第30話邂逅
「なんの用だよ、太郎」
「君は相変わらず……ニートしていたみたいだね」
「……よそで勝手に動き回るわけにはいかねえだろ」
当初の予定通り鎌瀬山に会いに来たわけだけど、彼は案の定引きこもりのように用意された自室に居た。
九図ヶ原にコテンパンにされた癖に随分と余裕だな、的な視線を向けると舌打ちをして目を逸らしてしまう。
僕が鎌瀬山を完膚なきまでに叩き潰してから彼の僕に対する態度はかなり険悪なものだったけど日が経つにつれてそれは少しづつ緩和されて行っている。
それこそ叩き潰した翌日は目すら合わしてくれなかったし。
まぁ、彼は良い意味でも悪い意味でも馬鹿そのものだ。
僕に対するコンプレックスが完全に消えたわけではないし、彼は僕のことが嫌いだ。
ただ、もう召喚当初とは前提が違う。
今彼の目の前にいるのは力を与えられなかった役立たずの存在、ではなく、自分を超える力の持ち主だ。
力を得ていないにも関わらず、元の世界のような接し方、曰く見下し方をして来た僕に対して彼はコンプレックスを拗らせて激高してきたのだから、今僕が力を得ていると知っている彼は僕に対しては召喚当初程の嫌悪感は抱いていないだろう……まぁ、些細な違いだろうけどね。
「で、用はなんだよ。お前が俺に話すことなんざ碌なことじゃないのはわかるけどよ」
「その認識はちょっと傷つくなぁ」
「いきなり革命しようとか言い出す奴が何言ってんだか」
「君も曲りなりには承諾しただろ?」
「っち、俺は九図ヶ原の野郎にカリを返してぇだけだ。あの野郎だけはぶっとばす」
舌打ちをして、拳を握りしめ、瞳に闘争心を宿らせる鎌瀬山。
鎌瀬山はその事しか頭にない。鎌瀬山にとっては革命など心底どうでもよく、その場を提供してくれるからこそ一応は革命側についているだけ。
僕が強制的に協力させることもできるけど、そうした場合彼は恐らくサボるだろう。
九図ヶ原を潰した後は姿を消してやり過ごす筈だ。鎌瀬山はそう言う奴だ。
鎌瀬山は目立ちたがり屋ではあるが主役になりたいとは思っていない。
元の世界でも英雄王の腰巾着と影で呼ばれていたことだしね(本人は知らない)。
「とりあえずね鎌瀬山。今日の用事はほんとに大したことないんだよ。強いて言うならね、君にあげたいもの……というか受け取ってほしいものがあるんだ」
「……それが碌でもないってんだよ。お前から受け取るもんがまともなわけねぇだろ」
「まぁまぁ、このまえぼっこぼこにしちゃったお詫びとでも思ってくれればね」
「っち。お前は人を逆なでさせたいのか?あ?絶対そうだろ。なぁ、そうなんだろ?」
バンッ、と手近にあったテーブルを叩いて音を響かせながら僕に詰め寄ってイラついたように言葉を紡ぐ。
元の世界での僕と鎌瀬山のいつもの絡み合いのように。
「……随分と僕に対しての態度も柔らかくなったもんだね」
「はッ。いつまでも引きずってんのは俺にはしょうに合わねえしな。元々アレは何の力も持っていなかったと思っていたお前を馬鹿にした俺にも非があるしよ。ま、お前にも大分非はあるけどな」
「ははは、僕は全く悪くないよアレ」
「てめぇ!!」
ガッ、と僕の胸倉を掴む鎌瀬山。
「てめぇにもカリがあるってこと忘れんなよ。いつかてめぇもぶっ飛ばしてやるからな太郎」
「いつでも待ってるよ。またへし折ってあげるからさ」
鎌瀬山の言葉に僕は愛想笑いで応える。
鎌瀬山が僕に勝つなんてどれ程の時間をかけても無理だろうけど、そんな無謀な希望を抱いて無理難題を宣言する滑稽な鎌瀬山は見てて愚かでしかないと思うそんな一方、彼が僕の予想以上のことをしでかさないか期待もしてしまっている。
不思議だ。
「で、渡したいもんってなんだよ。碌でもねぇもんってのはわかるが現物見せてくんねえと受け取るも何もねえぞ」
僕の胸倉を掴んでいた手を放して再びベットへと鎌瀬山は腰かける。
