第42話遭遇戦


「なんでこんな事になってるんやっ!」


テンの慌てた叫び声が路地裏で反響する。

それに怒鳴り返すようにツァイが吠える。


「俺が聞きてえわっ!」


「お前ら黙って走れっ!!」


「はあ全く、落ち着きがないですわね」



日中だと言うのに光りが通らない薄暗い通路。

そこで逃げるように走る4つの影。

それを追うように数10の影が動き迫りくる。

その動きは何処か機械的で人の挙動にはとても思えず、不気味さを際立てていた。


クルルカ達と別れた後、スラムの人間だけが知る地下室に案内されたルカリデス達であったが、なぜかそこには複数もの死体が転がっていた。

そのどれもが良心というものがある人間なら出来そうにないほどバラバラにされており、この惨状を作り上げたモノに対してその場の全員が嫌悪感をもっただろう。

そんな場に圧倒されていた中、異変に最初に気付いたのはルミナスであった。

天井から微かに響いた複数の蠢く音。

そこでようやく気づく。


自分たちが囲まれているということに。


「皆さん!逃げますわよ!!」


ルミナスの手から爆轟が轟く。


そして、今に至っていた。




「駄目やなこれは撒けん」


後ろを振り返ったテンはこのままでは距離を離せない事を理解する。

今の残っているのは魔族であるテン、ツァイ、ルミナス、ルカリデスの四人だけであり、当然その速度は常人を遥かに越えており、普通なら人間が着いてこれるはずもない。

しかし、現に彼らは平然と着いてくる所か距離を僅かにだが詰めてきていた。


「仕方ない。予定がもうめちゃくちゃだが、二手に別れる。ツァイ奴等を俺らで潰すぞ!」


「は!任せとけ!」


威勢の良い返事を返すツァイ。


「うちらはどうするんや?」


「お前らは、俺らが時間を稼ぐ内に人込みに紛れれば撒けるはずだ。幸いお前らは人と見た目が殆ど変わらないしな」


「それだと計画はどうするんですの?」


「悪いがお前達二人で計画を行ってくれ。俺らは此処で騒ぎを起こした後、そのまま駐屯地に突っ込んで大将達と合流させてもらう」


「このような状況ですし、仕方ありませんわね……御武運を」


「ルカっち、そっちは任せたで!」


「え?ルカ……っち? まあいい!そっちは任せたぞ!」


「ヘマすんじゃねえぞ!」


道角を曲がった瞬間、四人は一言も喋る事もなく二手に別れた。


ルカは背に差していた鉄槍を抜き、前に構える。

ツァイはその後ろで、腕の長さほどの飾り気のない杖を腰から取り出し、術式を構築し始める。


「ツァイ、俺に強化を頼む」


「はっ!もうやってるわ。ちょっと待ってろ!」


「もう来る!  俺が突っ込む援護は任せた!」


ルカは眼前にまで迫り来た相手と相対するために飛び込む。


「ち、しゃあねえ……」


それを確認したツァイは術式を組むのに時間が足りないと見切りをつけ、予定とは違う二工程の簡易的な魔術に術式を変更し、即座に発動させる。


ツァイは簡単にやってのけたが、本来、術式は一つ一つ違う構築のされ方が異なっており、構築中の術式を別の術式に変えることはそう簡単に出来るものではない。

しかし、魔術を得意とする小人族であるツァイからしたらそれは造作も無いことで、強引な形ではあるが、しっかりと強化魔術は発動した。


「ほらよ!」


敵と相対する瞬間に魔術が行使されルカの周囲を薄い赤白い光で包み込む。


「助かる!」


刹那、槍と剣が交差し、激しい金属音が鳴り響く。

魔術の強化をされた鬼の腕力は凶悪なモノとなっており、槍と打ち合った剣は簡単にひしゃ曲がり破断した。

そのまま、勢い良く振り下ろした矛先は相対していた小さな相手を両断する。


「こいつらは……なんだ? 人形か?」


「やけに小せえと思ってたが、人ですら無かったのかよ」


「そうみたいだな……だが、人で無いとしてもこのような見た目の者達と殺り合うってのは不快なもんだな」


ルカが斬り伏せた8歳程度の幼い少女の見た目をした人形は真っ二つにされていながらも未だかくかくと動き、ルカに近付こうとする。

それをルカは不快な表情を浮かべながら、槍でとどめを刺す。


「敵トノ交戦ヲ開始スル」


「敵ハ二手二別レタ。私タチハ追撃ヲ行ウ。追撃許可ヲ申請」


「許可します。命令の遂行を最優先」


無機質な声、それと幼い舌足らずの声が反響して、ルカ達にまで伝わる。

仲間が殺られた事に対して表情を変える所か、一切触れる事もなく、事務的連絡を行うことに限りなく人に近いその容姿であるが、感情がない魔導人形ゴーレムと大差はないのだと理解する。


