第61話出陣


 明昼、太守の館の前に総勢、10万の兵士達が隊列を成していた。

 その兵士達の前に姿を表したのは、当然、この館の主であり、ユーズヘルム洲の太守、アリレムラ・ユーズヘルムである。


 壇上に立ち、この場に集った兵士達を端から端まで眺める。

 そして、ゆっくりとした口調で話始めた。


「かつての帝国は、豊かな国であった。人々は餓えに恐れることなく、死に怯えることもなく、みな笑顔を浮かべていた。しかし、今はどうだろうか。今の帝国は。弱肉強食という言葉であらゆる悪行を肯定し、悪漢共が好き放題暴れまわり、民は困窮し、理不尽にその命を奪われている。そして、それを知りつつ、貴族は、王族は、私腹を肥やすことだけにしか興味がない。彼らのまなこは完全に曇りきってしまったのだ。全く、愚かしい事だと思わないか。金に名誉に目が眩み、高貴なる者としての本質を見失った者達が」


 握った拳を片手に太守アリレムラは兵士達を鼓舞する。


「民に目を向けずして、何が貴族だ!何が王だ!我々は原点に帰る必要があるのだ!かつての帝国へ回帰しなければならない! 

 その瞬間がようやく、ようやく来たのだ! 時は満ちた!明昼、我々は帝国全土の民草の為に立ち上がる!勇敢なる兵士達よ!恐れるな!怯むな!臆すな! 悪逆非道な皇帝を赦すな!我々が人々から失われた笑顔を!そして安寧を取り返すのだ!」


 太守であるアリレムラの演説により、兵士達はいきり立つ。

 士気は上々か。と判断したアリレムラは更に兵士達の士気を上げるべく手を打つ。


「勇敢なる我らの意思に賛同してくれた者達がいる。紹介しよう。王国勇者、鎌瀬山鎌成様、東京太郎様だ」

 

 おおっ!と感嘆の声が挙がる。

 新たに召喚された勇者が味方に加わる。

 これほど頼りになる知らせはそうないだろう。

 太郎達は笑みを浮かべながら兵士達に手を軽く手を振る。

 それだけで兵士達の士気は更に高まっていった。


 場が最高潮になったそんなタイミングを見計らってプラナリアが先頭に立つ。


「一騎当千の勇者様が我々に味方してくださるのだ。恐れることは何もない!只、我らの正義を信じ、あらゆる害意を払いのけ、前に突き進むのみ!」


 プラナリアは腰に差していた剣を引き抜き、天に掲げる。

 そして、


「出陣!」




 ここに人類最大規模の革命の始まりの音が鳴り響く。





 そして、革命軍がユーズヘルム洲から出陣して三日が経過した。

 視界が拡げた高原の丘に夜営地を築き、プラナリアを含む指揮官がその本陣に召集されていた。



 短期決戦を狙ったプラナリア率いる革命軍は、正規兵6万に加え、義勇軍として志願した者達が集った事により、15万を超えた兵数になっていた。


 数が増えればそれだけ行軍速度は低下してしまう。

 既に予定より遅れた行軍速度にプラナリアは顔をしかめる。


「この行軍速度では、帝都攻略中に公国で待機中の騎士団が此方に戻り、挟み撃ちになる可能性が出てきますぞ」


 ユーズヘルム洲の州兵を率いる伯爵の一人、クルトガ・モートピアが最初に口を開いた。

 それに続き、兵糧管理する部隊長の一人が口を出す。



「これ以上義勇兵が増えれば、兵糧の問題も出てくるかと」



「分かっています。しかし、此方に義がある事を掲げている以上集って貰った彼等を追い返すことは出来ません」



「そうですな。集った義勇兵がそれだけ多いと言うことは帝国の民が此方に義があると思って頂けてると言うこと……。予定とは異なっておりますが、問題はありますまい」


 プラナリアに仕える参謀役の男、ガーナックのその言葉に反論が返ってくる。


「問題はないだと?大有りだ。この闘いは早期決戦をねらっているのだ。下手に時間を与えれば、遠征中の騎士団の帰省どころか、他国が関与してくる可能性があるのだぞ」


 この場ではNo.2のポジションであるクルトガの怒気をはらんだ言葉に対しても平然とした様子でガーナックは答える。



「我々が勝てば良いのです。勝てば他国も此方に援助し、今だ様子見の他州も此方の味方に加わるはず」


「兵糧の問題はどうする気だ?」



「兵糧は義勇兵にもちこませれば良いのです。それに我々に義があるというなら民衆もこぞって我々の援助をして下さるはず、周辺の村や町で調達させていけば良いかと」


「しかし、それだと更に行軍速度は遅れるな。もし我々が勝ち進んだとしても、帝都攻略には時間がかかる事を踏まえるとその考えは早計だ。確実に元の作戦通り行うためにも、今後、義勇兵は断るべきだ」


