第29話ロリコン勇者
「さて」
奴隷商を後にした僕は当初のグルナエラ連邦貴族の恰好に『無貌の現身』で偽装し、行きとは違うスラムの通りを歩いていく。
奴隷商の扉には鍵を掛けて閉めておいた。
店主が存在しない奴隷商を稼働させているわけにはいかないからね。
因みに合鍵はクルルカに渡しておいた。
というのもクルルカにはあそこにいた魔族を使って勇者を釣りだして貰わないとならない。
クルルカには帝国の勇者が出てくるかどうなは半々と言ったがほぼ間違いなく彼らは出てくると考えられる。
理由としては単純で、帝国勇者の悪評の改善。それと革命勢力という不穏分子に対して帝国勇者の力を見せ付け武力的圧力をかけるという皇帝側の意向に合致しているからだ。
つまるところ、クルルカ達魔族は彼らからしたら格好の獲物だと言うことだ。
スラムの通りを抜け、薄暗い路地裏から抜け出た。
瞬間。
「おい。君、グルナエラ連邦の貴族だろ? 護衛もつけずそんなところから出てきて何してたの?」
首筋に突き立てられるのは左右双方から交差するように突き付けられた二本の細い槍。
視線を交互に動かして、僕に対して槍を向けている存在を視認する。
どちらも年端も行かない外見で、格好もなんというか奇抜だ。
僕等の世界の言葉でいうなら、そう、魔法少女という言葉が丁度当てはまる。
金と銀の髪の少女、それのどちらも推定7~8歳程の少女であるはずだが、子どもらしくない何処か虚ろの眼は僕を映さず、ただ虚空を見つめていた。
そんな二人の少女の間に立つ声の発生源に視線を向ける。
中肉中背、若干パーマの掛かった目を覆うほどの黒髪の間から僅かに黒目を覗かせた男。
それは、いかにも日本人といったような容姿体格で日本でみればごく平凡な普通な男に見えたであろう。しかし、その横に従える者達の生気を失った虚ろな瞳をみれば、この男が平凡な男なはずが、まともな人間のはずが無かった。
もう一度視線を少女達の方に向ける。
そこで僕は一人の人物とこの男を結び付ける。
曰く、街に住む小さな女の子を拐い強姦し、広場に打ち捨てた。
四人目の帝国勇者。
「どうしたの?何か言えよ?」
「失礼致しました。いえなに、そこ通りの店に少し用があったまでです」
僕は問いに対して答える。
嫌な気配は感じていたが、まさかこのタイミングで帝国勇者と遭遇するとはね。
本人だけならば、噂が本当かどうか疑っていたが、この様子だと気に入った少女が居れば強引に連れて帰り、果ては広場に打ち捨てられるか、永遠に帰ってこないってのも真実味が帯びてくるものだ。
しかし、この様子だと今から奴隷商に向かうつもりだったのかもしれない。
あっちで鉢合わせに成れば間違いなく面倒ごとになっていただろうし、事をすべて終えてからこうやって遭遇したのはまだ幸運といえるだろう。
「ふ~ん」
僕の答えに、呂利根は僕の全身を見ながら言葉を漏らす。
「で、何か買ったの?」
「いえ、どうやら今日は営業をしていなかったようで……。また日を改めて来ることにしました。それでは」
軽く会釈をして、突き付けられる二本の槍を払いよけながら彼の横を通り過ぎる。
彼がこのまま奴隷商へと行ったところで、奴隷商は空いておらず無理やり入られたとしてもミラノア達の死体は処理済みだからね。
最悪クルルカ以外は殺されても構わない。
クルルカは……勝手に隠れるだろうし問題はない。
この場で彼と関わるのも予定に差支えが出ることから彼の目の前から消えようとしたが。
「何勝手に帰ろうとしてんのさ」
咄嗟に首を横にずらす。
そのまま体を捻り、距離を取る。
耳を槍の穂先が掠めて、元々首があった場所には鋭利な刃を持つ槍が一振り。
明らかに当てるように、明らかに殺すように、その槍は僕が先ほどまでいた場所を貫いていた。
「これを避ける?ただの貴族が?」
驚きに満ちた声音で、呂利根は呟く。
振り向いた先には槍を突き付ける銀髪の少女。
「君、グルナエラ連邦の貴族だよね……それに式典に来ていたとしたら文官のはず……君は一体」
呂利根は一瞬思案気に顔を俯かせ、ふと、思いついたようにその顔を上げる。
「なんだ。芽愛斗か」
恐らく。
彼は『無貌の現身』で芽愛斗が偽装しているグルナエラ連邦の貴族だと、その思考に落ち着いたらしい。
確かに、只の文官が不意を付くような形で飛来した銀髪の少女の突きを避けられるはずがない。
しかも細い腕から放たれた突きの速度はとても少女とは思えなかった。
間違いなく、こいつの限外能力だろう。
しかし、芽愛斗に勘違いされたのは好都合だ。
銀髪の少女が槍を降ろす。
「解けよ『無貌の現身』。君が俺たちを嫌いなのは知ってるけどさ、無視して帰ろうとするのさは酷いよなぁ」
先ほどとは一転、にこり、と気色の悪い笑みを浮かべながら呟く呂利根。
なんだろうか、キモイという言葉が良く合うな。
と思った事を言葉に出しそうになったのを押し留めて、『無貌の現身』を解いて芽愛斗……あの筋肉ボンバーヘッドの方へと姿を偽装する。
ここで『理想郷』に引きづり込んで始末したい気持ちを抑える。
彼には一応役割というか、帝国を貶めるために必要存在であるしここで始末するのは避けたかった。