「C2、D2、E2はA2を一時的指揮官とし、命令を遂行しなさい」


「了解シタ」


指示された四体の幼女人形は壁を横走りし、ルカ達を通り抜けようとする。

それを止める為にツァイは用意していた魔術を発動する。


「は!行かせるかよっ!」


第四階悌、縛双網。


強く発光した白い網が人形を捕らえようとする。

しかし、人形達には即座に身を捻らせ、回避されてしまう。


「あめえな」


ツァイがぽつりと呟く。


避けた事により生じたわずかな隙を狙うかのようにもう一つの魔術で作られた臼黒い網が人形達に迫る。

一つ目の光によって隠されていた事によって反応に遅れた人形達は網に捕まる。

更にもう一丁と、避けられた一つ目の網により二重に包囲され、地面に落下していく。


そして、他の敵と相対しながら落下地点に待機していたルカが身体を縦に回し、遠心力を乗せた一撃を落ちてくる人形に直撃させる。

穂先に触れた人形は両断され、鉄製の太刀打ちに当たった人形は鈍い音を立てながら10数メートル吹っ飛ぶ。


「おいルカっ!全員まとめてやれよ!」


「無茶、言うなっ。俺は魔術の類いが使えな、いんだから一気に殺れる限度があ、るんだよっ!」


迫り来る複数の刃を捌きながら、文句を言うツァイに怒鳴り返す。

ルカがらしくもなく声をあげてるのは勿論余裕が無いからだ。

鬼であるツァイは身体能力では人間の数倍も上であるにも関わらず、押されていた。

この状況はツァイも一応いるが真っ向からやりあっているのはルカ一人であると考えるなら多対一な場面であり、物量で押されてしまうのは当然の事のように思える。

しかし、相手は特別魔術適正に優れてるわけでもない人が生み出した魔導人形ゴーレムであるのだ。

魔術によって強化された鬼なら蹴散らす事も造作も無いはずだった。


「くっ!らぁっ!」


大きく槍を旋回し、その隙に相手と距離をとる。



「ツァイ、こいつら賢すぎないか?」


この人形と敵対してルカは疑問に思ったことをツァイに伝える。


「賢い?」


ルカの言った意味を理解できず、眉間に皺を寄せる。


通常の魔導人形は与えられた命令を遂行するだけの存在である。

彼らにはそこに成長といったモノはなく、機械的に物事を処理していくだけだ。

しかし、この人形達は戦闘していく事に明らかに強くなっていっていた。

ルカの間合いを把握し、安易に飛び込まないようになり、意思が介在するかのようにフェイントや陽動を入れてくる。

唯の人形とは明らかに違った。

見て聞いて感じて判断する。それではまるで。


「魔導人形ってより人に近いな」


「目標ガ捕捉圏外ニナリマシタ。T3、現状追跡ハホボ不可能トナリマシタ」


A2の言う目標とはルミナス達の事であるの明確であった。

そのA2の言葉を聞き、人形のリーダー格であるT3、別名マーテスは作戦を変更する。


「作戦を変更する。総員で眼前の敵を処理。B2、F2、G2は私と共に鬼を撹乱、その隙に残りを率いA2があの子人を撃破せよ」


「了解シタ」


「はっ、敵の目の前で堂々と作戦会議しやがって、殺れるもんならやってみろってんだっ」


「油断するなよ、ツァイ!」


ルカはツァイのフォローに行きたかったが、生憎自分のことで精一杯であった。


相対する目の前の敵と槍打ち付け合わせる。

力は此方が上。技術はほぼ互角。

しかし、ルカは焦りにより荒い攻撃を繰り返してしまい、確実に受け流されていた。

それにより戦いは硬直状態に陥ってしまう。



マーテスはルカを相手取りながら他の人形達の動きを把握しつつ、冷静に自分より格上であるルカの攻撃を受け流す。

常人には不可能な一歩間違えれば死ぬギリギリで受け流すそれは人形であるからこそ出来る技であった。



こいつっ!


