第56話現れたのは


 呂利根の死後、限外能力により人形にされていた少女はどうなるか。


 そもそも限外能力が使用者の死後どう作用するのか。



 それを理解しているものは少ない。

 それは限外能力を持つ母体数が少ないのが大きな要因であるが、それ以上に限外能力を持つものはそれを秘匿する傾向があるから世に余り知られていなかった。

 しかも限外能力は同じ時代で被ることがない固有の能力であり、死後の影響についてはばらつきが見られた。


 呂利根の能力の場合、人を人形に作り変え隷従させる為、呂利根の死後、人形達がどうなるのか考えられるのは、主人である呂利根が消えた事による暴走、あるいは行動の停止。 

 それか、呂利根の存在が無くなった事により能力の条件を満たさなくなり、能力の解除、存在の消失だ。




 太郎としてはそのどちらでも良かった。


 暴走するのであればそれは呂利根もとい、帝国勇者の評価を更に下げることが出来、帝国事態に不信感を植え付ける事が出来る。


 逆に能力が解除されるのであれば、人形は本来の子どもに戻る事が出来るのであるのだから、歓迎すべき事態といえる。



 個人的には芽愛兎や民衆の心情を鑑みるに後者である方が好ましかった。

 だから、今回呂利根の死亡により、能力が解除され人形が元の子ども達に戻ることが出来た事は喜ばしい。

 だが、予定外とも言えるこの状況をどう収めるかが問題だった。




 折り重なるように倒れ伏すのは本来の人へと戻った幼い姉妹。

 その前に立つのは巨漢の鬼、ルカリデス。

 その横に困り顔で立っているのが太郎であった。


「ルカリデス、闘いは終わりだ」


「まだだ、まだこいつらは生きている」


「レミ、ミルはもういない。そこにいるのは只の子どもだ」


「それがなんだ?こいつらがツァイを殺したのに違いはない」


 ツァイ……小人の奴か……と朧気な記憶を回想しながら、太郎は地べたで寝ている少女達を庇う。

 もう直ぐ後に、芽愛兎が此方に戻ってくる。

 その時この少女二人を死んでいるのは色々とまずかった。

 元々芽愛兎に協力を持ちかけた時に呂利根の死後の可能性は話しており、人形を可能な限り破壊しないと契約したのだ。



 可能な限りと付け加えたが、人形の時に壊すのと、人に戻ってから殺すのでは大きな違いがあるのは容易に想像がつくだろう。

 面倒くさいことではあるがあの芽愛兎の性格を考えれば、必ずルカリデスの行動は止めなければならなかった。



「この子達も被害者なんだ。拳を下ろすんだ」


「駄目だ。それでは俺の怒りが収まらない」


 ルカリデス自身も頭では分かっているのかもしれない。

 今目の前に寝ている少女とツァイをやった少女は別物だと。

 しかし、胸の中で燃えている怒りの感情がそれでは収まらない。

 殺せ、殺せ、殺せとルカリデスに語りかけてくるのだ。


 それは蠱毒の血が原因だ。

 イレギュラーとも言える事態で生まれたルカリデスであったが、引き起こした原因とも言える蠱毒の血の影響は多少なりとも受けてしまっていた。

 その殺戮欲ともいえる欲望はルカリデスの怒りの感情に作用し彼を未だ狂わせていた。


「……その怒りはこの子達に向けるべきものじゃない。それは君が一番分かっているはずだ」


 太郎にはルカリデスの怒りがなんなのか理解できてしまっていた。

 本人ですら、制御処か理解すら出来ていないその怒りの感情を。


「お前に何が分かる?」


 ルカリデスは苛ついた。

 目の前に立つ男が全て分かったような顔つきで話しかけてくることに。

 何も分かっていない。何も知らない。

 そんな奴に忠告や説教をされて誰が聞く耳を持つと言うのだ。

 ついさっきこの場に来たばかりの太郎がこの現状を理解できているはずがない。そうルカリデスは思った。

 そして、それは正解である。

 太郎は何故こんな事態になっているのか全く理解していなかった。

 だからこそ、太郎は先入観に囚われず、ルカリデスを見ることが出来た。

 だから、太郎はルカリデスの事を理解できた。



「君は自分自身に対して怒っているんだ……」


「……っなんだと?」


 太郎に言われ、そこで始めてルカリデスは自分の怒りが何だったのか理解する。

