第62話初戦


 出陣から四日目、エルブンガルド州に入る直前、州境にて開戦の火蓋が切られた。

 帝国軍の数は15万。多量の魔導部隊に、工作兵、重機隊と一般的な帝国式の軍編成だ。


 一方、迎え撃つ革命軍は州兵5万に加え、義勇兵4万と出陣時の兵数と変わらなかった。

 先日の会議後、遅れを取り戻すためにも兵を二手に分担して、帝都を目指すことになったのだが、主力部隊である此方は真っ直ぐ北上し、歩兵を中心とした残りの州兵5000に加え、新たに集った義勇兵6万は少し遅れて後方から向かってきている。



 兵力差は 1.5倍。なおかつ練度もあちらは上。

 この平原では物量がモノを言う状況であったので不利であることは否めなかった。

 しかし、これは予め予想が出来ていた事だ。

 当然、革命軍には作戦があった。






「重機隊はそのまま中央の前線を押し上げろ。騎馬隊は我に続け。行くぞ!」


 クルトガ・モートピアは騎馬隊約1000を連れ、押され気味の右翼の援護に回るべく、敵の横をつく。

 伯爵である男が何故前線で闘っているのか?

 それの答えは只一つ。

 この男が強いからである。


 普通なら部隊を束ねる指揮官が最前線で闘うことは無いだろう。

 しかし、この世界ではそこまで珍しいことでは無かった。

 この世界での強者は弱者に殺されるということはそうない。

 流れ弾に当たって死んだり、雑兵に囲まれて死ぬなんて事は起きない為、純粋に死ににくいのだ。

 危険性があるとしたらそれは同様に強者と対峙した時のみ、しかし、そういった時は直ぐに退けば敵も追い討ちをかけることが難しいので討ち取られる心配は余りない。


 しかし、だからといって戦線をああも堂々と駆け回るのはあの男の性格だからだろう。

 それを確認したマルクス・フレドリーは呆れたようにため息をはく。


「はあ、あのおっさん自由すぎるな……。まだ作戦の合図は出てないのにさ……まあいい、第三歩兵隊、騎馬隊に続き、右翼に回れ」


 的確に後方から指示を出していく。


 予めクルトガが突撃するのは予定されていた為、中央の指揮はマルクスに任されていた。


 クルトガに指示された通り、前線を押し上げる重機隊を見て、マルクスは危機感を抱く。



 これは誘い込まれているか?

 マルクスは重機隊が誘い込まれている事に気付き、即座に後方に下げさせようとする。


「重機隊、一時後退。敵の魔術に備えろ!」



 この世界で戦争の勝敗を決するのはやはり魔術だ。

 大規模にもなると一撃で一万人もの兵士が消し飛ぶのだから一瞬の油断が命取りになってしまう。

 だからこそ、敵がいつ魔術を放ってくるか警戒が欠かせないのだ。

 その点、いち速く気づいたマルクスは有能な男だと言えた。


「魔導部隊、前へ!」


 マルクスの指示に従い、柱を幾重にも折り曲げたモノをごろごろと転がし前出る。

 それは光沢を輝かせ、その表面には幾重にも術式が構築されていた。


 基本、戦争に置いて、大規模な魔術運用をする場合、術式を一から書くことはしなかった。

 術式を書く時間が長ければ長いほど相手に気付かれる危険性は高まり、対応もされやすい。


 だから、魔素伝導性に優れるミスリルをふんだんに使われた魔術武器を用いるのが一般であった。

 当然、魔術師も魔術武器も非常に貴重な為、守りも厳重であり、先に魔導部隊を潰せば勝利は確実になると言われている程、重要な部隊だ。


 術式も軍によって異なるが、基本は防御魔術に置いては先制を打たれた魔術に対応しなければならない為、発動速度が重視されており、逆に攻撃魔術は敵に対応されない速度が速い魔術、あるいは相手の防御魔術を打ち破れる高火力な魔術が多い。


