第32話冒険者ギルド

「次、どこ?」


「あー、冒険者ギルドってところだ」


食事を終え、目的だったクルムンフェコニの身の回りのものを購入して時刻は既に夕刻。


鎌瀬山の次なる行き先を聞いたクルムンフェコニだったが、予想外の返答が帰ってきて小首を傾げる。


鎌瀬山は勇者だ。

なぜ、勇者が冒険者ギルドに行くのか、と。


そもそも冒険者ギルドとは魔物討伐を主とした何でも屋だ。

その中には国所属の騎士になれなかった落ちこぼれや実力を持っていながら問題を抱え騎士になれなかった者、単純に騎士に興味はない実力者など。

誰でも所属することが出来る、実力があればいい腕っぷしだけが頼りの組織だ。


「待機してるだけじゃ腕が鈍っちまうからな。魔獣ってのもまだ見たことは無いし、それ倒したら金貰えるってのはお得だと思ってな」


「釜鳴、お金いっぱいある」


「あれは所詮あくまで貰った金だ。使うんなら自分で稼いだ金を使いたいんだよな」


「……よく、わからない。お金はお金」


「俺のこだわりみたいなもんだからクル子は気にする必要はねぇよ」


曲がり角を抜け、交差した巨大な剣が看板が代わりとなっている建物が見えてくると鎌瀬山の歩調は早まり、その後ろをクルムンフェコニはとてとてとついて行く。


ドアを開け放つと、その空間は酒場と一体になっているのかテーブルがいくつも置かれ装備を身に着けた年齢性別が様々な冒険者達が酒盛りをしたり、掲示板を見たり、作戦を立てたり、と賑わっている。


