第49話 感情

まだ、日が昇ってからそう時間も経っていない朝。

 銀髪の幼女、ミルが撃ち放った一槍の槍によって軍事基地は幻のように簡単にかき消された。

 そんな基地跡地に人の気配が複数残っていた。


「けほっけほっ。死ぬかと思いましたわ」


 咳き込みながらそう呟いたのはルミナスだ。

 舞い上がる土埃をうざそうに手で降りながら視覚に入ったルカリデスの元へと寄る。

 膝をつき、敵を警戒していたルカリデスは自分以外に無事だった仲間を見つけ、安堵した様子をみせる。

 そして、自分達があの攻撃を受けてなお、生きていたことに不思議そうな顔を浮かべた。


「無事だったか。良かった。にしてもあれほどの一撃、なぜ俺たちが生きていられているのかが不思議だ」


「あれだけの魔素、勇者と言うのはとんだ化け物ですわね……」


 うんざりとした顔を浮かべるルミナス。これから相手取らなければならない相手との実力さを目の当たりにして、すっかり意気消沈していた。

 そんな微妙な空気をぶち壊したのは小人族のツァイだ。


「なにしけた顔してやがるっ!」


 彼は僅かに傷を負っていたものの相変わらず元気そうであった。

 話に割り込むように飛び出たツァイにルカリデスは驚いていたがそれ以上に友が無事だったことを喜んでいた。


「ツァイ!? お前も生きてたか」


「……はっ、たりめえよ……それよりもよぁ!近寄って来てるぞ!奴等がよっ」


 彼の言う言葉は事実であった。

 完全に嘗められているようで、進行はゆっくりであるが呂利根達は確実に此方に近づいてきていた。


「ああ、分かっている。嫌な感じがどんどん此方に近付いてきてるのが感じるよ……けど、この距離ならまだ余裕がありそうだな」



「私たち以外は無事なんでしょうか?……敵と遭遇する前に合流したいところですが……」


 ルミナスの不安は最もだ。

 実力で圧倒的に劣っている自分達が個で闘ったとしても勝ち目はまずない。

 なるべく、自分達の有利に事を進めるためにもいち速く仲間と合流したいところだった。

 それが分かっているルカリデスも周りを見渡していると視線がふと止まる。


「分からない。けど……ん?あの角は大将なんじゃないか?」


 そういってルカリデスが指を指す方向には立派な二本の捻れ角が大地から生えていた。


「あら!そうですわね。抜いてあげませんと」


「はあ、なっさけねえ隊長だなうちのは……」


 呆れた顔を浮かべながら二人は両方の角をお互い引っ張り合う。




「せーのっ!」


「痛い痛いっ抜けるっ抜けちゃうぅ」


 容赦なく引っ張る二人に対して土から顔を出したクルルカが悲鳴をあげる。


「大将騒がないでくれ……敵に気付かれる」


「だったらこの二人にもっと丁寧に優しく抜いてもらえるように頼んで貰えませんかね!」


「はあ、というかその程度なら自分で出れられただろ」


「……まあ、そうですけど、出たら間違いなく殺されそうでしたし……」


 もともと数年前までは族長の娘として温室育ちの少女であったのだから仕方のないことではあるが、この中で一番死ぬのを恐がっているのは間違いなくクルルカであった。


「はっ、どちらにしろあんなバレバレな隠れ方じゃ殺されてただろうな」


「そうですわね」


「で、大将どうするんだ?」




「そうですね……んー相手側の動き遅いですね……これは嘗められているんでしょうか?」


 クルルカも敵の動きからルカリデスと同じ結論に至る。


「だが、俺らが生きていることはバレている。現に真っ直ぐに此方に向かってきている。だとしたら可能性としては重傷で動けないと思われているんじゃないか?」


 ツァイはそのルカリデスの考えに間髪入れずにつっこむ。


「ただ嘗められてるだけに決まってるだろうが」


「はあ、その線が高いのは否めませんわね、残念ですが」


「そうだな……だが、寧ろそれなら此方に都合がいい。嘗められているなら対策のしようがあるはずだ」



