第63話第三騎士団

 州境での帝国軍と革命軍のぶつかり合い。

 その時鎌瀬山は戦場から少し離れた場所にいた。

 遊撃部隊として敵陣の横からの奇襲を狙う予定であったが、それは失敗に終わった。



「ちっ、俺の位置がバレてやがるのかっ!?」


 鎌瀬山は驚きを隠せない。

 鎌瀬山の位置は完全に捕捉したように敵遊撃部隊とも思われる数名の騎士が此方に向かってきていた。


「仕方ねえ、やるか」


 鎌瀬山はジャポニカを右手に顕現させ、茂みから姿を現す。

 その鎌瀬山の前で敵遊撃部隊は馬を停止させる。

 そして隊長格と思われるものが一歩前に出、名乗りを挙げる。


「私は帝国第三騎士団長、ヒューズ・カルメロイ。貴公は王国勇者鎌瀬山殿とお見受けする」


「ああ、それで合ってるぜ」


「貴公の行いはこの帝国と王国との関係を悪化させてしまうのだと言うことは理解しておりますか?」


「はっ、興味ねえな……」


「……今から此方に付けば相応の報酬は保証しますが」



「そう言うくだりはいらねぇよ。俺を殺りに来たんだろうが……とっとと来い」


「そうですか……なら反逆者として処罰させて頂きましょう」


 ヒューズ・カルメロイ含め、騎士達は抜刀する。

 そして、灰闘馬から飛び降りる。


「何だ?馬は使わねえのか?」


「ええ、単純な話。我々は乗ってない方が強いので」


「そうかよ。でだ、この人数で足りんのかよっ。俺はこう見えても勇者らしいぜ?」


「まだ召喚されたての勇者に負けるほど我々は弱く有りませんよ。皆の者、帝国に仇なす反逆者を処罰せよ!」


 そう宣言した刹那、ヒューズ・カルメロイは鎌瀬山に切迫する。

 普通なら視認することも出来ない高速の詰め、そこらのごろつきであれば、認識することすらなく次の一太刀で終わっていただろう。

 しかし、幾ら速いといってもそれは所詮人の中ではという話だ。

 勇者である鎌瀬山釜成には完全に捉えきられていた。


「遅ぇよっ!」


 鎌瀬山は無造作に大鎌を振るう。

 それをヒューズ・カルメロイは冷静に大鎌を横に受け流す。

 ヒューズは端から一瞬で決着をつけられるとは考えていなかったようで、予め鎌瀬山の攻撃を読んでいたのだ。


 一方の鎌瀬山も避けられた事に対して動揺はない。

 身体能力で劣るエーデルハルトにも散々防がれてたのだから帝国の騎士団長にも対応されるだろうとは思っていた。

 だから、即座に限外能力を発動する。

 虚空を切ったジャポニカはそのまま『空間移動』により、ヒューズ・カルメロイの背後に迫った。


「それは知っております」


 ヒューズ・カルメロイは目視することも無く、身体を横に捻り紙一重で刃を避わした。

 それには鎌瀬山も多少なり驚かざるを得なかった。

 自分のこの攻撃が勇者以外に対応されるとは考えていなかったからだ。

 一瞬のフリーズ。

 ヒューズはその一瞬を見逃さない。

 捻らした身体の回転を利用しつつ、鎌瀬山の首筋に突きを放つ。


 鎌瀬山は瞬時に首を逸らし避ける。

 そこにはまだ余裕が見られた。

 ヒューズは避けられた事を理解した時点で後ろに飛び退く。



「この程度ですか…。やはり、まだまだ限外能力も固有武装も使いこなせていない様子ですね」


「そういう事は俺に一発でも当ててから言うんだな」


 ヒューズの嘗めた態度に対して鎌瀬山は気にも止めない様子で受け答える。

 昔の鎌瀬山ならいらついていただろうが、今の彼にはその程度の挑発は流せる程度には成長していた。


「ではそうしましょう」


 ヒューズは先ほど同じように鎌瀬山に距離を詰める。

 それを鎌瀬山は大鎌を突きだし、牽制する。

 鎌瀬山にとってそれは只の牽制であったが、ヒューズは避ける様子も見せずにそのまま顔に直撃する。


