第33話依頼達成
翌日。
帝都近郊にある森林、駆け出しの冒険者にオススメされるその森には精霊ヌビアが生息するとされ、ヌビアの森林と呼ばれていた。
そこに鎌瀬山とクルムンフェコニはいた。
「上手く斬れねぇな」
襲い掛かる魔獣ベアーボア―を鎌瀬山の固有武装である『ジャポニカ』ではなく、行きがけの武具店で買ったごく普通の銅の剣で一刀両断するように振り落としたのだが。
「……ぐちゃぐちゃ」
クルムンフェコニが鎌瀬山に斬られたベアーボアーを覗き込みながら呟く。
その断面は酷くぐちゃぐちゃで、斬ったというよりは押しつぶした結果切れたようなそんな切断面を晒していた。
「やっぱ剣は慣れねぇか。こっちなら……。クル子危ないから離れてろ」
そう呟きながら、『ジャポニカ』をその手に顕現させ、叩き潰されたように真っ二つにされたベアーボアーを切り刻む。
すると、先ほどとは打って変わった綺麗な切断面と共にブロック状の肉塊が生成された。
「才能。無い、剣の」
「うっせ……って言いてえけど、言い返せねぇ」
クルムンフェコニの容赦のない呟きに、言い返そうとするも自分でもわかるほどに剣を扱うことの出来なかった事実から、閉口し押し黙ってしまう。
「それにしても……」
鎌瀬山は自分が生き物を殺したことに対する気悲観を余り感じていないことに気付いた。
少なからず後味の悪さは感じているが、ただそれだけのことであった。
その原因は当然、勇者の
いくら強力な能力や頑強な肉体を持っていったとしてもそれを行使する人間の精神が弱くては話にならない。
その為、勇者としてこの世界に召喚されたとき、肉体的のみならず、精神的にも多少な痛みや死に恐れないように強靭なモノに変化していた。
「ん?どう、したの?」
「いやなんでもねえ……これで依頼の10匹はいったか?」
「です。ちょうど10匹」
クルムンフェコニは肩から下げている小さなポーチから9つの赤黒い石……魔獣の核を覗かせながら呟いた。
そして、クルムンフェコニはブロック状になったベアーボアーの核を取り出してそのポーチに入れる。
魔核とは魔素の塊である。
魔素はこの世界に存在するあらゆる生命の源であり、魔術、魔法の行使においても重要なものである。
魔素の量は強さの指数であり、多いほどその動力源である魔核は純度をまし、硬質なモノになっていく。
例外として、唯一人族のみが魔素が体内に存在しているにも関わらず、魔核が無いといった珍しい生物であった。
人族は魔獣などから取り除いた魔核をエネルギーとして都市のインフラや電気の代わりとして使っており、現在では生活に欠かせないものとなっていた。
核を取り除かれたブロック状のベアーボアーは鎌瀬山の『物質≪ムーブ≫転移≪メント≫』によってその場から消え別の場所へと転送される。
「さて……そろそろ飯にするか」
―――――――――――――――――――――――――――――
ヌビアの森林のちょうど中心にある大きな湖の傍で。
鎌瀬山達は先ほど飼ったベアーボアーが焼きあがっていく様を見ながら休んでいた。
ベアーボア―は鎌瀬山の世界でいうところの、熊と猪が合体したような魔獣であった。
猪の大きさに、熊のような丸みを帯びたフォルムを併せ持ち突進を持ち味とする。
攻撃に関してもただ突進するだけなので、初心者冒険者の最初の狩りの定番として認知されている。
冒険者として本当の意味で活動するには、まずはこの魔獣の核を10個狩り、それで他のクエストを受けることを認められる。
誰でもなれる冒険者ではあるが、それは最低限の力を持つ者の話。
故に、いくら実力があろうとも鎌瀬山もその登竜門に挑まらなければならず、こうしてぷちぷちとベアーボアーを飼っていた。
だが。