「はっ、その対策はさっきの一撃で全部ぶち壊されただろうが」


「魔術を関知されないようにしておいたはずでしたのにね」


 カリドやツァイが夜通しして作った魔術による結界や地雷といったものは先程の一撃により全てかき消されてしまっていた。

 クルルカ達としても幾ら既に機能していない基地だとしてもこんな都市の中で大規模な魔術を撃ってくるとは想定していなかった。



「それと他の皆が何処にいるかが分からないですね……直前まで誰かと一緒だった人はいませんか?」


「俺とルミナスが近くにいただけだ」


 クルルカの質問にルカリデスとルミナスは首は振る。

 しかし、ツァイは少し躊躇った後に口を開く。

 そのツァイの様子に友であるルカリデスは大方を察したようで二人の安否を訊ねた。


「……俺はカリドとドゥーンといたぜ」


「……あいつらは無事だったのか?」


「……さあな。けど、混血種の野郎はまともにくらってやがったからな……死んでんじゃねえか……」


 あっさりとなんでもないように言うツァイであるが、心なしか表情は暗く見えた。


「そうですか……」


 他の皆も人死に慣れている様子で、あっさりとした反応を返す。

 内心では誰もが少なからずショックを受けているものの誰もその感情を吐露する者はいなかった。

 今回の作戦は始めからそういうものだと理解した上で参加しているのだから誰しも覚悟は決めていた。

 それに言葉だけでは実感が沸かないのだ。

 本当に死んだのか?そう考えてしまうのも仕方の無いことだ。



「残念ですわね」


「もしかしたらカリドに当たった衝撃で攻撃がそれたのかも知れませんね……それにドゥーンも」


「はっ、なら少しぐらいアイツらに感謝してやってもいいな」


「そうだな……」


「あ」


 ふと、クルルカが声をあげる。ルカリデス達は不思議そうに視線を向けた。


「どうしましたの?」



「旦那からの連絡っす。撤退が許可されました……逃げましょうか……」


「今更ですの?」


「おいおいうちのボスは何考えてやがるんだよ……」


「今から逃げるのはきつい所だな」


 皆して懐疑的な表情を浮かべていた。

 発端として基地から動くことを許されてなかったからこそのこの事態、今更撤退していいと言われても既に敵はすぐ目の前まで来ているのだ。

 何故今更?と皆が思ってしまうのも仕方のないことであった。



「まあ考えても仕方ない。まずはどう逃げれるかが問題だ」


「流石に駆けて逃げ出したら追ってくるでしょうしね……」


 幾ら呂利根達が悠長にしているとはいえ、魔族が一斉に逃げだしたとしたら追撃してくるのは目に見えていた。

 となると、方法は一つ。


「囮が必要だな……問題は誰がやるかだが……」


 他と比べて成功率が唯一高いが、確実に犠牲が出ると言える作戦だ。

 しかし、彼らにはその選択しか残されていなかった。


 当然、囮役として残るものをやりたがるものはいない。

 だとしても最低二人、この中の半数が残る必要があった。


「はっ、俺がやってやるつーの」


 真っ先に名乗りを挙げたのは意外にもツァイであった。


「……ツァイ一人じゃ無理だろう。俺もやる」


 友であるツァイがやるなら自分がやらない他ない。

 そう考えるのがルカリデスだ。



「貴方達、本気ですの?」


 今回の作戦は相手に勇者もいるのだ。

 以前の囮役とは危険度は段違いに高い。この場に残るものは間違いなく死ぬだろう。


「ルミナスは吸血鬼なんだから力を発揮できない。それに大将の

 神遺物アーティファクトがあれば如何に勇者と言えど気づかれずに逃げられるはずだ。この場のメンバーで一番可能性が高いのはこの内訳だ」


「……確かに私とルミナスだけなら隠れて逃げられるはずです。ですが、間違いなく死にますよ?」


 誰もが分かりきっていることをあえて口にするクルルカ。

 それは確認の意をとるためであった。


