第66話選択肢


 三日月は現世を照らす。


 今もなお続く帝国への革命軍の進行。


 華々しい勝利を飾った前方軍に伝えられた知らせは、その高揚した気持ちを下げさせられる事件が起きた。


 後方軍への人体実験され化物にされた人間の襲撃。

 そしてその指揮官は帝国勇者・喰真涯健也。


 詳しく聞かなくても被害状況から想像を絶する戦闘だったことは想像できる。


 犯罪者や打ち捨てられたスラムの人間を利用した使い捨ての化け物。

 その戦闘で後方軍は約3万の兵を失っていた。その大多数は当然、革命に賛同した義勇兵達であった。


 今回の騒動はそれだけが問題ではなかった。


 人としての論理を犯した禁忌。人体実験。

 帝国がそれに関与していた事が公然の場で露呈したのだ。


 人体実験。

 その言葉で思い当たるは噂されていた勇者喰真涯の血液から創り出された強化剤。

 それを身に取り込んだものは莫大な力を手にする代わりに人であることを失う、と。


 恐らく、現れた化け物達は失敗作なのだろう。

 理性を失った化け物であり、とてもじゃないが軍事利用するにはリスクが高すぎる。

 しかし、それでもあれはある種の成功例であったのかもしれない。

 人としての形を留めてなく、理性を失っていようとも人間離れした力を手に入れた事には違いなかった。


 そしてその化け物達を統率していた喰真涯健也。


 誰もがこんな初戦であの男が前線に出てくるとは思っていなかった。

 彼に関しては勇者音ノ坂及び勇者東京によって討ち取る事は出来ずとも撤退させることに成功した、との報告があった。


「気に喰わねえな」


 鎌瀬山釜鳴はぼつりと呟いた。

 そう呟くのも仕方のないことだ。

 そもそも、現帝国のやり方は非人道的過ぎるのだ。

 魔族研究所でのニーナたちの様な生まれながらにして魔核をその身に埋め込まれた存在。

 勇者の血液による強制的な化け物へ変えられる人権を失った者達。


 こうして革命が起こることも頷ける。

 それだけ帝国は腐っている。

 人が統治する国とは思えないほどに。




 改めて鎌瀬山は眼前に広がる光景を認識する。


「気に喰わねぇ」


 鎌瀬山の前方……革命軍の遥か前方に蠢いていたのは無数の化け物だった。


 革命軍の誰もがその軍団の進軍を見て、恐怖、そして嫌悪感に表情を染めた。


 小さく手が無く口角が発達した化物や、異常に大きくゆうに10メートルは超える手を顔から生やした化物。

 蠢く千を超える大小さまざまな化け物。


 さらにその後方に位置し、後軍に続くのは、帝国の旗を掲げた帝国第四騎士団。


「なんだよあれ……」「後方軍はあんなのと……」「あれ、元は人間だろ?なんであんなのを平然と」


 革命軍の兵士は口々に言葉を漏らし、武器を握る手を震わせる。

 敵が強大だから、敵が異形の化け物だから恐怖で震えている訳ではない。


 帝国の在り方が己の国の異常さを目の辺りにして恐怖に震えていた。

 こんなもの、他国に知られれば追及は免れない。

 下手をすれば帝国存亡の危機にすら値する。

 人類の敵と称されても可笑しくないほどイカれている。


 それすらも勇者の威光で封殺する?

