第47話呂利根到来
夜。
魔導炉を破壊した為、光源は無くなり街全体は暗闇に包まれていた。
その中に一点、爆発音と共に明るく照らされる場所があった。
そこは街の要ともいえる兵站がある軍事施設。
めらめらと火が空高くに燃え上がり、その明かりは街全体を照らすほどであった。
その炎上を見て、民衆は騒ぎ始めた。
この街が現在、襲撃を受けていることは明らかであるのだから冷静になれというのも無理な話であったが、大通りや広場では人がごった返し、立ち往生な状況になってしまっていた。
その場に伝達される情報は魔族の襲撃、反乱、魔術品の暴発。
様々な情報が交差し、更に人々の不安を助長させていた。
そして、そこに入ってきた新たな情報。
軍が壊滅したというとんでもない情報だ。
流石に帝都近郊に位置する軍事拠点の1つでもあるこの都市が陥落したなんて普通なら信じられる事ではない。
しかし、この騒ぎに合わさり、魔族から逃げ延びてきた兵士の証言であった事もあり、民衆は騒然とした。
慌てて街から逃げ出そうとするものも多く出て、今度は城門前が大騒ぎになってしまっていた。
そこに一人の男が現れた。
一見するとごく普通の青年だ。
しかし、その男が現れた途端、あれだけ混沌と化していた周囲が一瞬で静まり返った。
そして、その数拍後、一人の男がぽつりと呟いた。
「勇者様だ……」
その言葉が周りに広がっていき、誰もかれもが同じように勇者という言葉を連呼し始めた。
それはたちまち大喝采となり、民衆は興奮を露にする。
平常時には来られても逆に恐怖の対象となってしまう帝国勇者。しかし、この緊急事態に現れるとなんとも頼もしいことであるか。これこそが勇者の姿だと。そこにいるだけで希望を持つことが出来、安寧を抱く子の出来る存在であるべきなのだと。誰もがそう感じた。
大喝采の中、男は若干パーマの掛かった目を覆うほどの黒髪の間から僅かに黒目を覗かせ、民衆を見渡す。
そして、直ぐに興味を失ったように前に向き直す。
「可愛い幼女はいないか……」
帝国勇者の一人、
「肯定。ここにはご主人様の準拠に沿ぐう人材はいないようです」
「同意。ここの人間には微塵も価値を感じられません」
呂利根の影から二人の少女が現れる。
金と銀の髪色をした少女は呂利根の腰ほどの身長しかない幼い身体に反して、子供らしくない無機質な瞳に抑揚の薄い声で反応を返す。
「そうだよな。じゃあ、とっとと行くとしようじゃないか。今日は遠出で疲れたよ」
呂利根が歩を進める。
すると、人混みがその先を開くように二手に別れていく。
その中心を堂々と歩く呂利根は周囲の人間に興味を向けることもなく、只、目的地に向かっていた。
その目的地はというと、クルルカ達魔族の元にかと思うだろうが、そうではなかった。
彼が目指しているのは領主館である。
ここに到着以前から、人形を通じて此方の情報を把握していた呂利根は魔族がこの都市を陥落後も軍事基地に留まり続けているのを知っていた。
占拠後にも不自然にそこから動く様子がないことを疑問に思わず、これなら慌てる必要もないかと考え、呂利根は久しぶりの遠出による精神的疲労を癒すために今夜の宿泊地に向かっていたのだ。
市民からすれば一刻も早く魔族を倒して欲しい所であるのだが、そんな事情知ったことないように呂利根は真っ直ぐに領主舘に向かった。
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一方、クルルカ達は軍事施設を破壊後も未だその場に留まり続けていた。
当初の予定では勇者との交戦は想定はされていたが、可能な限り避けるはずであった。
なら当然、勇者呂利根福寿がこの都市に到着したという情報を得た時点で勇者を誘き出す事には成功したといえるのだからクルルカ達の任務は終了しており、もうこの場に待機している必要はないはずだった。
「任務を遂行したら即座に離脱するんじゃないのか?」