 ルカリデスは自分の死を想像した。

 恐い。素直にそう思う。

 しかし、死ぬなら死ぬで仕方の無いこと。

 そう思った。

 それに。


 友を置いて自分だけ逃げるなんて事出来るはずもなかった。


「死ぬ気はないな、なあ、ツァイ」


「たりめえよ。こんなとこで死ぬような雑魚じゃねえんだよ」



 この二人は憎いほど相も変わらず、普段通り振る舞っていた。


 お互い、自分が死ぬ・・・・・・のを覚悟の上で。



「分かりました。時間もないですし、動き始めましょう」







 その最後の作戦決行にストップをかけるものがいた。


「私を忘れていないかね?」


 人と変わらない身長に竜の頭、鍛え上げられた上半身にはべったりと血がついていた。

 その男の登場に皆、こんなやついたわと思い返した。



「……」

「……忘れてました」

「忘れていたな……」



 竜人の姿に扮した芽愛兎はすっかりと自分の事を忘れ去られてしまった事に対して突っ込む事はせず、自分も囮に参加する旨を話した。




「はあ、……まあいい、その囮とやら私も協力しよう」


 囮を買って出た事にクルルカ達は驚く。

 名前すらまだ知らない男であるが、実力はこの中でも随一だ。

 協力してもらえるのは助かる話だが、まさか自分から志願してくるとは思っていなかった。

 というのもこの竜人には魔隷の呪がかけられてないのだ。

 わざわざ命がけで戦う必要もなく、この状況ならとっとと逃げるのが、普通だ。



「あんたは強いから此方としては心強いが……死ぬかも知れないぞ」


 ルカリデスの忠告に対して、芽愛兎は考えるまでもないと決意に満ちた顔で答える。


「死を恐れ、脅威から逃げだしてしまっては何の意味もない。私が先陣をきる。小人は私に強化魔術をかけてくれ」


「しゃーねえな」


「では御武運を祈りますわ」


「そっちもな」


「クルルカ、北西に向かうといい」


 芽愛兎の突然の助言に不思議そうな顔をするクルルカ。

 北西、丁度壁に大きな穴が空いた方向だ。


「何故です?」


「行けば分かる。そしてこれを使うかはお前に任せる。話は聞いているだろう」


 芽愛兎の手から注射器が一つ手渡される。

 その不鮮明な助言、だが、芽愛兎はおおよその予想がついてしまった。

 残された時間はもう少ない、芽愛兎に問い詰めている余裕もなかった。


「分かりました。行きましょう!」



 二手に別れ動き始める。

 クルルカは銀で加工されたブレスレットに魔素を流し込む。

 太郎と戦闘をしたときにも使った透辰族に伝わる神遺物アーティファクト、透玉の腕輪。

 それにより、ルミナスとクルルカの気配が完全に消失する。

 魔素の反応が残るため感知できる相手がいる場合は見つかってしまうが、それをツァイの強化魔術の発動によりごまかす。

 距離が近ければ二つの魔術が発動したことに気付かれてしまうが、あいにくまだ幾分かの距離があった。

 これで誤魔化せれるといいがとクルルカは思うが、相手は勇者、感づかれていても驚きに値しない。

 残りは囮役をかって出てくれた彼らに任せる他なかった。










 強化魔術によって肉体が強化された事を確認した竜の男、芽愛兎は自分の身体を確認するかのように腕を回す。


「こんな所か……。ルカリデス、お前にもこれを渡しておくよ」


 芽愛兎はクルルカに渡したのと同じ小型の注射器をルカリデスは渡した。

 それを見てルカリデスは不思議そうに聞き返す。


「これは?」


「詳しくは知らないよ。使えば強くなれる……副作用つき。だそうだ」


芽愛兎の抽象的な発言におおよそどんなモノなのか理解したのかルカリデスは納得して受け取った。


「……そういう類いか。分かった貰っておく。……どうやら、敵も俺らの動きに気付いたみたいだな。数も質もあっちが上だ。まともに殺り合わないで牽制しながらあいつらの逃げた方向から反らすぞ」