 そう、それは自分の弱さへの怒り。

 何も出来なかった自分を責める自責の念。


 言われてしまえばすんなりと自分の気持ちに当てはまる。

 ようやく理解できた己の怒り。

 それを口にせずにいられなかった。





「…………ああ、そうだ……そうか……俺は!俺自身の!……弱さが赦せなかった……」



「そう、君は分かっている。自分の感情を向けるべき矛先を」


「なんだよそれ……自分自身てか?」


 口調が少しずつ普段のルカリデスに戻っていた。


「そうだよ」


 何気ないように答えた太郎をルカリデスは鼻で笑う。


「はっ、この怒りを自分自身に向けて何になる?無意味でしかない」


 確かに無意味だ。

 自分を責め憤るのでは永遠に気持ちは晴れることはないかもしれない。

 しかし。



「その感情は、思いは、君が背負うモノだ。どんなに苦痛で不快で忘れたくてもね」




「これをずっと持っていろと言うのか?この身が張り裂けるような痛みを」



「それは君が選んだ事だ、当然の事だろ?」


 そうそれはルカリデス自身が選択した事だ。



「俺が?選んだ?」


「ああそうだ。人は自分の感情の矛先を自らが選び決めることが出来る。それは他人であり、モノであり、世界でもあり、全てでもある。君はその中から自分を選んだ」


「……」


 何も言い返すことは無く、ルカリデスはその口を閉口する。


「無数の選択肢の中から君が選んだ答えがそれだ。だから君はその感情を背負いつづけなければならない」


 ルカリデスは振り上げていた拳を下ろした。


「俺は馬鹿だ……」


「誇るといいよ。君は一番難しい答えを選んだんだ。それが正しいかどうかは人それぞれだけど、僕は君の選択を讃えよう」


「そりゃ、どうも」


 投げやりに答えながらルカリデスは倒れ付したツァイの元に歩き始めた。


「作戦は終了だ。予定通りクルルカたちと合流するといいさ」



 _______________。


 ルカリデスがこの場から去り、太郎は一人石の上に座り込んでいた。


 街の方から聴こえる騒ぎ声。

 ドゥーンがまだ生きている事が分かる。

 太郎は内心安堵した。

 ドゥーンがあっさりと民衆に討伐されてでもしたら折角お膳立てしたここまでの流れが無意味になっていたかもしれない。


「芽愛兎、待ってたよ。傷は大丈夫?」


 太郎は振り替える事もせず、自分の後ろに立つ少女に話しかける。

 芽愛兎は一房にまとめられた長い金色の髪を左右に揺らしながら、引き摺っていたモノを太郎の前に差し出す。


「おかげさまで血は止まったのです……あと、これ。言われた通り持ってきたのです」


「助かるよ。これでようやく全部片付く。……? 余り浮かない顔をしてるね。念願の憎き敵を倒せたのだろ?」


「そのはずなのですけどね……なんだか分からなくなったのです」


「ふーん。良く分からないけどお疲れさま。もしかして革命する気無くなった?」


「いえ、そんな事は……早急に帝国を変えなければならないのは間違いないのです。立ち止まっている暇なんて持っての外なのです」


「そうだね。うん、難しい事は全部終わってから考えるといいよ」


「そうするのです」


「あの子達、それとここから北西に向かった場所にこどもが倒れている。助けてあげるといい」


「やはり解放されたのですね。それは、とても良かったのです」


「僕はもう行くよ。そろそろ頃合いだろうしね」


 太郎は芽愛兎が持ってきたモノを抱える。

 そして、ドゥーンが暴れる街の方へと駆け出した。

 最後の仕上げをするために。






 ___________。





 街は大混乱であった。

 家を破壊し人を潰す異形な化け物が暴れているのだから仕方のない事ではあった。



「時間を稼ぐっ!今のうちに負傷者を避難させるんだ!」


 冒険者の男が叫ぶ。

 屈強な肉体が熟練した戦士である事を物語っていた。

 その男の後ろにはぞろぞろと冒険者が並んでいた。

 ここにいる冒険者達は本来ならこの場で命をはってまで前線に出る必要がない者達だ。

 しかし、魔族の襲撃により壊滅した兵士達の代わりにやむを得ず闘っていた。


