第44話トゥアイちゃん


 ブザーが鳴り響く。


 完全に周囲にバレたということだ。

 あれだけの魔術を放てば気づかれることは当然であった。

 だからこそ、魔導炉を壊した後は直ぐ逃げる算段になっていたが、それは全て一人の少女によりおじゃんになってしまった。


「どうします?テン」


「勘弁してほしいところやけど、やるしかないわな。ルミナスはんは隙を見てまた魔導炉に撃ち込んでくれや」


 それだけ言うと、テンは少女に向き直る。



 少女は焼け焦げた顔を歪め、楽しそうな笑みを浮かべる。



「初めまして。私、トゥアイって言うの」



「そりゃ、ご丁寧どうも。うちはテンや……よろしくなトゥアイちゃん」



 何律儀に答えてんですの!?っとツッコミが後ろから聞こえたがテンは聞こえない振りをする。



「あら嬉しい。貴方くらい。私の事名前で呼んでくれるの。ここの人たちは私の事、皆K5って言うの。折角おにいちゃんに可愛い名前つけてもらったのに」



 そのあどけない仕草は本当に只のこどものように見えるが、警戒を緩める訳にはいかない。



「そうなんかぁ。酷い話やなぁ……」


「でしょー」 


「あーでも、うちの方がもっと酷いで」


 そのテンの言葉の意味が分からず、不思議そうに首を傾げる。


「なんでぇ?」


「今からトゥアイちゃんを殺さないとあかんからや」


 瞬間、四方から無音の風刃がトゥアイを襲う。


「そうなんだぁ。じゃあ私と同じだね! 私も貴方を殺さなくちゃいけないの」


 楽しそうに笑う少女、その笑みは何処か歪んでいた。

 テンの攻撃に対し、避ける素振そぶりすら見せないトゥアイは無数の風刃に身体を刻まれる。


 しかし。


「傷ひとつつけられんとは思わんかったわ、恐ろしく硬いみたいやな」


 鉄すらも両断する風の刃を直撃したにも関わらず、少女の身体には傷一つついていなかった。


「うん!私の取り柄なの!次は私の番ね」


 取り柄というレベルを越えているように思えたが、そんな事をツッコム余裕はないと構えるも。


「がっ!」


 足で大地を踏み込む動作をしたと思った瞬間、テンの顔面に蹴りを撃ち込まれていた。


 反応することすら許されず、テンは弾き飛ばされる。


「テンっ」


 ルミナスが驚いたように声をあげる。


「次は貴方だよ」


 ルミナスに向き直り、殺すことを楽しそうに告げる。


「舐めないでもらえますっ」



 貯めていた雷の魔術を即座に放つ。

 しかし、その飛来する雷撃を片手で弾かれる。



「これじゃ駄目」


「くっ」


 効かなかった事実に驚きつつ、即座に距離を離れようとする。


「逃がさないよ」



 瞬時に後ろに回り込まれる。

 その速さは勇者に匹敵する程だ。


 完全に視界から見失ったルミナスは闇魔術で防壁を構築しようとするも間に合う筈もなく、後ろに回り込んだトゥアイが身体を反転させ回転蹴りを撃ち込む。



 しかし、直撃すると思えたその一撃は突如の吹き荒れた突風に流され、空を切った。


「うわっ。今の風なになに」


 外れた事を気にした様子もなく只只楽しそうに笑う。

 余裕の表れ、というよりも本当に普通のこどものようなはしゃぎかたであった。


「よおーやってくれたなぁ」


 瓦礫の中からテンが姿を現す、額からは血が流れていた。


「今の風は貴方かぁー」 


「そうやけど。一応あれも攻撃やったんだけどなぁ」


 自分の攻撃が全く通っていないことにげんなりとするテン。

 しかし、明らかに格上の相手だというのに、慌てた様子は微塵も感じられない。




 突如、風がテンの周りに収束し始めた。




「はあ、ちょいと本気でいかんと駄目やな」



 その言葉と共にテンの身体が変異し始めた。





 丸く小さな耳を生やし。


 全身が白い毛で覆われ。


 胴体は伸びていき、しなやかで細長い胴体に変化する。


 腕と脚は短い四肢となり、顔は鼻先がとがっていく。




 その姿は正にいたちであった。










 獣天孫の能力、化身。


 その身に獣を憑依させ、己と獣を一体化させる力。

 獣神の末裔と言われる由縁でもある神秘的な能力だ。

 しかし、鼬であるためサイズは50センチ程度の小動物であり、こどもに好かれそうな愛くるしい見た目であるので、威厳や神々しさとは無縁の姿であったが。



「可愛いー」


 トゥアイがテンの変身を見て、歓喜をあげる。


「せやろ。だから見逃してくれはせんか?」


 当然、冗談である。

 本当に見逃してもらえるなんてテンは微塵も思っていない。

 どんなときでも冗談を言ってしまうのがテンであるだけだ。

 そして勿論テンの提案は却下される。


「ううん、駄目。殺してここに飾るー」


「はははっ、それは嫌やな」



 暴風が吹き荒れ、竜巻が巻き起こる。

 その中心にテンがいた。

 風による盾は誰をも寄せ付けず、吹き飛ばす。