「また、その前に一ついいか?牽制ついでに此方から先制で一発撃っておきたい。まあ先に私が足止めをしようといったわけさ」


「分かった。あんたに任せた。無理はしないである程度したら撤退してくれ」


「ああ、分かっているさ」


 芽愛兎は二人が移動したのを確認した後、自分の両腕を大地に深く刺した。


 そして、『無貌ノー現身フェイス』を発動した。

 この限外能力はただ別人に成り変わるだけの能力ではない。

 部分的に自分の身体を変化し、自在に操ることが出来るのだ。


 今回、イメージする形状は鋼鉄な巨槍。

 槍へと変質した両腕は地中に潜り込むと次は地表と水平に伸張していく。

 向かい先は勿論、呂利根達の元だ。

 視界には入っていないが距離は既にそう離れていない。

 十分に狙える距離だといえた。



 鉄槍は地面をかきわけ、確実に適速に迫る。

 それに逸速く感づいたのは銀髪の少女ミルであった。


「警告。地表から何か来ます」


「敵の攻撃か。レミ、ミル、迎撃出来るかい?」


「肯定。物体は二つのみ、十分対処可能です」


「了承。迎撃に移ります」


 金と銀の少女が地中から迫るものに対処するために前に駆け出す。


 巨大な魔素を放出している者が二人動き出したのを芽愛兎は関知した。

 呂利根の能力で作られた人形の欠点の一つに、人形は活動状態では常に魔素を放出し続けた状態であるという点がある。

 普通の人間であるならば、攻撃の瞬間、魔術の行使といった時にのみ魔素を大気中に放出するだけであり、通常は魔素を体内の中で回しているのだが。

 それと違い、人形は限外能力という神の恩恵によって動かされているため、常に魔素を消費し続けているのだ。

 そのため、魔素を体外に放出してしまっており、結果として特別なスキルを持っていなくとも、ある程度の実力があれば人形の位置を把握することが出来てしまうのだ。




 呂利根の能力について、調べてきていた芽愛兎は当然その欠点を知っていた。

 そして、スペックレベル6の強さも十分把握しており、気づかれることは分かっていた。




 だから。

 あえて敵が気づき、撃墜の為に動き出すまでの猶予を与える速度に合わせていた。




 駆けるレミとミルと衝突する寸前、槍は無数に分岐した。

 ひっそりと地中の中で行われたその動きに二人が気付く事はない。

 地表から飛び出た二対の巨槍がレミとミルとぶつかり合う。

 ツァイによって強化されているとはいえ、勇者の中でも身体能力に劣る芽愛兎では当然、力負けしてしまい、弾き飛ばされてしまう。




 それは分かりきっていた事だ。




 だから狙いは最初から呂利根だ。




 敵の攻撃を弾き飛ばした瞬間に二人の少女は誘われた事に気が付く。


「吃驚。これは囮。狙いは御主人様」


「警告。目標の破壊失敗。御主人様退避して下さい」




 着地と同時に瞬時に呂利根の元に戻ろうと駆ける二人。

 大地を深く蹴りこみ、駆けるその速度は視認する事も難しいほどだ。

 しかし、加速したその鋼鉄の槍に追い付く事は出来ない。


「えっ失敗? 来る感じなの!?」


 信頼をおいていたレミとミルが失敗したことに呂利根は動揺しつつも逃げようと後方に飛びさった。

 その直後、無数に分裂した槍が大地から噴出した。



