第46話開戦


魔導炉は破壊された。

その事実はハッテムブルク内に瞬く間に広がる。


轟轟と燃え上がる施設

停電によって作り出された月の光りだけの闇夜は都市を暗く覆いつくし。

その僅かな光と、赤く燃え盛る施設は、遠くから見る市民を不安の渦に巻き込み恐怖に陥れる。


生じた混乱。

それは、奇襲をするにはうってつけのタイミングであり、当然、魔族達は軍事施設への攻撃を開始する。


燃え上がる施設を見て、ごみ溜めに隠れていたツァイとルカ、怪我を負ったテンを除くルミナス達は騒ぎの元に向かい。


勇者を誘き出す作戦の狼煙は上がる。




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 近郊都市、ハッテムブルク。

 帝都周辺の防衛を任される軍事拠点の一つであり、普段の総兵力は3万人を超える。

 しかし、公国襲撃の知らせにより最低限の人数を残し帝国軍に徴集されており、現在の兵力は1万人を切り、更に手練れの兵士達が公国に出兵している為、今までにないほど防衛力が落ち込んでいた。

 だとしても当然、奴隷落ちしていた魔族数人で落とせる規模ではない。


 現在、暴れている魔族たちもそれを強く実感していた。


「このままですと、じり貧ですね」


 クルルカの言葉に巨人族の混血種であるカリドが反応する。


「大将、どうします?」


「目的は可能なまでこの施設の破壊をすることです。ですから、厳しくなったらとっとと逃げますよ。命を大事にですよ。まあ、ですが、当面はあの男を見習ってじゃんじゃん暴れちゃって下さいよ」