ベアーボアーの出現率が思ったよりも少なく、すぐに終わるだろうと思っていた鎌瀬山の考えに反して10匹を見つける頃には既に正午を回っていた。
ヌビアの森林に生息する魔獣は比較的弱い部類しかいない。
ヌビアの森の奥、[カンガレルラの大森林]に行けば中堅以上の魔獣も生息しているのだがそこには目当てのベアーボアーは生息しない。
鎌瀬山達は泣く泣くヌビアの森林で出現率の低いベアーボアーを狩るしかなかった。
そして討伐が完了したあと、クルムンフェコニが言うにはベアーボアーの肉は食べられるとのことで、狩ったそれらを焼きあがるのを対面に座って待つことに。
「そういえばクル子」
「なに?」
「クル子ってどうして奴隷になったんだ?」
「…………」
「聞いちゃまずかったか?」
手持無沙汰になった鎌瀬山がふと、疑問を呟いた。
その疑問に対して、クルムンフェコニの表情は焼かれていく肉を見つめたまま変わらず何も喋らない。
デリカシーがなかったな、と鎌瀬山自身もとっさの疑問が口に出てしまったことに反省し、他の話題を探そうと思考を巡らした時。
「一年、前」
ぽつり、とクルムンフェコニはそのたどたどしい口調で呟き始めた。
クルムンフェコニが奴隷落ちしたのは一年前。
獣人と小人族の間に生まれたクルムンフェコニは帝国内の小さな貧しい村にいた。
そこは魔国領から抜け出した魔族と人が共存している僅かに帝国領土に存在している隠れ里の一つであった。
そこは訳あって魔国領を追い出された魔族、それと魔族に対して友好的な人族で構成された小さな村であった。
しかし。
魔族と共存した村というのは、帝国にとっては放っておくことは出来ない不穏分子であることには違いなく、襲うには良い大義名分になるのは言うまでもなかった。
そして崩壊の時がクルムンフェコニがちょうど18歳になった日にきた。
突如襲い掛かって来た冒険者達は村を蹂躙し、残虐の限りを尽くした。
まず、老若男女問わず、魔族に荷担した人間は見せしめの為皆殺しにされた。
村の魔族も必死に抵抗するも、高位冒険者達には手も足も出来ず、次々に捕らえられ選別されていった。
いらないものといるものに。
そんな中、クルムンフェコニは両親と共に森を駆けていた。
必死に必死に必死に。
しかし、自分達よりも圧倒的に強い高位冒険者から逃げられるはずがなく、クルムンフェコニは容易に捕らえられてしまう。
そこで抵抗したのがクルムンフェコニの両親であった。
娘を庇うように立ち塞がった父だが、冒険者は容赦なく細い剣先で父に心臓を貫いた、それを見た母は怒り狂い冒険者に飛び掛かるも呆気なく、胴体と頭を分断され絶命した。
そしてその一部始終をみていたクルムンフェコニは一語も言葉を発することを出来ずに只、呆然としていた。
思考は停止し、身体は震え、今起きた現実を理解することを拒んだ。
茫然自失したクルムンフェコニはそのまま冒険者達に捕まり、他に捕まった魔族の仲間たちと同じように帝国領土内の各地の奴隷商へと売り飛ばされた。
そうして、クルムンフェコニは帝都アルルカントの奴隷商へと行きつき、太郎に奴隷商から拾われた。
「予想はしてたが、実際に聞いてみると予想以上に、くそったれだな」
元の世界では考えられないような悲惨な事実を前に、鎌瀬山は怒気の孕んだ声で言葉を吐きつける
「仕方、ない。弱いとダメ、だから。ここ」
「だとしてもよ。普通に暮らしてたら襲撃されていきなり奴隷なんて意味わかんねぇだろ。悪いことしたわけでもねぇのに」
「嫌われる、から。魔族は」
クルムンフェコニの身の上の不条理に納得がいかないのか、拳を握りしめながら鎌瀬山は呟き、ふと、気付く。
「おい。冒険者がクル子の村を襲ったんだよな」
「……そう」
「もしかして冒険者ってのは、んなことしても許される存在ってのか?」
「ダメ。普通の、人は」