同時に。
ギィ、とドアがひとりでに人一人分は出入りできるほど開き、程なくして閉まる。
「あ?なんだいまの」
扉が開いたにも関わらず誰も入ってこず、力を加えてもいないのに勝手に閉まる。
違和感のある扉の勝手な開閉を目の当たりにした鎌瀬山は当然のことながら疑問符を頭に浮かべて呟く。
恐らくはクルルカとクルムンフェコニがあの姿を消す神遺物を使ってやっとこの部屋に到着したのだろう。
「クルルカ姿を現していいよ」
「了解っす旦那!!」
クルルカの声が響き、途端、神遺物の効果は薄れ何も居なかったそこには一糸身に纏わないクルルカとクルムンフェコニが姿を現した。
クルルカはしっぽを体に巻き付けて、クルムンフェコニは顔を紅潮させながら恥ずかしそうに手で恥部を隠していた。
……普通帝都を裸で歩き回ったらクルムンフェコニの反応が当たり前の筈だよね。まあ、一応クルルカも僕が言った通りに尻尾で大事な部分隠してるから良いけどさ。
「な、ななな、おい太郎、おま、お前!!なんだよこの子達は!!」
いきなり現れた、美少女の部類に入るであろう全裸の二人の少女を目の当たりにして鎌瀬山は酷く狼狽える。
鎌瀬山が元の世界で女の子と縁が無かったのは十分に知り尽くしている。告白して玉砕しているところを英雄王と幼女に慰められているのを何回か見てるしね。
……鎌瀬山の二人を見る、視線がどうもいやらしさを感じるけど、健全な男子高校生なら仕方ないことなのだろう。きっと。
「今日ね、奴隷商で奴隷を買ったんだ」
「奴隷……だと?」
鎌瀬山が食いつくように僕の言葉に耳を傾けて言葉を紡ぐ。
彼も勇者である前に元はごく普通の男子高校生だ。
こういった世界立場での奴隷というワードに対して少なからずの認識もあるだろう、一度は想像した筈だ。
「うん。この角生えてるマヌケそうなやつががクルルカっていう魔族。こっちの小さい方がクルムンフェコニっていう亜人なんだけどさ」
「なんと!マヌケそうな奴ってひどいっすよ!!」
クルルカがムッとしたように反論する。
君が会話に入るとややこしくなるから黙っていてくれ。
クルルカをガン無視して鎌瀬山に言葉を繋げる。
「僕はこのクルルカだけ買うつもりだったんだけどね。ところが、クルムンフェコニも成り行き上買わされちゃってさ。二人も奴隷はいらないから困ってるんだよね。このままじゃ彼女をまた奴隷商に売り払わなくちゃならなくなるんだけど」
「……」
鎌瀬山は言葉を黙って聞いている。
彼はこの言葉の次を待っている。
「君にクルムンフェコニの面倒を見て欲しい。俗に言うご主人様になってほしいんだけど、どうかな?」
「……ちっ」
僕の言葉に鎌瀬山は舌打ちしてため息をつく。
仕方ない、と。
これは仕方ないことなんだと、自分に信じ込ませるように。
そのわくわくした瞳を細めながら。自分は全くそのことに関して嫌だが仕方なく、その通りに動いてやると。
ある種の自分への言い訳を取り繕うように。
「しょうがねぇなぁ。まったくしょうがねぇ。あぁ、仕方ないけどよ。太郎の頼みをきいてやろうじゃねぇか」
「君が了承してくれてよかったよ」
あくまで嫌そうに頷きながら愚痴を立てながらも、ちらちらとクルムンフェコニを見ながら若干の笑みを零す鎌瀬山。
異世界での奴隷、というある種の健全な男子高生の憧れ。
鎌瀬山にもこの世界に召喚されてその期待を少なからず抱いたはず……だが、同じく召喚された女性陣と奴隷の存在自体いい顔をしないであろう英雄王の手前上、王国で奴隷を買うことは断念していたはずだ。
しかし、僕から受け取った、自分が受け取らなければ再び奴隷商という劣悪な環境に落ちてしまうから仕方なく受け取た。
その大義名分があれば奴隷を所持していても非難されることない。
きっと鎌瀬山はこんな思考だろう。
その様は、一見平気なように思えるが若干の震えがクルムンフェコニの手に現れている。