「魔導部隊は障壁を二重展開用意!重機隊全軍、魔術外装を全開!」


 今回、マルクスは敵の狙いが重機隊であることを理解していたので、高火力な魔術であると予想した。


 重機隊は言葉の通り、全身をアーマで被っている騎士達の事だ。

 この重機隊が付けている装甲も只の鎧ではなく、ミスリルが少し使われており、術式が刻まれている。


 その術式はまず、装甲の重量を軽減する術式、及び装甲の硬質化をする術式。そして、簡易的な魔術障壁。

 この三つが主だ。


 この魔術構成からわかる通り、重機隊は前線を突撃する部隊であり、前線を支える重要な役割を担っている。


 その重機隊が敵の狙いなら速度を重視した攻撃では大したダメージにならないので、まず間違いなく高火力な貫通力を意識した魔術になるのだ。


 敵の歩兵が両翼に展開し始める。


「魔導部隊!障壁展開!」


 マルクスの号令と共に闇の第7階悌魔術『混濁を飲み込みし布スワーロウ・ベール』が発動される。


 この闇の魔術は相手の魔術の種類に関係なく、衝撃を吸収できる為、魔術障壁として良く有効活用されていた。


 前方に薄黒い布が広がる。

 その刹那、敵の魔術が飛来する。

 光の線が幾つも黒き布を通りすぎ重機隊に直撃する。


「障壁貫通。重機隊に直撃しました!」


「損害は?」


「多少前衛の重機隊が負傷しましたが、全体としては軽微だそうです!」


「負傷した重機隊は下げろ!それと各部隊に敵魔術を伝達しろ」


「ちっ、障壁を読まれていたか……」


 マルクスは舌打ちを打つ。

 帝国側が使った魔術は光の第5階悌『光貫槍ライトニング・ランス』であった。

 一般的な魔術障壁として知られる『混濁を飲み込みし布スワーロウ・ベール』に対して有効な貫通力が高い魔術で。

 それを同時連射型魔術として運用し、重機隊を貫くのは一時期流行った戦法であった。


 当然その可能性も視野に入れており、その為に障壁を二枚展開したのだが。


「二では足りなかったか」


 しかし、障壁により威力が減衰した事で重機隊が軽微であった事は救いであった。

 あのまま突撃していたら間違いなく重機隊を失うことになっていただろう。





 一方、クルトガ・モートピアは己が中央から離脱後に大規模魔術が撃ち込まれた事を理解した。


「ぬう、俺が離れた所を狙われたか。だが、あの小僧が指揮をとっておるのだから問題なかろう。我々は予定通り敵右翼に突撃し、敵陣を掻き乱すぞ!」


 応と返事と共に騎馬隊1000は平原を高速で駆け抜ける。

 その速度は一般の兵士には視認するのが困難な程の速さだ。

 魔術や能力に溢れた此方の世界で普通の馬を用いた騎馬隊が通用するはずがない。

 当然、彼等の乗る馬は普通の馬ではなく、魔物だ。


 獣馬型魔物、灰闘馬。

 灰色の毛並みを持つ2メートル程度の大きさの馬であり、闘争本能が非常に気性が荒い魔物である。

 しかし、魔物の中では賢い部類に入り、きちんと調教すれば彼等のように騎兵として用いることができるので戦時には重宝されていた。


「て、敵の騎馬隊だっ!」


 右翼は敵に押し入られていた分、敵は縦長に広がっていた。

 その隙を突く形でモートピアは突撃した。

 突如、高速で現れた騎馬隊に敵右翼勢力は混乱し、隊列が崩れる。

 そして、その隊列が乱れた敵軍をそのまま蹴散らしていく。

 しかし、流石帝国軍と言うべきか次第にモートピアの騎兵隊を包囲するように陣形が対応されていく。


「モートピア様!このままでは包囲されてしまいます!退き時かと提言申し上げます!」


 雑兵を薙ぎ払いつつ、騎馬隊の部隊長がモートピアに提言した。

 包囲されつつある状況からその判断は的確であると言えた。

 このまま完全に包囲されてしまえば、モートピア含め騎馬隊は足を止められその後圧倒的な数の暴力で壊滅してしまう可能性が高かった。

 しかし。


「うむ、分かっておる。だが、退かんぞ!」


 モートピアは退かないと決断した。

 それを聞いた部隊長は反論を唱えることもせず、にやりと笑みを浮かべる。


「畏まりました。皆の者聞いたな!我々は只、モートピア様を信じ付き従うのみだ!」


 部隊長の掛け声で、騎馬隊全員が応!と力強く返答した。

 突撃の合図の黄色信号を上げ、モートピアは剣を掲げる。


「うむ!このまま後方まで突き破るぞ!狙いは魔導部隊!勇猛な我が騎士達よ!我に続け!!」


 何もモートピアは突撃馬鹿であるから突撃するわけではない。

 彼なりに勝算があったから突撃するのだ。

 もし、勝算がなければ彼は間違いなく部隊を退かせていただろう。

 それは如何に己が強くても他の己を信じ、着いてくる者達が命を失うことは理解していたからだ。


「な、こいつら!」


 敵側の兵士達は驚かざるを得なかった。

 まさか、この状況から更に敵陣に突っ込む部隊が何処にいるものか。

 その隙を付かれ、まだ不完全だった包囲網を突破する。




 帝国側は騎馬隊を包囲するために帝国軍の兵を広く展開することになっていた。

 しかも取り囲んだとしても層が薄くては突発されやすくなってしまうだけであることは自明の理であり。

 当然、増兵する必要があるのだが、前方は右翼革命軍との挟み撃ちになってしまうので、回すだけの余裕はない。



 なら、当然後方から兵を出す必要がある。

