第41話想定外


翌日の早朝、奴隷商の前に二台の竜車が止まっていた。


それを見たテンは子どものように感嘆の声をあげながら、竜の頭をぺちぺちと叩く。


「うわぁ、竜車やないか!」


テンに叩かれた竜は嫌がるように頭を左右にふり、手を振り払おうとするが、そんなことをお構い無しにテンは触り続ける。


「おい、嫌がっているぞ。止めてやれ」


それを止めたのは鬼族の中では珍しく知性的な男である、ルカリデスだ。

注意されたテンは竜が嫌がっていることにそこで初めて気付き、申し訳なさそうに手を戻す。


「なんや。悪いことしたなぁ。うち、首を振ってたんのはてっきり喜んどるかと思ってたわ……」


「前向きに考えすぎだろ」


「はっ、獣天孫ってのは高貴な種族って割には礼儀や道理もしらねえアホなんだな」


煽るような物言いをしたのは当然、小人族のシラン·ツァイだ。


「いや、それを初対面で罵倒してくるような奴に言われとーないわ」


「まあ、そうだよな」

「ですわね」


テンの突っ込みにルカリデスとルミナスが同意する。


「お、俺はいいんだよっ。俺は」

 

「ずいぶんと都合がいい頭をしているもんだ……」


ツァイの都合の良い言葉に対して、カリドが嘲笑する。


「あぁっ!? 混血種が嘗めた口聞きやがって。言っとくが俺はお前が大将補佐だなんて認めてねぇんだからなっ」


「お前が認めようが認めまいが私が大将補佐であり、お前より上なのは変わらん」


「な、なんだとっ……てめぇ」


「ちょっとちょっとちょっと! 何外で騒いでんですかっ勘弁して下さいよ!遊びに行くんじゃないんですからねっ!」


クルルカは騒ぎを聞きつけ、慌てて外に出てき、らしくない真面目な意見を言った。

普段のクルルカを知るなら信じられないかもしれないが、クルルカはこんなちゃらんぽらんな性格をしつつも仕事はしっかりとやりきちんと公私を分ける魔族であった。

クルルカの指摘にテンやルカリデス、カリドは申し訳なさそうな顔をするが、ツァイは反省した様子も見せず、文句を言いたげな顔だ。


それを見たクルルカはため息を吐いてしまう。



「あんたがその魔族達のリーダーかい?」


「へっ!?」


突然話しかけられたクルルカは腑抜けた声を出しながら振り替える。

すると竜者の裏から1人の男が出てきた。

普通、人間なら多少なりとも魔族に対して恐怖をみせたりするのだが、この男はまるで久しぶりに再会した友人との会話のようにフレンドリーに接したきた。


「どうやら、間違いなさそうだね。太郎の旦那から話は聞いているよ。俺はルドウ。今回この竜者を牽引するもんだよ」


「ああ貴方が旦那が言ってた人間ですか……」


「そうだね。これから数日間の間は宜しく頼むよ」

 

