第34話ギルドマスター


「とりあえずカナリさんは私と来てください」


普段の冷静さを忘れたフラメアが鎌瀬山に詰め寄り、その手を握り引っ張る様に冒険者ギルド内を連れられる。

その後ろをクルムンフェコニが不思議そうにとてとてとついていく。


「お、おいフラメアさん。どうしたんだよ」


「どうしたもこうもありません。昨日からそうでしたが、貴方たちには話をちゃんと聞く必要があります」


受付嬢に手を引かれて連れられて行く、フードを深く被った機能登録したばかりの新参冒険者にだんだんと冒険者達の視線は集まっていき。

受付の奥へと鎌瀬山が連れられて行くと、その異様だった光景に冒険者達は顔を見合わせ始め、あれは誰だ、何故連れていかれたのか、と疑問を口々に言い合った。




案内されたそこは応接間であった。

鎌瀬山とクルムンフェコニは大きなソファに腰を深く座らせれる。

その目の前には大柄な男が座っていた。


「フラメアさん。この人は誰なんだ」


「帝国帝都支部ギルドマスターのガイ・ウラモです」


「あー。ギルドマスター……」


ギルドマスター。

その鎌瀬山には捜元の世界ではゲームや創作などで一度は耳にしたことはあった。

ある種のなじみ深い言葉を聞き納得して、ギルドマスターを視界に捉える。


昨日絡まれたグランドのように無駄な筋肉があるわけでもなく、引き締まったその身体は一種の美を描いていた。

着目すべきは、彼の髪は白く、その風貌は老人を思い描かせるが、それは皇帝と同じように引き締まった肉体がその力強さを誇示しその皺の見える顔からとれる年齢とは裏腹にその身体が強者であることを、実力主義である帝国の支部でギルドマスターを務めるだけのことを証明させていた。


「君が、カナリ君かね。初日、触れただけでグランドを吹き飛ばし、今日金剛熊を狩って来たとフラメアから聞いたのだが。それは、本当かね?」


鎌瀬山を見るその目は若干の疑いを持った眼差し。

冒険者になりたての新参がAランク相当を軽々と打倒し、その翌日には基本的にはAランク数人のパーティーでの討伐推奨レベルである金剛熊を初心者依頼のベアーボアーの片手間に狩ってくる始末。


彼自身も受付嬢であるフラメアを信じないわけではないが、そこに一種の疑念が生まれてしまうのも必然。


「あぁ。本当だ。どっちも俺がやった。けどよ、その金剛熊だっけ?アイツ、そんな強くなかったぜ?」


「……ふむ」

顔の見えないフードの下から聞こえる声に、ガイ・ウラモは一瞬思考する。

そして、その拳を鎌瀬山に向かって放つ。


それは、目の前の冒険者の証言が嘘偽りない実力を持っているか試すための行い。


弾丸のように放たれた拳は。


「いきなりなにすんだよ」


鎌瀬山の手の平で止められて、けれども、その風圧で鎌瀬山のフードが取れてその素顔は晒された。


「ほぅ」

「ひぅ!?」


鎌瀬山の素顔を見て、ガイ・ウラモは納得したように満足そうに頷き、フラメアは過呼吸を起こしそうな勢いで顔を引きつらせ変な声が出てしまっていた。


「フラメアさんなんか変な声出たけど大丈夫か?」


「だ、だだ、大丈夫です。お、お気遣いなな、く」


「そ、そうか……」


鎌瀬山の気遣う声に、フラメアは声と身体を震わせながらなんとかといった様子で返す。

フラメアの様子も無理はない。


ただ一目、パレードで見ただけだが、その姿は色濃く人々の目に残る。

いつか、人類を救う救世主。


帝国民、ひいてはこの世界の人々にとって勇者とは魔族との決戦の最終兵器において人類の希望、憧れ、神の使徒にも等しき存在。

その存在を前にして、平然で居られる筈もなく、フラメアは先ほどまでただの冒険者だと思いいつものように気軽に接していたことに対して後悔し、それらの行いに失礼が無かったかを必死で思い出していた。


