第71話黒ひげ危機一発


 蒼き焔の高熱により発生した上昇気流により、発生していた霧は高く舞い上がっていく。


 その量は太郎が観測していた量よりも少なく、太守たちが上手く対処したのだと理解した。


 太郎はそれを見た後燃えた地下水路に戻り、何か痕跡がないか探しながら先程までの出来事を振り返っていた。


 理性のある化け物、強化兵ナムラクアイとの戦闘。

 ナムラクアイの存在は確かに興味が合ったが、所詮想像の域を超えない程度のモノで障害になることはほぼないだろう。

 だから、問題はその次だ。その後に現れた幻想種の女性、ユニコリアだ。

 帝国で幻想種を見ることになるなんて思いもしていなかった。

 それも勇者に匹敵する実力を持っているかなり高位の魔族。

 彼女の存在には疑問が尽きないが、彼女はまた己と会うことを確信していた。

 それはきっと帝都で会うことになるのだろうが、厄介であるのは間違いなかった。


 なら何故逃がしたのかと思うかもしれないがそれにも理由が合った。

 そもそも彼女が魔法を発動させるまでの間に『理想郷』を発動し彼女を取り込めば良かっただけだったが、それをすることはしなかったのは、彼女の実力をかなり上に見たからだ。

 戦って負ける気はしなかったが、直ぐに倒せる気もしなかった。

 あのまま戦っていれば、間違いなく多少の時間は闘い続ける事になったいたのは間違いないだろう。

 急ぎ公国に向かいたい此方としては進行を遅らせる訳にはいかない現状、今相手をしている場合ではなかったのだ。


 彼等が逃げていった方向に地下水路を進むと鉄製のタンクが幾つも並べられており、そしてそれにポンプで繋がれる形で立方体の特殊な装置に繋げられていた。

 ユニコリアの一撃により焼け焦げて使えものにはならなそうだが、まず間違いなくこの装置で霧を発生していたのだろう。


「これだと、あっちもまずそうだな……けど、今の鎌瀬山なら問題ないか。寧ろこれの対処なら彼の方が向いているし」


 恐らく予定通りなら革命軍本隊は帝都最後の関門でもあるハッテムブルクに差し掛かる頃合いだ。

 あの場所も帝都近郊なだけあり、下水といった設備は整えられている。

 皇帝の領地でまでこんな事をするとは普通なら考えないが、既に彼等には倫理観といったものがあるとは思えない。

 革命軍の進行に備え、都市に住む市民を強化兵士に作り替えていても可笑しくないだろう。


 その後、太郎は他に有益そうなものはないか周囲を見渡した後、こんなものかとこの場所にも見切りをつけ、証拠になりそうなモノを一つ抱え、ウルール達の元に戻ることにした。


 領主館に戻ると中は慌ただしそうに人が駆け巡っていた。

 事態はおおよそ終息したようだが、都市を管理するものたちからしたら忙しいのはこれからだ。

 破壊された建物、壁の修繕、被害の確認、失われた警備隊の補填、再編成。

 やることは沢山だ。

 そんな中、戻った太郎に気づいたウルールは此方に小走りで駆け寄り、いったい何があったのか問いただしてきた。


「犯人を見つけてきたよ。まあ、逃げられちゃったけど」


「今回の騒ぎの犯人ですか? でしたら一度太守達に相談すべきですね」


 言われるままにそのまま太守デモナーレとパルマ市長と面会し、事の顛末を話始めた。



「知性を残した強化兵士、それは理解出来る。だが、魔族だと?魔族の弾圧は皇帝自らが積極的に行ってきていたのだ。何故、魔族が皇帝の味方をしているのだ!」


「正確には帝国勇者の味方なんですかね?詳細の所は僕には分かりません。しかし、あの魔族はそこらの魔族とは別格の存在だった事は分かります」


「別格か……」


「そいつらは何処に言ったか分かるぽよか?」


「魔族は恐らく帝都でしょうね。まあ相手の言葉を信じるならですが」


「もし仮に敵の言葉が嘘だったとして、州都でかち合った場合、君は勝てるのか?」


「負ける気はしないですね……確かに厄介な相手ではありますが、僕が負けてる要素がありませんし」


「そうか。ならこのまま州都奪還を行ってくれると言うとこで良いのか?」


「それで構いません。しかし、一応優先順位ってものがありましてね。州都制圧に数日以上掛かると判断した場合は撤退させて貰います」


「その理由を聞いても?」


「此方としては余り余計な所で時間を掛けるわけにはいかないんですよ。だからここに割ける時間は合って三日ですかね」


「うむむ……」


「まあ、あの魔族が居ないのであればそうかかりませんよ」


「ならいいが」


「勇者太郎ぽよよ。州都奪還に向けて我らが協力する事はあるぽよか?」


「化け物の処理に関しては此方に全て任せてもらって大丈夫ですよ。塵一つ残すつもりもないので。寧ろ、その後、帝都攻略腺に間に合うように部隊を用意しておいて欲しい所ですね」