「こいつっ!なんてっ固さだ!?」

「くそぅ!ラフェルがやられたっ!!」

「誰かぁあ、助けてくれぇ……」


 阿鼻叫喚とはこの事ではあった。

 混乱した戦況。この場を仕切れるものなどいなかった。

 そんな中、必死に声を荒げ、指揮をとろうとしていたのものがいた。


「お前ら下手に突っ込むな!注意を向けるだけでいい!!市民を逃がすことを優先しろっ!」


 Sランク冒険者、『烈火』のオルバーナだ。

 烈火の異名の由来とも言える発火能力、それを剣に纏わせ、化け物と化したドゥーンと真っ正直から打ち合っていた。


「らあっ!」


 業火を纏った剣撃。

 それはドゥーンの肉体を切り裂き焦がすも圧倒的再生力でかさぶたが治る早送りの過程のように瞬時に回復してしまう。


「ちっ、やはり駄目か……」


「オルバーナさんっ!これ以上は無理ですよっ!!一度退きましょう」


「退くならあいつを引き付けながらだ。まだ取り残された市民がいる」


「そんなん無茶ですって」


「もうじき勇者が来るはずだっ!それまで犠牲を最小限に抑えればいいだけだっ」



 Sランク冒険者によってなんとか維持された戦況。

 

 不意に、視界に大きなモノが地面に落下するのが写し出された。


 鈍い音が響く。



 最初、それが何なのか誰もが理解できなかった。

 いや、理解したく無かったのかもしれない。


 空から落ちてきた人の死体。

 それが誰のものなのかを。


 オルバーナは驚愕した眼でその死体を凝視していた。



「ゆ、勇者呂利根福寿……」


 それは紛れもなく、悪名と名声が入り混じる不安定な存在の下、帝国に君臨していた救世主の一人。


 魔族に対する人類の希望、 『勇者』

 その勇者たる男が死んでいる。

 それが何を意味をするのか想像するのは容易い。



「勇者様が……負けた……!?」


「嘘、だろっ?」


 勇者様が魔族に負けた。

 その言葉は瞬く間に町全体に広がり、更なる混乱を呼んだ。

 前線で懸命に戦っていた冒険者達も絶望した顔を浮かべる。

 致命的に士気が下がった状況。


「ここまでか……」


 オルバーナは限界を悟る。

 頼みの綱である勇者が死んでしまっている今、この場にこの化け物を倒せる者はいない。

 この化け物を討伐するには帝都に応援を要請する必要がある。

 そうオルバーナは悟る。


「全員、撤退準備! 可能な限り市民を避難させた後、我々も都市から脱出するっ!!」


 冒険者たちはオルバーナの指示に従い、一斉に荒れ狂う化け物から距離を取り始める。


 化け物はその冒険者達を追うことはせず、近くに倒れ付し自力で逃げることの出来ない負傷した人間を面白そうにぷちぷちと潰し始めた。

オルバーナは無抵抗な市民を潰すドゥーンに怒りの感情を向けずにはいられない。


「あ、あいつっ!」


「オルバーナさんっ、いっちゃダメですからね!」


「……分かっている」


 部下に言われ、歯軋りをたてながらもオルバーナは返事を返す。

 ここでリーダーである自分が殺られる訳にはいかないことは理解していた。


「待ってくれ皆!置いてかないでくれっ!」


 負傷した脚を引き摺りながら、男は必死に叫ぶ。

 助けに来てくれるはずがない。

 男にもそれは充分、分かっていた。

 何故なら自分が逆の立場なら同じ行動をしたと思えるからだ。

 勇者が殺られた化け物達を相手に突っ込む酔狂な馬鹿がいるはずがない。




 そういるはずがない。




 逃げ惑う人々。

 その流れに逆らい、駆ける男が一人いた。


 オルバーナはすれ違った刹那、その男を呼び止めようとする。


「おい馬鹿っ!そっちは魔族がいるぞっ!」



 金髪にピアスチャラそうな見た目をした男が駆ける。

 その男の姿を見て、オルバーナは脚を止める。



「何してるんですかっ!?オルバーナさんっ!」


「勇者だ……」


「へ?」


「勇者……鎌瀬山だ」


 オルバーナは呆然した様子で呟く。




「さぁて、仕上げと行こうか……」


 愉悦な表情を浮かべる鎌瀬山は右手に大鎌を構える。




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