「なっ!」


 しかし、それは幻影のように歪み消え去る。

 そして背後から感じとった殺気。

 鎌瀬山は咄嗟にジャポニカの刃を巨大化して己の背を守る。


 刹那、キンッと高い金属音が鳴る。


「これを反応しますか……」


 背後から聞こえる声はヒューズの者だ。

 どうやって背後にと疑問に思わずにはいられない。

 しかし、鎌瀬山に思考させる暇も与えず、ヒューズの連撃が襲い掛かる。


 その速度は速い。というレベルではなかった。

 影形、体勢すらねじ曲げ、突如消え、突如現れ、斬りかかる。

 予測不能なその動きに鎌瀬山は反射神経のみを頼りに回避する。


 ち、厄介な事この上ねえな。

 鎌瀬山は紙一重で避けつつ、そう思った。


「あんた、一人相手に集中していて良いのか?」


 その声は鎌瀬山の眼前に立つ男が発したモノだった。

 鎌瀬山より二回り大きい肉体は長年の研鑽によって鍛え上げられた筋肉で覆われており、その手に持つ大剣は全長三メートル近くあり、馬鹿デカいと言うのに片手で軽々しく担いでいた。 



 話しかけられた事により鎌瀬山はその男の方へ一瞬視線を映す。

 その時点でようやく他にいたはずの男が一人減っている事に気づく。


「ちっ!」

 思わず舌打ちが出てしまう。

 それは相手に対して苛立ったからではない。

 言われるまで気づかなかった己に対して怒りを覚えたからだ。



 その瞬間、ヒューズとは別の騎士が鎌瀬山に斬りかかる。

 ヒューズよりは劣るが、それでも速い一撃。


「っち、うっとおしいんだよっ!」


 鎌瀬山の咆哮と共にジャポニカの刃が幾重にも分散し、鎌瀬山を囲うように周囲に拡がる。

 ジャポニカの形状変化を用いた周囲攻撃。


 咄嗟に騎士達は後方に飛び去る。


「ほう、おもしれぇ」


「グラン、面白がってないでそろそろ手伝ったらどうです?」


 ヒューズのその指摘にグランと呼ばれた男は軽口で返す。


「良いのかよ?団長が楽しんでるとこを俺が邪魔しちゃあ悪いから手を出すか迷ってたんだよ」


「何を……私は楽しんでなどいませんよ」


「そうかい?俺にはさっきからはしゃいでるようにしか見えないがな。まあ、俺らとまともにやりあえる奴なんてそういねえからしょうがねえ話だけどな」


「だから、私はそんな事」


 ヒューズはグランの言葉を再度否定しようとするが。


「はいはい、分かったよ団長。よおし、おめえら、うちの団長を手伝ってやりな。先走った馬鹿と一緒にな」


「その馬鹿は一体誰の事だ?」


 先ほど斬りかかってきた騎士が鎌瀬山から視線を外してグランの方に振り返える。


「おめえの事に決まってんだろうがカイト。最初は団長が様子見で相手をするって話だったろ」


 そのグランの言葉にまだ若い騎士、カイトが不服そうな表情を浮かべながら答える。


「充分敵の剣筋は見た。何の問題もない」


「たく、おめえって奴は……」


 グランは呆れた様子で頭を抱える。



 その一部始終を見ていた鎌瀬山は嫌な事実に気づく。

 目を剃らしていた事実。

 それは。

 今回の戦う敵が人であると言うことだ。



 研究所での奴等は人間の屑であり、はっきり言って最悪殺すことになっても戸惑いは無かった。もしあのとき太郎が居なければ自分が殺していたと鎌瀬山は思っている。


 しかし。

 今、革命軍と敵対している彼等は決して悪しき存在ではない。

 只、お互いに信念が違うだけで、どちらが正しいという善悪などというものは存在しない。

 だから、この目の前に立つ騎士達はただ国を守るために戦う者達なのだ。

 それこそ、立場が違えば、対魔族なら背中を預け合う仲間だ。


 そんな人間を殺せるのか?


