第67話影狼
異形の化け物達に襲われ、甚大な被害が出た革命軍。
しかし、太郎にはその行動に打ってでた皇帝側の狙いが掴めなかった。
奴隷や囚人とは言え、禁忌と言える人体実験を行っていたという事実は少なくとも民衆や一部の貴族から反感を買うのは間違いない。
だというのに奇襲とは言え、部隊を組んであまつさえ勇者の姿を現してしまっては言い訳の仕様がない。
それを抑えるだけの力が普段の皇帝ならあるだろう。
しかし、今は革命により国は二分化されてしまっているのだ。
普通なら敵対勢力をわざわざ増やすような事はしないと思われた。
これでは大義が此方にあると宣伝しているようなモノであった。
しかし、それを考えてもあちらの狙いが分かるはずもなく、考えても分からないなら此方も最大の準備をしておかねば、会議の結果、他州に協力を要請する事になった。
初戦の結果からこちらに足りないものは錬度そして質であった。
一騎当千が群雄割拠しているこの中、何より必要なのは100の烏合の衆なのではなく、一人の強者であった。
人の数は此方の大義を強める意味もありまた、義勇兵は支援部隊を増やすために必要な人材ではあるが、ある意味そのせいで集った彼等から犠牲を多く出すわけにも行かなかった。
そのため、帝都での総力戦までは可能な限り州兵で突破していく方針になり、初戦では彼等の大多数を後方部隊に回していた訳なのだ。
しかし、敵側の奇襲により、義勇兵を含めた総勢三万近い被害を被ってしまった。
それを補うためにも他の州に協力を要請するのは必要事だと言えた。
そしてそれは大多数の者が理解しており、真っ向から否定するものは出なかった。
では誰が行くか?
それが問題であった。
使者として送り出すにもこの戦況では時間を掛けて交渉するわけにはいかない。
であるならば直ぐに決定権を下せる人材を送る必要があり、またあちらにとって信頼性がある人物である必要があった。
その要点を抑えるとなると、プラナリアあるいはクルトガモートピア伯爵が挙げられるが当然指揮官である二人が出るわけにもいかない。
そして議論のすえ、結果から言うと太郎が行くことになった。
それに至るまでの経緯は長くなるため割愛してしまうが、簡潔に言うなれば太郎の根回しによってこの結論で落ち着いた。
言わば、出来レースであったものを長々とやっていたわけだが、それには理由がある。
と言うのも太郎もここまで議論が長引くとは考えていなかったのだ。
その予想外であったのはクルトガ伯爵が猛烈に反対したからであったのだが。
まあ、それは既に終わった話であり、気にすることではないだろう。後々面倒な事になる恐れもあったが今は捨て置く他無い。
とりあえず今は己のすべき役目を果たす必要があった。
東に位置するモモンガ州。
そこの太守である、ポヨヨンデモナーレと交渉をし、帝都攻撃までに軍勢を率い参戦する。
普通なら難しい案件であったが、太郎からしては元々計画していた考えがあり、なんとかなるだろうなと考えていた。
その為にモモンガ州に入った直ぐ近くに位置する都市、ハームに訪れていたのだが。
「いない……可笑しいな」
太郎は予定とは異なる展開に不思議そうに首を傾げた。
裏路地にある小さな建物。
本来ならここでスラムの人間と待ち合わせるはずだったのだが、彼等の姿は誰一人見当たらず、僅かに真新しい血の痕跡が残されているだけだった。
考えられる可能性の中で、最も高いと考えられるのは既に殺されている場合だ。
クルルカ達によるハッテムブルク襲撃に置いても、結果としては成功と言えたが、始まりは何者かに情報をリークされており、突如敵に襲われた。
その時あの計画を知るものは太郎とスラムの一部だけだ。
それを踏まえると、今回も此方の計画も既に知られており、この状況は既に協力者は抹殺された後だと考えるのが妥当だと言えた。
スラムの中に裏切り者がいるのはほぼ間違いない。
何か変わった神遺物でも持っていればまた話も別だろうがそこまで考えを広げては特定するのが困難であるし。
「さて、どうしたものか」
裏切り者がいる。
それを底にして物事を進めておく必要があった。
「勇者様、何か問題があったのですか?」
太郎が思案に耽っていると後方から声を掛けられた。
黒で統一された衣服に白のラインが入った小さな帽子を被った士官の格好をした女性だ。
名前はウルール・カイドール。
太郎と同じく革命軍の使者として今回、モモンガ州に来ている一人だ。
勇者である太郎がまだ此方の土地勘を持っていないだろうと元々この州出身だった人間を秘書としてつけてくれたのだ。
「此方で会う予定だった人がね……来てないみたいだ」
「それは今回の計画に関係していた方ですか?」
ウルールは今回の作戦について詳しく話を聞かされていなかった。