けど、とクルムンフェコニは言葉を繋げる。
「黙認。ランク高いと」
それに、と繋げる。
その声は悲痛に、どうしようもないものだったと、そう物語る。
「依頼。国からの。だから、私達はだめだった」
冒険者だとしても、罪のない村をその力で蹂躙すれば高ランクといえど国に罰せられることは言うまでもない。流石に、冒険者は法も秩序もない集団ではない。
けれど、クルムンフェコニの村を襲った冒険者達は今も何の罰を受けることも無く普通に活動を続けている。
それはつまり、クルムンフェコニの村は国からの依頼により冒険者達に潰されたということだったのだ。
強き者が弱気者を食い物にする。
それは何処の世界でも同じことだ。鎌瀬山だって理解しているし、自分もその枠組みの中で生きてきたと自覚している。
しかし、だからといって一方的にやられた側が、親を仲間も殺された少女が、仕方ない、なんて言うのを聞いて納得がいくものだろうか。
否、鎌瀬山は許せなかった。
「クル子。その冒険者の名前はわかるか?」
クルムンフェコニの村を崩壊させ、彼女を奴隷落ちさせた冒険者集団のトップの名は。
「Sランク、冒険者。『黒砕』の。ホールアルン・ミダ。昨日、ずっと釜鳴を見てた。三人の……リーダー」
クルムンフェコニは絞り出すように、その冒険者の名を告げた。
そこで彼らが鎌瀬山達に視線を向けていた意味が分かる。
クルムフェコニの存在に気づいたからだ。
「そうか……あの気味悪いヤツラのリーダーか」
「釜鳴……?」
鎌瀬山はゆっくりと立ち上がる。
その目には、かつて九図ヶ原に向けたものと同等のものを写していた。
が。
途端。鎌瀬山はため息を吐いて再び腰かける。
一度、クルムンフェコニのことに対してそのSランク冒険者に怒りを覚えたところであったが、問題の根底はそいつらではなかった事は理解していた。
そうそれは国からの冒険者に対する依頼なのなら、その依頼をした根本を断たなければ意味がない。
革命か……九図ヶ原以外あまり興味が無かったが、興味が湧いたな。
まあ、これもあいつの手のひらで踊らされている気がしてならねえが。
いきなり立ち上がったと思ったら再び座った鎌瀬山に疑問符を浮かべるクルムンフェコニだが、ベアーボアーがこんがりと焼きあがったいい匂いがクルムンフェコニの鼻を掠め、その肉に手を伸ばして齧り付いた。
昼食も終わり、クルムンフェコニが満足そうにお腹を擦っているのを見て鎌瀬山も満足そうに頷き、冒険者ギルドに行くために帝都への帰り道を歩いている最中だった。
「そろそろ帰るか……ん?」
ざわざわと木々が騒めき、地面が揺れているのに気づく。
続いて聞こえるのは恐らく自分以外の冒険者であろう者達の絶叫。
「来る。何か」
クルムンフェコニもひどく怯えたよう様子で鎌瀬山の服を掴みながら後ろへと隠れしがみつく。
やがて、大地の揺れも収まり、冒険者たちの絶叫は止んだ。
静寂に包まれた森の中で、風邪で木の葉が揺れる音だけが響き渡り。
刹那。
「ゴアァァァァ!!」
鎌瀬山達の横合いから金色の剛毛に覆われた5メートル程の熊のような巨体が姿を現した。
その毛は血で塗れ、その牙の見える大きな口からは人の手のようなものが挟まっているのが見える。
それは恐らく先ほどまで絶叫していた冒険者のものだろう。
いくつかの絶叫が鳴り響いていたが、その全てが目の前の熊のような魔獣に殺されたのか、それとも一人でも生き延びたのか、それは鎌瀬山にはわからない。
「ゴアァァァァ!!」
その熊のような魔獣は再び狂ったように咆哮を上げ、目の前の鎌瀬山とクルムンフェコニを視界に捉えると、その鋭利な爪を突き立て振り下ろす。
金属音が鳴り響く。
鎌瀬山はその爪を顕現させた『聖鎌ジャポニカ』で受け止め、弾き返した。