 いや分かってはいる。

 殺さなければならないのだと言うことは。

 殺さなければこの騎士達に今度は革命軍の兵士が殺されるだけだ。

 それは結局自分の手を汚すのを恐れているだけだ。


 この戦争で人は死ぬ。

 良い人間も悪い人間も関係なく。

 日本と言う平和な国に生まれた鎌瀬山は改めてその事実を認識した。


「殺らなきゃならねえか……」


 頭に思い浮かんだのは、ニーナとクルコの姿。

 彼女らのような悲しい子を生み出したのは紛れもなく、今の帝国だ。

 公国に急がなければならないという考えと共に、もうニーナ達のような子をこれ以上増やしたくないと、この国を変えたいと。

 そう思う気持ちも強くあった。


 だから、彼は覚悟を決める。



「とっとと殺ろうぜ。此方は時間ねえんだ。全員でかかってこいや」


 鎌瀬山の言葉に騎士達が鎌瀬山に視線を向ける。


「そうだな。アンタの言う通りだ」


 グランは鎌瀬山の言葉に対してそれだけ言うと、大剣を構えた。


「ふっ!」


 グランは大剣を地面に叩きつけた。

 剛腕の一振りで土煙が高く舞い上がり、騎士達の姿を包み隠す。


「これで動体視力に任せた回避は出来ないですね。貴公はどう対処しますか?」


「見えねえのはてめえらもおなじだろうがよっ!」


 鎌瀬山はその声の方角にジャポニカを瞬時に伸ばし、攻撃する。

 しかし、声が聞こえた方向。それとは真逆からヒューズの剣が迫り来た。


 ジャポニカでは間に合わない。

 鎌瀬山は咄嗟に素手で剣を防ぐ。

 如何に勇者の頑強な肉体といえ、これだけの威力のある剣を受け止めれば傷は避けられない。

 鎌瀬山の血が刃を辿って地面に落ちる。

 しかし、それを気にも止めずに鎌瀬山はそのままその剣先をぐっと掴んだ。更に手に食い込み血が零れ落ちるが、鎌瀬山は笑みを浮かべる。


「これで逃げらんねぇだろっ!」


 ジャポニカを勢い良く振るう。


 それは完全に殺すつもりの一撃。

 だからこそ、今までで最も速い。最高速の一振りであった。

 咄嗟に剣を棄て離れようとするが、これまでの速さとは違う一撃にヒューズは回避が間に合わない事を悟る。


「おらァっ!」


 その一撃を真っ正面から受け止める者がいた。

 グランである。

 大鎌と衝突した大剣は一瞬拮抗するも直ぐに弾かれてしまう。

 しかし、僅かに遅れたその隙でヒューズはなんとか避ける事に成功する。


「助かりました。グラン」


「団長、油断しすぎじゃねえの」


「すまない」


「にしても流石勇者だな。真っ向から撃ち合って力負けしたなんて久方ぶりだ」


 大剣を持っていた両手はぶつかり合った衝撃で痺れていた。

 その感覚を懐かしむ様にグランは拳を握り締める。

 二回り大きさ肉体を持ってしても勇者の身体能力には及ばない。

 それほど勇者である鎌瀬山と彼等では身体能力の差が存在するのだ。

 未だ未熟な鎌瀬山だからこそ、現地の人間でもこうして対抗できる。

 もし、鎌瀬山が後一ヶ月前に召喚されていたら彼等では相手にならなかっただろう。



 それが勇者と人間の差だ。



 今の一撃で彼等の表情が真剣なモノに変わり、警戒した様子で一歩一歩距離を詰める。

 そんな相手に対して鎌瀬山は先制攻撃を仕掛けた。


 大鎌を伸長し大きく周囲に振り回す。

 その膂力による一撃の風圧により風が巻き起こる。

 当たれば即死のその一撃に対して騎士達は飛び上がる。

 その中で一人姿を消した者がいた。

 当然、ヒューズだ。


 大振りな一撃でお留守になった足元に潜り込み、そのまま腹部を狙い剣を横に払う。


「シッ!」


 しかし、それより先に鎌瀬山の拳がヒューズの顔面に直撃する。


「ぐふぉッ!」


 ヒューズはその勢いで数十メートル近く後方に吹っ飛ばされるも、何とか着地をする。


 そんな団長を見て、カイトはぽつりと呟く。


「団長カッコ悪い」


 ヒューズは部下のそんな言葉に対して、同意をした。


「全くですね。誘いにまんまと乗ってしまったようです」



「はっ、あんだけ何度も見せられりゃ、嫌でも慣れちまうんだよっ!てめぇのその動きはほぼ瞬間移動にちけぇ。四方八方に瞬時に現れるすげえ能力だ。だが、そうと分かるなら隙を一ヶ所だけ作ればそこに間違いなく飛んでくる。後はそこに始めから振りかぶってりゃ、カウンターの出来上がりだ」