 そうクルルカが指を指す方向には大鬼が暴虐の限りを尽くしていた。


「はははっ! 弱いぞ!人間ども!」


 速疾鬼と自称する大鬼、ドゥーン。

 棍棒のような鉄の塊を乱雑に振るい、その度に周りにいる兵士達は肉片に変わり果てていく。


「美しさの欠片も有りませんわね……」


「だが、ああいった手合いは味方にいると心強いものだ」


 ルミナスとルカリデスは各々、ドゥーンの暴れっぷりを見て感想を言っている。


 敵の兵士達は最初、突然の停電に混乱していてクルルカ達の勢いに押されていたが、軍隊なだけあり直ぐ様冷静に編成を整え直していた。




 クルルカ達はというと重症を負ったテンを除く魔族達はドゥーン達が暴れていたこの軍事施設に合流していた。


 そして、各自、己の役割を果たしていた。

 引き付け役としてドゥーンとカリドは己の大きな身体を存分に振るい兵士達をなぎ倒し、その隙にルミナス達は設備、装備の破壊を行っていた。




 しかし、人形達が現れると一転して劣勢に追いやられてしまう。




「この子達がルカの言っていた人形ですか……強いですね」


 相対するクルルカは一度、爪を交わし合うことで相手の実力を把握する。


 強い。しかし、実力で言えばまだ此方の方が上だ。

 集団で囲まれると厄介であるが、だとしても決して倒せない訳ではない。

 一部の人形、つまりスペックレベル3以上の者を相手取るのは流石に部が悪く感じたが。


「ですが、此方には助っ人がいますからね」


 自信満々に言っているが只の他人任せである。

 太郎により送られてきた助っ人である竜人は間違いなく、勇者クラスの戦闘能力を誇っていた。


「レベル5の相手は私に任せてもらいたい」


 竜人の男が双剣を構えながらそう宣言する。


 竜人の男が言うレベルというものはこの能力を持つ人間が人形の完成度によってつけた基準の事だ。


 スペックレベルは1から6まで存在しており、数字が大きい程、強く人に近い完成度の高い人形となる。


 レベル2までは思考が発達しておらず、指示にのみ従う本来の人形に近い性質であり、実力も冒険者基準で言うとAランクにも満たない。


 しかし、レベル3を超えると対象を分析する力、学習能力、思考能力といったモノが人に限りなく近い人形となる。

 その為、レベル3では身体的能力はレベル2とさほど変わらないが厄介さは段違いであった。


「がははっ俺にもやらせてくれ!」


 ドゥーンは話を聞いていたようで会話に混じってくる。

 どこまでも戦闘狂の男である。


「目標の撃破を開始する」


 人形兵のリーダ格であるマーテスの指示に従い、レベル2の人形兵達は散開し始める。

 マーテスの通称はT3、つまるところレベル3の人形である。

 本来なら中隊を率いる程のレベルではないが、マーテスはレベル3の中でも着実に物事を遂行させる事が出来る十分な能力を持っているため、隊長に抜擢されていた。


「了解シタ」


「うちは勝手にやらせてもらうぜ」


 命令とは別に動き始める人形が一人。

 レベル4であるC4、テラファスだ。

 テラファスはマーテスの指揮下に入ってはいるがレベルがマーテスより上の為、命令権に縛られないのだ。

 当然、マーテスはテラファスの行動を縛ることは出来ない為、承認をする他ない。


「許可します」


 許可を得たテラファスは空中に高く飛び上がると術式を構築し始める。


「何か来ますわよ!」


 敵の術式展開にいち早く気が付いたのは夜目がきくルミナスである。

 即座にルカが止めようと動く。


「俺が潰す。ツァイ!強化魔術頼む!」


「無理だ!今、手話せないんだよ!」


 ツァイはというとレベル2の人形兵たちに囲まれ、苦戦していた。

 小人族は魔術に優れている反面、身体能力は魔族の中でも低く近接戦闘には弱かった。

 杖に刻まれた術式を発動させ、なんとか場を持ちこたえさせているが、良い状況とは言えなかった。


 ツァイの援護は期待できないと理解したルカリデスだが、相手の魔術を止めないと不味いのは分かっており、行くしかないかと覚悟を決め、槍を構える。

 しかし、それより先に動くものが一人いた。


 ドゥーンである。


 二メートルを超える巨体が空高く跳び、術式を構築しているテラファスの元へ一直線に進んでいた。


「がははっ!何をする気か知らんが、そう簡単にはさせんぞ!」


 大きな鉄塊がテラファスに振るわれる。


「うちにそんな大振りあたるか」


 しかし、テラファスはなんなく鉄塊を空中でくるりと避わす。


「ほお!やるな!」


 感嘆の声をあげるドゥーン、にひるな笑みを浮かべるテラファス。

