第43話魔導炉


 日が沈み、街灯が点灯され始めた大通り。

 誰もが仕事を終え家に帰ろうとする帰路、流れに逆らうかのように二人の少女は歩いていた。


 その一人、燃えるような赤髪が特長的な少女、テンは口笛を吹きながら呑気に歩いていた。

 それに対してもう一方の金髪赤眼の少女、ルミナスは不安そうな表情を浮かべていた。


「なんや、ルミナスはん考え事か?」


「いえ、その……あの二人大丈夫ですかしら?」


 ルミナスは置いてきた二人の仲間の事が不安のようで、赤い瞳が僅かに揺れ動いていた。

 そんなルミナスとは違い、テンはあくまで楽天的だった。


「あいつらなら上手いこと逃げてるやろ。ツァイはともかくルカはんがついておるんやし」


「まあ、そうですわね。ツァイは信用できませんけどルカなら大丈夫でしょう」


 そのテンの楽天さにルミナスも笑みを浮かべる。

 しかしながら、二人のツァイの評価は酷いものである。


「せやろ? ん、そこを左に曲がった街路樹の先やな」


「そこに目的の魔導炉があるんですわね」


 魔導炉とは簡単にいうと、魔物の魔核を原料にした発電所のようなモノだ。

 各都市毎にあり、都市全体の明かりを賄っている市民の生活源である。

 当然、その分警備も厳しく、更にここは軍事拠点でも有るので普通より常駐している兵士も多い。


 そこに本来なら四人であたるはずの予定だったが、思わぬアクシデントによりテンとルミナスだけで襲撃しなければならなくなってしまい、ルカの考えていた作戦ではなく別の方法をとる必要があった。