「『瞬動』に対応される事なんてそう無かったものなので慢心していたようです」



「瞬動か。大層な名前だな」


「えぇ、そうです。一閃の異名を持つ由来となった私の能力です」


 一閃と呼ばれ恐れられているヒューズ・カルメロイの持つ能力。

『瞬動』

 半径10メートル内の空間を瞬時に移動できる限外能力だ。

 近接戦闘に置いてはかなり有能な能力であり、殆どの相手がその一太刀目で終わるほどの所見殺しの技である。

 だからこそ、鎌瀬山のように何度も使っても仕留めきれない相手と言うものと相対した経験は殆ど無かった。

 だから、油断した。慢心した。

 対応されるはすがないと驕っていた。

 そこを突かれた。

 ヒューズは表情を変えることはしなかったが内心は激情が渦巻いていた。

 いつのまにか驕っていたということに怒りを禁じえなかった。


 そんなヒューズに対して、鎌瀬山はどうしたもんかと考えていた。

 拳での渾身の一撃で、相手の気を失う程度なら出来るだろうと考えていたのだが、咄嗟に後ろにのけ反り勢いを殺されたしまい、傷は負わせたものの致命打には成り得なかった。


 カウンターが有効なのは一発目だけだ。

 後はもう、警戒されて迂闊に飛び込んで来ない。

 一応、相手も下手に此方に飛び込んで来ることが出来なくなったと良いように考えられるが、そんなのは些細な事だ。


「今回、てめえらの裏にはあの野郎がいるだろ?」


 鎌瀬山は確認の意を込めて、ヒューズ達に尋ねた。


「あの野郎?」


「うちの勇者の事だな」


 不思議そうな表情を浮かべるヒューズに対して、カイトは直ぐに鎌瀬山の示した相手を断定した。


「ああ、なるほど。九図ヶ原様の事ですか」


「あんた、なんでそう思った?」


 グランは大剣を下ろし、鎌瀬山に尋ねた。


「なんとなくだよ……俺の位置がバレてたのも、俺の能力が知られてんのもあいつ以外の可能性があるだろうけどな。俺の勘がアイツがいるって訴えてんだよ」


「勇者の勘ですか……あながち馬鹿に出来る類いのモノではないようですね」


「ああ、全くだ」


 彼らは明言した訳ではない。

 だが、それだけで九図ヶ原が裏にいることを暗に示していた。


「うぜぇな……」


 九図ヶ原が此方に来ていると言うことは間違いなく、『感覚境界』にてこの戦闘を観察していると考えられた。

 であるならば、今後闘う相手に対して手の内を晒すような事は出来ない。

 只でさえ実力では彼方が上であることは明白なのだ。

 策を知られてしまえば対策されて終わりだろう。


 となると彼らには真っ向から打ち勝たなければならないわけだが、流石人類最高峰の者達だけあって一筋縄ではいかない。


 それに、と革命軍と帝国軍が闘う戦場に視線を向ける。


 負ける気はしねぇが、あっちの様子が気になるな……。


 先ほど大規模な魔術によるどんぱちが鎌瀬山の耳に聴こえていた。

 此方からでは戦況がどうなっているのか分からない。

 太郎が後方にいる以上、前方の戦力は鎌瀬山に依存していると言ってもいい。

 速く援護に行かなければと内心で焦りつつも、まずは目の前の敵を片付けないととジャポニカを構える。


 そんな鎌瀬山の内心の焦りを感じ取ったのかグランはにひるな笑みを浮かべながら。


「アンタにはまだ此方に付き合ってもらうぜ」


「ちっ……しゃあねぇか」


 暫し思考したのちに鎌瀬山は大鎌を下ろした。


「何だ?殺らねぇのか?」


「いや、とっとと終わらせる決意をしたとこだ……」


 下ろした大鎌から透き通った緋色の焔が微かに鎌に灯る。

 それは鎌瀬山の精神性の現れであった。

 かつての濁りを溶かし、濾過したように透明な焔。

 その焔に大気が揺らぎ、呼応する。

 鎌瀬山はゆっくりとジャポニカを構える。


 そして、振り抜いた。


「な……」


 緋色に灯った光速の斬撃。


 それはかつて太郎に対して放った濁った紅の斬撃とは異なるが同種の一撃。


 刹那の無音。