 空中で交差した二人は衝突する事もなく互いにすれ違い合う。




 そして次にドゥーンは振り替える事もせず、自分の持つ鉄塊を後ろに投げ、テラファスは魔術をドゥーンに向けて行使する。



「「くらっとけ!」」



 重なり合う声と共に鉄塊と魔術がぶつかり合う。

 その二つはお互いに相失され合い、テラファスは舌打ちを打つ。



「ちっ、やるな」



「がははっ!小さいくせに強いなお前!」 



 ドゥーンは強い相手とやりあう事が嬉しくて、こどものように笑っていた。




 地面にお互い同時に着地した瞬間、振り返り。





 そして、今度は激しく衝突しあった。






 ________________



「さて、あちらの援護にいきたいところだが」


「行かせないよー。さっきのお返ししてあげないと!」


 謎の竜人と相対するのはスペックレベル5であるトゥアイ。

 この都市で最高レベルの戦闘能力を誇り、勇者にも劣るとも勝らない戦闘人形だ。


「私に勝てる言うのかい?」


 余裕そうな口ぶりは確かな実力による裏付けを感じさせる。


「さっきのはちょっと油断しただけだもん!もう貴方には負けないんだから!」


 大地を踏み込み、一瞬にして距離を詰めるトゥアイ。

 その手には大剣が握られている。


 竜人は双剣を前に交差するように構える。


 距離を詰めたトゥアイは大剣を大きく振りかぶる。

 その速度は音をも置き去りにし、竜人へと迫りくるう。



 その暴力の塊に竜人は剣を横に添えるように軽く当て、攻撃を剃らす。

 タイミング、力、冷静さ、どれかがかけていたとでもしたら真っ二つになっていた事は容易に想像がついた。




 大剣は空を切り、地面に突き刺さる。




 しかし、竜人は絶好の隙ともいえる状況で合ったにも関わらず自ら手を出す事はしなかった。



 トゥアイは大剣を振るい、竜人がそれを捌く。



 その状況が何度も繰り返されていく。






「貴方、何で攻撃してこないの?」


 トゥアイは攻撃を止め、不思議そうに首を傾げる。


「攻撃をする暇がないだけだ」


「嘘、貴方何度も攻撃するチャンスあったよ」


 トゥアイの言う通り、竜人は何度も攻撃をする隙はあった。

 しかし、それはトゥアイが意図的に作っていた隙であった。

 トゥアイは身体能力ではこの竜人に負けていると理解しているからこそ、虎視眈々と相手が罠に飛び付くのを狙っていたのだ。


 しかし、その誘いに竜人が乗ることはなかった。


「そうだったのか。それは失礼。私にはわざと隙を作っているようにしか見えなかったものでね」


 軽くおどけてみせるその仕草はわざとらしく、トゥアイの狙いを読まれていた事が分かる。

 この竜人も確実に罠だと思っていた訳ではない。

 只、先ほどやられた時と同じように突っ込んできた事に違和感を覚えて警戒してみせただけだ。

 そして、打ち合いの中で同じように何度も隙を作られればそれは明らかに手を出したら何かあると言うことを物語っていた。


「ふぅーん、やっぱ貴方凄いね……」


 トゥアイは地面を蹴りながら感嘆の声をあげる。

 そして、そのまま言葉を続ける。

 それは何処か残念そうな声音であった。



「あーあ……折角、綺麗に食べてあげちゃおうかと思ってたのに」



 その言葉と共にトゥアイは先ほどと同じように飛び掛かる。

 しかし、明らかに今までとは違う何かをするつもりだと、竜人は警戒を更に一段あげる。



 剣と剣が重なり合う瞬間、トゥアイの手元が禍々しく歪み出す。

 その嫌な予感を感じとった竜人は剣同士の衝突を避けるように身体を大きく反らし、回避に専念しようとする。



 大剣は竜人の真上を何事もなかったかのように通りすぎていった。






 と、思った。







 すれ違った刹那、竜人は大剣と目が合った。

 比喩でも暗喩でもなく、只本当に大剣と目が合ったのだ。



 どういうわけかというと、大剣の刀身に開かれた瞳が存在していたのだ。


 それは此方を興味深そうに観察していた。


 何処か機械的で無機質な瞳、けど確かに生命の鼓動を感じさせるその気味悪さ。


 竜人はこの大剣を造り上げた人間の醜悪さ、それに吐き気を催しそうになる。




 しかし、そんな余裕はなかった。




 お互い瞳が合った刹那、僅かに気を取られてしまったその瞬間にトゥアイが楽しそうに何かを喋っていた。



 それは人の名前のように聞こえた。



 瞬間、その大剣はぐねぐねと歪に曲がり、大剣に押し込められていた何かが胎動し始めた。



 竜人はその変化を目の当たりにして絶句してしまう。

 それほどまでに信じがたい事であった。