開け放った瞬間、いくつかの視線が鎌瀬山とクルムンフェコニに向けられるがそれはすぐに霧散する。


だが。


「なんだ?あいつ等」


ある男3人の冒険者グループだけが他の冒険者たちが目を離してもジッと観察するように見続け鎌瀬山がそれに対して視線を向けるとサッと逸らす。

鎌瀬山としてもその三人には奇妙なものを感じ取ったが、関わってもいいことはなさそうだ、と考えるとすぐに視線を外して目的のカウンターの方へと向かう。


あくまでも顔が誰にも見えることの無いよう、フードを深く被る。勇者として既に民衆に知られている手前、下手に正体を晒せば騒ぎになることは間違いなかったからだ。


「冒険者登録ってのはここでいいのか?」


受付嬢と思わしき女性たちがいる窓口へと歩を進めた鎌瀬山は開口一番で言い放つ。


「はい、こちらで承っております」


「そっか。じゃ、頼むわ」


「かしこまりました」


受付け嬢の女性は深くフードを深く被り顔を隠し、奴隷を連れていることから、訳有りの人なんだろうなと察しつつもあくまで表面上は事務的に手続きを進めていく。


「お名前をお伺いしても?」


「名前か……かま、じゃないや。カナリで頼む」


「カナリ様でございますね、承知いたしました」


釜鳴からまを抜いてカナリ。

安直すぎる偽名ではあるが、まさか今受付をしているのが王国勇者とは思いもしない受付嬢は特に気にすることなく手続きを進めていく。


「冒険者ギルドの説明は……」


「いらないな。要は、魔獣を狩って指定された部位を持ってくれば換金してくれるんだろ?」


「はい、その通りです。他にも依頼を受け達成することで報奨金を受け取ることも可能です。ランクなどのことについては……」


「それもいらないな。ランクには興味ねぇし、大体は感覚でわかる」


「そうですか……では、これにて登録は終了です。何か疑問点などありましたら私、フラメアが貴方の担当ですので何でもお聞きください」


「あぁ、よろしく頼む」


渡された冒険者ギルドの会員証を見ながら鎌瀬山の表情は一種の高揚感を示していた。


「嬉し、そう」


「まぁな。冒険者ってのは一種の憧れみたいなもんだしな」


「??? なんで?」


普通に考えたら勇者が冒険者に憧れるのではなく、冒険者が勇者や騎士に憧れるものだ。

だから鎌瀬山の言葉の真意が全く理解することが出来ずにクルムンフェコニは首を傾げてしまう。


「んーあー、そうだな」


そのクルムンフェコニの質問にどう答えればいいのか鎌瀬山が説明しようとするが、高らかな声に遮られる。


「冒険者が憧れってかァ!!こりゃまた夢見がちな奴が入って来たなァおい!!どこの坊ちゃんだ?」


酒盛りをしていたテーブルの一つ。

筋肉で盛り上がった巨体を鎌瀬山の方に向け、いくつもの傷が刻まれた顔を面白おかしそうに崩し、笑っている男が1人。


「まじであんなのがいるんだな……」


冒険者ギルド内の視線が鎌瀬山とその巨漢に注目する中で、鎌瀬山は記憶にある知識の既視感に襲われてげんなりと呟いた。

冒険者ギルドに主人公が登録に行った際は必ず厄介なのに絡まれる。

そのいわゆる伝統のような流れの渦中に立たされて、鎌瀬山はため息を吐く。


「おいおい、無視か?坊ちゃんよぉ?えぇ!?」


鎌瀬山が何も言い返せないのを自分に怯えているのか、と好意的に捉えたのか巨漢の男はずいずいと鎌瀬山に寄って行き見下ろす。

その視線は鎌瀬山の後ろに隠れるようにしがみつくクルムンフェコニと鎌瀬山を交互に見下し馬鹿にしたようににやけていた。


「毎度毎度新人に絡むのは止めてくださいグランドさん。また監査に響いてAランクに上がれませんよ」


「フラメアちゃんよぉ。俺は忠告してやってんだぜ?どこの坊ちゃんか知らねぇが、冒険者を舐め腐ってやがるからよぉ」


SS,S,A,B,C,D,E。

SSに行くほどに強く、Eに行くほどに弱いそのランクで、現在Bランクのグランドは実力はAランク相当ではあるがよく新人に難癖をつけては絡み嫌がらせをする素行の悪さからAランクへの昇格が何度も見送りになっていた。


「今日はもう遅ぇし帰らせてもらうわ」


鎌瀬山は眼前に迫ったグランドを一瞥し、ため息を吐いてフラメアへと視線を向けて呟く。

そのままグランドを無視するように、横を素通りして出口を目指す。


新人に無視され、周りから失笑を受けたグランドはその顔が羞恥にみるみる染まっていき。


「おい!!てめぇ!!俺を無視してんじゃ……!!」


鎌瀬山の後を追うようにとてとてと歩き出したクルムンフェコニのその長い髪を掴もうとグランドは憤怒に満ちた表情でその手を伸ばした。


しかし。


「クル子に触れんな」


面倒そうに振り払った手がグランドの胴に当たる。



瞬間、グランドの身体は宙に浮き横なぎに吹き飛ばされ数々のテーブルをなぎ倒しながら壁に激突するまで転げまわった。


「やべ、やり過ぎた」


鎌瀬山がただその手を払っただけで、グランドは吹き飛ばされ、予想もしていなかったその一部始終を見ていた冒険者たちはその目を見開き今起きた惨状に唖然としていた。


「お、おい。グランドが」

「あいつは素行は悪いが実力は本物だぞ!?」

「それをただ払っただけであんな!?」

「新人にBランクがやられたのか!?」


次第にざわざわと、その惨状に対しての喧騒が冒険者ギルド内を埋め尽くす。


当然、視線は当然鎌瀬山へと集まる。


「っち。目立ちたくなかったんだけどな」


数多の視線を感じ取った鎌瀬山は舌打ちをし、顔を隠すようにまた、深くフードを被る。


「クル子、行くぞ」


「うん。……カナリ、ありがと」


探るような視線を痛い程浴びながら、鎌瀬山とクルムンフェコニはその場を後にした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る