身体をよろめかせた魔獣を視界に捉えながら、鎌瀬山は『ジャポニカ』を虚空に振るう。
爪を弾き返されその身体をよろめかせた魔獣は、数舜後には、虚空から現れた巨大な鎌の刃によって真っ二つに切断された。
聖鎌『ジャポニカ』の能力の一つである自身の形状の変化。
「すごい、釜鳴」
「明らかにランク高そうなんだが……何だったんだ、こいつ」
真っ二つに裂かれ、臓物をまき散らした魔獣の巨体を見下ろしながら鎌瀬山は呟いた。
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「やけに騒がしいな」
冒険者ギルドへと戻った鎌瀬山達だったが、思ったよりもギルド内が騒がしいことにきづく。
受付内では受付嬢が走り回り、依頼書が張ってある掲示板には緊急クエストの依頼が貼られていた。
『ヌビアの森林に現れた金剛熊の討伐』
Aランク以上限定依頼と銘打たれたそれを見ようと、多くの冒険者が掲示板の前に集まっていた。
「あ、カナリさんご無事で良かったです」
受付も普段の対応が出来なそうな程慌ただしくしているのを見て、どうしたものか、と考えていた鎌瀬山の背後からふと、声が掛けられる。
「あぁ、フラメアさんか。どうしたんだ?こんな騒ぎになってるけどよ」
「今朝カナリさんが依頼を受け出向いたヌビアの森林で問題がおきまして」
「問題?」
「本来カンガレルラ大森林にしかいない筈の金剛熊がヌビアの森林に現れ、Dランクの冒険者パーティーが一人を残して壊滅したんです」
「そいつは……」
「ですので、今朝ヌビアの森へ出向いた冒険者の安否確認と上位冒険者による討伐の斡旋を行っているんです」
「そうか。それにしてはアンタは落ち着いてるな」
「感情の起伏が乏しいとよく言われますので」
淡々と告げるフラメアから鎌瀬山は視線反らし、掲示板を視界に捉えた。
「金剛熊の討伐だっけか。俺もあれ受けられるのか?」
「何を言っているんですか。カナリさんのランクでは金剛熊の討伐は無理ですよ」
「……なら仕方ねぇか。ところで依頼達成したんだけどよ。今査定は出来るか?」
「はい。できますよ。今私がやりましょうか?」
「お、助かる。おい、クル子」
「ん」
鎌瀬山に呼ばれたクルムンフェコニは一言頷くと、鎌瀬山の背後から出てきて肩に下げていたポーチをフラメアに渡す。
「確かに受け取りました……カナリさんの依頼のベアーボアーにしては重いですね」
フラメアがクルムンフェコニから受け取ったポーチはベアーボアーの核が10個入っているにしては重く膨れていた。
そもそも魔獣の核とは魔獣の心臓部分の中心に位置するもので、ベアーボアーのような大きさの魔物だと核は精々ビー玉程度である。
明らかに、それよりも多くのものが入っているであろうそのポーチに疑問を持ったフラメアはそのポーチの中を覗いて、そして絶句する。
ポーチの中にはビー玉玉程度の大きさの核が10個と、ソフトボール程の大きさの核が一つ入っていた。
そして、現在ヌビアの森でこの大きさの核を得ることが出来る魔獣と言えば……。
「あの、カナリさんはベアーボアー以外に何か討伐しましたよね?」
「あぁ。いきなり目の前に出てきて攻撃されたからな。まずかった?」
「いえ。依頼以外の魔獣以外の討伐は禁止されてはいませんが……。何を討伐しました?」
「名前がわかんねぇんだよな、あれ。なんか金色で雄たけび上げて爪と牙が鋭いやつだったぜ」
「それ、金剛熊じゃないですか!!」
普段は冷静沈着なフラメアであったが鎌瀬山の言葉につい叫んでしまった。
「え、まじか」
静まり返ったギルドで気の抜けた鎌瀬山の声が響いた。
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