 大剣の枠組みを越え、人に似た蜘蛛のような腕が幾重に生え、人の面影を残した獣のような口が幾つも生まれていく。


 そして、竜人を捕らえるようにどす黒く染まった腕が襲いかかった。



 竜人はあらかじめ地面に刺しておいた双剣を軸に避けるのではなく、真っ向から距離を詰め、膝蹴りを打ち込んだ。



 鋼鉄並みの硬度を誇る竜人の鱗と大剣がぶつかり合う。



 結果、吹き飛ばされたのはトゥアイであった。

 トゥアイは地面に支えがある竜人と違い、宙に浮いていた為、その衝撃をまともに受けたのだ。



 戦闘能力でいえば、明らかに竜人の方が上の事は明確であった。


 相手の狙いを読み、返り討ちにした竜人であったが、またもや追い打ちを仕掛ける事はしなかった。

 怒りに満ちたその瞳は大剣、否、膨張した人の塊に目が向けられていた。


「まさか、ここまで堕ちているとは思わなかったのです……」


 先ほどまでとは違う口調。

 自分を隠しきれず、素がでてしまっていた。

 しかし、それも仕方の無いことであった。


「炉利根福寿……あいつは人の命を何だと……思っているのですかっ……」


 歪に膨れあがった大剣。

 そこから楽しそうな笑い声が周囲に響き渡る。


 その正体を竜人、否、竜人に擬態していた音ノオトノザカ芽愛斗メイトは理解してしまっていた。


 呂利根福寿の限外能力。

 人を人形へと変える力。


 自我を奪い、心を奪い、命を奪い、その身を自らの願望を押し付ける禁忌。


心無ハートレス従属者ディザイア


 その力は人を人形にするだけではなかったのだ。


 幾重の失敗した人形を纏め固め、一つの武器としてしまったのだ。

 それは人としての尊厳すら奪った劣悪な行為であった。




「やっぱ貴方強いね。でも皆がお腹すいているから大人しく食べられてほしいな」


 トゥアイは相も変わらず楽しそうに笑っていた。

 それがどれほど可笑しく残酷で非道なモノなのかも知りもせず。


 この押し込められてた人形達はどれも失敗作であったものだ。

 スペックレベル1にもみたないが、人間でも無くなった欠陥品。

 その中途半端さにより人としての欲望が残っており、少女らは飢えに苦しんでいた。


「……。その子達は……」


 芽愛斗は言葉を最後まで紡ぐ事が出来なかった。

 しかし、トゥアイは察したように自慢げに語り始めた。


「ん?皆の事? 皆、私の家族なんだよ? ファイちゃんにイーナスちゃんにテルマちゃん、それとツルムちゃんでしょ、ハイハちゃんでしょ、後、クーカちゃん! 私が離れ離れになるの寂しいって言ったらお兄ちゃんが皆一緒にしてくれたの! 良いでしょ! えへへー」


 無邪気に笑うトゥアイに芽愛斗は何も返す事が出来ない。


 聞いた事が合った名があった。


 帝都にある小さな孤児院に住んでいた子だ。

 偶然、町で合った事があった。

 楽しそうに手を振っていたのが印象に残っていた。



 そして、呂利根がその孤児院を襲ったという話も聴いていた。

 聴いたときには全て遅く、あのとき何も出来なかった自分を後悔した。

 勇者としてこの子たちを、救わなければならなかったのにと。


 そして今、自分の救えなかった者達が前にいる。



 責められているようだった。



 自分の無力さを。


 芽愛斗は誰よりも勇者であるということに固持していた。

 でなければ、意味がない。価値がない。そう極端に自分を評価していた。


 迷いが生じる。

 しかし、即座にそれを打ち消す。

 迷う事は許されない。


 勇者であるのなら、それが理想の姿であるから。


 呂利根を倒す。

 それだけを考えるのだ。

 そう芽愛斗は自分に言い聞かせた。



「君が言うお兄ちゃんって人は倒させてもらう」


 トゥアイは話の脈略もなく、突然そんなことをいい始めた芽愛斗を不思議そうにみる。


「んー?それは駄目だよー」


 楽しそうに笑うトゥアイ。

 芽愛斗にはその無邪気な笑みがもう狂気にしか見えなかった。


 お互いに武器を構え、また闘いが始まった。


 しかし、その直後、全ての人形の動きが止まった。

 立ち尽くした人形達はその後すぐに撤退し始めた。


「残念、お兄ちゃんが集合しろって言ってるからもう行かなきゃ」


 その言葉が事実なら炉利根福寿がこの都市に現れたという事だ。


「じゃあ、また今度ねー」


 トゥアイはそれだけ言うと他の人形達に続き、姿を消した。


 それを見てのこされた兵士達も大慌てで撤退を開始始め、その後、軍事施設は完全にクルルカ達が制圧したのであった。


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