「よ……YO」
……あっちの芽愛斗の口調がわからない。
正確に言うと、こいつらと接している時の口調が分からないだが。
式典の時に話したりしたが、まさかあんなノリを他の帝国勇者ともやっているとは考えにくいし。
本体の方なら特徴的だからわかりやすいんだけど。
「おい。その姿は僕の前では止めろって言ったろ。暑苦しいなぁ」
不愉快そうに、この姿を見て呂利根は呟く。
その呟きと同時に、再び『無貌の現身』を使用して芽愛斗の本体へと変身する。
若干大きめの服を着て、長い毛糸のマフラーでぐるぐる口元までを覆っている。
140㎝程の身長。長い金色の髪は頭の後ろに人房にまとめられた赤い瞳の少女へと姿を変える。
「これで……いいのですか?」
ですですなのです。
僕の質問と行動に呂利根は満足したかのようにうんうんと頷き、僕の身体を気持ち悪い視線でジロジロと見る。
うーん、下心が見え見えの視線は不愉快なものだ。
「あぁ、やっぱり君はいいねぇ。もう少し身長が低く幼かったら俺のコレクション入り決定だったのに……あぁ、惜しいなぁ」
ねっとりと。
もう気持ち悪い、としか表現できないほどに顔を歪めてねっとりと視線を体の全身にはい巡らされる。
「ねぇ、若返りの薬とかさぁ。あったら君に一番に飲んでもらうからさぁ。あ、コレ命令ね。……でさぁ、君が奴隷商の下へと行くとか何企んでんの?」
嫌悪感を醸し出す視線から一転、若干鋭くなったその黒目が僕を覗き込む。
疑われている……というより、これは確信を持って聞かれている。
やはり芽愛兎の行動は帝国勇者内でも知られているようだ。
彼女ならどう答えるか。
「……」
彼女のことだ。
黙りこくるのが恐らく正解だろう。
呂利根の芽愛斗に対する態度から、彼女が帝国勇者内でどんな立場かは大体想像がつくし、この実力主義至上国家で力のない勇者がどんな扱いを受けるかなんて言うまでもない。
「はあ、だんまりかぁ」
呆れたように、蔑むように、僕を見下ろしながら呂利根はため息を吐く。
「ま、いいけどさ。君の容姿には興味はあるけど、君が何をしようかなんて事には興味ないしね」
どん、と僕の肩を突き飛ばして尻もちをつかせる。
尻もちの状態で呂利根を見上げる僕と、見下ろす呂利根。
視線が交差して。
「お、来たか」
「ターゲットを連れてキタヨ福寿お兄チャン♪」
「周りの邪魔な人、達はお願い通りみーん、な真っ二つにしタヨ!」
ガラガラと台車を引きながら、呂利根へと話しかける赤髪ツインテールの少女は他の少女たちと同じような服装をしており、さながら魔法少女の戦隊物にみえる。
当然今現れた少女も瞳に生気はなく、言葉の額縁通りでは呂利根を慕っている風に聞こえるが……その実、その声は所々で壊れ言っているというより言わされているといった方が正しい。
台車の上に眠らされているのは、10歳以下と見える複数の少女達。
恐らく、次の呂利根の獲物だろう。
「おお!おお!メリアはいい子だねぇ。お兄ちゃん嬉しいよぉ!」
「メリ、アもお兄チャンが喜ん、でくれて嬉シイイイイイイイィィィィ、イ」
メリアと呼ばれた赤髪の少女へと呂利根が抱き着き、途端、メリアは狂ったように叫びだし、そして電池切れを起こしたかのようにぴったりと止まった。
「ん?また不具合か。しょうがないなメアリは」
呂利根はメアリの首に触れる。
途端、メアリは糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏し、呂利根に抱きかかえられた。
「君はスペックレベル3なのにどうしてこんなに壊れやすいんだろうね。まったく俺を困らせる悪い子だなぁ」
優しく気持ち悪さがにじみ出た声音でメアリの耳元で言葉を紡ぎ、視線を僕の方へと向ける。
隙間から見えるメアリの瞳。
それに生気は無い。
遠目で見てわもかる。あれは、生きていない。
ほんの僅かだが、ミラノアの知識の中にあった勇者に関する情報。
呂利根福寿の限外能力。
人を人形へと変える力。
自我を奪い、心を奪い、命を奪い、その身を自らの願望を押し付ける禁忌。
『
「じゃあね芽愛斗。近いうちにまた」
メリアを台車の中へと運び、呂利根は背を向けて歩き出し、銀髪と金髪の少女が台車を引いて後を追う。
「呂利根福寿か。予想通りの人間だったね」
呂利根が過ぎ去るのを待って見えなくなった所で『無貌の現身』を解いて元の姿に戻った僕は呟く。
『
そして今、広場には阿鼻叫喚の図が広がっているそれ等は今ここに訪れている各国の貴族により全世界に広められるだろう。
帝国勇者がどれだけ浅ましく自らの欲に正直な人の皮を被った悪魔だということが。
それでも。
勇者信仰を捨てきれず、帝国勇者を切り捨てられないこの世界も中々に狂っている。
確かに、芽愛斗が言うようにこの国は革命で一度リセットした方がいいのかもしれない。
その芽愛斗の動向が帝国に筒抜けっていうのも問題あり過ぎだけどね。
彼女、どこまでポンコツなんだか。
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