第50話覚醒


己が心を理解した時、その激情に呼応するように身体が脈動を起こし始めた。


既に死に体であるはずの身体。

だというのに生命の脈動は強く、激しくなっていく。


身体は燃え盛るように熱く、高温を発していた。

皮膚が裂け、肉が焼け、骨が腐る。

それを越える速度で骨が出来、筋肉が肥大し、皮膚が硬質化する。


それは起こり得る事のない現象。


新たに再構築されていく肉体。

眼前に佇む細き身体の少女を粉々にせんと感情が欲し、肉体がその激情に応えんとばかりに己が肉体を壊し、そして造り変えていく。


この現象。

これは強化か? 否。

これは進化か? 否。


これはそんな類いのものではない。

これは誕生だ。




新たな生物が。


復讐鬼が。


生まれた瞬間なのだ。




再構築された巨腕を大地につく、筋骨隆々の身体を起こし、立ち上がる。


元々の身体より一回り肥大化した肉体。

全身が血と混じったように赤黒くなり、純白だったはずの角も捻り曲がり、歪な形に変わっていた。



血色の瞳が倒れ付したツァイを一瞥する

そして直ぐ怒気を含んだ眼光がレミの元へと向かうミルに向けられた。

その瞳には確かに理性を感じられた。




そして。




天高く響く咆哮。

大地が軋み、地鳴りが起きる。





ミルは脚を止め、振り返った。

そして、その視界にあり得るはすがない姿が映りこむ。

姿形は変わっているが間違いなく、確実に心臓を貫き、殺したはずの男。

その男が立ち、あろうことか雄叫びをあげているのだ。


普通なら何故と思わずにはいられないだろう。

以下に魔族とはいえ、再生能力がそこまでずば抜けている者はそういない。

イレギュラーともいえる事態。普通なら戸惑ってしまう状況。


しかし、ミルは迷うこともなく直ぐに行動に移していた。

与えられた命令は小人と鬼人の抹殺。

生きていたのならば、また殺せばいいだけだ。

そう考えた。

次は甦れないようにバラバラの肉片に変えて。

それでも駄目なら塵一つ残さず消し飛ばせばいいのだ。



瞬間的にルカリデスの懐に入り込む。

先程と同じように。

反応すら出来ない速度で今度は拳で連撃を打ち放とうとする。




それをルカリデスは見下ろしていた。



そして、打ち込まれる拳。

己の容易く身体を貫き、絶命させた威力を誇る拳。

それが直撃した。

だというのに、まるで金属に弾かれるようにルカリデスの身体には通らなかった。



新たな頑強な肉体。

それに合わさり鬼の種族特性が最大限に発揮されていることによりルカリデスの肉体はあり得ない位に頑丈になっていた。


ここでミルは始めてこの事態に困惑する。

自分が何を相手し攻撃しているのか。先程とは全く異なるこの相手に疑問を覚えた。


拳を振るうのを止めたミルはルカリデスを見上げる。


理性的な瞳の奥には憤怒の炎が灯っていた。


「疑問。貴方は一体なんなのですか?」


「……お前を殺す鬼だ」


ルカリデスが右腕を横に掲げる。

ミルは明らかに様子の異なる敵に警戒して飛び退こうとする。

しかし、既にその行動は遅かった。

無造作に乱雑に振るわれた余りにも速すぎる右腕。

それを視認したミルはまずいと理解した。

己の予想を超えた速度、威力。

そして、宙に浮いた状態という最悪なタイミング。

避けようが無く、直撃する。


「うっ」


ミルが呻き声と共に地表に沿って吹き飛ばされる。

それに追い討ちをかける如く、ルカリデスは大地を蹴り、拳を大きく振りかぶる。




ミルは自分を追撃してくる動きを関知する。

だというのに慌てる素振りはない。

脅威だと思っていない訳ではない。

先程の一撃で相手と自分の力量差を把握した時、自分を壊しえられる可能性があると理解していた。

人間なら自分に匹敵する相手に恐怖を覚えるのは普通だ。

だが、人形にそういったモノは与えられていない。

だからこそ、冷静に正確に迫り来るルカリデスに対処する事が出来た。


宙に舞う身体を反転しルカリデスと向き合う。

既に距離は攻撃範囲、避けるのは難しかった。


剛腕が振り落とされる。

怒りの感情により鬼の種族特性が最大限に発揮された今、その一撃は勇者にすら届き得た。



バキッと鈍い音が響く。

ミルがガードの為に出した両の腕が割れる音だ。

地面に叩き付けられた衝撃で周囲の地面が陥没する。

ミルは咄嗟にルカリデスを蹴り飛ばした。

吹き飛ばされたルカリデスはダメージを受けた様子もなく、平然と着地した。


