第28話クルムンフェコニ
「旦那、おまたせしましたー!」
そこに立っていたのは一人の少女である。
少女は満面の笑みで僕にきっちりと敬礼している。それだけ聞くと微笑ましく聞こえるのだろう。
だがしかし、もし別の視点からこの出来事を見ていたらそれは変態プレイをさせているかあるいはふざけているようにしか見えなかっただろう。
それもそのはずでクルルカ·ナーシェリアは全裸であった。
「ねえ、何で裸なの?」
こんな状況、日本にいたら真っ先にお縄行きな事案であるが、帝国ではそんな法はないので僕が捕まることはない。
しかしどうして裸なんだという疑問には流石に僕も突っ込まずにはいられず、クルルカに問い掛けてしまう。
それに対して健康的な小麦色の肌を堂々とさらけ出しながら、堂々と彼女は答える。
「それは勿論、この透蜃族が誇る神遺物を使って来たからですよ!」
少女が指差すのは、彼女の種族の秘宝と言われていてブレスレットであった。そして僕は自分が勘違いしていた事に気づいた。
「あー、って、え? あれそれって服とかは消せないやつだったの?」
「そうですよ」
じゃあ、以前戦って時は理想郷で透視していた訳ではなく純粋に全裸だったって事なのか。
秘宝とやらは割かし融通が効かないようだけどそれにしても、
「……君には羞恥心ってものはないのかい?」
堂々たる佇まいでいるのは結構だけど、もう少し、そうだな。隠す仕草があった方がいいだろう。まあ、子どもの見た目だからセーフな気がしなくもないけど。……いや、アウトだよね。
「そりゃあ、ありますけどここに来るにはそうするしかなかったんですよ。それに旦那も前回全裸だったじゃないですかー。っていうか服をいきなり脱ぎだしたじゃないですかー。人の事を言えないですよー」
「この前のはやむを得ない事情があったんだよ。後、僕が言っているのはもう少し手で隠したりしないのかって事だよ」
「旦那の前でそれやるのは今更な気がして。そこまで気にするほどのことでもないですし
旦那と呼ばれながらそんな事を言われてしまうと、一瞬僕たち二人が夫婦のような関係に見えてしまうがそんなことは全くない。
寧ろ真逆だ。そう。
「……まあ、確かに。この前、全裸で殺りあってた訳だけどさ」
「殺りあうって言っても、私が一方的にいたぶられてただけですけどね……」
クルルカは抗議するかのように目を細めて僕を見つめてくる。
翼取ったり鱗を剥いだだけだと言いたくなったが、字面に起こすと中学生くらいにしか見えない少女にやるような事では無かったことに気づく。まあ、あの場面ではしなければならない状況であったのだから特に謝るつもりもないし謝る必要もない。
クルルカはそんな僕の思考を読んだのか睨むのも止め、ため息をつきつつも紅く光る尻尾を自分の身体に一回転ぐるりと巻き、肌を隠す。
「これでいいですか?」
「いいか悪いかで聞かれれば悪いけどまあ、それでいいよ」
「で、何事な感じですか?」
「まあ、この場所見れば分かるでしょ?奴隷商を乗っ取った」
「えぇー、うちの旦那見た目から想像つかないくらい過激ー。いや、会った当初から非人道的で変態な人でし」
「尻尾引っこ抜くよ?」
「たなんて私は全く思っておりませんでした!私め、偉大で寛大なる旦那様に誠心誠意付き従わせて戴く所存であります」
手のひらを返すようにその場でかしづき、少し怪しい敬語を使いながらも僕を褒め称えるクルルカ。
それを冷ややかな目で見つつ、頭を悩ます。
この調子の良い少女にはどうにも会話のテンポが崩されてやりにくいな。
まあ、自分の境遇や立場を理解している上でこんな感じなのだから案外大物なのかもしれないけど、大物だろうがなんだろうと僕が疲れる事にはかわりないから困ったものだ。
「はあ、前も思ったが君と話してると疲れるよ」
「私にはもったいなきお言葉です」
無言でかしづいているクルルカの捻れた角を掴み、引っ張る。
「え、痛い痛い痛い痛い、ちょ、ま、角は止めて、角は駄目なのぉー! 折れちゃうから!折れちゃう私の立派な角がぁ」
「大丈夫だよ。こんな立派な角なんだから折れないって」
「いやミシミシなってるんですけど!ヤバイ音聞こえるんですけどぉ!」
「大丈夫大丈夫。折らないように引っこ抜いてあげるから」
「いたたたたッ!それも無理ですって!この角、頭に繋がってるんですよ!抜いたらなんかエグいモン溢れでますよ!大惨事ですよっ!」
「なんだ、それは楽しみじゃないか♪」
「何で嬉しそうになるのっ!?今の聞いて喜ぶ要素あったんですかっ!?ぎゃぁぁっ、捻るの止めて!捻るの弱いのっ!」
「じゃあ何か言うことはある?」
「この腐れ外道うんこ野郎がぁっ!」
「そっか」
引っ張った。
それはもう抜ける寸前に引っ張った。
「あ、嘘です。許して下さい。もうふざけませんから。いたたッ。ほんとに勘弁してください!何でも言うこと聞きますからぁー」
その言葉を聞き、角から手を放すと、クルルカは慌てたように自分の角に触れ出す。
「あれ?私の角、折れてないよね? ひびはいってないよね?大丈夫だよね?」
「はあ、大丈夫だよ。加減はしといたから」
「ほんとですか? あ、ほんとだっ!なら良かったです」
自分の角の無事を確認できたからかほっと安心した様子を見せる。