「俺は人間と仲良くするつもりはねえぞ」


「まあうちらは人間に良いイメージをもっておらんしな」


「あらら、残念。魔族とは話してみたかったんだけどなぁ」


「まあ、こういう奴等なんでそれは諦めて下さいな」


「分かったよ」


「意外ですわね。皆仲良くしろって言うものかと思っていましたわ」


「うーん、あくまで私たちは仕事上の付き合いですからね。無理なら仲良くする必要などないですし。ですけど、無駄な対立は止めて下さいよ」


「それはツァイにだけ言ってもらえるか?俺らはこいつほど喧嘩早くないからな」


「はっ、舐めんな。何で俺が下等生物を相手にしなきゃならねぇんだ」


「その言葉が事実であることを祈るよ」


「無理やろうなぁ」

「ですわね」

「だろうな」



「てめぇら……」


「お話中の所悪いけど、余り時間が無いんだよ。竜車に乗って貰えるかな。一応人払いしてるけど、それも限度がある」


「ここで見つかったら面倒な事になりますしね」


「せやな。とっといきますか」





その後、予定通り帝都を出たクルルカ達は、半日程竜者に揺られながら目的地であるハッテムブルクに到着し、何も起こらないまま都市内部に侵入することに成功した。

その余りの呆気なさに逆に気味悪げな表情をクルルカは浮かべていた。


それもそのはず、ハッテムブルクは帝国内でもかなりの規模を誇る都市であると同時に軍主要基地が数多くあるため要塞化されている都市として有名なのだ。

当然、検問も厳しくそう簡単には入れないだろうと考えていたのだが、寧ろ帝都を出るときの方が厳しかった程だ。


「予想以上に簡単に入れたな……」


「ですわね。検閲もかなりおおざっぱでしたし」


「それだけここの奴隷商人が幅を利かせていたって事だろ」


陽気に会話している彼らを傍目にこれから何人生き残れるのだろうかとクルルカは考えてしまう。


クルルカが集めたメンバーは皆、強い。

何で人間に捕まっていたんだと思ってしまうほど、どいつもこいつも透唇族なんてマイナーの種族とは違い、特有の強力な能力スキルを持った種族達だ。

そこらの人の軍施設を潰すことぐらい容易な事だろう。

しかし、勇者は別だ。

今回どちらの勇者が来るにしても間違いなくクルルカたちだけでは勝てない。勝てるはずがない。

そもそもこの程度の数で勝てるなら人類の希望になり得るはずが無かった。

辛うじて殺り合えるとしたら速疾鬼の可能性があるドゥーンくらいであろう。

しかもそれもちょっとした時間稼ぎ程度にしかならないのは想像がついた。


つまり、今回の彼等は勇者を誘き出すための只の釣り餌であって。

彼等が生き残る事は予定には無いのだ。


「大将はん、暗い顔してどうしたんや?」


「えっ? あーそんな顔してました? しょうがないんですよ。仕事をする前ってなんか憂鬱な気分になるじゃないですか」


「分かるわー。ほんまその気持ち分かるわ。なんなんやろうねあの現象は」


「所謂、うつ病って奴か。でも大将がそれだと困るな」


「その為の大将補佐がいるんだから大丈夫ですよ。と言うわけでカリド君、頼みましたよ」


「了解した。先程言った通り、このあとの予定は二手に別れる事になる。

まず、裏街を通るタイミングで1度停車する。それに合わせてあちらが用意した地下室にテンとルミナスとルカリデスとツァイが移動。臨時の指揮官としてルカリデスを中心に予定通り行動。残りのメンバーは外れにある屋敷に向かう」