それもそうで今回、太郎が行おうとしていた策は人道的では無い策であり、ウルールには事の詳細を教えずに決行するつもりだった。
「まあ、そうだね。けど居ないならしょうがない。方針を変えよう」
「どうするおつもりですか?」
「州都に向かう」
「州都にですか……では、馬車を呼んできます」
「いや一人で行くのは危ないよ。嫌な気配が漂ってるからね」
「嫌な気配……ですか?」
「そう、誰の手先か分からないけど、僕らの動きを邪魔したい奴がいるみたいだ」
その言葉を聞き、ウルールは軽快した様子で辺りを見回す。
しかし、人の気配は感じ取れない。
「……この辺りにですか?」
「いや、近くにはいないと思うね。けど、一人になったら間違いなく狙われるのは君だから気を抜いちゃダメだからね」
勇者である太郎と士官のウルール。
どちらを敵が狙うかは明白だ。
その言葉にウルールは息を呑む。
「分かりました……」
その後、この都市から州都に移動するために馬車の元に戻る二人。
しかし、馬車があった場所には無惨に破壊された馬車の残骸と四肢を切断され息絶えていた馬、そして首を跳ねられた従者が横たわっていた。
「なっこれは……」
ウルールはその光景を目の当たりにして声を洩らす。
「僕らの足を潰しに来たか……」
従者の死体に近付き、跳ねられた首の断面を除き込む。
断面はぐちゃぐちゃで引きちぎられたように見える。
馬の死体を見た所でも血管が千切れている様子からこれをした相手は刃物を使ったのではなく、力で無理矢理切り裂いたと考えられる。
「人というより獣の犯行に見える……」
「獣ですか?しかし、いくら人通りが少ないとはいえ都市内部に獸が入り込めば騒ぎになっているはずですよ」
「……。人在らざる者」
ふと太郎が呟いた言葉に耳聡く反応するウルール。
「えっ?」
「僕らの夜営地を襲った化け物……彼らなら人に紛れられたりしないかな」
太郎が考えた可能性。
それは夜営地を襲った化け物の存在だった。
人型に近い化け物もおり、充分考えられる線ではある。
「……わからないです。ですが、理性があるように見えなかったあの化け物が私たちの馬車だけ破壊できるものなのでしょうか?」
「確かに理性は無かった。けど、命令には従っているように僕は見えた。どれ程細かい指示が出来るのかは分からないけど、可能性の一つには挙げてもいいと思う」
「となると指揮をしていた勇者も此方に?」
「流石に彼が此方にまでわざわざ来るとは思えない。けど、来てないとは断言出来ない。それだけ、帝国側の動きが可笑しい」
何というか全体的に雑なのだ。
試しに実験しているようなそんな適当さが今の帝国から感じられる。
だからだろうか理論だった考えを過信するわけにはいかない。
なら、いくら考えていようが正答にたどり着く筈もないのだから今ここで考え迷っているのは無意味な事か。
「これは議論しても仕方の無いことだったね、とりあえず移動手段を考えよう」
「移動用の魔物を借りるか乗り合い馬車に乗る選択肢の二つかと」
ウルールが間髪入れずに答えた回答は妥当性の高い内容だった。
当然、太郎もそうするだろうとウルールは思っていた。
しかし。
「そうか、じゃあ
彼はその案を否定した。
「へ?」
その事にウルールは困惑した様子を見せた。
それに対して太郎は自分の考えを説明する。
「敵は僕らの足を完全に潰す気でいるだろう。なら真っ先に思い付くその選択肢はあえて外そう」
ここまで対処して後は、はいご自由にどうぞって訳な筈がない。
間違いなく、敵は妨害をしてくる。いや、既にしてある筈だ。
なら真っ当な選択肢は既に潰されていると考え、敵の裏をかく必要がある。
「ではどうするのですか?」
ウルールの質問に太郎は少し考えた後に答えた。
「そうだね。よし、移動用の魔物を自分達で捕まえよう」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
太郎とウルールは街の外に出て、平原を歩いていた。
「本当に、可能なのですか?魔物を捕まえるだなんて」
「遭遇さえすれば難しい事じゃないはずだよ。魔隷の呪をかけてさえしまえば終わりだからね」
「それが難しい事なのだと思うのですが……」
そんなウルールの不安はさておき、太郎は歩き続けた。
そして、歩くこと30分、狼の群れを発見した。
と言うより、此方の存在に気付き狩りに来たようだった。
「あれは、影狼ですね。此方を狙っているようです」
影狼。夜行性の狼で敏捷性が高い魔物だ。
黒と灰色の毛並みは闇に紛れ視認しずらく、赤い瞳だけが反射し輝いていた。
夜目が聞く影狼にとってのこのこ歩いている僕ら二人は格好の獲物に見えるだろう。
だけど、残念。狩るのは此方側だ。
「あれにしようか……」
「何がですか?」
「捕まえる魔物さ。あれで移動が出来ると思うんだ」
出来れば馬型の魔物が良かったが今は贅沢を言っている場合ではない。