 若いユーズヘルム洲の男爵である男、マルクス・フレドリーはそう提言した。


「そもそも兵数、連度で負けている我々が援助をしてもらっても長期戦を選択するのは愚作だ。それに他国や他州の援助は戦争後に彼らに付け入られる隙となる」



 その後も意見はまとまらず、議論はヒートアップしていく。

 それを傍目に太郎と鎌瀬山は後方で声を抑えつつ話していた。


「まだ一戦もしてないってのによ、この纏まりようの無さはなんだ?」


「まあ決戦前だから誰しも気が立っているんだよ。それにいくさが始まる前から予定が狂い始めているということに彼らも不安なんだろうね。そもそも、圧倒的不利な条件で始まった戦だ。革命はそういうものなのは仕方ないにしても、やっぱりこの計画で本当に大丈夫なのかって不安になるのも頷けるよ」


「今さらそんなん考えてもしゃーねえだろ」


「いやまだ充分計画を変える余裕はあるよ。始まってみなければ分からない事は幾つもあるのだから今、計画を変更しようと考えるのも悪くない」


「はっ、なるほどな。でだ……お前はどう考えるんだ?」


「当然、早期決戦だよ」


 考えるまでもない。

 公国での現状を考えるのならば一刻の猶予もないのだ。


 これは戦争ではなく、内乱であることから他国が介入してくる事は当分は無い筈だ。

 それに、両陣営に勇者が居ることも大きい。


 しかし、時間が経つにつれて、他国も少なからず介入してくるのは言うまでもない。

 そうなった場合、革命軍側に援助する国がどれだけあるか。

 ……帝国勇者は最悪だが、その強さは他国には嫌という程知れ渡っている。

 呂利根が死亡したことも、徐々に帝国内に広まりつつあるが、不動、九図ヶ原、喰真涯の三人が帝国に健在な限り、評判上ではどの国も帝国側に援助するであろうことは誰が考えたとしても行きつく先だ。

 だからこそ、早々に革命を成功させる必要がある。


「だろうな。じゃあこのままこの会議が日より見の長期戦にまとまったらどうすんだ?」


 鎌瀬山の懸念は最もだ。しかし、太郎はその意見を完全に否定した。


「いや、それはないよ。話は既に通してあるからね」


 太郎が自信気に言ったその意味を鎌瀬山は理解できなかったようで不思議そうに目を細めた。


「……? どういうことだ?」


「んーそうだね。これは開戦前のちょっとした息抜きということだよ。計画の多少の変更はあるかもしれないが本筋は変えるつもりはないんだ」



みなの意見は良く分かりました。どちらの意見も一理ある事なのは全員わかっているでしょう。だからこそ、この場で満場一致で方針を決める事は難しい。ですから、私が総大将として大きな方針を決めます。計画に大きな変更は致しません。当初の予定通り、短期決戦を狙います」


