる。人類の希望である勇者が」
「勇者は確かに一騎当千の猛者ですが、所詮、魔族の幹部級程度の力しかないです。それは過去の大戦でよく分かっているはずです」
「先代までの勇者は弱かった。それだけだ。現に今代の勇者の多くは固有武装持ちだ」
先代勇者。約100年ほど前に召喚され同じく戦場に駆り出された異世界人。
大抵、勇者は固有武装を持っていても二人か一人なのが大半だ。
それこそ、初代勇者世代は全員が、他の世代でも時たま半分以上が所持しているとの伝承が残っているのみだ。
先代勇者はリーダーを務めていたカナギリという勇者のみが固有武装を所持していたと記録されている。
多くの伝承では、固有武装持ちの勇者が多い世代は滅多に表れない。
……それが、今代の勇者のレベルが他の世代と違うと明確に言い切れる証拠だ。
ただ、固有武装持ちが多くいる反面、帝国勇者のような問題を抱える存在が召喚されてしまったのも頭が痛いところだろう。
「私は余り勇者信仰には熱心では無かったので父上の考えを理解することは難しいですが、つまり、父上は強化兵士の実用化には反対と言うことですか?」
「ああ、そうなるな」
「そうですか……残念です」
「リウリス……?」
リウリスがそう呟いた瞬間、アリレムラは微かにだが嫌な気配を周囲から感じ取った。
「……リウリス、警戒しろ。嫌な気配がする」
「そう言えば……帰省中に山賊が出没していると言う話を耳にしました」
「山賊か……だがここは一度、退くべきか」
山賊なら十分にこの兵力で殲滅することは可能だろう。
普段のアリレムラなら迷わずそれを選択する。
しかし、一昨日の夜に現れた魔族の言葉が引っ掛かっていた。
だからここは一度館に戻るべきだと判断した。
普段の太守を知っている随伴騎士たちからすると盗賊相手に撤退するなんて考えられなかったのでざわめきが起こった。
中でも一番驚いたのはリウリスであった。
「退くの……ですか?」
アリレムラ・ユーズヘルムは武によって太守という地位にまで上り詰めた生粋の武人であるのだ。
その背をずっと見てきたリウリスからしては父上は必ずこの誘いに乗る筈だと考えていたからだ。
リウリスは額に汗を流しながら、アリレムラに進言した。
「山賊相手に逃げるのは太守として合ってはならぬ事かと。それにこれだけの騎士が入れば万が一も有りません」
リウリスの提言は最もであった。
山賊から逃げ帰った領主など民衆に指示される訳もなく、この大事にそういった不信感を煽ってしまう行動は控えておきたかった。
しかし、嫌な予感が拭えないのも事実で決断に迷ってしまう。
「うむ、だがな」
「……らしくないですね父上。でしたら父上が行かないのであれば我々だけで山賊を掃討して参りましょう」
リウリスに任せるのも一つの選択であった。
しかし、リウリスは騎士の称号を持つものの基本は文官である。
そこらの山賊相手に苦戦する事はないだろうが、万が一の事が起きた時、取り返しが付かない事になる。
しかし、そのリウリス本人はやけに乗り気であり己の意見を聞き入れようとしない。
「……分かった。館に連絡する騎士を一人出せ。残りで山賊を殲滅する」
二手に別れるのが一番の愚策か。
アリレムラはそう決断した。
元々敵の奇襲に警戒して騎士は普段の数倍連れてきている。
敵の罠であった場合は速やかに撤退すれば多少被害が出ようとも壊滅することはないだろう。
「でしたら、私の騎士を一人出しましょう」
「ああ、頼むぞ」
アリレムラ達は連絡係を一人出した後、人の気配を感じた近くの深林に向かう。
「うむ、どうだ」
「やはり、野盗の類いですね……」
森に入って直ぐ、誰かが夜営をしていたと思われる痕跡を見つけた。