そして、直ぐにまたミルに飛びかかる。


ミルはどうするか思慮する。

身体能力ではあちらが上であることは明白であり、腕は負傷して無理が出来ない。

槍はまだ戻るのに時間がある。

危機的状況であるといえた。



考える猶予すら与えず、獣のように洗礼さを欠いた純粋な暴力の塊がミルに振るわれる。



結果。ミルは反撃に出た。カウンターを狙うわけでもない相手の攻撃を無視した一撃。


先に直撃するのはルカリデスの方が明らかに先であった。


しかし、その一撃はルカリデスの十分の一にも満たない細い腕に受け止められる。


ミルとルカリデスの間に割り込んだレミによって。


全ての適正を身体能力に注ぎ込んだその肉体はルカリデスの攻撃をなんなくと受け止めた。


その事実にルカリデスは不快そうに眉をひそめた。

直後、ミルが繰り出していた蹴りを腹に受ける。

ルカリデスは後ずさりするも視界は二人の少女に向いたままだ。



「驚愕。かなりの硬度を誇るようです」


「警告。この男の力はご主人様に届き得ます」



「ああ、不快だ。お前らの声が耳障りだ。だからもう鳴けないように形も残らず、潰してやるよ」


ルカリデスらしくない語気の強い言葉。

怒りの感情に支配された理性は暴力的で冷酷な心へとなっていた。









少し前に話は戻る。

ツァイが死んだ直後、芽愛兎は強化魔術の効果が切れたせいでなんとか保っていたレミと撃ち合いの均衡が崩れ、レミに散々にやられていた。

切り裂かれていく肉体。

磨耗する精神。

そうもうもたないか。

そう思った時。


咆哮と共に起き上がったルカリデスにミルが吹き飛ばされたことで呂利根が叫んだ。


「ああぁアッ!?ミルッ!?嘘だろ? レミ!ミルを助けるんだっ!」


「了承。援護に向かいます」


レミは呂利根の指示により芽愛兎から視線を剃らし、ミルの元へと向かおうとする。


「行かせるとおもうかっ!」


状況を理解できていない芽愛兎、だが、これがチャンスだということは理解していた。

鬼と小人だけであのミルを追い詰めるなど到底出来るはずもない。

だが現に今、呂利根は慌てたようにレミに助けに行かせようとした。

なら、自分がもう少し粘ればこの状況が変わるかも知れない。

そう考えたのだ。


芽愛兎が間に入り、レミを止めようとする。

その考えは間違いではなかった。

いや、寧ろ正解ともいえた。

芽愛兎とレミ、両者の間に圧倒的な身体能力の差というモノが存在しないのであれば。



反応すら出来ない一撃が芽愛兎の腹に打ち込まれる。

決して油断していた訳ではない。

只速すぎただけだ。



「かはっ!」


呼吸が困難になるほどの重い一撃を受け、宙に浮いたその小さい身体。

その隙だらけになった芽愛兎に回し蹴りをくらわす。

頭部にクリーンヒットした芽愛兎は地面に激突しながら数メートル近くも飛ばされた。


頭を叩き付けられ、自分の身体のコントロールを一瞬、失う。

その一瞬。

その一瞬にもし、追い討ちをかけられていたら確実にやられていた。

芽愛兎は理解していた。


だが、現実は芽愛兎など眼中にないようにミルの元に向かっていた。


レミによって拳を受け止められた鬼、姿形は変わっているがルカリデスであるのは予想がついた。

何があったのかは分からないが如何に強くなったといえ、一人ではあの姉妹を相手に出来るはずもない。

ふらつく身体を起こし、自分もあの場に駆け寄ろうとするも。



ルカリデスが片手を此方に掲げたのだ。


来なくていいと。


それは明確な拒絶であった。

邪魔をするなと言わんばかりの威圧が芽愛兎に向けられている。

それに芽愛兎は困惑する。

ルカリデスの威圧は到底仲間に向けるような生ぬるいものではない。

来るならお前も敵だと言わんばかりの殺気を含んでの拒絶なのだ。


普通のルカリデスならあり得ないはずの行動だ。

確実に敵を打倒したいならば、数は多いにこしたことはない。


だが、今のルカリデスは普通ではないのだ。

理性が感情に制御されてしまっているのだ。

普通なら勝てるはずもない相手。そう脳が判断する。

しかし、彼の胸中に存在する怒りがそれをねじ曲げる。

結果、二人だろうと勝てる。そう判断してしまったのだ。



その彼の狂った心を理解できるはずもない芽愛兎は只立ち尽くしてしまう。


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