第48話開幕の一撃


 朝、空はどんよりと曇っておりお世辞にもいい天気とは言えなかった。

 領主により全市民自宅待機との指示を発令された事で街全体は静まり返っており、それは嵐の前の静けさのようにも思えた。



 その大通りを歩く集団が1つ。

 平均身長110センチ、どの少女も幼げな顔には似合わない鋭利な刃物をぶら下げて歩いていた。

 小型のナイフを持つものもいれば、自分の身長をも超える大型の武器を持つものもいた。

 その先頭に立ち、引率の先生のように人形達を先導するのは当然、呂利根福寿当人である。



 楽しそうに笑顔を浮かべ歩く彼を見れば、これから遠足にでも行くのかと勘違いしてしまいそうになるが、彼等が向かう先はこのハッテムブルクの軍事基地で、これから起きるのは殺し合いであるのだ。

 しかし、勇者である呂利根福寿にとってみればそれは他愛もない事であり、普段のお出掛けと何も変わらないように気の抜けた顔を浮かべていた。

 というのも呂利根は今回の騒動を、帝都から逃げ出した魔族の奴隷達の反乱だと皇帝から聞かされていた。


 如何に魔族とはいえ、数も少数、実力も並かあるいはそれ以下。

 普通の人間なら相手にならないが、勇者である呂利根が負ける通りが無かった。


 だから呂利根は安心していた。


 九図ヶ原の方じゃなくて良かったなぁ。

 此方は魔族狩りであっちは勇者狩り。

 どっちが楽かなんて明白。

 俺は天使ちゃん達とちょっとしたお出掛け、あっちは泥臭い郊外での追跡。

 あぁ、最高だ。



 先日、魔族を専門で扱う奴隷商人であったミラノアの商館から魔族が大脱走し帝都内が一部パニックに陥る事態が起きた。

 重要参考人であるミラノアは行方を眩ましており、革命軍による策略で意図的に行われたのではないかと帝国側は疑っており、ミラノアの行方を追っていた。

 だがしかし、ミラノアの行方は知れず、帝国側としても消息を掴めずにいた。

 ただ、勇者呂利根がミラノアが姿を消す前に、彼女の店に音ノ坂芽愛斗が訪れていたという証言以外は。


 当然、音ノ坂芽愛斗への尋問を行なおうとしたところ既に部屋はもぬけの殻。

 もとより、彼女が革命軍側への関与があること自体は前々から若干とその片鱗は垣間見えていた。


 ならば、と。

 帝国上層部はあえて泳がせることで、規模が正確にはわからない帝都に潜む革命軍を炙り出そうとしていたのだが。


 マシュマロ公国への魔王グラハラムの襲来。

 それにおける帝国内に生じた混乱の隙に芽愛斗は帝国から姿を消した。

 しかし、分からない事があった。

 ミラノアの奴隷商から解き放たれた奴隷たちの大脱走。


 その騒ぎは帝国勇者である九図ヶ原、それと研究所を破壊した疑いで追われていたはずの王国勇者鎌瀬山と思われる人物の活躍により、事態は早期に鎮火したのだ。


 帝国の息の掛かっていた筈の帝国支部冒険者ギルドのギルドマスターであるガイ・ウラモはその姿を消し、研究所からの定期連絡も途絶え、冒険者ギルドの受付嬢の一人の口を割った結果、冒険者として鎌瀬山を研究所に送り込んだ事実を帝国は知った。

 であるなら、そのままアリレムラ領に向かうのが普通のはずだ。

 何故、帝都に戻ってきたのか?それは今回の騒動が絡んでいると上層部は考えた。


 研究所破壊の嫌疑。

 帝国上層部はその疑惑が掛けられている鎌瀬山を参考人として拘束しようと兵を差し向けるが、自分たちを救ってくれた王国勇者を捕縛しようとした行為に疑問を持ち民衆に妨害され、その隙に鎌瀬山と思われる人物は姿を消した。