「すごいすごい!」


 トゥアイは風に流されながら、騒いでいる。

 その様子を見て、呆れた声を出してしまうテン。


「普通なら身体中をバラバラにするはずなんやけどなぁ」


 そんな風にお互い戯れあっていると、扉から兵士が流れ込んできた。


「魔族の襲撃だったのか。K5の援護をするぞ」


 片手に剣を携えた兵士達は援護をしようとするも、暴風の前で立ちすくんでしまう。


「危険だ、この風に巻き込まれたら死ぬぞ」


 テンの風はトゥアイには全く効いていないが人間を殺すには十分すぎる程の威力を持っていた。

 対人戦闘向きの力であり、脆い人間には凄まじいアドバンテージを持つ風の刃。


 それを前にして兵士達は戸惑う。


「どうします、隊長!」


「落ち着け!あっちを見ろ!あの女、魔導炉を破壊しようとしてるぞ!あちらに行き、魔術の行使を止めさせろっ」


 兵士達の視界に入ったのはテンが時間稼ぎしてる内に魔導炉の破壊をしようとしていたルミナスであった。


 警備の兵士達は魔術の行使を防ごうと接近するが。


「邪魔ですわ!」


 ルミナスの赤い瞳に睨まれ、身体が重くなり、男達は床に倒れこむ。


「なぁっ」

「くそ、これは魔眼かぁ」

「身体が……」


 吸血鬼の瞳には相手を拘束させる力があるが、対象は自分よりも格下にしか効かず、効果も短時間である。

 これは対象から血を吸うときに用いる能力の一つであるがこういった状況下でも効果を発揮するので、決して強い訳ではないのだが汎用性に優れた能力と言えた。




 術式の構築が完了したルミナスは即座に魔術を発動した。


 土の第七階悌、湾曲せし鉄槌。


 地面から反り上がる巨大な鉄の塊は弓形に大きく湾曲していき、そのまま魔導炉に降り落ちた。


「えっ!うそっ!そんなっ……」


 風に流され遊んでいたトゥアイは自分のミスに気付き、悲痛の声をあげた。

 その反対にテンは歓喜の声をあげる。


「ようやったルミナスはん!」


「逃げますわよ!」



 目標を達成し、周囲が暗くなるのを確認する。

 そして、当初の目的通りここから逃げ出さそうとする。


「せやな!うちの風に乗ってえな」


「え?どうやるんですの!?」


「風に身を任せるんや」


 その言葉言われるがままにルミナスは流れる風に身を委ねる。

 すると風の流れに乗り身体が宙に浮いていく。

 そして、突如、緩やかな風は突風へと変わり、倒壊した建物から空に飛び出した。




 その勢いのまま風に乗り、高速で移動する二人の後を追ってくる少女が一人。



 当然、トゥアイだ。


「逃がさない!許さない!」


 笑みが消え、怒りの表情を浮かべる少女。

 その片手には身長の数倍はある大剣を持っていた。

 だというのになんなくとテンたちに追い付き、しかも風の防壁を抜け、大剣を振るい貫いてきた。


「あぶなっ」


 しかし風により場をコントロールしているため、ギリギリな所で大剣は風に煽られ、横に流される。

 しかし、トゥアイは諦めず、力強い声をあげる。


「アアッ」


 その声と共に大剣は方向を無理やり換えて、テンに降りかかる。


「なあっ!?」


 寸前の所で風で己を吹き飛ばしたテンであったが、回避しきれず、身体から血が流れていた。

 風のコントロールを失い、竜巻は霧散する。


「へへ、逃がさないんだから」


 トゥアイは怒りの表情から一転、今度はまた楽しそうに笑い始めた。

 こどものようにころころとかわる表情。

 それが酷く不気味に感じてしまう。

 内心でビビりながらもテンは平静を装う。


「かぁー、痛いなぁもう……」


「テン、大丈夫ですのっ?」


「大丈夫やからルミナスはんは先に行ってや!」


「ですがっ」


「大丈夫や、逃げるのはうちの専売特許やねん」


「……分かりましたわ!待ってますわよ!」



 ルミナスは現状、自分がお荷物でしかないことを自覚し、下唇を噛み締めながらその場を後にした。

 それを横目で確認したテンは覚悟を決める。


「さて、どこまでやれるかねぇ」


 再びテンの周りに暴風が吹き荒れる。


 暴風は周囲を巻き込みつつ、範囲を広げていく。

 その中を平然と立つトゥアイ。




「あっちの人も逃がさないんだから」




 幼い指を指す方向は当然、ルミナスが逃げた方向だ。


「そりゃあさせんよ」


 テンはそれだけ言うと、かまいたちを放つ。

 威力、大きさ共に今までの戦闘の中で最大の一撃。

 さすがに危険かと判断したトゥアイは大剣で受ける。


「うん、今のは危なかった」


 トゥアイは大剣に受けた手応えから危険性を把握したようで、大剣を盾のように前に構え、飛び込む。



 飛び込む脚力で地面が沈み、衝撃が周囲に響きわたる。



 全力の突撃であった。



 風すらも無視するその力押しの一撃を風をクッションのように前に貼り、緩和するも衝撃で数メートル吹き飛ばされる。