 それはいくらなんでも不可能だ。

 これでは人類側で内部分裂が起きざるを得ない。


 帝国側は一体何を考えているのか?理解が出来なかった。





 帝国勇者は恐ろしく強い。

 呂利根福寿を失ったとはいえ、音ノ坂芽愛兎が離反したとはいえ、残りの三人の帝国勇者がいればどの国も帝国に勝つことは厳しいだろう。


 それは、同じく勇者を保有する王国でも、だ。


「気に喰わねぇな」


 鎌瀬山はそれも含めて、言葉を漏らす。


 王国勇者は帝国勇者よりも弱い。


 言葉にされなくても、雰囲気がそう感じさせる。

 表面に出さなくても、鎌瀬山釜鳴という勇者に全霊の信頼を寄せられてないこともわかっていた。


 けれども、それらは全て自らが招いた結果だ。

 公の場で九図ヶ原戒能に手も足も出ずに負けたことが、全ての原因だ。


 だから。


 鎌瀬山釜鳴は革命軍の中を歩き出す。

 それに気づいた兵士は道を開け、自ずと、最前線への道は開けていた。


「勇者が招いたツケは俺らが拭わねえといけねえからな。お前らは下がってろ」


 その言葉で、誰もが鎌瀬山の言葉の意味を理解する。


 あの異形の化物は全て喰真涯健也によってもたらされた生物兵器だ。

 いや、本質を辿れば皇帝の指示なのかも知れない。

 詳細は分からない。だが、これが喰真涯健也の力によって引き起こされた事であるなら同じ勇者である己が相手すべきだ。

 そう思った。


「しかしっ」



「巻き込まれたくなきゃ下がってろ。お前らは、後ろにひっついた臆病者を討ち取る算段でもしてな」


 鎌を背負い、鎌瀬山は裂かれた道を歩き、前方へと。


「「「「ガァァァァァァああァあぁぁぁぁァアア」」」」


 醜い言葉が幾重にも重なりこの場を圧巻していた。


「くそがッ」


 その一つ一つの叫びが良く聞こえた。


 悲痛が、苦しみが。


 痛みは、苦しみは、涙は、絶望は。




 これはあの時と同じだ。



 一人の少女の事を思い出す。

 魔族研究所の中で、死という救いを与えることの出来なかった魔族の少女。


 結局、あの時生かしたところで結果は変わらなかった。


 五体は欠け、寿命も無く、助けたところで幾何の命も無く。

 太郎の行いが否か、と問われればその問いには鎌瀬山は応える資格を持たない。何故なら己は選ばなかったから。

 己の口にした救える方法を探すという選択、それは決めたことではない。

 只の逃げだ。展望もなにもなく今、決断することから逃げただけの言葉。

 成す力もない者が言ってもそれは他人を苦しめるだけの結果しか生まない。弱さの露呈。


 鎌瀬山も心の奥底では分かっていた。

 あの時、あの少女を一刻も早く殺してやることが彼女にとっての一番の救いだったと。


 けど。自分はそれを決断できなかった。



 だからこそ、今回は自ら選ぶ。決断する。

 自分の手には一つしか選択肢はない。

 だから、選ぶのではなく、決断する。

 この選択が正しいのか否かは分からない。

 だが、なにも選ばない中途半端な男になりたくなかった。

 この道しか己には無いのならこの道を進むしかないのだ。


「悪いな」


 眼前の化け物を見据える。

 最早、その姿は異形、人ではなく、人もどき。

 幾つかのパーツが元人間であることを認識させるだけの生きた屍だ。


 やってやるよ。

 あの時、あの少女に出来なかった事をよ。



 鎌瀬山は眼前の無数の……視界全てを覆いつくすゆうに千は超える化け物達に向けて『ジャポニカ』を構える。



 革命軍の兵士はその勇者の背を視界に捉えていた。


 いかに勇者といえど、あれだけの数の化け物を一人で?