その周囲にある足跡の数から敵は10数名程度だと把握できた。
「足跡から渓流の方かと」
「あいわかった。向かうぞ」
木々を分けながら渓流がある方向に脚を進める。
部隊の戦闘を動いていた随伴騎士は脚を止まる。
「山賊を発見しました。数は……14。どうされますか太守?」
「一匹たりとも逃すな。包囲網を敷きつつ距離を詰め、号令と共に突撃せよ」
アリレムラの命令に即座に動き出す騎士たち。その動きは手慣れたモノで直ぐに渓流近くに座り込んでいた山賊達を取り囲める位置に着いた。
「……しかし、奴等は何をしておるのだ?」
「分かりませんが、そうですね……今後の方針でも決めているのでは?」
「奴等にそんな考える脳があるとは思えんがな」
「でしょうね」
「よし、位置に着いたか……突撃っ!」
アリレムラは騎士達が移動を終えたのを確認すると勢いよく立ち上がり、山賊達に斬り込んだ。
「な、なんだてめぇらっ!?」
「何で騎士がっ!!」
「て、敵襲だっ」
慌てふためく山賊に高速で近づき、最初に一太刀で切り伏せたのは太守であるアリレムラであった。
速さ、筋力、技術において帝国でも屈指の腕前を持つアリレムラにとって山賊の相手などそもそも一人でどうにか出来る程度だ。
それに続くように騎士が剣を構え、山賊を斬り倒していく。
それは一方的な闘いであった。
山賊が武器を抜き、騎士たちに飛びかかるもそれを軽くいなし、一振り。逃げ惑う山賊の背に剣を一突き。
彼らはみるみるうちに数を減らしていき、結果数分足らずで山賊達は壊滅した。
一人を残し全て死亡したのを確認するとアリレムラは剣を腰に差し直した。
「他愛もない事だ」
「所詮、山賊は冒険者崩れですからね」
この地域で山賊といった野盗は殆どが冒険者としてやっていけなかった半端な実力しか持たない者だ。
そんな者達が幼い時から剣を振ってきた騎士たちの相手になるはずがなかった。
リウリスは山賊の首謀者と思われる男に剣を向けると。
「お前で全員か?」
剣先を首に当てられた男は抵抗する仕草も見せずに素直に頷く。
「そうか……なら死ぬと良い」
「なっ約__」
何か言いかける前に男の首から鮮血が舞った。
「リウリス。私の指示の前に殺すな」
「申し訳ありません、父上。しかし、この男は生かしとく価値は有りませんでした」
「それも決めるのは私だ。分かったな?」
「はい、分かりました」
「……死体を集めて処分する。
アリレムラは即座に剣を抜き、構える。
そこには先程まであった余裕は微塵もなかった。
「父上、他にも山賊が?」
総員指示に従い、剣を構えたものの敵が現れる気配は感じられなかった。
しかし、アリレムラだけは確かに感じ取れていた。
人のようで人ではない。
魔物のようで魔物ではない。
魔族のようで魔族ではない。
そんな何かを。
「いやこの気配は違う……何だというのだこの気味悪さは」
「人ではない?魔物ですか?」
「それに近い……だが、魔物でも魔族でもない」
森影から一人。ふらりと姿を現した。
「人……か?」
「警戒せよ。この者は人ではない」
突然姿を現した男に対してアリレムラは剣を突き向ける。
鍬を片手に麻の簡素な服を着ている男、格好だけで判断するなら農民に見えるだろう。
しかし、アリレムラの鋭敏な感覚から感じ取られた気配は到底人と思えるものではなかった。
目の前で明確に認識したことで分かったその気配は人でも魔物でも魔族でもある複数の生物からなる混合体であった。
そんな存在にアリレムラは心当たりがあった。
異形。
人の形を成してない人。
あれは。
「帝国の新型強化兵士だ。隊を組み確実に仕留めろ」
現れた男の後ろからも複数の影が現れる。
ふむ、気配が読めんな。
何体もの生物を一つの個体に濃縮した気配。