 トゥアイは続けて先ほどと同じように繰り返し突撃してくるが、テンはその都度確実に受けきっていた。

 少しでもタイミングがずれたら即死する状況。

 一発一発受けていくごとに精神が削られていくのを感じていた。



「貴方すごいね。こんな受けきられたの始めて」


「そりゃあ、光栄な事やな」


「でもいつまで続くかな」


 同じように突撃してくるのをテンはまたもや冷静に受ける。



「なっ!」



 軽いっしまっ_。



 受けた大剣の重さで自分のミスに気付いたテンは慌てて周囲を見渡そうとする。





 その直後、小さな身体に拳が直撃してしまう。




「がはっ!」





 苦悶をあげながら、吹き飛ばされるテンに追い討ちをかけるように回り込み叩き落とされる。




「ふふ、簡単にひっかかった」




 嬉しそうに笑い跳び跳ねるトゥアイ。




 トゥアイの持つ大剣の大きさはトゥアイの小さな身体を隠すには十分の大きさであった。

 それを利用し、大剣を投げることで同じように突撃した風に見せ掛けそれに合わせて裏に回り込み攻撃したのだ。

 攻撃の単調化に見えた先ほどまでの攻撃の繰り返しはテンの警戒を大剣に向けるためのブラフであり、テンはまんまと敵の策に嵌まってしまったのだった。




 テンは地面に落下すると同時に化身が解けてしまう。

 あまりにもダメージが大きく、化身状態を維持できなくなってしまったのだ。




「こりゃあ、もうあかんかぁ」



 力を込めて立ち上がろうとするが、身体はふらつき、思考はぼやけていた。

 無理やりにも身体を動かすが肋骨から何から骨が折れ、口からは血が溢れだす。



「貴方とはもうお別れだね」


 嬉しそうな声がテンの耳に入る。


「…………せやな」


 そして、目を閉じ観念するテン。




 しかし。




「待ってくれ、それは困る」



「へっ?」



 突如会話に紛れ込んだのは一人の竜人であった。

 人と変わらない身長に、竜の頭。

 それだけ認識したトゥアイは瞬時に防御体制をとった。


 轟音が鳴り響く。



「__っ!」



 トゥアイは身体に降りかかった剣を寸前の所で大剣で受け止める。


 しかし、一度でその竜人の動きは止まることは無かった。



 乱舞のように襲いかかるその連撃は致命打こそ与えられて無かったが確実にトゥアイを追い詰めていた。

 だというのにトゥアイは笑みを浮かべ、この状況を楽しんでいるように見えた。



「貴方だ、れっ!」



 大剣を大きく振るい、距離をとろうとする。



 竜人はそれをなんなくと避け、懐に入り込む。


「君と話すことはないな」


 至近距離で目が合う。


「じゃあ無理やり聞くね」


 懐に入り込まれたトゥアイは大剣から手を離し拳で対応しようとする。


「ふむ、好戦的だな」


 退くのではなく、突っ込んできたその相手に対して剣を突きだす。

 トゥアイはそれを紙一重で避けると、全力の一撃を撃ち込もうと振りかぶっていた拳を降り下ろす。




 しかし、先に攻撃を直撃させたのは竜人であった。




 剣と同じ方向に吹き飛ばされるトゥアイ。


 竜人が突きだしたと思っていた剣は投げていたもので既に避けられる事を読まれていたのだ。

 そして、読んでいるなら簡単な事で飛び込んで来る位置に拳を用意させておくだけだ。

 それだけで相手が自ら当たりにくる。


 苦しくもトゥアイがテンにやった策と似かよった技を竜人にやり返されてしまった。



 トゥアイが吹き飛んでいくのを確認した竜人はその隙にテンを抱え、その場から駆け出した。


 戦略的撤退である。


 しかし、それを許すわけにはいかない少女は即座に着地し、追いかけようと踏み込むが膝が地面についてしまう。


「ごほっごほっ……逃がさないっ」


 諦めきれない少女は咳き込みながら立ち上がるも。

 その足取りは重く、テンと竜人の姿を見失ってしまう。













 トゥアイから逃げ切ることに成功した二人は闇の中を駆けていた。


「よう分からんけど、助かったわ」


 自分を助けてくれた相手が誰なのか全く分かっていなかったが一先ずは礼を言うテン。



「礼はいらない。脱出経路に向かう」


 竜人は事務的な対応するが、作戦を知っていることから仲間であることは間違いないかテンと判断した。


「そうしてもらえ、ごほっごほっ……ると助かるわ」


「傷が深いか。急ぐぞ」


 裏道を出て、大通りを駆ける。

 大通りには突然の停電に戸惑ったように人がごった返しにいて慌ただしかった。


 そんな中、竜人の姿が見られれば明らかに騒ぎになってしまうものなのだが、闇夜の中、高速で移動する竜人に気づくものは誰もおらず、なんなくと通り抜け、ルミナスの元に合流したのであった。






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