 無理だと小さく呟いた者もいた。

 そんな困惑を個々に抱きながらも、皆がその背を見つめていた。


 鎌瀬山の持つ『ジャポニカ』の刃は、淡い光を放つ。

 それは、かつて東京太郎へ向けて撃ったあの斬撃とは違う。


 第三騎士団との戦闘で撃った緋色に灯った光速の斬撃の初動。


「今、楽にしてやるよ」


 鎌瀬山は大鎌を横なぎに振るった。

 一閃。

 その振るわれた一筋の刃から放たれた緋色の斬撃。

 それは音もなく那由多に別れ、無数の斬撃へと変化した。


 斬撃は強く緋色に輝き、眼前に立つ人あらざる者達を照らし、そして切り裂いた。

 化物達を切り裂きなお残る緋色の軌跡は、空虚へ誘われていく。

 次元の歪みに呑み込まれ、歪曲していく無数の一撃。


 点と点が結び、空間が繋がる。


 そして、再び化け物達へとその斬撃の雨は猛威を振るった。



『空間移動』


 鎌瀬山の概念能力である無数のそれは化物達を囲み、斬撃を容赦なく降り注がせた。

 その瞳に迷いはない。

 冷徹なまでに据わった瞳は無慈悲に切り裂かれていく『人であった者達』に向いていた。




 ああ、その光景は言わば、斬撃の牢獄。


 音を置き去りにし、そこにふと死が訪れる。

 壇上に立つことすらなく、牢獄の中で大多数の者が己が死んだことすら認識することなく、死だけが目の前に拡がっていく。



 そして、いつしか化け物達はただの肉片と化していた。



 数千はいた筈の化け物達はその全てを肉片と化し、その一瞬のうちに起こった出来事を、革命軍も帝国第四騎士団も何が起こったかのか理解が及ばなかった。


「ほらよ。あとはお前らの番だぜ。てめえ等の手で帝国を取り返せ」


 王国勇者・鎌瀬山釜鳴の言葉で次々と革命軍は正気を取り戻し雄たけびを上げ戦場へと駆けていく。





「な、なんだこれは……」


 帝国第四騎士団団長ヘルモス・ヒューピイ。


 帝国騎士団団長として40代前半の団長。

 無精髭を蓄えた歴戦の騎士。


 帝国内でも上位に入る実力者であった。


 彼は眼前で起こった惨事を未だ信じられないかのように目を擦りながら茫然としていた。

 それは他の騎士団も同じようで、唖然と、迫りくる革命軍兵士を見ながらも茫然と、今起きた事を信じることが出来なかった。


 本来ならば、如何に相手方に勇者がいるとはいえ、数千の化け物との闘いで消耗しきった革命軍など掃討戦でしかない、とタカを括っていた。


 最悪、勇者は仕留められずとも、こちらは最小の犠牲で革命軍を多く討ち取れるだろうとも思っていた。


 だが、蓋を開けてみればどうだ。


 一体一体がかなりの強さを誇る化け物達は、一人の勇者の手で壊滅させられた。


 王国勇者は大したことは無い、と九図ヶ原戒能からは聞かされていた。


「やはり勇者は化け物ではないか……ッ」


 第四騎士団団長として彼も人族間では最上位に位置する実力の持ち主であるし、帝国勇者・音ノ坂芽愛兎にも勝る実力もある。


 だが。

 わかってしまう。

 強者だからこそ、刃を交える前に、わかってしまった。


 自分と鎌瀬山釜鳴との実力差がはっきりと。


 もし、化け物を屠ったあの斬撃の牢獄ともいえる技が、自分たち第4騎士団に向けて撃たれていたら。


「ヘルモス様……指揮を」


 茫然とするヘルモスを現実に戻したのは、副団長であるアリモーン。

 彼の目に覇気はない。


 ヘルモスは背後の騎士団を見る。


 否、彼だけではなく他の騎士団もその瞳に覇気は無く、その表情は青ざめていた。


「こんな状況でぶつかったところで、勝ち目は見えている……か」


 既に、覇気に溢れ帝国の未来を掴み取ろうと希望を掲げた兵士が眼前に迫ってきている。

 対して、こちらは人道的に反した化物を率いてそれらが瞬時に殺戮され、無傷ではあるが心理的側面において圧倒的不利である。



「もう、帝国も終わりか」


 この内乱。

 帝国側が勝利しようが帝国勇者が居座る限りこの状況は続く。

 次は、王国か。次は連邦か。

 民の命を軽々しく扱う帝国勇者が居る限り、争いは絶えないだろう。


 帝国第四騎士団団長ヘルモス・ヒューピイは薄々と悟っていた。

 真に帝国を想うならば、自らはどちらに就くべきか。

 けれども、彼も一度は皇帝に剣を捧げた身。


 皇帝に背くことは、彼の辞書には存在しなかった。


「貴様らは、これからの帝国に失うには惜しい存在だ」


 帝国第四騎士団団長ヘルモス・ヒューピイは後方の自軍に向かって叫ぶ。

 その言葉に、騎士団の面々は俯いていた顔を上げる。


「貴様らも薄々気付いている通り、帝国は腐敗している。民の命を軽んじ、人体実験によって化け物を生み出している。今はスラムの人間や犯罪者が犠牲になっているが、それがいつ善良な民に向けられるか時間の問題だ」


