第68話不穏

 影狼とそりを手に入れた太郎達は星の光に照らされながら平原を駆けていた。


「し、下に布をしいたといえ、かなり揺れますね……」


 移動を開始してから既に四時間が経過していた。

 その間、ずっと揺らされていたからかウルールの顔色は悪い。

 吐かれても困るなと思った太郎は休憩を提案する。


「確かにこれでずっと移動も疲労が溜まるね……よし、途中で休憩を挟もうか」


「た、助かります」


 寄りかかれそうな木の側でそりを止める。

 そこで腰を下ろし一息つくも。


「……これは」


 自分達の通ってきた道筋の遥か遠くを見つめる。

 同じように座り込んでいたウルールはその太郎の様子に疑問を抱く。


「どうしましたか?」


「……いやなんでもないよ。それよりこの予定ならだいぶ早く着きそうだね」


 遠くから何かが近寄ってくる気配を感じ取ったが距離が離れている為、それが自分達を追ってのモノなのかは分からなかった。

 疲労したウルールの顔を見て、無駄に不安がらせるのもよくないかと考え。

 適当に話を反らし、今の事を黙っておく事にしたのだった。


「そうですね。太守から良い返事を貰えると良いのですが……」


「そうだね」


 良い返事を貰えなかったら最悪力押しでも話を進めるつもりだけど。


 嫉妬により無貌の幻身を使いさえすれば一時的になら太守に成り代わる事は可能だ。

 そうなるとウルールと太守は消す事になるが、それは後からどうとでもなるだろう。


 そんな考えは露知らず、ウルールは身体を寝転ばせて目を伏せる。

 影狼を使っての移動は思いの他体力を削られていたようでウルールはうとうととし始めていた。

 それを見た太郎はウルールに少し寝ることを提案した。

 彼女は最初はその意見を断ったが、明日はそんな暇が無いかもしれない。そのせいで途中で倒れられても困る。だから寝てほしいと太郎がお願いすると彼女は渋々と了承した。

 付き人として来た自分が先に眠るのは騎士として抵抗があるのだろう。

 だが、睡魔には抗えないようでその後直ぐにウルールは小さな寝息をたてながら眠りこけた。



 虫の羽音に小さな寝息がだけが響く。

 そんな中、太郎は改めて後方に視線を向けた。


 先程と同じように州都に向かって突き進む複数の気配があった。

 まだ、距離はかなり離れているが、この感じだと数十分そこらで追い付かれる事になるだろう。

 太郎達と同じように深夜に州都に向かう同類なのかもしれないが、太郎の勘がそれは違うとうったえかけていた。

 そもそもそんな都合よく今日発の商隊がいたりするばすがない。

 例えもしいたとしても太郎の妨害をしてきた敵がそんな動きを許すはずがない。


「殺るか」


 太郎は隣で眠るウルールに手を伸ばし、額に触れる。

 そして、術式を構築する。

 闇の魔術の一つ。『感覚制御』

 対象の痛覚といった感覚を増幅あるいは失わされる魔術で、痛み止めの代わりに痛覚を感じなくさせたり、奴隷といったモノを調教するときに感覚を増幅させ苦しませるのに用いられる魔術だ。