「うむ、分かったぽよ。州都さえ奪還できれば此方も問題ないぽよ」


「太郎様、私も州都奪還にお供しても宜しいですか?」


「ん?ウルールがかい?まあ、良いけど命の保証はしないよ」


「構いません。自分の目で見たいんです」


 _______________


「と言うわけで州都に到着した訳だけど気分はどう?」


 ウルールを抱え、壁上まで跳躍した太郎は眼下を見下ろしながらウルールに尋ねた。


 ウルールはというと、沈んだ瞳で街を見下ろす。

 街の通路に沿って肉塊が蠢めく。

 その動きの節々に響く地面が削られる音は人の怨嗟を現しているように醜悪な音で人の心を蝕でいく。

 これが人であった。そう誰が思うだろうか。

 誰もが思いたくないだろう。人の末路がこんなにも醜く酷いモノになるなんて。


「最悪……ですね」


 そう呟いたウルールは此方に振り向く。

 何故、この惨状を見てもこの男は表情の一つも変えないのかという思いがウルールの表情からはありありと伺えた。

 そう確かにだ。確かに僕は。


「変わった……のかな」


「へ?」


「ごめん、今のは一人言。とりあえず彼らを楽にさせてあげようか。いつまでもあれでは余りにも哀れだ」


 喰真涯健也の力をベースとした蠱毒の血はその血に含まれた魔物の能力を取り込むと同時にその本来の能力も残していたのだと分かる。

 この州都全体を蠱毒の壺と見立て、一つになるまで喰らい吸収していく。

 その結果がこれだ。


 一つの肉塊と化した異形の生物。



「どう……するのですか?」


「そうだね。いつも通りの方法で行こう」


 片腕の刻印から黒点が溢れだす。


『暴食』の権能。

 光すらも取り込むその能力はかつての制限を超え、太郎によって自在に制御可能になっていた。



「行くよ」


 太郎はウルールの腕を掴むと壁から飛び降りた。


「へ? ひゃぁぁぁぁぁぁ!?」


 ウルールの絶叫が響く中、暴食を四方に展開する。


「さて、切り換えるか……喰らえ『暴食』」


 そして、着地と同時に、肉塊と化した蠢く生物に四散した黒点が襲い掛かる。


 聖者だろうが奴隷だろうと関係なく、全てに平等に降り注ぐ人の業。

 あらゆるものを喰らえと飢餓感に襲われたその業の化身は眼前に存在する肉塊をただ消化し己の糧にしていく。


 それは生命の枠組みからハズレかけている彼等に取って救いであると同時に終わりであった。


 太郎は蠢く人であった者達に対して忌避もなく慈悲もない。

 今、太郎は絶対者たる存在としてこの場を歩いていた。


 忌避は合った。慈悲もあった。

 だが、この場に立った時点でそれは消した。

 絶対者たる己は頂点であり、個として完結しており。

 感傷は不必要なものであるからだ。


 単純作業のように順調に事が進んでいく。

 これならそう時間もかからず、事は片付くだろう。

 そうウルールが思った直後。


「クカカ……」


「……君か」


 太郎の歩みを止める者がいた。

 強化薬を使いなお、知性を維持し続けた言わば成功した強化兵士。ナムラクアイ。


 突然姿を現したナムラクアイに特に興味を示すこともなく只腕を振りかざす。

 それだけで太郎の手足のように黒点アーテルがナムラクアイを捉えようと動く。

 ナムラクアイはそれを予め察知していたのだろう。

 慌てる様子もなく、建物から建物へ乗り移りかわしていく。

 それを見て暴食では捉えるのは厳しいかと判断し、黒点を己の場所に呼び戻した。


「恐ロシイナ……クカ……ソコマデ己ヲ律せる存在ハ見タコトガナイ……」


「それはどうも。にしても君の身体は限界に見えるけど大丈夫かい?大人しく引きこもっていた方が身のためだよ」


 ナムラクアイを良く注視すると、身体は乾燥したようにパリパリと皮膚が向けており、胸部には深い皹が入っていた。

 過度な変形による負担は相当なモノだったのだろう。