仕留めきれないその苛立ちにルカは怒りで瞳が充血していく。

幾らルカが鬼族の中でも珍しい冷静で理知的な性格といっても、種としてはやはり生粋の鬼であった。

鬼全体の種族特性は感情が昂る程、固く、速く、強く能力スキルであり、当然ルカもその能力を持っていた。

この能力は鬼が凶悪とされる一因でもあるが、欠点として冷静さを欠き、本能のままに暴れるようになってしまう。

ルカも例外ではなく昂った感情により普段の冷静沈着さを失わせ、眼を血走らせていた。


「おらァッ!」

槍を無造作に降り下ろす。

激情した事により強化された剛腕から繰り出される槍の一撃は地形を歪ませる程の威力へと昇華していた。



マーテスはルカのその一撃を真っ向から受けるのではなく、当たった瞬間に斜めに流し捌く、そしてそのまま槍を一回転させ前に突きだした。


その槍はルカに直撃するも硬質化した皮膚と筋肉を貫く事は出来ず、筋肉の途中で止まってしまう。

ルカはというと己の身体に傷を負ったことなど気にも止めずに獣の如くマーテスに迫った。


危険だと判断したマーテスは槍を引き抜き距離を取ろうと考えたが、ルカの筋肉に締め付けられた槍を直ぐに抜くことが出来ず、動きが一瞬遅れてしまう。


そしてその隙を逃すほどルカは甘くなく、雄叫びを上げながら槍を振り抜いた。

その一撃はマーテスの胴体を直撃し、鈍い音が響く。


「がッ!」


全力の一撃を入れたというのにマーテスは両断されることなく、十数メートル飛びながらも着地をする。

どうやら咄嗟に身体を後ろに飛ばしてダメージを抑えたようであった。

しかし、流石に無傷だった訳ではないようで、直ぐに動くこともなく、しゃがみこんでいた。


それを本能の赴くまま、敵を殺そうと追撃しようとするルカ。

しかし。


「ぐふっ……」


友の声が耳に入り、冷静さを取り戻す。


「ツァイっ!」


声をあらげ、身体を反転しツァイの元に駈ける。

ツァイはというと複数の人形に迫られながらもなんとか持ちこたえていた。


ツァイと合流しようとしたルカの前に複数の人形が立ちはだかる。


「邪魔だ……」


しかし、ルカは気にも止めず唯突っ込む。

幾重の斬撃を受けながらもそのどれもが臓器にまで達することなく、筋肉で止められていた。

怪我を負いつつもそのまま強引に敵を突破したルカはツァイの元に向かう。


そして、ツァイを囲むようにしていた人形の一角を弾き飛ばす。


「ツァイ大丈夫か!?」


「はっ!大丈夫に決まってるだろ?おめえこそ大丈夫かよルカ、ボロボロじゃねえか」


相変わらずの減らず口を叩くツァイであったが、腹部から血が流れ、額には大粒の汗が垂れていた。


「余り余裕はないか……」


ルカは暫し思考して決断する。


「逃げるぞ。ツァイ」


「こいつらやってくんじゃねえのかよ?」


「あくまで俺らは足止めだ。既に十分に時間は稼いだ。後は撤退するだけだ」


「ま、俺は良いけどよ。あちらさんはそうでもねえみたいだぜ」


意外にも撤退することに素直に従うツァイ。

それだけ、ルカの事を信頼していると言えた。

しかし、簡単に二人の思惑通り進むかと言うわけでもなく、ツァイの言う通り完全に両端を塞がれていた。


「援軍ノ要請ヲ、T3」


「既に要請済。α4が此方に急行中」


増援要請に。急行中。

会話から察するにあまり時間的余裕がないと判断したルカは強引にここを切り抜ける事を決意する。


「ツァイ、強行突破するから着いてこい」


「了解。で、どっちに突っ込むだ?」


人形達に塞がれた二つの通路を指差す。

その問いの答えにルカは槍を持って答えた。


「そのどっちでもない。こっちだっ!」


力強く振るった槍は古びた壁に打ち付けられる。

衝撃とともに砕ける土と木の先にすかさず二人は飛び込む。


「はははっ!流石ルカだなっ」


「笑ってないで着いてこい此方だ! それと貫通式の魔術を用意してくれ」


「はいよっ」


すかさずルカは次の壁を貫き、そこに飛び込む。

そして、人形達の視界から一瞬隠れた隙に。


「ツァイ! そっちに射ってくれ!」


「任せろっ!」


言われた通り即座に魔術を放つ。

土属性の貫通魔術。それが建ち並ぶ建物を貫いていく。

 

「はっ、見たかっ!っておい行かねえのか!」


「此方こいっ!」


調子ずいているツァイの腕を引っ張り、ルカは路地裏のごみ溜めに飛び込む。


「まじかよ……」


「我慢してくれ」


漂う悪臭にツァイは鼻を摘まみ、ルカは顔をしかめる。


後から来た人形はツァイが開けた道、それと通路に分かれ駆けていった。

陽動の為の魔術に上手いこと引っ掛かったのを確認してルカは安堵する。

まさか敵もこの場所に逃げずに留まっているとは思っていなかったのだろう。


「上手くいったな……」


「ならとっとと出ようぜ。こんな場所にいっちゃあ鼻が曲がっちまう」


「俺もこんなごみ溜め直ぐに出たい所だが、まだ奴等が近くにいることを考えたら安易に動くべきじゃない」


「いつまでだ?」


「……作戦が結構されるまでだ」


「はあっ!?どれだけ時間あると思ってんだっ?鼻が曲がるどころか死んじまうよっ」


「おい声を抑えろ。気づかれるだろうが。頼むから我慢してくれ……」


「ちっ……。しゃあねえ。あいつら上手くやれるんだろうな」


ツァイは舌打ちしつつも、我慢してくれるようでルカは息をほっとつく。


「さあな、まあテンとルミナスなら上手くやってくれるだろう」


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