 芽愛兎は手応えのなさから攻撃を避けられた事を理解した。

 人形と違い、呂利根は魔素を放出していないため、位置を予測しての攻撃となってしまっていたからだ。



 次に芽愛兎は攻撃の範囲を拡げることで呂利根を狙い撃った。

 呂利根の性格からしてまず間違いなく自分の人形の元に逃げる。

 その考えから人形の魔素を把握し、その全ての範囲に噴出した槍が今度は大地に降り注ぐ。



 芽愛兎が弱いと言ってもそれはあくまで勇者の中ではというだけであり、レミとミル、それにトゥアイ以外の人形が反応できるはずもなく、皆降り注いだ槍に直撃する。



 その即座に槍を地中に潜り込ませた。

 芽愛兎の放ったこの攻撃は槍に変化させた自分の身体を使用しての攻撃だ。

 だから、引き際を間違え下手に追い討ちをかけ、レミとミルと撃ち合っては自分の腕が切断される可能性がある。

 只でさえ、無数に分裂した事により強度が落ちてしまっているのだ。

 無理は禁物であった。



 これ以上はきついところなのです。

 けど。



 芽愛兎は危険を承知で最後に一ヶ所だけ狙うことにした。

 それは今の攻撃で弾かれた位置、トゥアイのいる場所だ。

 スペックレベル5はレミとミルを除けばあの中で一番高いレベルだ。

 根は臆病な呂利根ならそこにいる可能性が高かった。


 分裂した槍を元の巨槍に戻していく。

 そして危険性を減らすためにさらに両腕の槍を一つに混ぜ合わせることで強度を高めていく。


 一つとなった鋼鉄の巨槍がトゥアイの真下から姿を現す。


 芽愛兎の予想は当たっていた。

 しかし、既にその時点でレミとミルが呂利根の元まで戻ってレミの槍によってその一撃は止められる。

 ミルは細い脚を捻り、蹴りを打ち出す。

 鋼鉄の槍であるはずの芽愛兎の腕が軋むのを感じとる。


「これが限界といったところなのですか」


 腕を瞬時に元に戻し、大地から両腕を抜き取る。

 腕は僅かに赤みを帯び、痺れるような痛みを芽愛兎は感じていた。









 _______。



「アァァアァ許せないっっ!!俺の天使ちゃん達をこんなにぼろぼろにするなんてっ!」


 芽愛兎の攻撃により倒れた複数の人形達、誰も完全に壊れた訳ではないが、戦闘に支障をきたす程度にはダメージを負っていた。

 弱いと言ってもやはり芽愛兎は勇者の一人であることが伺えた。


 その傷ついた人形たちを抱きながら呂利根は怒りを露にしていた。


「謝罪。我々のミスでした。御主人様なんなりと罰をお与え下さい」


「反省。完全に裏を突かれました。申し訳ありません」


 そこに金と銀の髪を地面に垂らし謝罪をする二人の少女達。

 その声を聞くと鬼のような形相でぶちギレていたはずの男、呂利根は、一瞬で笑顔へと変わった。


「いいんだよぉレミ、ミル。そういう時もあるさぁ」


 その表情の変わりように普通なら不気味さを覚えるであろうが、人形である彼女らがそんな感情を抱くことはない。


 それも当然の話だ。

 そういう風に作ってあるのだから。


 呂利根がゲームのキャラクリエイトのように簡単に気楽に作ったそのキャラ設定は少女らの元の人格、適性といったものを全て無視した呂利根の理想の少女の姿を強制的に押し付けたモノだ。