 その太郎の指摘にナムラクアイは声を上げて笑う。


「クカカ…クカカカカッ!ソノ通リダ!クカ、持ッテ数日……ダガ、クカカカカッ……貴様ヲ殺スニハ充分、ダロウ?」


 以前、ナムラクアイが放った全身全霊の一撃を太郎に止められていてもなお、この余裕。

 明らかに前回と違う何かがある。

 そして、それを理解した上で太郎は焦ることもなく、会話を続ける。


「確かに勇者相手にそれだけ啖呵をきれるなら大丈夫そうだ」


「嘗メラレテイルノカ?……モシヤ、私ガ何ノ策モ無シニ現レタト思ッテイルノカ?イヤ、貴様ハ悟イ……理解シテイルハズダ……クカ……一体何ヲ考エテイル?」


「そう言う前置きはいらないよ。此方はさっきから待ってあげているんだ。とっとと見せてくれよ君の奥の手を」


「クカカ……」


 それだけ呟くとナムラクアイは屋根から飛び降り姿を消す。

 暴食を四方に展開している現状、敵の波状攻撃には対応出来るが、その分以前のような貫通力の高い一撃に対しては視界の制限がかかっている分対応に遅れが出てしまうだろう。

 聴覚を集中させ敵の出方を見るがナムラクアイから仕掛けて来ることは無かった。



 突如州都がぐらりと揺れる。

 震度にして言えば4強程度のモノだが今偶然起きたモノとは到底思えない。


「となると……なるほどね。蠱毒の壺はまだ完成して無かったと言うことか」


 先程までそこら辺で意識もなく蠢いていた肉塊が退いていった。

 その不自然な動きにナムラクアイの狙いを太郎は理解した。


 一斉に動き出した人の塊は地響きを揺らしながらこの州都の中心に集まっていった。


「太郎様っ!あれは!?」


 ウルールが指を指す方向。

 それは州都の中心。

 その方向に先程まで存在しなかったはずの一柱の塔が天高く聳え建っていた。


「見えてるよウルール。全く悪趣味な塔だ……」


 肉の塊となった人間を押し込み練り込み固め造り上げた人製肉の塔。

 圧縮された肉塊は悶えるように蠢き離れようとしていた。

 それを押さえ込む形で続々と肉塊が一つにまとめられていく。

 それをしているのは塔の頂点に立つナムラクアイであった。


「化け物に変えられた人達を一ヶ所に集めているようですっ。私の勘ですがあれは早急に止めないと不味い気がします……」


「何言ってるんだウルール。一ヶ所に集まってくれるなら手間が省けるってものじゃないか」


「そうかもしれませんが、あの男がこの場に残っていたのは勇者を殺し得る方法が合ったからです……つまり、完成したあれは勇者と言えど危険なんですっ」


「ウルール、勇者ってのは薬物を使った一兵士に殺られてしまうほど弱いのかい?」


「あれは勇者の能力を用いた薬だって自分で言っていたじゃないですかっ!普通とは訳が違います、危険度は大ですよ!それにあの男の名前が本当にナムラクアイなら帝都で騎士を数百人殺した一流の暗殺者ですよっ」


「なるほどね」


 そう頷いた太郎だったが一切動く気配を見せない。

 そこでウルールは理解する。

 リスクも危険性も完全に理解した上で止める気がないのだと。

 しかし、それが自分が負けるはずがないという傲りからには見えない。


「……一体何を考えているのですか?」


「……実は言うとこれは只の僕の好奇心だ。数万人の命を母体とした肉塊。ナムラクアイがそれを取り込み束ね蠱毒は完成する。それは数万人の中から生き残った最後にして最強の生物だ、僕はその可能性がどれほどのものか見てみたい」


「勝てるのですか?」


「さあ、分からない。けど、所詮数万人の命だけだ。その中に勇者や魔族がいれば力も一気に跳ね上がると思うけど……。どちらにしても、僕が負ける道理はない」


 これが蠱毒であるなら強い者が取り込まれあうことでより強い生物が生まれる。しかし、この膨大な数を一つに取り込まれた事で自我の消失がおき、結果、先程まで只の肉塊として動いていただけだった。

