第37話勇者として


そこは研究所の一室だった。

広く、様々な医療器具が並べられたその中心には、二つのベットが隣り合うように鎮座する。


そのうちの一つ。

先日。王都にて罪を犯した罪人である25歳の男が魔術により麻酔のような効果をかけられ意識を失わされ寝かされていた。


室内を蠢く白衣姿の研究員が10人ほど。

これから何か大掛かりな手術でも行うように、否、これから行われる魔核の移植実験のためにその準備を黙々と進めていた。

部屋の隅。

そこにあるのは二つの人影。


魔族研究所所長と冒険者カナリ。


「カナリ様。27もとい成功例達は魔術に対し耐性を持っているため、あそこで横たわっている男のように意識を失わせることはできません。ですので、この部屋に入った時に逃げ出すことや暴れだすことがあるかもしれません。まったく、余計なことをしてくれたものですククラマセスも。アレに外のことを教えるなど、人として扱うなど。そのせいで、アレは外に憧れを持ってしまった。心を持ってしまった」


「……」


遠回しに、鎌瀬山に対しても嫌味を吐きつけるように所長の口は動く。


「まったく。Sランク冒険者であろう者が依頼に無い余計なことをするとは。軍法会議ものだ、あの女狐め。ククラマセスは解雇にしましょうかね。国の依頼、それはすなわち皇帝陛下の命に背いたも同じ。冒険者資格も剥奪し、彼女が運営する孤児院も潰しましょう。……カナリ様はそのようなことはございませんよね?仮に、27がここで暴れてもカナリ様は取り押さえてくださいますと、信じていますよ?それが私達が依頼したものですので」


それは、遠回しな鎌瀬山への脅迫だった。

魔族研究所所長。

彼の話通り、この魔族研究は帝国主導で行われており所長には様々な権限が与えられる。

その一つに、冒険者に対してその依頼にそぐわない、または妨害した際にその冒険者に対して資格を剥奪させ反逆罪を適応させ、財産をすべて押収し死罪にできる権限がある。


元より、この研究所に回されてくる冒険者は高位冒険者にして帝国に弱みを握られている者であり。

『菌氷』のククラマセスも、身寄りのない子供たちをできるだけ救うために孤児院を設立し冒険者としての仕事で得た報酬で運営を行っていた。


……ただでさえ、孤児が増えるごとに金を使う孤児院を抱える彼女が冒険者の資格を剥奪され死罪になれば資金源が消えた孤児院の経営は上手く行かなくなることは必然であり、そこにいる孤児たちはまたスラムに逆戻りである……いや、それは確実に、魔族研究所へと引き渡されてしまうのは明白だった。

だから、ククラマセスはこの研究所の職員護衛任務を従事させられていた。


そうして。冒険者を縛っている所長は鎌瀬山にも同じ手が聞くのだと。

余談ではあるが、ガイ・ウラモから送られてきた鎌瀬山のデータに関してもククラマセス同様Sランク冒険者の死角を持っており、帝国に対する弱み、冒険者資格を剥奪されてしまっては困る要因をしっかりと記入されていたしそれを疑うことはしなかった。

所長は長年仕事として付き合ってきたギルドマスターガイ・ウラモは帝国の手の者だと信じているのだから。


「当たり前だろ。それが冒険者としての俺の仕事だからな」


フードを深く被った鎌瀬山は、壁に背中を預けながらぶっきらぼうに答える。

所長の方を見ることをせず、その視線はつまらなそうに、用意を進めている研究員達を見ていた。


「それならば安心いたしました。いえ、何分、カナリ様が27と接触していたと、報告があったもので」


「確かにしてたけどよ。それは前任のククラマセスが行っていたことだと思ったからだよ。それに関してはお前らに非があるぜ?業務内容くらい隅々まで説明しとけ」


「それは確かに。申し訳ございません。私共に非がありますね」


鎌瀬山の返答に納得したように頷いて、所長は右手を鎌瀬山に差し出す。


「ククラマセスはもうここに来ることはないでしょうから。カナリ様とは長い付き合いになりそうです」


「……あぁ、そうだな。長い付き合いになりそうだ」


差し出された手を鎌瀬山は一瞥して、仕方なさそうに自分も手を差し出し握手を交わす。


この実験は、鎌瀬山に対しての疑いを晴らすためにだけを目的に成功不成功を無視した実験だ。

27が暴れた時に直ぐに取り押さえればククラマセスを解雇しカナリを正式に契約し、仮に27を庇うようなことがあればカナリを反逆罪として死罪としククラマセスを束縛の元操り人形にするという二択。