 音を置き去りにし、眼前に立つ男達に光速で飛来し、認識することすら出来ず直撃する。


 直後、轟音が響く。

 不自然に螺曲がった空間は逆戻りするかのように風が吹き荒れ、その余波で周囲を囲うように竜巻が巻き起こる。




 そして数瞬の後、その場に立つのは鎌瀬山一人であった。


 倒れ伏した男達は四肢を幾つか消し飛ばされながらもかろうじてまだ息があった。


「ぐっ……今のは……??」


 咄嗟に瞬動を使い、傷が浅く済んだヒューズは肩で行きを吐きながら、膝立ちし、此方を見る。


 鎌瀬山はそれを見て自嘲気に呟く。


「殺すつもりでいたんだがな……」


 やっぱ、殺せねえか。

 結局自分の覚悟などそんなもんなのだと鎌瀬山は思いしる。

 異世界に来たばっかの考えなしだった頃の自分ならきっと相手が何であれぶった斬れた。

 だが、今はそんな事が出来なかった。

 これは成長なのだろうか?

 それとも劣化なのか?

 鎌瀬山は改めて、己の心境の変化に戸惑っていた。


「アンタ、何故俺たちを殺さなかった?」


 片腕を無くしたグランは大剣で身体を支えながら、鎌瀬山に尋ねた。


「殺すつもりだったぜ。殺し損ねたがな」


「いや嘘だな。今の一撃でわかる……アンタ、わざと外したろ?でなきゃ俺らが全員生きている筈がねえ……」




「……ちっ、別に人殺しにビビった訳じゃねえ。只てめえらがまともな人間だから殺すのを辞めてやっただけだ。折角革命を起こしてこの国を正常な道に戻してやろうってのに、有能な奴等が死んでちゃもったいねえだろ。ただでさえこの革命は対魔族じゃ意味ねえんだ。この革命が終わったら、てめえ等みてえな実力者は必要になってくんだよ」



「たく、うちの勇者様に聞かせてやりたい言葉だな」


 グランはそう言いながら、楽しそうに笑みを浮かべる。

 鎌瀬山はグランから向けられるその視線に耐えきれず、戦場の方へ視線を向けた。


「ちっ………。あの信号弾は」


 鎌瀬山は作戦の内容を思い出す。

 つまるところ作戦は成功したと言うことだ。

 であるならば、自分の出番はもうそう必要ないだろう。

 鎌瀬山は騎士達の方へ向き直る。


「わりぃがお前らは拘束させてもらう」


「だってよ団長。どうするさ?最後まで抵抗しますかい?」


 ヒューズは暫しの間、思考した後に剣を腰に納めた。


「……いや、大人しく投降させて頂こう」


「話が早くて助かるな」


「意外。団長、どうしたんです?」


 カイトが不思議そうに団長に尋ねた。

 普段のヒューズならこんな簡単に敵に投降するような男ではない。

 だと言うのに、あっさりと降伏を認めた。

 疑問に思うのは当然であろう。


「なぁに、団長は元々この戦争に乗り気じゃねえのさ」


 その疑問にグランが答えた。

 第一、第二騎士団と違い、第三騎士団は主に帝都周辺の民草を守るのが職務だ。

 一般的に第一第二から勘当された者が集まるその仕事は出世コースから外された者が多く、やる気がない者が大半だ。

 しかし、ヒューズ自身はこの仕事に誇りを持っていた。


 彼自身、貧困な家庭から成り上がった人間として裕福で肥えている貴族や皇帝を守るより、貧困な民衆を守る方が性に合っていたからだ。


 であるならば、今回の民衆と皇帝の対立では当然彼は民衆の意に同意していた。

 それほどまでに皇帝はやり過ぎていた。

 しかし、騎士として皇帝に剣を捧げている建前、それを投げ捨て革命軍側に着くわけには行かなかった。

 それは彼の律儀さともいえた。


 だが、戦闘に負けて捕虜となるならこれ以上守るべき民を傷付ける必要が無くなる。

 元より、この戦争をやる気が無かった彼にはもってこいの展開だった。


「てめぇらの扱いがどうなるか分からねえが、口添えぐらいはしといてやる」


 鎌瀬山はそれだけ言うと、連絡用の信号弾を空に目掛けて飛ばした。

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