そして、帝国勇者、というある種の悪い前例があるために帝国民の中では勇者に対しての扱いには特に注意を払うようになっていたのも一つの理由である。


「失礼しました。少しばかり試させて頂きました。王国の勇者、鎌瀬山様なら昨日今日の行いも納得ですな」


ガイ・ウラモもまた、先ほどの高圧的な態度とは打って変わり、温和で尊敬を示す眼差しで鎌瀬山を見ながら言葉を紡いでいた。


「やべっ、フードが」


「いやはや。驚かれましたぞ鎌瀬山様。して、姿を隠して冒険者になるとは、どのようなお考えで?」


嗄れた声で興味深そうに尋ねてくる。


「特に深い意味はねぇよ。今俺は待機状態にあってな。腕が鈍っちまうんで魔獣を狩ろうと考えてたんだが……それで金になるんなら登録だけでもしとこうと思っただけの話だ」


「ふむ。しかし、鎌瀬山様なら困らない程の報酬を王国側から頂いているのではありませんかな?」


「使うなら自分で稼いだ金を使う方がいいんでな。なに、ただの自己満足だ」


「そうでございましたか」


「俺が冒険者やってんのはそっちでは不都合な事あったりするのか?一応バレねぇように偽名は使ったんだが」


「いえいえ。我ら冒険者組合は帝国式の実力主義社会。来るもの拒まずの精神でありましてな。犯罪者などは例外でございますが」


「そうか」


「えぇ。我々としても勇者様にご利用していただけるなんて……」


鎌瀬山を持て囃す様に言葉を続けるガイ・ラウモを視界に捉えながら、実のところ鎌瀬山はうんざりとしていた。

自分が勇者なのは自覚をしているし、勇者信仰の面も持っていてこうやってギルド長ですら鎌瀬山を持て囃すこと自体には特に驚きを持たない。


が、これからどこに行ってもこの持て囃しを受けなければならないのかと考えてしまって。

その事実に鎌瀬山は億劫になる。


「鎌瀬山様?」


「ん?あぁ、なんだ?」


勇者へのどこかで聞き飽きた賛辞の言葉を適当に聞き流していた鎌瀬山は自分の名前を呼ばれて意識を戻される。

目の前のテーブルの上。

そこには一枚の用紙が置かれていた。


「なんだこれ?」


「依頼書ですぞ。国からの直接依頼なのですが、勇者様がいるのでしたらちょうどよかった。Sランク相当の依頼ですし報酬は期待できますぞ?いかがですかな?」


「それを必要としてる冒険者もいるんじゃねぇのか?別に一気に大金を得たいわけじゃねえから横取りする気はないんだが」


「そんなことはありませんぞ。国からの依頼は我らにとっても失敗しては信頼に傷がつきますので。そこで勇者様に行って頂ければ今帝国支部が保有するどの冒険者よりも安心して任せられますぞい」


「……俺Eランクだぜ?」


「とんでもない!!勇者様は直ぐにでもSSランクに上がらせましょう。フラメア!急ぎでSSランクの会員証を持ってきなさい」


「は、はい!!ただいま!!」


「ちょ、おい」


鎌瀬山の静止の声も聴かずに、ガイとフラメアの二人は勝手に事を進める。


鎌瀬山の冒険者活動として、自分で稼ぐ資金の調達もあったのだが、それとは別に徐々にランクを上げていくという楽しみも彼にとってはあった。

それが、一瞬でSSランクに上がってしまった。


勇者とバレた時点でもはやダメだったのか、と落胆が鎌瀬山の胸中を渦巻いた。


諦めるしかないか、と一種の吹っ切れた気持ちで手元にある依頼書に目を向ける。


「実のところ、公国へのグラハラム軍襲撃にて高ランク冒険者はほぼ出払っているのですよ」


「あー。だから高ランクを見てねぇのな」


「えぇ。今帝国支部に滞在する高ランク冒険者はAランクが数人。公国には腕利きの者達だけを派遣していますぞ。王国、帝国が共に騎士の出兵を決めた以上、国民の保護はそちらに任せ冒険者組合は魔族の迎撃に力を加えることに一致の方針を定めました故」