どちらに転んでも、魔族研究所は痛みは無い。

仮に、カナリが暴れ魔族研究所に反旗を翻したところで、この部屋の周りは成功例達を待機させている。

49人のAランク上位相当にSランク一人では流石に勝つことが出来ないと、世間一般ではそう認識されているからこそ所長に恐怖は無く、あるのは疑いだけ。


研究の支障となる因子を排除するだけのただの作業に過ぎない。


「気になっていたのですが、そちらの魔族の奴隷はなぜここに?」


鎌瀬山の隣。

そこには同じようにクルムンフェコニが壁を背に立っており鎌瀬山の服をその右手で掴んでいた。


「あぁ。俺の仕事を見せねぇとな。こいつも鍛えようと思ってんだ。そのためには実践を見せるのが一番でな。見学はいちゃだめか?」


「いえ……構いませんが」


冒険者が奴隷を買い育て、パーティーに加えて冒険すること自体は不思議なことではない。

一瞬疑問に思った所長ではあるが、特に不思議に思い続けることは無くクルムンフェコニから視線を外す。


瞬間。


ギィ、と扉が開かれ。


「こんにち……は?」


ニーナがいつものように元気よく挨拶を使用とするが、その眼前に映し出された光景を見て固まる。

いくつもの医療器具が部屋の各場所に置かれ、中央にはベットが二つ。

黙々と用意を進める白衣姿の研究員たち。


いつもとは違った、明らかに異質なその部屋の異常性に後退りそうになったニーナ。

それは、成功例の中だけでニーナだけがする反応だ。他の成功例なら特に疑問に持たず、次の支持を仰ぎそれに順守する。

ククラマセスと長い間会話をし、外の世界に憧れを持ち、それはいわば『死にたくない』と同義の気持ちをもった彼女は……もうモノではなく、それは研究所にとってはモノでなくなった実験体など無用の長物であった。

せいぜい、冒険者の黒白を見分けるだけの使い捨ての道具にされる。それが外の世界に憧れた感情を持った道具の末路だ。


「えっと。えっとえっと」


足りない頭で、涙目で辺りを見渡す。

ここが自分にとって嫌な場所だと、これから行われるのは自分にとって嫌なことだと彼女は感じ取った。

が。

彼女にここで逃げ出すことの出来る様な能はない。外の世界に憧れた感情を持っただけの彼女は他の思考に対しては他の成功例と同じ。嫌だ、逃げ出したい。

そう思っても、次の支持を仰ぐためにその場に留まってしまう。


「えっとえっと、あ。あ!カナリさん!!」


涙目で見渡して、やっとのことで良く知る自分に良くしてくれた人物を発見して安堵したような笑みを浮かべながら鎌瀬山を見るが……、鎌瀬山の自分に対する視線は冷たかった。

それは他の研究員と同じ視線。先日まであんなに楽しそうにお話をしてくれていた面影はそこには微塵も存在しなかった。


「27!!空いているベットの上に横たわれ!!」


所長の声が響き、ビクっとニーナは震える。

怯えさせるように、わざと暴れるのを誘発させるように。


「本日行う実験は魔核の移植実験。27の魔核をそこの成人男性へと移植し拒絶反応の有無を確かめる。なお、27は本日もって機能停止とし処分する」


所長は口角を釣り上げて言い放った。


「ぁ……え?えっと、えっとわたし……」


その言葉の意味を理解して、その指示の意味するものを機能停止の言葉が意味するものを感じ取ってしまいニーナは後退る。


「や、やだ。やだやだやだ。ニーナお外に出たい!!死にたくない!!死にたくないぃぃぃぃい!!」


泣き声が入り混じった絶叫を残し、ニーナは走り出す。

ニーナの動きは速かった。

魔核により強化された身体的能力で即座に部屋の出口へと脱兎のごとく駆けだす、が。


鎌瀬山の方がそれよりも遥かに速い。

即座に逃げようとするニーナを組み伏せ、その素早い動きに、ほぉ、と所長が感心したように満足そうに声を上げる。


「ひぐえ!?は、離して!!お願い!!離してカナリさん!!」


組み伏せられたニーナは必死に鎌瀬山に懇願するが、その力が弱まることは無い。

ニーナも分かっていた。Bランク相当の自分がSランク相当の冒険者に力で敵うことはないと。

だから必死で懇願を続けた。


「やだ、やなの!!ニーナは、ニーナはお外の世界で、冒険したい!!ククラさんとカナリさんと!!」


けれども。

組み伏せる力が弱まることは無い。


「だって!!だって、お外の世界を教えてくれたのはククラさんとカナリさんなんだよ!?わたし、だから、生きるってことが楽しくて、ずっと、楽しくなかったのに、でも楽しくて。お外に行きたいって、わたしだって、冒険とか、学校とか、だから、だから……う、うえぇぇぇ」