 それと同時に浮き彫りになる王国勇者東京太郎の失踪。

 戦う力の無い勇者だと本人の口から聞いただけの、帝国側からしてみれば未知数の『勇者』という存在。

 少なくとも、芽愛斗レベルの戦闘力を持っていると推測される勇者の行方不明は帝国上層部を深く悩ませた。


 行方知れずで野放しになった三人の勇者は確実的に革命軍側に回ったと確信した帝国上層部は、九図ヶ原戒能に三人の勇者、ミラノアの捜索そして捕縛を一任した。


 というのも人物の捜索においては九図ヶ原の限外能力『感覚境界センスアンビット』は最適といえた。

 それに相対したとしても以前の模擬戦により両者の力の差は明確であり、そう時間もかからない内に捕まると誰もが考えており、皇帝もそれが分かっているからこそ九図ヶ原に任せたのだ。


 そして、連続的に起こったそれら事件に続き、ハッテムブルクで魔族の暴動が起きた事を聞き付け、皇帝はハッテムブルクの鎮圧を手の空いていた呂利根に一任したのであった。


 それにしてもと呂利根はふと思った。

 既にだいぶ時間は経過しているはずなのに、鎌瀬山が拘束されたという連絡がきていないのだ。

 帝都で目撃されてからそう時間が経過したわけでもないのだからすぐに捕まると考えていたものなのに。

 これは想定外だと思ったが、まあいいかと呑気に考えるのを辞めた。

 帝国側からしたら今回の騒動の中心にいる男に逃げられるのは辛いところであったが、帝国勇者である彼らにとってはどうでもいいことでしかなかった。



 そしてそのすぐ直後、呂利根の限外能力により帝都に置いてきた人形から情報が送られてきた。

 ようやく捕まえたのかと呂利根は思った。

 しかし。


「お、きたきた…………はあっ!?」


 送られてきた情報からは九図ヶ原が鎌瀬山と戦闘後、逃走されてしまったという内容であった。


「疑問。どうされましたかご主人様?」


「困惑。不慮の事態ですかご主人様?」


 突然、自分達の主人が声を荒げた事に不思議そうな表情を浮かべる金髪の少女レミ。

 対して、銀髪の少女ミルは驚いたように少し眉を上げていた。


「いやあ、悪い悪い。問題は無いけど驚いてね。九図ヶ原が鎌瀬山と交戦したみたいだけど逃げれられたそうだ」


「提言。彼等の実力差でそのような事は不可能」


「驚愕。驚きを禁じ得ません」


「だよねぇ。まさか九図ヶ原から逃げ切るなんて思いもしなかったよ……でも鎌瀬山の能力はワープだっけ?自分もワープ出来るとなると意外と簡単なのかも知れないね。此方からしたら面倒でしかない話だけど。あぁ、ほんと僕は此方で良かったなぁ」


「肯定。転移によるモノであるなら可能性はあります」


「予測。逃げるとしたらアリレムラ領です」


「そうだねぇ。逃げるなら革命勢力の本拠地とされるあそこか……まあ、僕には関係ない話さ」


 基地に続く太い大通りを通り抜け、ぼろぼろな外観の建物が姿を現す。

 本来そこに軍事拠点とも言える大規模な軍事基地が存在していたはずだが、瓦礫が積もりにつもって既に変わり果てており、基地は廃墟と化していた。

 呂利根は一瞬、ここが本当に目的地なのか聞いてしまう。


「……本当にここか?」


「肯定。ここで間違いありません」


「推定。魔術による大規模な破壊及び、魔術工作がされていると思われます」


「雑魚かと思ってたけど、まあまあやれるみたいじゃないかぁ……まあ、暇潰しには十分過ぎるね……ミル、まとめて吹き飛ばしてくれ」


「承認。直ちに術式構築を開始します」


「あ、竜の人はトゥアイがやるんだから殺しちゃ駄目だよっ」


「了承。善処します」


 銀髪の少女。ミルは槍を背中から抜くとそのまま大地に突き刺した。そして、それを中心に術式を空中に構築し始める。


 銀に彩られた一振りの槍。これは只の槍ではない。

 魔術師用に改良された武器、魔術武器と言われるモノである。

 この魔術武器は槍であるが、これには決まった形状といったモノは存在しない。基本的にはナイフといった小型のモノが多いので、そのため一般的には魔術剣と呼ばれる事が多い。