 呂利根の嫌う行動、反応をするはずがない。



「それより、こんな風にした奴にはやり返してやらないとね……動ける子達だけで速攻で叩き潰しにいこう。ミル、敵の反応は?」


「把握。我々に攻撃を行ったと思われるものは仲間と合流し東にむかっております。それと……魔素の反応が北西の方にも感じられます」


「提言。北西の敵の始末は私にお任せ頂けたらと」


「推薦。北西はレミのみで十分対処可能かと思われます」


「ふむ、そうかい。確かにレミなら大丈夫だろう。けどぉ、駄目だね。レミとミルは常に一緒にいるというのが僕の設定なんだ。そっちの始末は……トゥアイやれるかい?」


「うーん、分かった! 竜の人だといいなぁ」


「進言。話の限りですと竜人と当たった場合、k-5のみでは厳しいと思われます」


「推測。実力は勇者に匹敵する可能性もあります」


「そうか……そうだな。テラファス、君も一緒に行ってあげてくれ」


「了解お兄さん、うちに任せな!」


「ああ、頼むよ」


 トゥアイとテラファスは傷の浅かった人形達を連れ、北西へと駆け出す。

 それを見送った呂利根は不思議そうに首を傾げる。


 レベル5のトゥアイに打ち勝てる魔族、それに先程のレミとミルの速度にも劣らない一撃。

 そこから推測できるのはかなり高位の魔族に位置している者がまず一人いるということだ。

 しかし、それが事実だとすると、一つ納得がいかない点が出てくる。


 帝都から逃げ出したら魔族の奴隷達の反乱。

 その皇帝の話が事実だとするなら、そもそも相手は魔族といっても所詮奴隷に堕ちてしまった程度の強さでしかないはずなのだ。

 だというのに、結果は勇者クラスの実力者がいるという可笑しさ。


「明らかに裏で手引きしてる奴がいるねぇ……」


 考えられる最も高い可能性は、

 魔王の一人、魔竜グラハラムによるものだという線。


 公国の襲撃に伴い、帝国の援軍が来るのを警戒しての妨害、あるいは出兵に伴っての防衛力の減少した隙をついての軍事拠点の破壊が狙いの可能性。


 機密ではあるが、現状公国とは音信不通となっており、魔王グラハラムによる妨害がされている可能性が上がっている。

 そう言った現状はもちろん帝国上層部しか今のところは認知していない。無駄な混乱を抑えるためにも、近隣諸国にすら現状を知らせることはしていない。

 そう言ったことも踏まえると、まず一番警戒しなければならない相手だ。




 次に考えられるのは、革命軍によるものだ。

 もし奴等だとするなら、魔族を利用して帝国への不信感を与えるのと同時に、武力蜂起した際に面倒な砦をあらかじめ破壊するのが狙いだろう。

 もしそうなら、公国での騒ぎを利用して魔族を使うなんて狡猾な奴がいると考えられる。

 そもそも、魔族を作戦に組み込む時点で普通とは考えが違う。


 一瞬、芽愛兎の影が脳裏をちらつくがそれはないかと考えを消す。

 芽愛兎が民衆に被害が出るような事を考えるような奴ではないことは分かりきっているのだから。


 とりあえず。と呂利根は考えを纏める。


「軽い遠足気分だったけど、考えが変わったよ。裏にいるやつも気になる。レミ、ミル、全力で潰しにかかろうか」



「了解。御主人様の仰せのままに」


「了解。御主人様の仰せのままに」



 考えを纏めた呂利根はレミとミルだけを連れ、動き出す。

 相手が勇者クラスであるなら数は余り意味がないと考えたからだ。


 レミの視界に対象を捉える。

 数は3、竜人、鬼人、小人。

 距離はおよそ400メートル。


「捕捉。対象との戦闘を開始します」


「許可する。ミル、レミ、君達の強さをみせつけろ」



 呂利根の言葉と同時にレミの細く白い脚が大地を力強く踏み込む。


 疾走。


 魔法少女の可愛らしい服をたなびかせながら、敵との距離を縮めていく。



「来たぞっ」


 ルカリデスの緊張と恐怖が入り混じった声音が響く。



 そのかけ声と共に発現されたのは巨大な岩だ。

 ツァイの知る攻撃術式の中でも最大の規模を誇る魔術であり、自分が使用できる最高クラスの魔術。



 第六階梯、巨岩落としピータルスフォール



 空に浮遊した岩は突如浮力を失ったかのように重力に従い、地面へと落下していく。

 それを一瞥したレミは慌てる様子も避ける素振りも見せずに只、直進する。



 それも当然、レベル6は勇者と同等の強さを誇るのだ。

 只の第六階梯、それも土属性の魔術。

 勇者に魔術を通したいのであるならば、最低でも第7階梯、あるいは殺傷能力の高いモノでなければ警戒する必要も避ける必要性すらない。


「なっ、あいつ、そのまま突っ込んで来るつもりかよっ」


 ツァイの驚愕の声。

 仮にも自分の最大級の魔術。

 効かないだろうと予想はしていても、やはり実際に目の当たりすると驚いてしまうものだ。


 レミは片手に携える金色で装飾された槍を構え、急降下する岩を一突き。

 金属の甲高い音と共に岩が貫かれる鈍い音が響く。


 レミを中心に岩が砕け散っていく。

 落下する岩の隙間を通り抜けるように駆け抜けていくレミは目標が一人消えていることに気付く。



 鬼の男に、小人はいる。



 竜人の姿がない。