「昨日聞いた通りに動けば良いのか?」


「そうだ。南部にある魔導炉の破壊は任せた」


「で残りが此方の破壊に応じて基地を襲撃って訳か」


「うちら、責任重大やね」


「まあ、勇者がいないならどうとでもなるだろう」


「闇に潜める私にお任せあれ。ですわ!」


「かぁっ、つまらねぇ仕事だなぁ。俺もどうせならそっちが良かったぜ」


「お前は大規模破壊には向いてないだろ……適材適所だ」


「はっはっはっ!暴れるのは俺らに任せておけ!なあ、兄弟!」


「そうだな」


「いつの間にか仲良くなったんだな……」


「間もなく予定地点ですよ」


前からルドウの声が響く。

その数十秒後に竜者が停まった。


「じゃあ、また」


ぴっちりと横道停まられたそれに隠れるようにしてルカリデス達は飛び降りる。

そして路地裏の道を掛ける。

その道の先には複数人の男が前に立ち塞がる形で待っていた。


「なんやあんたら?」


「あんたらの味方だ。手伝うように言われている」


「そうか、宜しく頼む」


男は頷き、

「此方だ。着いてきてくれ」









そして、クルルカ達の方はというと。

ルカリデス達と別れた後、誰も住んでいないはずの空き屋敷に向かい、作戦決行まで待機する予定であった。



しかし。



ドサッ。

首と別れた胴体が倒れ込む。血だまりが広がるその上を踏み、血飛沫が飛ぶ。



「がはは、見事な腕前だっ」


「予定外だね……まさか、人がいるとは」


「ここは、人が居ないはずだった」


カリドは非難するようにルドウを睨み付ける。


「……殺しちゃいましたけどしょうがないですよね。騒がれると厄介だったので」


「いやぁ、容赦ないなぁ。魔族は」


ルドウは人が死ぬのは見慣れているようで平然とした顔だ。

その態度にカリドが口を挟む。


「そちらの落ち度だ」


「はは、申し訳ない。他に人がいないか確認する必要が有るね」


「それはそっちでやっといて下さいね。面倒なんで。後、この死体も片付けておいてくださいよ」


クルルカは手を振り、血を払う。


「勿論、此方のミスなんでそのくらいやるよ。おい、お前ら人が居ないか見てこいっ」


ルドウの後ろにいたゴロツキの格好をした男達は野太い声で返事をし、屋敷を回り始めた。

それを確認したルドウは死体処理の為、絨毯に転がっている男の頭に触れる。

そこであることに気づく。


「こいつは……」


驚きの含んだ声。

その声にクルルカは気づき、しゃがんでいるルドウに近寄る。


「どうしました?」


「ああ、こいつなんだが、俺知っているんだよね……」


「仲間だったってオチですか?もしかして……」


「いや、違うよ。そういうんじゃ……ああ、厄介な事になったかもな……」


「厄介な事? どう言うことなんです?」


クルルカは腕を組みながら不思議そうに首を傾げる。


「こいつは、検査官だ……皇帝直轄のな。以前、うちらの頭領の監視をしていた面倒な奴だったから良く覚えてるよ」


「検査官? それが何故厄介な事に繋がる?」


カリドが横から会話に加わる。

その質問に気まずそうにルドウは答えた。


「……俺らの計画が洩れてる可能性がある」



「えっ」


「検査官ってのは表向きは国家反逆罪の疑いがある人間の調査を行う機関なんだけど、裏の顔は殺しのプロ、皇帝直轄の特殊暗殺部隊なんだよ」


「なるほどな。つまり、我々の存在が既にあちら側にバレており、殺しにきたと言うことか」


「いや、複数の魔族を相手にするのに一人って事は普通ならあり得ない。偵察……いや、調査に来たってのが近いだろうな」


「でもそれだと魔族が街を襲うってのに随分呑気な話じゃないですか」


「あー恐らくこの情報の洩れはうちら側の誰かが密告したんだろう。けどはっきりいって俺らスラムの人間の言葉をあちらが鵜呑みにすることはない。半信半疑なのを調査する形で此処ここに来たんだと思う」


「でももう殺したんですし、大丈夫なんじゃないです?」


「こういった職業は定時連絡が基本的毎日あるはすだ。奴等は連絡をとれなくなったら俺らの存在がいることを確信するだろうな」


「まじですかぁ……」


「でどうする気だ?」


「完全に此方側の落ち度ですけどどうしようもねえな……今から俺たちの存在隠す事はほぼ不可能。とっととずらかるのがおすすめだね」


「大将、どうする?」


「まず、任務放棄はないです。皆さんもここまで来た次点で降りることも許さないですから」


その言葉に誰も異論を唱えることはなかった。


「……下水道のルートは使えますか?」


本来作戦終了後に脱出経路として確保されていた下水道。

内通者がいたとするならそれすらもバレている可能性があり得た。


「どこまで相手にバレているかってのが問題だが、あの道を知ってるやつはそう多くない。使えるはずだよ」




「なら、良いです。こちらは計画通り行きます。……不安なのがルカリデス達が大丈夫かですね……」

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