 反帝国を掲げるかの発言に、騎士団は戸惑いの色を浮かべるが、それに構うことなくヘルモスは言葉を続ける。


「我は既に皇帝に剣を捧げた身。皇帝を裏切る事などできぬ。だが、貴様らは違う。貴様らはまだ変えられる。この帝国を、正しい方向へと」


 皇帝に剣を捧げるのは、帝国では団長のみ。

 否、団長に就任することで皇帝の剣と成れる資格が生まれる。


 一方、騎士が剣を捧げるのは国に対してのみ。

 なれば。


「我が第四騎士団よ。我が戦を見届け、正解を見つけよ」


 ヘルモス・ヒューピイは馬から降り、一人戦場を駆けた。


 戦場の中心。

 そこで一人で立つ歴戦の騎士に、革命軍兵士は進軍を止めた。


 彼の背後に位置する騎士団は動かず、ただ彼をその瞳に捉えていた。


「我の第四騎士団は此度の戦、全面降伏する」


 その言葉と同時に、彼女の背後の騎士団は武器を地に落とす。


 ヘルモスの言葉と騎士団の行動に、革命軍は戸惑いを浮かべるが。


「承諾しましょう。我らは同じ帝国の民。無益な血が流れる事が無いというならば歓迎します。勇気ある決断を感謝します」


「感謝する」


 直ぐに、馬に乗ったプラナリアはその場に駆けつけ、ヘルモスへと言葉を告げる。

 しかし、後ろに立つ参謀役でもあるガーナックの顔は不満げであった。


 降服したとは言え、帝国側は非人道的な行いをした者達だ。

 このまま全面降服を認めるには兵達に不満が残る恐れがあった。

 だが、既に革命軍の大将であるプラナリアが降服を受け入れた時点で今さら言葉を翻し、やっぱ死んでくれと言うわけにもいかない。

 ガーナックは仕方なく成り行きを見守る事にした。



 プラナリアはヘルモスが降服したというのに寧ろ、殺気に溢れている事に気がつく。


「……貴方は武器を捨てないのですか?」



 プラナリアの言葉はシン、と静まり返った戦場に響く。

 第四騎士団は既に武装解除を完了している。

 しかし、その頭であるヘルモスは未だ全身を鎧で包み剣をその手に持ったままだ。


「我が降伏するとは言っていない。我は皇帝に剣を捧げた身。喩え大罪人に呼ばれようともこの身果てるまで皇帝の剣であることを知れ」


 瞬間。

 革命軍幹部は即座にヘルモスを囲み刃の先を首筋へ向け、兵士たちはプラナリアを守る様に彼女の前に出て剣を握る。


「安心しろ。我に貴様らと闘う気などないわ。……ただ、一つ、我が騎士団が全面降伏する代わりに、我の条件を飲んで欲しい」


「貴様!!自分がどのような立場かわかっているのか!!」


 革命軍の兵士が叫ぶが、それをプラナリアは手で制す。


「第四騎士団長ヘルモス。条件とは何でしょうか?」


「そう、身構えるな。簡単だ。皇帝の剣として責任をとるだけだ」


 一息おいて、ヘルモスは呟く。

 プラナリアの背後に居た人物に。此度の戦の最大の功労者、革命軍最高戦力の一人に向けて。

 その姿を視界に捉えながら。


「王国勇者・鎌瀬山釜鳴。貴殿に一騎打ちを申し込みたい」



 そう、彼はこの戦で起きた全ての責任を負うために死を選んだのだ。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「すまないな、勇者よ。我が願いを聞き届けて頂き感謝する」