 この魔術武器というものは名前からわかる通り魔術を放つことが出来る武器であり、利点としては術式は予め刻まれているため、タイムラグもなく瞬時に発動出来るという点で、一流の魔術師にでもなると近接用に一つは持っているのが普通だ。


 しかし、術式を刻み込んで置くのに必要な金属であるミスリルは魔素伝導性に優れているが非常に脆く壊れやすく、魔術を使いすぎれば刻印が変形していき、結果爆発する恐れがあるので扱いに難しい武器でもある。



 ミルが術式を構築し終える。一節程度の簡易な術式である。

 その術式は魔術として発動する事なく、槍の周りに固定される。



 魔術武器は只刻まれた術式に魔素を流して発動するだけではない。

 他の術式を組合せ複合魔術を構築する事にも優れた魔術触媒に似通った効果も持ち合わせているのだ。


 大地に刺さる槍を引き抜く。

 銀髪の髪をたなびかせながら槍を両手で構える。

 そして、その幼き見た目から想像がつかぬほどの膨大な魔素が溢れ出す。


 間違いなく、魔素量だけで言えば王国勇者にも匹敵するレベルであった。


 あふれでた魔素は構えた槍に吸収されていく。

 銀槍は穂先から蒼く塗り替えられていく。


「完了。放ちます」


 数千人規模の魔素を流し込まれた槍は力の塊へと変わり、その一撃は無慈悲の暴力であった。


『 フールメン雷槍カエルレウス 』


 幼き細腕から放たれたその投擲は稲妻の如く、大気を切り裂き大地を削り、駆け抜けていく。


 その一撃は周囲を巻き込み、大気中で放電が生じる。

 その影響で瓦解した金属の瓦礫が磁力に引っ張られるようにうねり弾け飛ぶ。


 本来は単体への攻撃魔術であったはずのモノが、目の前に存在する全てを消し飛ばす程の対城魔術へと昇化していた。


 本来そこには僅かにだが軍事基地としての面影が残っていたはずの場所であったが、この数瞬で周囲には僅かな瓦礫が残るばかりの荒れ地へと変化していた。


 それを一人で起こした少女は打つ前と変わらぬ表情で淡々と言葉を紡ぐ。


「謝罪。目標から僅かにズレが生じ、城壁に穴が空いてしまいました」


 ミルは穴と称したが穴と言うには余りにでかすぎた。

 というより、城壁は完全に決壊していた。


「あー、穴で済むのかなあれ……まあいいかそんなこと。それにしても!流石俺の天使ちゃんだ!最高の一撃だったよ。これなら魔族達も全員死んじゃったんじゃあないか?」


「否定。魔素の反応が残っております。何者かにより攻撃を僅かにそらされたようです」


「推測。恐らくそれにより目標からズレたのだと思われます」


「ミル!貴女、まとめて殺るつもりだったでしょっ!竜の人は残してって言ったのに!」


 淡々と喋るミルに後ろから文句を言っているのはトゥアイだ。


「まあまあ、トゥアイ。竜の人ってのが強いならきっと生き残ってるさ」


「あ、そうだね!まだ生きている奴がいるって事はそれはきっと竜の人だ。あの人強かったし!」


「そうだろぉ? では後処理を開始しようか!俺の天使ちゃん達」


 呂利根は高らかに宣言し荒れ地と化した軍事基地に足を踏み入れた。






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