 それはそれだけ強靭な精神性、肉体を持ち合わせていなかったからだ。

 もしここに勇者や幻想種のような魔族が取り込まれていたのならそんな事態は起きてなかった。

 つまり、これが構成されている大部分は民衆であるのだ。

 当然、ユニコリア達もそれを理解していたのだろう。

 だからナムラクアイがここにいたのだ。

 強化薬を用いてもなお、理性を持ち続けた成功例としてこの数万人の命を取り込み一つの個にする為に。


 ウルールと太郎は会話をしながら塔に向かって駆けていた。

 そして、蠢く塔の元へたどり着いた時点で州都全域に広がっていたはずの肉塊は塔に凝縮されていた。

 そして、数百メートルはあるであろう塔は二つに分離したかと思うと螺旋を描くように蠢き、中心に立っていたナムラクアイに勢いよく衝突する。

 しかし、ナムラクアイに直撃したもののそれは弾けることも無く、ナムラクアイの肉体に取り込まれていく。


「クカカ……グガ…グガァァァアァァァァッ!!」


 ナムラクアイは肉体を膨張させながら、苦悶の悲鳴にも似た咆哮をあげる。


 ここに蠱毒は完成を迎えた。



「大きい、ですね」


「いや、寧ろよくここまで圧縮できたモノだと思うよ」


 太郎達の視線の先に立つ怪物。ナムラクアイ。

 その体長は10メートル超えているだろう。

 血のように赤い肌の所々には取り込まれた人の顔が蠢き、100を超える黒い瞳は四方を捉えるように全身に張り巡らされている。

 八本の腕の先端にはそれぞれ形状が異なる薄汚れた刃が幾重にも重なって生えていた。


「ウルール。後ろだよ」


「あ」


 太郎の叫びでようやくウルールは視界から怪物が消えていた事に気付いた。


「ク、カ」


 ナムラクアイはウルールに振り替える暇すら与えず、八本の腕を地面に向けて降り下ろした。


 その一撃で地面が割れ陥没する。

 反応以前に認識すら出来なかったウルールがその一撃を避けられる通りもない。

 しかし、間一髪の所で太郎が割り込み、ウルールへの直撃を反らした。

 結果として地面に叩きつけられたのは太郎であった。

 勢いよく地面に叩きつけられた太郎は芯に響く一撃を受けてなお、意識を途絶える所か傷を負うことすらなかった。

 そもそも悪の体現者は膨大な魔素を身一つに濃縮しており、耐久力が他の生物と比べ圧倒的に高い。

 ナムラクアイも太郎にダメージが入っていないことに気づいていたのだろう間髪入れず、八本の腕を駆使し、ウルールもろとも連打を打ち放つ。


 そのウルールを守る為に展開していた黒点アーテルを濃縮させる。


 そして、太郎自身はと言うと、その乱打の中を舞うように避けそして、ナムラクアイの腕の上を駆け、胴体を蹴り飛ばした。

 轟音と共に巨体が持ち上がり、数十メートル吹き飛ぶ。


「ふう」


 ようやく一段落つけると息を吐き、ウルールの安否を確認すると。


「ん?」


 ウルールの前には真っ黒い少女が立っていた。

 深淵とも思える深き黒。

 それが何なのか太郎には分かる。

 先程、黒点を密集させてウルールを守ったのだからあれは黒霧だ。黒霧を大剣や竜の形にすることはあったので少女の形をとっていても可笑しくはないだろう。

 但し太郎が指示したのならだが。


 太郎が今回不思議そうにしたのはそんな指示をしていなかったのにも関わらず、人の形をとったからだ。

 咄嗟の事でイメージをしやすい人型を取ったのかも知れないが。


「『暴食』」


 指示を出しても人型が解除出来ない事に気がつく。

 それどころか、黒い少女は自我を持ったかのように勝手に動き始めた。


「っ!」


 吹き飛ばされたナムラクアイに向かって勝手に飛びかかり始めたのだ。

 流石の太郎もこの能力の暴走とも言える事態に驚愕の声をあげる。


 獣のように飛び付いた高濃度黒靄黒い少女はナムラクアイによって捕まれ投げられるも何度も繰り返し飛びかかる。


 太郎はその行動を止めようとはせずにこの予期せぬ事態の原因を考える。

 以前から意図せず動く事は多々あった。しかし、ここまで制御不能になることは一度もなかった。

 何故、今いきなり暴走したのか?

 己の固有武装である『暴食』はあらゆるものを消化し吸収する能力だ。

 その吸収した過程で他者の知識を得ることが出来るがその送られる先は2択。主である己か『暴食』へだ。

 これまで自分に送られた場合は情報として、『暴食』に送った場合はエネルギーとして使われていると考えていた。

 しかし、今回の事態を鑑みるに『暴食』に吸収したエネルギーを送った場合、出力や能力の上昇だけでなく、知識も同様に得ていた可能性がある。


 つまり、太郎に送られるはずの知識が暴食に送られることで数多に近い知識を集約して自我、あるいは自我に近い思考を手に入れたと考えられるのが現状一番可能性が高いだろう。