「御託はいい。さっさと始めようぜ」


「あぁ。我が最後、貴殿に託そう」


 革命軍と武装解除した騎士団が囲むその中心で。

 両者は向かい合い、武器をその手に持つ。

 鎌瀬山は『ジャポニカ』を。

 ヘルモスは剣を。


「行くぞ、勇者!!」


 途端、ヘルモスの剣はバチバチと稲妻を迸る。


 雷剣『ヴァジュラ』


 帝国が所有する名剣……否、帝国に現存する神遺物。

 雷をその刀身に帯電し操る神遺物アーティファクトである魔剣。

 所有者を選び、不適格な者には死を与える。

 その代わり、所有者となり選ばれた者は絶大な力を手にする。

 だからこそ、ヘルモスも第四騎士団騎士団長として、ひいては人類最高峰の実力を手にするまで至った。


 ヘルモスは駆け出し、『ヴァジュラ』を鎌瀬山に振るう。

 振るわれた一閃、それを鎌瀬山は『ジャポニカ』で受け止める事はせずに避ける。


「甘いぞ、勇者!!」


 途端、『ヴァジュラ』は吠える。

 否、吠えたように雷鳴が轟く。


 閃光。音よりも早い稲妻は全て鎌瀬山へ向け猛威を振るった。


 このヘルモスの連撃を防ぐことの出来る者など、帝国では片手で数える者しかいない。


 一斬必殺。


 その一撃が外れようとも、防がれようとも、次に相手に襲い来るのは音速を超えた雷。

 ヘルモスに対して、剣を抜かせた時点で大半の者は勝機を失う。


 しかし。


「お前の方が甘えよ」


 鎌瀬山に稲妻が到達する寸前、稲妻は次元の歪に吸い込まれて消滅する。


『空間移動』


 生き物以外なら、どのようなものでも転移させることの出来るそれは稲妻を吸い込み、別の場所へと転移させた。


「まだだ!!」


 ヘルモスはバックステップで距離を取り、限外能力を行使する。


 ヘルモスの影が動く。

 影は地面から隆起するとヘルモスから離れ、黒いヘルモスとなって彼の傍らに立った。


「『影一重』……我に限外能力を使わせたのは久しいぞ、勇者」


 同じ様に、黒いヘルモスの持つ『黒いヴァジュラ』も激しい音ともに黒い雷鳴を帯電する。


 自らと同じ存在をその影から創り出す限外能力『影一重』。


 しかし。

 鎌瀬山はそれを見ても表情を動かさない。

 彼の内心はふつふつと苛立ちの感情を生み出していた。



 そもそもだ。

 この革命の大義は、腐りきった帝国から帝国を取り戻すための革命だ。


 なのに、だ。


 帝国第三騎士団長、ヒューズ・カルメロイのように帝国に不信感を抱きながらも帝国側に就いて闘っていた騎士と同じように。

 この第四騎士団も、このヘルモスも帝国に不信感を抱いている。


 だからこそ、ヘルモスの降伏も早かったのだろう。

 相手が正しいと心の奥底で認めてしまっている中での出兵。第三騎士団と同じく、第四騎士団も第一第二騎士団の出世コースから外れた存在だ。

 その点においては、ヘルモスは聡い大将だ。

 衝突した結果を早くに見定め、降伏した。


 それが、自らの部隊にとっての最善だと考えて。


 そして、降伏した本人は全ての責任をとるために死のうとしているのだ。


「気に喰わねえんだよてめえ等はどいつもこいつもよお!!」


 鎌瀬山は吐き捨てるように吠える。


 ヒューズ・カルメロイにしてもヘルモス・ヒューピイにしても。

 本来ならば、共に肩を並べる実力者だ。


 人類最高峰にして精鋭。

 対魔族決戦においては必ず、人側に必要な実力者だ。


 だからこそ。


 そんなこれからの帝国に必要な人材を失おうとしてることに苛立ちを隠せない。


 鎌瀬山の刃は瞬時に緋色に染まり、それを黒いヘルモスへと振るう。

 それを黒いヘルモスは『黒いヴァジュラ』を振るい雷鳴を響かせるが、それは根元から折れ、斬撃は分散し斬撃の牢獄は完成する。


 同時に、ヘルモスは駆けだした。


 ヘルモスは自らが勝てないことはとうにわかりきっていた。

 どのような策を講じようが、目の前の勇者とは埋められない差があると。

 ヘルモスが弱いわけではない、ただ、勇者が強すぎただけだ。


『ヴァジュラ』を防がれた時点でヘルモスに勝ち目はないのだから。


 最初にして最後。一斬必殺の雷鳴。