「そうやな。さて、二人でどうしますかやね」


「こっそり忍び込んでやれば宜しいのでは?」


「どうやろな? まあ、それが出来れば楽なんやけどなぁ……」


 もともとの予定では裏手に回り込みそうする予定であったが、既に予定とは大きく解離してしまっているのが実状だ。


 二人は街路樹を通り抜け、鉄格子の前で立ち止まる。


 これからどうするか方針を考えるために二人は目的地の様子を伺う。


 鉄格子に囲まれた中に大きな四角状の建物が幾つか縦と横に並んでいるのが視界に入る。

 この都市全域に魔術を供給していることから規模は大きいと推測出来るので恐らく魔導炉はこの施設の一番奥に位置する大きな建物の中にあるようだ。


 暗闇の中で赤く光る瞳が施設の周りにいる複数の警備と思われる人間に向けられる。


 ルミナスはその警備体制に僅かに違和感を覚えた。


 目に入る警備の数は表に二人に中に三人。

 これなら、表の警備兵さえやれば内部に侵入することは容易に見える。

 しかし、拠点であるこの都市の中でも魔素の管理を行っている施設がこの程度の数しか警備が置いていないはずがない。


「ほー、これなら思ったより行けそうやな」


「入り込むだけなら簡単そうですわね。それにしても私たちの事がバレているとしたらもう少し警戒されていても可笑しくないはずですのに……」


「確かに不思議やな。うちらのアジトすら突き止めて置いてこの警備体制ってのも」


「罠ですかしら……」


 考えの行き着く先は当然、罠の可能性だ。

 既に一度、相手側に先制を取られている今、この警備の緩さは逆に我々を誘っているようにしか考えられなかった。


「ん……テン、ちょっと来てもらえます」


「ん?なんや?」


 突然、何かに気付いたようにテンの腕を掴み来た道を引き戻るルミナス。

 そして、街路樹のベンチに座り込む。


「……ここなら見えませんわね。私たちがジロジロ見ていたせいでゲートの警備の人が不審がっていましたの」


「そうやったんか、全く気づかんかったわ……」


「とりあえず、ここの林から裏手に回って潜入しましょう。恐らく無駄足になってしまうと思いますが……」




「賛成や」


 ルミナスの提案に二つ返事をしたテン。

 二人は林を掻き分け、進むこと数分。

 先頭を歩いていたルミナスが足を止める。


「どうしたんや?」


 小さな声でルミナスに尋ねる。


「やはり、周囲には結界が張られているようですわね……」



「ツァイがおればバレずに解除できたんやろうけど、どないしようか?」


 ゲート付近以外には侵入防止用の魔術結界が張られていた。

 これは予め想定していたことであり、本来ならば魔術に長ける小人族のツァイが解除を試みる手筈であった。

 しかし、現状は二人しかいない。

 どうするか悩んでしまう二人。


「……結界の穴であるゲートから突撃するかここから突撃するかの二択ですわね」


「なら表からの方がいいんやないか。うちらの二人の特徴的にな」


「確かにそうですわ。けど、成功すれば敵に気付かれず建物内に入れますけど、失敗した時には真っ正面から敵と当たることになりますわよ?」


「うちは戦闘なら得意やから任せてくれていいで」 


 暫しの思考の後、ルミナスは考えを決めたようで。


「……破壊が目的ですから交戦は出来るだけ最小限でいきますわ。まずは私が行くのでテンさんはここで待っているのですわ」


「一人で大丈夫なんか?」


「寧ろ夜なら一人の方が闇に紛れられるので余裕ですわ」


「なら任せたで」





 闇と同化したルミナスは気配を潜めたまま門に忍び寄る。

 そして、一番近くにいた男の一人の影にするりと入り込んだ。


 吸血鬼は夜にのみ使える能力を数を多く持っており、今のもその一つであった。

 影から影へ、暗闇の中を自由に移動できる隠密向きの能力であり、長時間使うことは出来ないが今回のような作戦にはもってこいの能力であった。


 男は暫くすると夜勤交代の人間と代わる為に門をくぐり、その直ぐ横に立つ小屋に入っていった。


 室内は整理整頓がきちんとされており、数名の警備の人間が各々仕事をこなしていた。

 男はきょろきょろと回りを見て何かに気づいたようで一番奥にある机の前で筆をはしらせていた上官に話しかけた。


「マシバ曹長、デランの奴まだ来てないんすか?」


 男は自分の代わりの男、デランが来てない事に気づいたようで上官に確認をとった。


「ん? ああ、そういえば来てないな。もう交代の時間だと言うのに……。悪いがもう少しの間待機していてくれるか?」


「はあ、またですかあいつ……分かりました」


 男はしぶしぶと頷き、部屋を出ようと振り返り、ドアに向かって歩いている最中、突然声をあげる。


「あっ……」


 そして、糸が切れた人形のように男は床に倒れこんだ。


 それに一番驚いたのは近くにいた同僚である。

 彼は急いで倒れた友の元に駆け寄った。


「カイどうした!?おいっ!」


 懸命に倒れこんだ友の名を呼ぶがカイが反応を返す事はない。


「ラン! カイがどうした?」


「マシバ曹長、カイが……」


 曹長は動揺した部下を落ち着かそうとゆっくりと話しかける。


「落ち着け、息はあるか?」


「い、いいえ、それに脈も、止まっています……」


「……そうか。カイが何か病気にかかっていた話を知っている奴はいるか?」