自分が吐き続ける言葉に意味など無く、冒険者カナリの力は弱まることなく。

そのことを察したニーナは泣きじゃくる。

大粒の涙を流しながら、だらん、と諦めたように力を抜いた。


鎌瀬山は抵抗する力が弱まったことを確認した後、ニーナを持ち上げて中央のベットへと運ぶ。

泣きじゃくり、絶望し交際の失った瞳から流れ出る涙は頬を滑り落ち、その瞳は鎌瀬山を見ていた。


恨みも憎しみも無い、空虚な瞳。


その後ろを遅れてクルムンフェコニが後をつけ、ニーナをベットに下したところで合流し、ニーナを見守る様に彼女の傍へと移動した。

それは、まるでニーナを守ろうとしているように。


「ニーナ。勇者ってのは誰を救うんだっけか?」


「……?」


鎌瀬山の、先日までのような優しい声音に気づき、ニーナは鎌瀬山を見上げる。

瞬間。傍にいた白衣の研究員の一人を払い吹き飛ばす。

ボールのように飛んで行った研究員は壁に激突し、その過程にあった医療器具は当たりに巻き散らかされ凄まじい音が鳴り響いた。


鎌瀬山は所長の元へと向き直り、笑みを浮かべる。

意地の悪い、相手を馬鹿にしたような笑み。


「これはどういうことかね?冒険者カナリ。君は自分がしていることがわかっているのかね?」


「あぁ、痛い程わかってるぜ」


「君が使用としていることは、冒険者資格の剥奪、そして反逆罪による死罪だ。それを理解したうえでの判断かね?Bランク相当の冒険者49人に囲まれたうえでの判断かね?」


所長が指を鳴らすと、部屋の入り口から雪崩のように成功例達があふれ出るように出現し鎌瀬山達を取り囲むように部屋のあちこちへと散らばる。


「君の境遇は知っている。君には病気の弟さんがいるそうではないか。それも特に難病の。その治療費のために冒険者の稼ぎを当て、帝国にも様々な援助を受け取っているのではないか?それが無くなってもいいのか?君のそのたかが実験動物に対する一時の情のせいで、君の本当に守るべきものを守れなくなってもいいというのか?」


所長の言葉に、鎌瀬山は肩を震わせ顔を俯かせる。

それが後悔によるものだと、所長は感じ取りニヤリと口角を釣り上げる。


が。


「難病の弟?なんだそりゃ。脈絡なさ過ぎて一瞬笑っちまったじゃねぇか」


「なッ!?とぼけるのも大概にしろ!!君のことはガイから……」


「ガイがどうだかなんて知らねぇよ。残念だな。俺はこの世界じゃ天涯孤独だぜ?……ったく、くだらねぇ。冒険者ごっこなんてすんじゃなかったぜ」


鎌瀬山は金色に輝くSSランク冒険者資格証を取り出し所長に見せた。

その資格証を見て、それが何を意味しているかを理解した所長は狼狽える。


「なッ!?それはSSランクの資格証!?君はSSランクだと!?いや、私は君を知らないぞ、君は7人のどのSSランクにも該当しない」


「そりゃそうだ。俺は元よりSSランクなんかじゃねぇよ。駆け出しのEランクだった筈なんだけどな」


鎌瀬山はその資格証を圧し折った。半分に折れたSSランク資格証はカラン、と音を立てて床に落ちて音を響かせる。


「ったく。冒険者ごっこも終いだ」


そして。鎌瀬山の手には鎌が顕現する。

勇者にのみ許された固有武装『聖鎌ジャポニカ』を。


「やっぱ俺にはコイツだな。おい、ニーナ」


後ろにいるニーナに向って語り掛ける。


「後で礼を言えよ?ニーナが言ったんだからよ」


「わたし、が……?」


「あぁ。初めて会った日に話してたよな。ニーナたちを救ってくれる勇者様にお礼を言いたい、ってな」


鎌瀬山のその言葉に、ニーナの脳裏には目の前の冒険者が一体誰なのか。

それを思い描いてしまって。

けれども、と。その考えを否定する。それは自分の思い描いた都合のいい妄想なのだと。


「あ、ぁ……」


まさか。

目の前の彼が本当に……だ、なんて。

そんなこと。


そして。鎌瀬山はジャポニカを所長達研究員等へと向け。


「王国勇者鎌瀬山釜鳴だ。怪我したくなけりゃ、抵抗すんな。んで、この施設をさっさと解体しろ糞野郎共」


高らかに言葉を叩きつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る