 額にαに似た紋様が浮き上がる。


 これで五感を全て奪った。

 これによりウルールは自らの意思で目が覚めるまでどんな事が起きても起きることがない。

 折角眠らせてあげたのに起こすのは忍びないと太郎なりの配慮であった。


 太郎は自分の布をウルールに被せると、魔術を固定化させる。

 そして、影狼に州都まで向かえと命令を下した。

 その号令と共にウルールを乗せたそりは影狼達によって引きずられていった。


 それを見送った太郎は逆の方向に駆け出した。



 恐らく、今後ろから接近してきている相手は太郎達の馬車を破壊した奴等で間違いないだろう。

 であるなら、今回は先制攻撃で叩き潰す。

 太郎はそう決めた。

 足手まといであるウルールは先にそりで州都に向かわせておけば、太郎一人であるならば充分追い付ける事を見越していた。


 そして、太郎が駆けること数分。


 敵を捕捉した。


 黒いローブを被った八人の男。

 ボロボロのローブの合間からは様々な拘束具が見え隠れしている。

 これで只の人間ですっとでも言ってきたらどうしたものかとあり得ない創造をしながら太郎は接近していく。

 彼方側も此方の存在に気づいたようで敵意を向け、咆哮をあげる。


『暴食』を発動させ、黒点アーテルを大剣の形に圧縮させていく。


「何でも食べちゃう剣の出来上がり」


 太郎は作り出した黒剣を両手で待つと、強く大地を踏み込んだ。


 地面が軋み、草木が吹き飛ぶ。

 跳躍と呼ぶに相応しい高速の一歩。

 それにより黒ローブの男達の懐に完全に入り込んだ。


 そのまま大剣を横に凪ぎ払う。


 三体の男が装着していた拘束具もろとも切断される。


 黒いローブが外れ、醜悪な表貌が露になる。

 その姿はやはり一昨日見た化け物達と同じものであった。

 であるならば対処法も前回と同じで事足りる。

 超高速で再生するなら再生する速度を上回る速度で殺すかあるいは再生する部分すら残さず、多面的に敵を殺すまでだ。



 切断した直後、黒点を展開し二つに分かれたその化け物の存在を一欠片残さず食らいつくそうとする。

 しかし、その動作をした直後、残りの化け物達が仲間を庇うように太郎に飛び掛かった。


 咄嗟に太郎は後ろに飛び退き、振り落としてきた腕をかわす。


 今の動きはまるで太郎がこれからするべき事を理解していたようだった。


 以前、戦闘した理性どころか知性する無かった化け物達とは違うみたいだ。


 僕が使った能力をこいつらは知っていると言うことは以前の戦いから学習されている?いや、全て殺し尽くしたはずなのだから知らされていると言うことか。

 だから僕の暴食に過敏なまでに反応した。


 暴食を四方に展開する。

 それだけで化け物達は警戒するように飛び退く。



 やはり、ある程度命令に従う知性はあるようだ。


 しかしながら、反逆の心配もなく命令に従う不死の軍団。

 まあ、面白い事を考えるものだ。

 ここまで強化兵士が完成されているなら、他国では相手にはならないだろう。


「けど、僕や勇者の相手にはならない」


 刻印が刻まれた右腕は黒く染まり、暴食の気配が増していく。

 光すら飲み込む黒点アーテルが津波のように彼等に襲いかかる。


 その膨大な数による多面的制圧に化け物達は飲み込まれていく。

 彼らも四肢を動かし必死にもがくが暴食の前にはそれすら飲み込まれていく。

 そして、世界が黒に染め上がる。


 その様を見ながら太郎は暴食により得られた知識を整理していく。


 この化け物達は知能があると言ってもやはり生物の中ではかなり低いようで簡単な命令や言葉を認識するのが限界のようだった。


 それにかなり濃度を薄めた蠱毒の血を改良することでここまで制御出来るようになったようだが、その反面、力は原液の者と比べると劣り、再生能力もたかが知れた。

 これなら騎士数人で畳み掛ければ充分処理出来る範囲だ。


 しかし、これの厄介の所は別の所にある。

 それは簡単にこの強化兵士を量産出来ると言う事だ。

 元が騎士といった良質な存在であればあるだけ強い強化兵が出来るが、只の村人に使っても騎士クラスの強さを得ることが出来るのだ。

 それを注射一本で簡単に作れるとなると戦争の歴史を書き換えることになるだろう。

 勇者能力がそれだけ凄いと言うことなのだろうが、経った一ヶ月そこらでそこまで研究が進むのは不思議であった。

 まるで始めから使い方を熟知していたように見える。

 かつて同じ限外能力があって、それを皇帝が知っていたのだろうか?