それは普通の人間が放つものとは比べ物ないくらい肥大しており、この距離からでは敵の気配が混ざりあって正確な数を把握しきれなかった。
「此方から仕掛ける」
アリレムラは先程の戦いでは使わなかった能力を発動させる。
『破砕之心得』『動力解放』『身体強化』
同時に三つの能力を並列発動し、強化兵士に詰め寄る。
今、アリレムラは能力を同時に使用したが能力を複数持つ人間はそう数が多くない。そもそも能力を持っていない人間のほうが大多数であるのだから珍しいのも当然だが、アリレムラはその多重能力者の中でも上位者に入る。
それはアリレムラの持つ能力が三つとも肉体の強化系能力であるからだ。
基本的に強化系の能力は元の身体能力に乗算される。
例を挙げるのならば、
『身体強化』の倍率が1.2。『動力解放』の倍率が1.4だとすると、合計で1.68倍となる。
つまり、同系統の強化系能力を複数持っているとその力は強化系限外能力に近いだけの係数になるのだ。
アリレムラはだからこそ限外能力を持たずにここまでの地位に上り詰めることが出来たのだった。
力強く降り下ろした剣。
その剣圧だけで強化兵士の肉体が両断され、二手に弾け飛んだ。
それに続くように騎士達も強化兵士と戦闘を開始した。
最初はアリレムラ達の個の力の方が上回っており、強化兵士達に対して圧倒していたが次から次へと涌き出る怪物達に対して徐々に戦いは混戦へと代わっていった。
既に隊列は乱れ、敵と味方が入り交じった戦況の中アリレムラは冷静に迫り来る怪物を切り伏せていった。
「気を付けろ。かなり動ける奴がいる」
アリレムラは指示を出しつつ、己に迫る剣撃を避わしていく。
その数は他の騎士の比ではなく、まるで彼らはアリレムラの事が分かっているようだった。
退き時を見誤ったか。しかし、応援の要請は出してある。
この程度なら捌ききることは可能だろう。
混戦に持ち込まれ拮抗した状況ではあるが、騎士たちにはまだ余裕があった。
そんな中、文官であるリウリスは徐々に岸に押し込まれていた。
普段から身体を鍛えている武官と違い、筆と口が武器の文官には強化兵士は荷が重い相手であった。
「くっ、父上」
息子の呼ぶ声に振り返り、状況を把握する。
そして、直ぐ様一撃で敵を叩き切り駆けつけたアリレムラ。
「リウリス。無事か?」
「は、い。助かりました……」
息を切らしながら座り込む息子に優しい声をかける。
「少し後ろに下がっておれ」
「は、はい分かりました……」
リウリスが目を見開き、叫んだ。
「父上!後ろ!」
瞬時に後方に振り返ったアリレムラ。その身体を剣が貫いた。
「な!?」
アリレムラは驚愕した。
振り向き様に切り伏せた強化兵士。
それとは別に
そんなはずはないと否定したい気持ちに駆られるも己が渡した剣を見間違えるはずがなかった。
そもそも今、後ろには自分のよく知る男しかいないのだから、可能性は一つしかない。
だが、それでも何処かその現実信じられず、問いかけは疑問符になってしまう。
「リウ、リス?」
「全く父上、油断しすぎですよ」
振り返った先に立っていた男は己の良く知るリウリスとは別人の表情を浮かべていた。
歪む口元。
愉悦に満ちた様子で顔を歪ませ嗤うリウリスに対してアリレムラは血を吐きながら問い掛けた。
「がふっ……お前は、誰だ?」
「父上らしくないですね。目の前で起きた現実がそれほど信じられませんか? 私は正真正銘貴方の息子ですよ?太守、そして皇帝の座を継ぐ正統後継者、リウリス・ユーズヘルムですよ!」
「……そこまで、堕ちていたか……リウリス……」
「父上が悪いのですよ? 私に譲ってとっとと隠居されてたらこんなことする必要がなかったのですから」