 倒れこんだカイの回りに人が集まり、各々が話始めるも誰もがこの状況を理解できていなかった。


「とりあえず、上に連絡を入れてくる」


 そういって曹長が立ち上がったと同時に、するりと首が床に落ちた。


「へっ……」

「んなっ!」


 誰もが茫然した。目を疑った。

 それほどまでに突然過ぎた上官の死であった。

 そして、その一瞬に白閃が舞った。


「がはっ」

「っ!」


 誰もが反応することも出来ずにその場に倒れ伏す。 


 そして、影から一人の少女が姿を現す。

 ルミナスである。


 指先からは血が零れ落ちていた。

 当然、それはルミナスの血ではなく、ここに倒れ付している男たちの血だ。


「油断していればこの程度ですわね。さて、テンを呼びますか」


 憂いた瞳に血が滴る指を舐める仕草は何処か扇情的であった。


 ばんっとドアが突然強く開けられる。 

 ドアを開けた先には息を切らし手を膝についている男がいた。

 この男が先ほど話していたデランと言う男であることはルミナスには容易に想像がついた。


「すみませんっー!遅れまし__」


 デランが顔を上げる。

 そして開かれる謝罪の言葉、それが最後まで紡がれる事はなかった。

 それもそのはず、デランのその首、正確に言うならば空気の通り道である気道には鋭利な爪先が深く刺さりこんでいたのだから。


 硬質化した、恐ろしく長い爪。

 それは一振りの刃物と化していた。


「悪いですわね」


 それだけ言うと長く伸びた爪を抜き取る。


 デランは首から血を流しながらも必死に何かを言おうとしていたが、それが音として外に出ることはなかった。


 ルミナスは倒れたデランを室内まで引きずり、そして外に残っていたもう一人の男を後ろから軽く貫いた後にテンを呼んだ。



「さすが、ルミナスはんやな。完璧な手際や」


「当然ですわ。けど、人殺しを誉められてもあまり嬉しくはありませんわね」


「兵士なんて命を担保に働いてる訳なんやから覚悟してたろ。つまり、しゃーないことやで」


「貴方のその軽い考え方羨ましいですわ。ですけど……そうですわね。考えていてもしょうがないこと、ですわ。他の人間が来る前にとっとと中に忍び込みますわよ」


「よっしゃやったるで」


 部屋を出て、そのまま一直線に建物内部に入り込むのではなく、警備を避けるように横手の広い保管庫のような入り口から建物内部に侵入した。


 保管庫を抜けた後の廊下は広く、人の出入り以外を考えられている造りであった。

 おそらくは保管庫に置いてあったモノを魔導炉に持ち込むのにこの道を使われているのだろう。


 中には夜間の為か人が少なく、警備体制は杜撰ずさんともいえた。


「こんな緩くていいものなんか……」


「ですわね。こういったときほど最悪な展開が来る気がしますわ」


「やめてーな。当たりそうで恐いわ」


 警備の緩さに逆に嫌な予感を覚えた二人であったが、他の仲間が自分達の事を待っている状況で撤退の選択肢は存在しなかった。


 しかし、その予感も外れたようですんなりと魔導炉前のゲートにたどり着いた。


「この奥やな。ルミナスはん、頼むで。打った後は結界を強引に破壊して離脱や」


「分かりましたわ。脱出経路までの道のりも魔術で貫きますわね」


 覚悟を決め、魔導炉内に入り込むが、ルミナスとテンは魔導炉を前にして困惑する。


 魔導炉は青白く発光しているキューブ状のコアを中心にくだが幾重にも伸び絡まり、複雑な機構をしていた。

 人類の知恵の結晶の一つともいえるその産物に二人が驚いたわけではない。

 その管の上に一人の少女がくたりと寝ていることに驚いたのだ。


「こどもですわね……さすがにこれは」


 ルミナスが戸惑い、魔術の行使を一時止めようとする。

 少女はルミナスたちに気付いたようで身体を起こす。

 そして、獰猛な笑みを浮かべる。


 はっとしたテンは慌てたように声を出す。


「ルミナスはん、とっとと打つんや!こいつ、只のこどもじゃないで!」


 テンの焦りようをみて慌ててルミナスは魔術を発動する。 



 火の第六階悌、灰塵槍。



 ルミナスの片手に焔に包まれた一振りの槍が顕現した。



 大きさはルミナスの何倍もあり、とてもじゃないが人が扱える大きさではなかった。



 その燃ゆる大槍を魔導炉目掛けて撃ち込む。

 投擲された槍は一筋の炎光となり、少女もろとも魔導炉を貫くと思えた。



 しかし、少女が管から跳躍し魔導炉を庇うように灰塵槍へと飛び込み、そして業火の一撃は少女に直撃する。


 当然、人一人程度ならばそのまま貫くはずの威力であったはずだが、不自然にもその軌道はズレ、魔導炉にはかすりもしなかった。


 直撃した少女はというと、そのまま床に落下したが、何事も無かったかのように直ぐ様起き上がる。


 少女は魔術により上半身にダメージを負っていたが痛みなど感じてないように平然としていた。


「なっ、まじかいな……」

「あれに飛び込んでまだ生きているなんて、魔族並みですわよ!」


 引きぎみな表情を浮かべるテン、驚愕したように声を荒げるルミナス。


「初めまして」


 少女は焼け焦げた顔を歪め、楽しそうに笑みを浮かべる。

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