 ヘルモスは『ヴァジュラ』に最大の力を込めて雷鳴を轟かせる。

 音は爆発し白く空間を埋め尽くす。


 四方八方。縦横無尽に雷鳴は轟き、鎌瀬山を襲う。


「くだらねぇ」


 鎌瀬山は一瞥することも無く、自らの周囲に『空間移動』の次元の歪を出現させ雷鳴をすべて別の場所へ飛ばす。

 それは、はるか上空で雷鳴同士の大きな爆発と光を放つ。


 鎌瀬山自身、大分、限外能力と固有武装の扱い方に慣れてきたと感じる。

 帝国第三騎士団長、ヒューズ・カルメロイと闘った時よりも、緋色の斬撃も扱いこなせるし、『空間移動』の次元の裂け目も寸分の誤差なく大量に展開できるようになった。


「……我の負けだな」


 ヘルモスは目を瞑り、観念したように呟く。


 鎌瀬山の『ジャポニカ』の刃はヘルモスの首筋を捉えていた。


 自分よりも遥かに年下の少年に、手も足も出ずに負けた。

 生涯剣に捧げた人生を持ってしても、傷一つつけることが出来なかった。


 その事に悔しいとは思いつつも、恥とは思わない。

 勇者との一騎打ちで討ちとられるのなら、騎士としては本望だ。


「さぁ、殺せ」


 ヘルモスは呟く。

 けれども、刃は中々自分の首を刎ねない。


 それどころか、鎌瀬山は『ジャポニカ』を首筋から引きその手から消した。


「貴様っ……何故殺さんっ?」


 その鎌瀬山の行動にヘルモスは納得がいかなかった。

 皇帝の剣として戦い死ぬことでこの場の戦を終わらせる事が出来るのに、勇者であるこの男は己に止めを刺そうとしなかった。


 これでは収まりがつかないのだ。

 誰も責任をとらず、はいこれで終わりと言うわけにはいかない。

 誰かがこの戦いの責をとらなければならない。


 だが鎌瀬山は。


「……殺す必要が見当たらねえ」


「ふざけるな!!我が身は皇帝の剣。故に、貴様には我を殺す義務が!!」


「んなもん知るかよバカ」


 はぁ、と鎌瀬山はため息をつく。


 どうしてこう、騎士は頭が固いのかと、頭を悩ませる。

 そもそも、鎌瀬山はこの一騎打ちでヘルモスを殺す気はゼロだ。


 相手は殺される気満々だったらしいが、鎌瀬山にとってはいい迷惑以外何者ではない。


「なんだと……我らは、皇帝の命とはいえ、大罪を犯した。……誰かが責任を持って死なねばならんのだ」


 尚も殺せと煩い自殺志願者を前に、鎌瀬山は苛立ち気味に言い放つ。


「てめぇも薄々感じてんだろ?今の皇帝がおかしくなってるってのはよ」


「それは……」


 確かに、ヘルモスも今の帝国がおかしいとは感じている。

 そもそも、最近の皇帝は彼が忠誠を誓った皇帝とは大きく乖離した存在になっているのは事実。


 元来の皇帝ならば、このような化物を生み出すような実験は行うことは無い。

 彼が剣を捧げた相手は、生涯憧れた相手は、そんなことをするような漢じゃない。


「恐らく裏には帝国勇者がいる。どうやってか知らねえが、間違いなく皇帝はあのバカ共におかしくされちまってる」


 茫然と鎌瀬山の言葉を聞き、自分が目を逸らし続けて来た異変をヘルモスは噛み締める。


「……っ」


「だろうな……だが、それでも我は陛下を信じたいのだ。いやそれがあり得ん事だと分かっている。だが我には陛下を帝国勇者を止めることは出来んかった、だから盲目と呼ばれようとも我は皇帝の剣としてこの力を振るうしかないのだ」


 その言葉には幾つもの苦悩と諦めが感じられた。

 ヘルモスの頬に涙が伝う。

 皇帝に憧れ、皇帝にその身を剣として捧げ、帝国を守る誇り高き騎士となった。

 その憧れが、夢が、帝国勇者の存在によって黒く歪に歪められていくことを団長として誰よりも近くで見て来た彼の心から溢れた、今までに押し殺してきた感情だ。


 どうする事も出来ずに、自らを皇帝の一振りの剣として考える事を諦めて来た。

 そんな男を前にして鎌瀬山は吠えずにいられなかった。


「てめぇがそうやって自分が剣だって言い張るならそこでそのまま突っ立てりゃいい。そしたらこの戦いは後は俺が全部片付けておいてやるよ!だがな、てめえはその選択で後悔しねえのか?てめえの意思すら捨てて、思考することを放棄して、選択を決断しねえでよぉっ?」


 流されるままの人生で良いのか?