「旦那ぁ、マヌケはひどいっすよ~。撤回を要求する~」
相変わらずクルルカは全裸でやかましいので角を引っ張ったら涙目で押し黙った。
鎌瀬山釜鳴という勇者。
勇者といえども。彼女は恐らく帝国勇者の非道な面々も耳にしているだろうし、王国勇者である僕に対しても一定の恐怖も先ほどで植え付けられた筈だ。
ならば。
同じ王国勇者である鎌瀬山は彼女にとって恐怖の対象に見えていても無理はない。
「あー、その、なんだ」
鎌瀬山が手をクルムンフェコニの下へと伸ばし、ビクッと全身が振るえる。
「い、痛いの、イヤ……」
「……?」
しかし、鎌瀬山の手はクルムンフェコニの頭部にポンっと乗せられ、彼女の顔には疑問符が浮かぶ。
「成り行き上だが安心しろよ。俺は酷いことなんてそこにいる太郎じゃねぇんだししねえよ」
「……痛い事、しない?」
「しねぇよ。つってもいきなりは信じられねぇとは思うが」
「……信、じる」
「あ?」
「優しい。貴方、心、優しい、そんな色」
「あーよくわかんねぇが、ま、これからよろしくなクルムンフェコニ。クルムンフェコニって呼ぶのも呼びづれえか……クルフェコ……いや違うな……ムンフェ、クルムフェニ…しっくりこねえな」
「単純にクル子とかでいいんじゃない?」
「あー、まあ、それでいっか。よろしくなクル子」
「よろ、しく。えっと、ご主人……様?」
「釜鳴でいい」
「ん、釜鳴」
人の心の色を見ることのできるクルムンフェコニの魔眼『
ほんとに、鎌瀬山は女の子に対してはひたすらに甘い。
しかし、鎌瀬山の心は優しい色か……。僕は真っ黒なんて言われたのになぁ。
「とりあえず服でも買いに行くか。ずっと裸ってわけにもいかねぇしな」
「服、ある。店に、だけど」
「いや、汚ねえだろそんなの」
「じゃあ、ない」
「だろ?だから明日買いにいくぞ」
「わたしの?」
「あ?当たり前だろ」
「………ん」
「あとなんだよそのガリガリな身体。奴隷商ってやっぱ碌なもん食わせてねぇ環境なんだな。何か食いたいもんあるか?俺も飯はまだだし帝国の豪華な料理にも飽きてきたしな。どっかで食ってくか」
「食べて、いいの?」
「あ?何言ってんだ?」
「奴隷、だから。残飯が普通」
「残飯用意する方がめんどくせぇよ。もしかして残飯がの方が良いのか?」
「ヤ」
「だろ?」
鎌瀬山とクルムンフェコニのやりとり。
話すたびにクルムンフェコニの表情が良くなっていく。
そして鎌瀬山とは思えない優しい態度。これ完全に親戚の小さい女の子に優しくするお兄ちゃん的な感情になっているな彼。
そしてそのやりとりを見て、非常に既視感を覚える。
他の人と違って奴隷だからって差別しないよ。
美味しいご飯食べさせてあげるよ。
綺麗な服買ってあげるよ。
そう、奴隷を差別しない俺スゲー系主人公そのものだ。
「いやー!!これが王国の勇者!!流石!!ねぇ旦那?これが勇者ってもんですよ~。鎌瀬山さんを見習って私にも優しく……って、ちょ!!だから角は駄目って言ってるじゃないですか!!痛、痛たたたたた!!取れる!とれちゃう~!!!!」
「じゃあ、黙っててくれる?」
「は、はい!了解であります!」
「鎌瀬山、もう後は任せていいかな?」
「あ?ん、まあ、大丈夫だ」
「そ、じゃあ、僕たちはもういくから。しっかりとその子の面倒は見るんだよ」
「は!てめぇに言われなくてもちゃんとするわ」
「ならいいんだけど。クルルカ、君は僕が言っといた事をちゃんとしといてくれ」
「え?あー、あれっすね!了解です」
若干クルルカの反応に不安を覚えたが、失敗したらしたでもう仕方ない事だと諦める事にし。
「じゃ、僕はこれで」
そう言って僕は手を後ろに降りながら部屋を後にした。
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