 しかし、太郎が読んだ限りの書物ではそんなモノは存在しなかったはずだ。


 帝国と王国で情報に差があると思えないが。


 暴食が完全に補食し終えると黒点が勝手に太郎の右腕に戻ってきたことで太郎は思考を中断される。


「なんか、これおかしいよね……」


 困惑気味の太郎だが、まあ命令に反した訳でもないから良いかと納得し、己も州都に向かうべく大地を蹴った。






 大地を駆けること五分でウルールを連れた影狼に追い付くと、そのままそりに乗り込む。


 このペースでいけば明日の昼にはつくだろうと考えながら、太郎も眠りについた。



 ウルールが目を覚めると同時に太郎は目を覚ました。

 そして、即座にウルールに駆けていた感覚制御を解除した。


「あれ?」


 ウルールは一瞬不思議そうにしたが、寝起きのせいだろうと考え、目の前にいる太郎にそりに乗っている理由を聞いた。


「休憩後に出発しようと思ったんだけどね。余りにも気持ち良さそうに寝ているから起こすのも悪いと思って僕がそりに乗せたんだ」


「そうだったのですか……申し訳ありません。付き人ととして」


 長々と話しそうになるのを察して太郎は口をはさんだ。


「謝罪は必要ないよ。それにどうせなら感謝をしてほしいものだね」


「あ、ありがとうございます……」


「そうそう。だいぶ夜の内に進んだみたいでね……今日の昼頃には州都プリンカプーレに着きそうだ」


「かなり速い。この子達のおかげですね」


 そういってウルールは影狼を見る。

 影狼達はずっと走りぱなっしの為、だいぶ疲労しているように見えた。


「まあ、そろそろ疲れて速さが落ちてきたみたいだけど」


「休憩させますか?」


「いや、必要ないよ。無理矢理にでも走らせるから」


「……ははは…、なかなか厳しいのですね」


「影狼に配慮する必要なんてないしね。それに州都まで着いたら解放してあげるつもりだしそこまでは頑張ってもらうよ」



 太郎は雑談を交えながらウルールから州都について聞いていく。


「太守のポヨヨン・デモナーレってどんな人なの?」


「あー、あの方はですね……まあ、色々インパクトが凄いです……。口調も見た目も性格も」


「へえ、話を聞いた限り面白い人みたいらしいけど」


「す、素晴らしい方ではあるんですよっ!税も安く、民にも優しい。帝都の奴等に見習って欲しいくらいの立派な太守です……」


「ウルール的にはデモナーレ殿は革命に賛同してくれると思う?」


「……正直言うと難しいと思います。民の安全を一番に考える方ですからわざわざ領民を危険に晒してまで革命に協力してもらえないかと」


「プラナリアもそう言っていたね……けど、帝国とは仲良くないんでしょ?」


「そうです。帝国の増税や軍備拡大には反対した立場ですし、どちらかと言うとアリレムラ様に近い考え持っている御方ですね」


「なるほどね。なら、領民は今回の革命に対してどう思っていると思う?」


「恐らく、どちらでもいい……が一番多い意見かと。彼らからしたら皇帝の行った事には反対でしょうが、逆らうのは危険だとも認識しています」


「つまり勝ち組に乗れるならどちらでもいいって事か」


「まあそういう事になると思います。デモナーレ様もそう言った領民の気持ちを理解しているので中立の立場にいるのかと。アリレムラ様が勝ったとしても此方を無下にはしないことは分かっておられるでしょうし」 


「聞く限り、デモナーレ殿は優秀そうで交渉は大変そうだ」



「ですが、時間も余りありません。早急に話をまとめる必要があります」


「そこだよ。時間制限ってのがネックだ。まったく、どうしたものだろう」


「だ大丈夫ですよっ、デモナーレ様は情に暑い方です。きっと我々が真摯に対応すれば分かって貰えるはずです」


「そうだと良いけど」


 荒事にはしたくないから。


 太郎はそう心の中で呟く。

 話を聞いた限り、いい人なのだろう。

 そんな人間を殺すのは流石に多少心を痛めるものだ。

 どうせなら殺さないで済むといいなぁ。そんな事を考えながら太郎はこれからどうするか思案するのであった。






 そして、大陽が一日で一番高い位置にあるであろう頃。

 太郎達は州都にたどり着いた。


 まだ、数百メートル離れているが影狼を逃がすのにこのぐらいの距離がいるだろうとそりを止め、魔術を解除する。


 解除した途端、影狼達は疲れていたはずなのに今日一番の速さで一目散に逃げていった。

 よほど嫌だったらしい。


「さて、向かおうか」


「そうですね」


「と言いたいところなんだけど。悪い知らせがあります」


「悪い知らせ?ですか?」


「ああ、本当に最悪な話だ……」


「……一体何が?」


 胸糞が悪いと言った太郎の不機嫌な顔。

 それは珍しい表情であった。

 しかし、その言葉を聞けば何故、そんな表情をしていたのか納得せざるを得ない。


「州都からあの化け物の気配がする。それも数匹なんて話じゃない……数千、いや数万かな。流石にこれは吐き気がするよ……」

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