とりあえず、一日半近く移動できる生物であれば許容すべきだ。
「あれに……乗るのですか?勇者である太郎様なら大丈夫でしょうが、私では振り落とされてしまいますよ」
影狼のサイズは体長1メートル程度だ。
人一人なら乗れる大きさであるが駆け抜ける時の揺れは馬車の比では無いだろう。
只の人間であるウルールでは途中で振り落とされるのが目に見えた。
「僕も出来たとしてもあの乗り心地の悪そうな背に一日も乗ってたくないよ」
「では捕まえてもどうするのですか?」
「まあ、まずは捕まえてから話すよ」
「そうですね……手伝いますか?」
「いや、いらないよ。直ぐに終わらせる。そもそもこの程度なら」
太郎が術式を瞬時に構築していく。
二つ同時にだ。
片方は新しい魔術。
そしてもう片方は何度も書いた慣れ親しんだ術式だ。
「戦うまでもないからね」
闇の魔術。『魔隷の呪』。『呪縛の魔手』
それが同時に発動する。
暗闇の中、魔手が駆ける影狼達に迫った。
狩る側だと思っていた影狼は突然の攻撃に反応することすら出来ず、魔手に身体を締め付けられる。
「クルゥゥ……」
瞬時に束縛された五匹の影狼。
その呪縛の魔手に取り押さえられた影狼の身体の中心。
心臓に位置する場所に魔手が伸び触れたと思った瞬間、女神と蛇の紋様が強引に刻まれ込む。
魔隷の呪は知能が高い生物には抵抗されてしまうと弾かれてしまう魔術だが、狼程度の知能なら相手するまでもなく隷従させることが可能だった。
といってもそれは太郎の膨大な魔素によるごり押しの強制契約であり、只の人間がおいそれと出来る代物ではないが。
その離れた相手に対しての強制契約に。
「凄いっ」
後ろに立っていたウルールはその一連の手順を見て感嘆した声をあげる。
術式の同時併用。
それも魔術に更に魔術を付与するという高等技術。
勇者の圧倒的な力とは別の、人間離れした異常なまでのその制御技術にウルールは驚かないでいられなかった。
「終わりっと」
「もしや太郎様の能力は魔素制御に関わっているのですか?」
「いや、違うよ。あれはこの前覚えた奴を試しただけ」
「ですが、まだ太郎様は召喚されて一ヶ月も立っていないはず……あれほどの手慣れた制御技術一朝一夕では身に付くとは到底思えないです……」
勇者は基本的に並外れた身体能力と限外能力による力で他生物を圧倒する。
小手先の技術と言ったものは非凡ではあるが、あくまで人の範疇に収まる程度でしかない。
太郎のように魔術を精密に操れる者は限外能力の恩恵があるのではと考えるのは当然の話だ。
「まあ、魔術が得意なタイプの勇者みたいなんだ」
太郎としては別にどうでもいいことを聞かれたので適当な理由を挙げる。
それにウルールは納得したように頷く。
「確かに勇者によって得意不得意が分かれる話は聞いた事があります……やはり。勇者とは凄い者なのですね!」
その女性の反応に内心、僕は勇者とは真逆の位置に立つ存在なんだけどと思った。
悪の体現者。
勇者とは異なる異形の称号。これが何なのかは太郎自身も未だに理解していない。
だが、決して己が善人だと思っている訳ではないが己がその存在である事には違和感を覚えていた。
その違和感は、
どろどろとぐちゃぐちゃとした渦の中に二人の己がいるようなズレた感覚。そして気味の悪さ。
常時感じるこの違和感という名の不快感に太郎は悩まされていた。
「太郎様?どうしましたか?」
ウルールの問いかけで自分が考え込んだいた事に気づく。
「ん?ああ、なんでもないよ。それより、足は確保できたしとっととこれで移動しようか」
「はい」
太郎達は近くに点々とあった木に向かう。
魔隷の呪により立場関係を理解した影狼達は大人しく後ろに着いてくる。
太郎は木に触れる。
材質として柔らかめで耐久性は低い。
だが、滑りの良さそうな表面にこれなら行けると判断した。
「この木を使ってそりでも作ろうか」
「そりですか?あの雪国で使われる?」
「そうだね。ほんとは車輪とかがあればもっと快適なんだろうけど、それはこの木だと難しそうだ。けど、そりでも背に乗るよりは増な筈だ」
「確かに五匹も居れば人二人の体重なら平原でも引っ張る事は出来ますね」
そう話がまとまると、太郎は右腕から『暴食』を発動する。
ふと出現した
突然謎の物体が現れたら誰しも驚くのはしょうがない。
説明してほしそうに太郎をちらりと見るが、太郎は説明する気も無かったので黙々と作業を進めていく。
まず、黒点を使い、木を斬り倒し、中を削っていく。
そしてある程度そりの形になったら外表面を磨き、可能な限り摩擦を少なくする。
モノの数十秒で簡易的ではあるが木のそりが完成した。
「後は呪縛の魔手で影狼と繋いで終わりだ」
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