 鎌瀬山はそう言っているのだ。


 その言葉を受け、ヘルモスは鎌瀬山を見た。


 その姿は、存在は何よりも大きく見えた。

 その姿は、幼少期に憧れた皇帝に重なった。


 バルカムリア覇道譚。語り継がれる皇帝の全盛期を綴ったその書物を、物語を、どれだけ読んだ事だろうか。


 強きを挫き弱気を助けながら、この帝国で皇帝まで上り詰めた英雄。



 目の前に立つ男はそれと比べるとまだ青臭いだろう。

 しかし、彼のその存在が目を惹かせて離さない。

 凡百の言葉でしかないありふれた立ち上がる意思を持てと言う言葉。

 だというのにそんな一言で殺したはずの、諦めたはずの己の私心が胎動した気がした。


「てめえなら選べるはずだっ!」


 自らの語彙力の無さに正義ならもっと上手く言えんだろうが、と思いながら、鎌瀬山は手をヘルモスに差し出す。


「俺等はいつでも戦力は募集中だ。特にてめぇみたいな実力者はな。今の帝国がおかしいと感じるんなら、俺たちに力を貸してくれ。皇帝を止めるにはあんたが必要だ」


 ヘルモスの瞳に映るのは、紛れも無く勇者だ。

 帝国勇者のように暗黒の塊ではない。


 紛れもない、おとぎ話で語られる勇者そのものだ。

 ああ、この男なら。そうヘルモスは思えた。


 ヘルモスは涙を拭い、表情を一片させ、鎌瀬山の前に跪き、告げた。


「貴公の英雄としての片鱗しかと見させて貰った。我が剣、帝国の安寧を願い貴公に捧げよう」


「なら」


 その鎌瀬山の言葉を切るように雷剣『ヴァジュラ』を大地に突き刺した。


「勘違いするな。やるのはその一振り、雷剣『ヴァジュラ』だ」


 快諾してくれたそう思った。それまでは。

 しかし、ヘルモスが発したその一言で鎌瀬山は次にこの男が何をしようとしているのか理解した。


「……おいてめえっまさかっ!」


 ヘルモスは腰に差していた小太刀を抜き、己の腹部をかっさばいた。

 その動きには一切の迷いも無かった。


「愚かな……者だと思うだろう……だが、我は責任をとらねばならないのだ。己の弱さにより多くの者を手にかけてきた事に対して」


 意思を捨て、皇帝の剣として生きてきたヘルモス。

 例え己の意思に反していたとしてもこれまでやってきた行いを無かったことにするわけにはいかなかった。

 罪には罰を。

 人の道を外れた行いをした者が安穏と生きるわけにはいかない。

 いや、ヘルモスの騎士としての矜持がそれを許さなかったのだ。


 だから彼は死を持って償った。

 だが、その選択が鎌瀬山には許せない。

 この男の選択肢はまだ幾つもあったはずだ。

 だというのに迷うことなく目の前の男は死を選んだ。



「死ぬのが贖罪だと……てめえふざけんなっ!」



「くくくく、全くもう少し……早く貴殿と出会っておれたらな……」


 そんな鎌瀬山の様子を見てヘルモスは可笑しそうに笑う。

 それが余計に鎌瀬山には気に食わなかった。


「まだ間に合っただろうが!引き返せただろうが!」


「いや、我は引き返すには遅すぎた……貴殿がその言葉を口に出来るのは貴殿が我の行いの当事者達でないからだ……」


「……っ」


 それは事実だった。

 当事者ではないからそんな事が言えたのだ。

 もし、正義がクル子がニーナがこの男に殺されたとしたら、鎌瀬山は間違いなくこの男を殺していた。

 だから何も言い返せなかった。




「若き英雄よ。貴殿のお陰だ……」


「俺は、何も」


「いや、貴殿の……お陰で、我は、己の意思で……死を選ぶ事が出来た」



 そこで鎌瀬山も理解せざるを得ない。

 この男も既に死を持って償う選択しかなかったのだと。

 他の選択肢は存在した。

 だが、彼の気高い精神がその選択を許容しない。

 だから、彼に残された選択肢、選べる道は『死に方』、それだけだったのだ。

 そして彼は勇者との一騎討ちを願った。

 なら、彼を思うなれば、鎌瀬山のやる事は自ずと一つになる。


「……楽にしてやるよ」


 下ろした筈の大鎌を掲げる。


 苦しそうに血を吐くヘルモスはそれを見て笑みを浮かべる。


「感謝する」


 鮮血が舞った。


 ああ全く甘い男よ。 

 だが、だからこそ。

 この男なら、帝国を救ってくれる。


 ヘルモスは飛び行く意識の中、そう思えた。



 王国勇者・鎌瀬山釜鳴。



 この戦での行いは、彼を、帝国を真の姿に導く勇者だと、英雄だと、そう兵士達に認識させるのに十分な事であっただろう。







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