ルカの意見に他の皆も同意するように頷く。
誰もが何故この場に留まり続けているのか疑問を覚えていたようだ。
「そうですわ。魔導炉破壊からの軍事施設の占拠、そして勇者を誘き出す。与えられた任務は全てこなしたはずですわよ。何故ここで待機なの?」
「いやまあ、私としてもそれが出来るならとっとしたいところなんですけどね。旦那の指示からだと、この場での待機を継続しなければないらないみたいですね」
二人に詰問され、若干戸惑った様子を見せるクルルカ。
「俺らの旦那の方が予定通りに事が進んでないという事なのか?」
「そうっぽいかなぁって感じですね。詳しいことは知らないですけど、多少遅れているそうです。本来なら既に旦那は此方に到着しているはずでしたし……」
「となると勇者と殺し合う事になるのか……勘弁して欲しいところだな」
「もう私は無理ですわよ。あのトゥアイという人形の娘にすら散々にやられたんですわよ……その上勇者までとなると……」
ルミナスとテンは呆れたように呟く。
同様に他の魔族達も表情は憔悴しきっていた。
先ほどですらかなりギリギリの戦いであったというのにそれに加え勇者が次の相手となると勝敗は明らかであった。
「所で敵は来ないですけど、どうしたんですかね。此方としては助かるところですけど」
一度撤退した人形達。
そして、此方に到着したはずの勇者。
そのどちらも未だ現れる気配が無かった。
「連戦は、キツいな」
カリドは身体を軽く動かしながらぼそりと呟く。
巨人族は身体が大きい半面、消費するエネルギーは他の種族と比べ大きく、長時間戦闘向きではない種族だ。
カリドも混血種とはいえ巨人族の端くれでありその大きな身体を振るい戦っていた為、相当に体力を消耗していた。
「はっ。ふぬけたこと言ってんじゃねえや。こちとら、今日は朝から人形に追い回されてたんだぞっ!」
「お前は誰彼構わず直ぐに噛みつくなよ」
ツァイの相変わらずの様子にルカは呆れながらもつっこむ。
「とりあえず、休憩をとりませんかしら?私、テンの様子を見にも行きたいですし……」
「そうですね。ツァイに探知の結界を張ってもらって一回休みましょうか。どうせ私たちは指示があるまで動けませんし」
「だってよツァイ。頼むぞ」
「はぁ、面倒くせえけどしゃぁねえなぁ」
ルカに言われツァイは渋々と重い腰を持ち上げ、外に出た。
それを見た他の魔族達も各々、行動し始めた。
戦いに向け軍宿舎で寝るものもいれば、鍛練場で瞑想をし続けるものも警戒するように外を索敵するものもいた。
クルルカはというと軍事施設の見張り台に一人立っていた。
別に夜間の見張りをしている訳ではない。只外の様子をぼーっと眺めているだけだ。
クルルカは肉体的疲労というよりも精神的疲労を強く感じていた。
太郎と魔族達の間に挟まれ、中間管理職として上の指示に従いながらも下の者の意見を聞き、両方のバランスをとりながら任務を遂行していく。
かつては諜報員として基本は個人活動であったクルルカはこういった役割が自分には向いてない事を今回の件で実感した。
現状はなんとかまとめきれているのも鬼族であるルカリデスがリーダーシップを発揮しまとめあげてくれているからだ。
それに何だかんだで他の魔族もきちんと指示に従ってくれるというのも大きかった。
「まあ、そういう人種を選んだんですけどね」
自分の人選に間違いは無かったと思いつつ、自分が選んだ部下達は一体明日何人残れるのか不安を感じていた。
これまで関わると情が沸いてしまいそうで積極的に関わることをしてこなかったが、やはり一緒に任務をやった仲であるからかこれから仲間が死んでしまう可能性を考え、
「旦那、まじ頼みますよ……」
早いこと太郎が来てくれる事を願いつつ、クルルカは室内に戻った。
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