 瞬間、レミは身体を瞬時にうねらせた。


 迫る刃を、感知し、肌に触れた刃の感触その軌跡と同じように身体をうねる。

 それも刃を振るう速度を越えてだ。



 肌に触れた瞬間に感づくその感度の高さ、反射神経の速さ。

 正に超反応ともいえる反応速度であった。



「やはり速いな」


 芽愛兎からは避けられた事に対しての驚いた様子は見られ無かった。

 予想した通りの速さ、そして肉体の強靭さ。

 さて、どう相手するか、内心では冷や汗をかいていた。




 スペックレベル6と言っても、全ての能力が等しい訳ではない。



 魔術に対して適性が高いミルは身体能力は芽愛兎程度でしかないが、魔術に関して言えば幼女に匹敵する実力だ。 


 身体能力に特化されたレミは魔術適正や能力が一切ないかわりに肉弾戦に関しては英雄王と同等であり、力に関していえば、勇者の中でもかなりの上位に食い込む程だ。


 現在相対しているレミは身体能力特化。


 芽愛兎では強化魔術を付与された状態でも相手にならない。

 であるならば援護する他ない。

 その考えに落ち着くのが、通りだ。


「あれを避けるか……俺とツァイがあいつと相対したら間違いなく死ぬな……まあ、行くしかないが」


 芽愛兎とレミは落下する岩岩を避けながらお互いに撃ち合っていた。


 右、左、左、そしてフェイントからの突き。

 トゥアイを追い詰めていた芽愛兎の双剣による連撃は槍一本で完全にいなされていた。




 その相手のリズムを崩すためにルカリデスが戦いに割ってはいる。


「ここしかないか」


 強化された豪腕による刺突。

 細く柔い首先にその一閃が迫るも。

 少女の歯によって難なくと止められる。


「なっ!」


「ほぉあく。ほやさぱやーからほういとはにへはいとほぉあく」



 槍をくわえながら喋る少女の言葉はなんと言っているのか理解できなかったが、自分が相手にされていないということは理解できてしまった。



 レミは加えた穂先に力を加え、ルカリデスの槍を振るう。

 力で圧倒的に劣るルカリデスは抗うことも出来ずに槍の制御を奪われ、顔面に直撃させられる。


「くっ!がはっ!!」



 蝿を払うかのように只振り払ったそれだけの事で。 



 ルカリデスは紙切れのように吹っ飛ばされ、受け身すらとれずに地べたに身体を打ち付けた。



 額からは血が流れだし、視界を鮮血に染める。

 脳が揺れるように平衡感覚を掴めず、立ち上がることすら出来ていなかった。


「ルカッ!」


 ツァイは吹っ飛ばされた友の元へと駆け寄った。

 そこには普段のおらついたような表情ではなく、不安そうな顔だった。



 そんな友の姿が赤黒い視界にぼやけて写った。

 であるならば、こんな所で倒れている訳にはいかねえと瞳に火が灯るものだ。



 不恰好ながら膝をつき身体を起こす。



「アァ、そんな叫ばなくても、だ、大丈夫だ……それより、あいつの援護を……」


「はぁっ?てめえの姿を見て、どうやって俺らがあの闘いに混じれるって言うんだよっ!」


「確かにな。だが、あいつも押されているどうにかしないと……」



 二人の会話を遮るように無機質な声が響いた。


「不可。それは貴方達には無理だと思われます」



 目の前に現れたのはスペックレベル6の人形、ミルだ。

 長い銀髪に魔法少女の服装、身長も100センチそこらしかない只の子ども。

 そんな見た目だというのに。

 中身は普通の幼女とは全くの別物だ。


 人殺しを厭わず、只命令を遂行していくだけの殺戮兵器。

 手には何も持っていない。

 素手だ。

 だが、だとしても今のルカリデスとツァイでは相手にもならないのは明白であった。



 ああ、やばい。

 二人して同時にそう思った。

 しかし、それを口に出す余裕すら無かった。



 ツァイの咄嗟の判断であった。




 倒れ伏すルカリデスを支えていたツァイは咄嗟にルカリデスを吹っ飛ばした。

 怪我を負っていたルカリデスはそれに抗うことも出来ずに只地面を転がっていく。

 その反転する視点の中でルカリデスは決定的瞬間見てしまう。





 幼き少女の細腕が友の身体を貫く瞬間を。





 その現実を。



 理解。



 そして、拒絶。



 理解して。



 拒絶する。



 しかし、

 友の死という事実をまた理解してしまう。

 それをそんな事はないとまた事実を拒絶する。


 理性が理解し。

 感情が拒絶する。


 只、それを繰り返す。


 目の前起きた友の死という現実を理解したくないが為に。


 自分の死は恐い。けど、弱けれりゃ死ぬ。仕方ない事。

 そういう風に考えていた。それが鬼族の死生観だから。


 だが、友の死を目の当たりにして、認識して、理解して、これほど心に堪えるものなのかと始めてその事実を理解する。恐怖する。


 カリドの死を聞いても少し悲しかっただけであった。

 だから、そんなもんだろうと納得していた。

 短い付き合い、長い付き合い関係なく、他人の死というモノは悲しいけど仕方の無いことだと。



 けど、現実、目の当たりにして沸き上がってくるこの感情はなんだ?