「暇つぶしで冒険者やり始めた俺には耳の痛ぇ話だな」


「そんなことはございませんですぞ。勇者様はそこにいるだけで安心安寧の象徴です。居るだけで意味があるのです」


ガイ・ウラモはちら、と鎌瀬山を見ながら笑みを浮かべる。


冒険者の出兵、そして本日正午より予定されている帝国騎士団の出兵。

兵糧など色々な準備があり即座に動くことの出来ない騎士とは違い、冒険者に至っては各自出発、討伐した魔族の分だけ報奨金が出るとのことから既に先日に帝国に滞在していたSランク、SSランク、有名クランはすべて公国へと旅立ったという。


「我が帝国支部に滞在していたSSランク『賢人-ナツメヤシ』を筆頭にSランク『剛腕』のワルンホール、『菌氷』のククラマセス、Sランククラン『火竜の爪』などが旅立ちましたぞ」


「……賢人か。確か、俺らとは違った形でこっちに来るヤツラのことだっけか」


鎌瀬山が引っ掛かった一つのワード。


『賢人』。


王国にてエ―ゼル・ハルトから聞いた、勇者召喚の儀とは別に、全くの別の方法あるいは偶然でこの世界に外の世界から迷い込んだ異邦人。

勇者のように補正を受けるわけもなく、限外能力も固有武装もない外の世界つまりは地球のような世界から連れ込まれた故に戦闘においては全く秀でていないが元の世界の知識を授けると言われている存在。


原則は力を持たないはずだが。


「えぇ。勇者様ではないのですが。やはり、外の世界から来てくださった方。その力はとても頼りになっております」


話を聞いたところ、現にSSランクに到達しているしガイ・ウラモからのその実力は保証されている。

鎌瀬山は数瞬その疑問を浮かべていたが、すぐに頭の隅に追いやった。


それは単に、鎌瀬山にとっては特にどうでもいいことだった、ただそれだけだ。


そんな話を聞きながしながら鎌瀬山はふむ、と視線を俯かせる。

要は、ガイ・ウラモが言っているのは人手が足りなくなったから協力してくれと、そういう事だ。

魔族研究所がどの程度重要なのかは理解していないが、募集されているランクから言って危険度はもちろんのこと重要さにおいても高いことは伺える。


鎌瀬山は観念したように依頼書を手に取った。


「魔族研究所内職員の護衛ねぇ……。これSランクなのか?」


「研究……所?」


クルムンフェコニが鎌瀬山が持つ依頼書を覗き込み、一瞬、ビクッと震える。


「クル子?」


クルムンフェコニの突如おかしくなった様子に疑問を持った鎌瀬山が肩を触ろうとして。

瞬間、目の前に一枚のカードが差し出される。


「カナリさ、あ……ご、ごめんなさい。鎌瀬山様。こ、これがSSランクの会員証になります……」


肩で息をするフラメアが差し出したカードはこれ見よがしに金箔をあしらった豪華なもの。

SSランクともなると会員証からしてここまで違うのか、と、ある種の感動を抱きながら鎌瀬山は会員証を受け取る。


「なぁ、フラメアさん」


「な、なんでしょうか?」


「一応、あんま今目立つわけにいかなくてな勇者って事を隠したいんだ。だからよ、俺の事はそのままカナリって事で通して貰えるか?」


「分かりました。……カナリさん、そのように通しておきます」


「ありがとう。助かるぜ」


鎌瀬山は安心したように笑顔を浮かべた。

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