「そう、か……全く、私は肝心なモノは何一つ見えて無かったのだな……だが、私はな」
「 なっ!?待てっ」
アリレムラはふらついた脚を必死に動かし、そして渓流に飛び降りた。
それを止めることが出来なかったリウリスは悪態をつく。
「ちっ……くだらん悪あがきを……まあいいあの傷で生き残る筈がないでしょう」
リウリス、そしてリウリスの護衛騎士達の裏切りによって瓦解した均衡状態。
残された随伴騎士達はアリレムラと同じように不意突かれる形で味方だと思っていた者達に背中を切りつけられ倒れていく。
その光景を見ながらリウリスは笑みを浮かべ呟いた。
「ああ、これでようやく全て私のモノだ」
帝国が弱肉強食の世界と言っても世襲といった文化は普通に存在する。
寧ろ、爵位に関しては長男に世襲する方が多い。といっても騎士の家系の者達の中では一番強い者が跡を継ぐこともあり、全ての貴族と言うわけではないが、一般的には長男が跡を継ぐのが普通であった。
そして、アリレムラ・ユーズヘルムも長男であるリウリスに地位を継承するつもりでいた。
しかし、太守であるアリレムラが継承に対する決定権を持っているとしても、独断で決めるわけにはいかない。
幹部として長年働いてきた部下の意見、世状を踏まえた上で次期太守を決める必要があった。
当然、そんな状況では派閥が生まれてしまう。
長男であるリウリスを中心とした文系の派閥。
二女であるプラナリアを中心とした軍閥。
三女であるファルファナはまだ幼く、長女であるナータは聡明な女性であるが身体が弱く太守の継承権を放棄しているため、この二つの勢力が長年小競り合いをしてきた。
こういった政争はやはり文官が強く、アリレムラ自身も長男であるリウリスが次期太守だと考えていた為、プラナリアが太守になることはないだろうと思われていた。
しかし、ここで情勢が変わる出来事が起きた。
そう、革命である。
こういった有事の際、武官の立場は非常に強くなる。
そして、今回の革命軍を率いるのは天武の才を持つプラナリアである。
この革命を無事成功させた暁には太守の座、ひいては次代の皇帝の座として相応しい名声を得られることは間違いないだろう。
当然、それを危惧したのはリウリスであった。
順当に行けば太守ひいては皇帝になれると言うのにそれを妹に奪われるなんてプライドの高いリウリスからしては許せる筈がなかった。
そして、それ故の暴挙。
プラナリアがいない内にアリレムラを殺害し、太守としての座を強引に引き継ぐ。
引き継いでしまえばもうプラナリアが此方に手を出すことは出来ない。
死因はこの情勢ならいくらでも考え付く。
そう
「さて、次の手に出ないとなりませんか……父上のせいで面倒な事になっていますし……とっとと私を後継者に選んでおけば良かったものを……愚かにもあの能無しにチャンスを与えるなんて」
「リウリス様、全て片付け終わりました」
リウリスより二回りでかい身体をした騎士が敬礼をしながら報告する。
「そうですか……なら用済みですね」
「用済み?ですか?どういった意味でしょうか?」
「こういう事です」
リウリスは刀身を抜き、瞬時に剣を振り抜いた。
それは一直線に目の前に立つ騎士の身体を切り裂いた。
「な、何で、ですか……?リウリス様……」
前に崩れ落ちようとした騎士の胴体を押し退けるように横に蹴り飛ばす。
主人であるリウリスによって突如殺された仲間を見て、騎士たち全体に動揺が走った。
しかし、反面リウリスは笑みを浮かべながら手を降り下ろした。
それは知能が低い強化兵士達を指揮するための動作であった。
意味は『殺せ』
「私の為に死んでください」
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