 悲しいとか寂しいとかそんなレベルのものではない。



 これは。



 自分の気持ちに整理がつかないまま貫かれた友を、貫いたミルを見つめていた。茫然と。




 ミルは相も変わらず、無表情のままであった。

 それも当然、彼女にとってはどうでもいい事なのだから。

 只、命じられたままに殺した。それだけ。

 そこには己の行動への理由や意味を持たない。

 そんなもの持ったとしても無意味であるのだから。

 必要なのは主人の命令。それだけで理由足り得た。

 人形少女は主人の言葉のままに付き従うのみ。


 だから死者に対しての敬意も何もなく、無造作に胸を貫いた腕をミルは引き抜いた。血が溢れ出す。 


 支えるものを失ったツァイは重力に従い後ろに崩れる。

 その一瞬、ツァイとルカリデスは互いの瞳に互いを映し合った。



 その瞳を見た瞬間ルカリデスは叫ばずにいられなかった。

 まだ確かに意思を灯した瞳をしていた友に向かって。

 友の名を。



「ツァイっ!ツァーイッ!!」



 二度叫ぶ。返ってくるはずもない友の声を望んで。

 いつものムカつく怒声を聞きたいが為に。

 それはあり得ないと理性が理解してようとも感情が許さない。



 自分の手の届かない所に行ってしまう友を引き留める為に地べたに伏せながらも手を伸ばす。

 みっともなく、滑稽に地べたを這いずりながら名を呼び続けた。


 外聞なんてどうでもいい。


 状況なんてどうでもいい。


「ツァイ…ツァイ……」



 只、友の死を、ツァイの死を受け入れたくないだけだ。




 ミルがルカリデスの方を向く。

 その瞳には何も映らない。どこまでも無機質な瞳。



 ああ、次は自分の番か。




 そう思った時。




 ルカリデスの身体が震えた。


 恐怖からでない。


 それだけは分かった。


 じゃあなんなのだというのか。この胸の内に燻るこの感情は



 激情が心の中を駆け巡る。



 無意識にルカリデスは注射を握りしめていた。

 囮役を買ってでた時に芽愛兎が渡したモノだ。



 彼等が知る由も無いこの注射器の出自。

 これは太郎が研究室で所長に射したものと全く同じ薬品だ。

 帝国勇者の一人である男の血を媒介にした強化薬。

 これは確かに強力な薬ではあるが、現状では勇者を越えられる力を手に入れられるほどのものではなかった。


 そんな内情も知らずに、ルカリデスは注射器を握りしめる。


 何故、こんなにもこれを力強く握りしめているのか。

 ルカリデスには分からなかった。

 こんな注射一本で状況が変わるはずもない。

 それは分かっている。



 だが。

 だからといって。

 このまま死ぬわけにはいかない。

 そう思った。


 そう思ったら無意識に注射器の針は皮膚を貫き、中身のおぞましい液体は自らの身体の中へとすぐさまに侵食した。

 身体が強く脈動し。



 瞬間、ルカリデスの心臓は貫かれた。


「がはっ!」


 大きく血を咳き込む。

 強化の時間すらミルは与える暇もなく、ルカリデスを貫いた。

 その軌跡は容赦などあるはずもなく、確実に心臓を貫いていた。


 引き抜いた腕からは血が滴り落ちる。

 ルルカリデスとツァイの血だ。

 それはルカリデスの胸の上で混ざり合う。


 心臓を貫いた事を確認したミルは振り返り、レミの方へと向かい出す。





________________。




 薄れゆく意識の中。


 ツァイの声が聞こえた気がした。





 その瞬間、思考が加速する。感情が燃え上がる。





 友が自分を庇った。

 それが感情を沸き立たせた。




 友が死んだとき何も出来なかった自分。

 それが感情を高まらせた。




 身体はまだ自分の思うように動かない。

 それが感情が震えさせた。




 友が助けてくれた命。それを無駄にしてしまった事。

 それが感情を荒れ狂わせていた。




 友が命を投げ捨て庇った自分の命、助けられた自分は結局その直ぐ後に友の後を追うことになった。

 つまり、ツァイの行動力は無駄死にだったということだ。




 それは本当か?

 あいつの行動は本当に無駄だったのか?




 理屈で考えるなら無駄だ。

 勇者レベルの相手に対して自分等が勝てるはずも逃げられるはずもない。ツァイがやった行動は俺を数刻生きながらせただけだ。




 だが、感情が理屈を否定する。

 震え上がるこの暴れに暴れる感情がそんなことはないと叫んでいる。





 だけどお前は死んだ。



 そう理性的な自分が告げる。



 既に心臓は貫かれ、この思考は血流が外に流れ出るまでの僅かの時間に過ぎない。



 既にルカリデスという男は死んだのだ。



 もう終わったのだ。







 ああ、そうか俺は死んだのか。死んでしまったのか。










 だが。



 それが。



 なんだと言うのだ。






 死んでしまった?もう終わった?

 そんなの自分の知ったことではない。

 この感情がそんな事を許すはずがない。

 理屈だなんだはどうでもいいのだ。




 抑えられないのだ。

 この感情が。






 ああ、なんだこれは。


 沸き上がる、この感情は。






 






 自分を突き動かす、この感情は。









 身体を支配する、この感情は。









 理性を狂わせる、この感情は。








ああ、そうだ。




これは、






「怒りだ」



 無いはずの心臓が鼓動した。

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