透蜃族では角が相当重要なようだ。
「どうしてそんなに角が大事なんだい?」
「え?知らないんですかぁ?」
「挑発なら買うけど?」
煽るようなその物言いも男ではなく美少女がやると様になっていて可愛いものなんだなと思いつつも、ムカついたので角を引っ張る仕草を見せる。
するとクルルカはビクッと身体を震わし一歩後ろに後ずさり、慌てたように手を振る。
「今のは意外だったから驚いただけですよー」
これを素でやってたとしたら大したもんだけど、言及してもどんどん話が逸れていくだけだ。
これだけ聞いたら話を進めなければ、そう決心をする。
「わかったから。質問に答えてくれ」
「ビジュアル的に折れてたらダサいじゃないですか」
「……それで?」
「終わりですけど?」
「……そう」
時間を無駄にした。
そう僕は思った。
もうこいつとは無駄話をしないと改めて決心し、僕はクルルカの方を向くのであった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄。
「なるほどです。つまり、魔族を連れて別の都市で暴れろって事ですね?」
「まあ、そうなるね。本当は魔隷の首輪を手に入れたら堂々と連れ歩くつもりだったんだけど、奴隷商人の情報から考えると間違いなく面倒ごとになるみたいだから少し予定を変更してクルルカはここにいる魔族を数人連れて帝都近郊にある大都市ハッテムブルクに向かってもらう」
「それで、勇者を誘いだせればいいですけど、出てきてくれますかねぇ」
クルルカの疑問は最もだ。
現在、帝国側は革命勢力を非常に警戒している。
そんな状況下では帝都アルルカントから勇者を離すのは色んな意味で危険である事は容易に想像がつく。
「まあ、半々だろうね。けど来なかったら来なかったで問題ない。そのまま暴れていてくれ。どのみち革命勢力が起兵するとしたら攻め落とさなければならない都市だからね」
「で、勇者来た場合は逃げれば良いんですか?」
「そうだね」
「私なら逃げられると思いますけど、他の魔族も連れていくんですよね?」
「ん?ああ、連れてく奴等は全員死んでも何も問題ないから捨ててきていいよ」
どうせ急増で拵えた駒だからね、死んでも大して痛手ではない。
困るのは拘束されて僕の名を口に出される事だけど、魔隷の呪で縛っておいたから問題ないはずだ。
僕の魔素保有量を越えるものがいたらアウトだが普通に考えたらいないだろうしね。
「さらっと怖い発言しますね。まあ、分かりましたけど」
「それじゃあ、何人連れてく?」
「まあ、10人くらい連れていって良いですかね?」
「問題ないね。後で好きに選んどくといいよ」
「了解でーす」
クルルカとの会話を終わらせると牢屋の方に足を向ける。
地下牢の間を抜けて歩いていると視線が僕に集中する。
恐怖、憎悪、それに崇拝の念と様々な感情を感じとるが、それを気にせず歩を進める。
そして、死んでいるミラノアの護衛の肉片を避けながら通り抜け、足を止める。
「53番、いるか?」
「ん……ここ」
声は牢屋の奥だ。僕は手で鉄格子をひん曲げ強引に中に入る。
「気分は?」
「普通」
「そう、なら良かった。本題に直接入るんだけど、君にはある勇者の奴隷になってもらいたい」
琥珀色の瞳を気だるそうにしながら少女は呟く。
「痛いのは、嫌……」
「それは大丈夫かな。僕以外には意外と優しい奴だしね」
「貴方には、酷い奴?」
「まあ、そうだね。昔は傲岸不遜な野郎でムカつくだなんだって言ってたしねでも最近は口は悪いけど僕の言うことは割りと聞いてくれるしいい奴だよ」
「さっき、みたいに?」
言葉足らずであったが、僕にははっきりと意味が伝わった。
さっきみたいに力で押さえつけてやったのか?
と彼女は言っているのだ。
それに対して僕は堂々と肯定する。
「そうだよ。力で叩き潰してあげた。完膚なきまでにね」
少女の瞳が僅かに揺れ動く。
「怖い、人」
「そうかもね」
「私、何するの?」
「簡単だよ。彼の手伝いをして欲しいんだ」
「手伝い?」
「そう、彼はこれから大きな事を成そうとするからね。それの手伝いをしてほしいんだ」
「面倒、だけど、許さない」
面倒だけど、断ることを貴方は許さないだろう。
少女はそういっているのだ。
クルルカと話すより理解も早く頭も回る。
こういった手合いの方が僕には相性がいい。
「ああ、悪いけど最初から君に選択肢はないよ。これは決定事項だからね」
理不尽で一方的な要求に少女は頷く。
「……分かった」
「じゃあ、君には魔隷の呪で色々と縛っておかないとね。色々と僕の秘密に気付いているみたいだし」
そう言った僕から何かを感じ取ったのか瞳が揺れ、怯えた様子を見せる。
「痛く、しないで……」
一応僕は痛め付けるのは反抗的な奴だけと決めているから基より酷いことをするつもりはない。
すでに現状が酷い状況だ。というツッコミは無しで頼みたいけど。
努めて優しい声音で話す。
「痛くないから大丈夫だよ。そういえば名前は何っていうの?」
抑揚のない言葉で自分の名を口にする少女。
「……。クルムンフェコニ……」
「僕は東京太郎。宜しくね」
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