 あるいは単純に能力の成長であるかもしれないが、限外能力、固有武装は己の理想、欲望そういった感情面に強く左右されるはずだ。


 人型の少女を模した能力に自分がいった何を望んだのか想像がつかない。


「学習する知能はあるみたいだけど、自我が本当にあるのかは分からないな」


 黒い少女は先程までは只単純に飛びかかっていたのだが、その攻撃が通じないと判断した時点で動きを変えた身体を自在に変形しながら、巧く交戦していた。


 その黒点の動きは太郎が指示するより、速く精密であった。


「僕が指示しない分タイムラグがないのか……それに完全に僕の管轄から離れ独立している。自立型の《暴食》ということなのかな?」


 太郎は己の右腕から黒点アーテルを放出するもそれは制御不能に陥らなかった。

 しかし、黒点の最大量がかなり減少しており初期の頃と差ほど変わらないぐらいであった。これは能力の容量がかなり彼方に取られているということだろう。



 能力の変化についてはまだ試行錯誤が必要ではあるが、先にナムラクアイを仕留めた方がいいかとそう思ったが、その考えを直ぐに改めた。



 必要ないか。



「クカカ、クカ、クカ……」


 数万の命の塊でナムラクアイであったが、『暴食』の暴走により半数は喰われてしまってようで最初ほどの脅威は感じない。

 その反面、黒い少女は喰らった命の量だけ力を増しており、徐々に一方的な展開に変わっていっていた。



「凄いあの怪物相手に圧倒的じゃないですか……」


「全くだ」


 ウルールの感嘆の言葉に同意で返す。

 それだけ黒い少女は可能性に満ちた力であった。

 黒点の集合体である為、不壊、不滅。

 それが自立して稼働する。知能がある敵ならば能力の本体を潰すのを考えるだろうが、今のナムラクアイのように思考レベルが低下している相手に対しては一方的な戦いを強いることが出来る。


「ナムラクアイ、蟲毒の利用法、集合体の形成……これだけの技術力が何故帝国にあるのだろうか」


 有象無象の寄せ集めでこれだけの力を手に入れられる事は素晴らしい事だとは思う。実用化したら魔族相手にもある程度闘えるようになるだろうし、勇者相手でも時間稼ぎ程度なら可能だろう。

 これだけの技術力が何故帝国にあるのか謎であった。


「勇者の能力だからなのでは?」


「勇者の能力だとしても、実用化までの期間が短すぎるんだよ。これではまるでその能力が始めからどういったモノなのか分かっていたように見える」


「それは……確かにそうですね…」


「……早く革命軍に戻った方が良いかも知れないな……」


「クカカ……勇者っクカカッ!」


 突然勇者と太郎の事を呼び始めたナムラクアイ。

 それにより太郎は思考を中断させる。



「ん?自我が残っていたのかな?」


「勇者ァッ!勇者ァァァァァァァッ!」


 暴食で喰われるのを無視しながら己に突っ込んできたナムラクアイの巨体を裏拳で吹き飛ばす。


「いや、これは憎しみ?良く分からない、けど君が勇者に固執している事は分かる」


 吹き飛ばされたナムラクアイは10メートルはある巨体を変型させながら、起き上がる。

 そして、此方にまた突進する動作を見せる。

 しかし、その身体が太郎に向かうことはなかった。


「グガガッッ!ガフッ!ラァァァァッ!」


 苦悶の声をあげたナムラクアイ。

 その八本の腕には漆黒の大剣が突き刺さっていた。

 これをしたのが、誰かなんて考えるまでもない。

『暴食』の権能により構築された斬って喰らう大剣。

 それを現状出せるのは人化した黒点、黒き少女だけだ。


「これは僕が以前、創造した大剣か」



 太郎の驚愕を余所に少女は空高く跳躍する。

 その背には数多の剣。全て黒点により造られた飢餓の大剣が連なっていた。

 人の欲望の一つを集束したその無数の大剣は地上に蠢く獲物に照準が向けられる。

 そして、ナムラクアイに向けて射出された。

 死と消滅。それが大地に降り注がれる。

 動きを大剣により封じられていたナムラクアイは避けることすら叶わず、全てが直撃していく。


 最後の一本まで射出仕切った少女は剣山となったナムラクアイの上に器用に着地し、くるりとその場で一回転する。


 そして、何かを口ずさんだ。

 声帯の存在しない少女では言葉として世界に響く事もなく無音であった。

 しかし何処か誇らしげな黒い少女を見ながら太郎が口を開いた。


「黒ひげ危機一発……ね」


 そして、呆気なくナムラクアイとの戦いは終えたのであった。

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