 そして、定石通りであるのならば包囲後に魔術で狙い撃ちにすると考えられたので、魔術部隊は前衛に出て来ているはずであった。

 つまり、包囲が完成する前に前方の敵を撃ち破ればそのまま魔導部隊を攻撃することが出来るはずであった。



 そしてモートピアの狙い通り。

 包囲陣を突破後、魔導部隊の姿を捉えることが出来た。


 魔導部隊の防衛の為に残された敵部隊以外直ぐに駆けつけられる敵の勢力はいない。

 包囲を突破するために少なくない損害を受けた。

 失った兵の命を無駄にしないが為にもこの機会を逃すことは出来ない。

 モートピアは声を挙げる。


「魔導部隊捕捉!各部隊長は分散し、敵魔術を回避せよ!」


 その号令ともに瞬時に部隊毎に騎馬隊が分散する。

 敵魔術のターゲットを分散するために小部隊毎に分け、突撃を敢行する。

 大型の魔術武器を用いられた大規模魔術は分散されると効果が薄いので、敵の魔導部隊は小型の魔術武器を持ち出し駆け迫る騎馬隊に魔術の雨を降らした。

 戦場に置いて魔導部隊が真っ先に狙われるのは誰もが知っていることだ。

 当然、その為の対策もされてあった。


 その魔術の雨の中、騎馬隊は恐れを知らぬように只前に駆け抜ける。


「おらァっ!」


 まず最初に魔導部隊に接敵した騎馬部隊は槍を無造作に荒れ振るい、敵を威嚇する。

 それだけで魔導部隊は混乱状態になる。

 その混乱の隙に乗じて、次々に騎馬隊が魔導部隊に突撃していく。


 魔導部隊は後方からの攻撃が主なので敵と接近する機会などそうない。それに、魔術を近距離で使えば見方にも被害が出てしまいうのでおいそれと使う事も出来ない。

 その為、接近されてしまえば騎馬隊の只の獲物でしかなかった。


 ここで敵左翼の魔導部隊を壊滅させたい所ではあったが、そう簡単に殺らせて貰えるほど甘くはない。

 既に騎馬隊の何倍もの敵部隊が此方を向かってきていた。


「魔術武器を狙え!」


 モートピアの指示により、大型魔導武器を破壊し始める。

 大規模魔術を使用できる大型の魔術武器は非常に高価であるので如何に帝国と言えど、そうおいそれと何機も用意するのは難しく、短期的に相手に打撃を与えるのなら魔術武器を狙うのが一番であった。

 戦況流れを見て潮時かと、判断したモートピアは直ぐ様撤退の合図を出す。

 それを見た部隊長は声を張り上げる。


「全軍、速やかに撤退せよ!!遅れるなよ!」


 その指示に即座に従い、騎馬隊は前線を離脱する。

 その方向は戦線とは全く離れた方向であった為、帝国軍は深追いする事が出来ず、騎馬隊を見逃す事になってしまった。


「くっ、逃げられたか。被害の報告をせよ!それと直ちに司令部に魔導部隊を回すように指示してくれ」


 敵指揮官は被害を見て、深刻な表情を浮かべる。

 それほど今回の攻撃は帝国軍に大打撃であった。


「猛勇モートピアか、とんだ化け物だな……あの信号は……」


 指揮官は魔術による空に射ち上がった敵の信号を見た。

 そして、それがどういう意味だったのか直ぐに悟る。


「ここまでが狙いだったと言うのか!?」


 その言葉を最後に男は命を失った。





 魔導部隊の集中砲火により火の海となった敵陣を眺め、プラナリアは満足そうに頷く。


「想像以上の戦果です。流石、モートピアと言うべきですか」


 モートピア伯爵により魔導部隊を失った帝国軍では革命軍の魔術の集中砲火に抵抗することも出来ず、数万の兵士が命を失うことになった。


「ええ全くですな。突撃の信号が届いた時は驚きましたが、まさか敵魔導部隊を落とすまでいきますとは……」


 革命軍の参謀であるガーナックもここまでの戦果を挙げるとは思っていなかったようだ。


「そう言う割りには信号が届いた時点で魔導部隊を右翼に回していたようですが?」


「あれは万が一モートピア伯爵を失うわけにもいかないので保険として、ですよ」


「まあ、そう言うことにしておきましょうか……」


 この戦場での勝敗は既に決していた。

 帝国側もそれを理解しており、素早く撤退を返し始めた。

 それの追撃をプラナリアは行おうとするが、ガーナックは警戒した様子でしない方がいいと判断した。


「何故です?敵の戦力を削ぐチャンスですよ?」


「敵の撤退が余りに早い……恐らく予め撤退を前提とした動きだったと感じられますな。深追いすれば罠がある可能性もありますぞ」


「しかし、それに怯えて敵を見逃しては元も子もないではないですか」


「確かにそうでしょうな。しかし、ここで下手に敵を追い損害を増やすのはよく有りませんぞ。今回、我らは完勝したのです。それだけでいいのですよ」


 その言葉を受け、プラナリアは暫しの間思考する。

 確かに己が覇道の第一歩としては素晴らしいモノになったのには違いない。

 初戦を完勝したおかげで、士気も高まり、他州も帝国側に協力する可能性も下がるはず。

 ここで危険性を顧みずに攻めるのは良くないか?



「……確かに下手に突撃すべきではないか……分かりました。深追いせず、早々に戦を終わらせましょう。全軍に指示を」


「畏まりました」


 州境での戦闘は革命軍の完勝という形で幕を閉じた。


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