「しかし、それでは」


「これに対しての反論は受け付けません」


 反論に対してプラナリアはぴしゃりと言い放つ。


「分かりました。それでは計画の遅れに対してどう対処するかの方向で会議を続けましょうか」


「短期決戦ということを踏まえてみなに考えて貰いたいです」


 そしてまた多くの意見が飛び交い始めた。


「なるほどな」


 鎌瀬山は納得したように呟くと、席から立ち上がる。


「もう行くのかい?」


「あぁ。ジッとしてんのは退屈なんだよ」


「なら僕もそうしようかな」


 そういって立ち上がる太郎見て鎌瀬山は嫌そうな顔を浮かべ、 


「くっついてくんなよ。気色悪ぃな」


「良いじゃないか別に」


 そうして外に出た二人は闇夜に光る月に照らされながら同じ方向に歩き始めた。








 一方。

 そこは王室。

 煌びやかな装飾と共に、そこには数人の影がある。

 ワイングラスを傾け中身を飲み干した人物は呟く。


「アリレムラが動いたか……」


 失望とその狭間に揺れる愉悦の感情。

 革命軍の出陣の旨を聞いたエルブンガルド帝国、皇帝バルカムリア·ダーバックは愉快そうに笑った。


「どうなさいますか。陛下」


 エルブンガルド帝国No.2である男、宰相ナーズ・バッカニーアは今後の対応をバルカムリアにお伺いする。

 それに対してバルカムリアは何を馬鹿な事を聞いているのだと言わんばかりの目でナーズを捉えると嘲笑で応えた。


「はっ、当然決まっている。俺の覇道を邪魔するなら叩き潰すまでだ」


 自信満々に答えるその様は己の敗北を微塵たりとも考えていない絶対強者の笑みであった。

 その様子にナーズは僅かに身体を震わす。

 既に齢60は超え、流石の皇帝も衰えてきたように見えていた。

 だというのに、ここ最近で突如、全盛期を上回るであろう肉体の成長。

 理由は宰相であるナーズにも不明であったが、間違いなく、今が一番強い。

 それだけは理解できた。

 この実力主義の帝国で皇帝であり続けた絶対強者。人族最強に等しいその男の全盛期、街の舞台で演じられるバルカムリアの若き頃からの覇道を進む生き様そのもの。

 作り話のようなでたらめな物語の上に立つ帝国最強の男が全盛期以上の力を、この緊急時に取り戻す。


 それは、伝説の一片のように、彼の皇帝が神に愛された存在なのだと誰もが疑わない。


 勇者が敵になった今、その事がどれ程心強い事か。



「畏まりました。では直ちに騎士団を召集させますので暫しお待ちください」


 綺麗な一礼をし、ナーズは王の間を後にする。

 バルカムリアは人が周りにいないことを確認すると、口を開いた。


「……いるか?」


「あァ。いるぜ。調子良いみたいでなによりだなァ、皇帝様よォ」


 いつの間にか、皇帝の背後には二つの人影が存在した。


 帝国勇者・九図ヶ原戒能。

 帝国勇者・喰真涯健也。


 九図ヶ原は遠慮もなしに、備えられたソファにドカっと座り込み足を眼前にある机の上に乱暴に乗せた。

 喰真涯は皇帝を一瞥すると、九図ヶ原の対面に座る。その風貌は、真っ黒なコートに身を包み、フードで顔を隠しその表情は見ることが出来ない。


「お陰様でな。……で、例の進行具合はどうだ?」


「いやァ、それがなァ。喰真涯くんはほんとすげェんだ。皇帝様も知ってるようによォ、あんだけ強化して制御も聞く。呂利根の野郎の脱落なんざ気にするこたァねェくらい屈強な兵が出来てんゼ。なァ?喰真涯」


 愉快そうに笑いながら、九図ヶ原は手に持ったワインを傾け飲み干した。


「……概ネ、予想通りダ。制御は効く、が実践投入デは敵味方の区別はつかないダろう。まだ、調整が必要な段階ではあるが、呂利根の人形共よリは役に立ツ」


「そうか。だが、革命軍との戦闘までには間に合うか?」


「余裕ダ」


 喰真涯はフードを深く被ったまま、若干ぎこちない口調で応える。

 彼の返答に、皇帝は満足そうに頷き、立ち上がり窓の外に視線を向ける。


 その夜空に写し出される美しい星たちは、皇帝たちのこれからを祝福するかのように光輝く。

 その祝福を、再び注いだワインの中に閉じ込めながら、憂いの表情で皇帝は飲み干した。


 復活した全盛期の身体。

 覇道を阻む勇者を加えた革命軍を叩き潰し、バルカムリア覇道の伝説への一項へと刻まれる。


 その強さを示し、他国を纏め上げ、帝国は人族を統一し、魔王を討ち果たす。

 後世に永遠に語り継がれる伝説へと。


 握った拳の感触は、確かにあの強さ。

 否、それ以上の感覚。


 皇帝バルカムリアは笑みを零す。


「理に優れ、聡き勇者達よ。俺はお前たちを歓迎しよう。伝説のその一片に、俺と共にその名を刻むことを許す」


「はッ。俺らなんかが光栄だねェ」


 星の灯りが写し出す王室の一室。


 星を見、己が覇道に憂いを見出す王。

 その背後で、暗闇に紛れ、三日月に勇者達の口は歪む。


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