第27話 状況整理


 ミラノアを髪の毛一つ残らず喰らい終えた『暴食』はもぞもぞと動きながら僕の命令を待っており、そんな様子を見せられるとまるで意思を持っているのではないかと錯覚してしまう程であった。


「······それに、黒点アーテルの量が増えている?」


 以前、といってもクルルカと殺り合ったときであるからそう時間が経った訳でもない。だというのに、周囲に漂う黒点アーテルの量が明らかに増えている。


 成長しているとでも言うのだろうか?

 固有武装に意思と言ったものがあるとは思えないけど……。


「まあそれは後で考えるとしようか」


 漂う黒点黒点を腕に戻し、『暴食』を解除した。


 さてミラノアの存在を暴食により、知識に還元したことで今後の予定に役立つ情報が幾つか手に入った。


 まず、ミラノアは親皇帝派のカプリカ州太守プリアイ·パラカツと関わりが合ったようだ。


 プリアイ·パラカツは魔族研究の第一任者。一時期その助手を任されていたのがミラノアだったというわけだ。

 今では色々とあったらしくこうしてプリアイの手先として、首都に店を構えていたみたいだけど。


 そこでされていた魔族の研究は、魔族の能力を人間に加える実験だった。

 ミラノアがいた頃には移植による試みがされていたようだが、どれも拒絶反応を起こしてしまい数日も立たず死に、かろうじて研究の成果といえるものは幼い子ども程、長く生きたということ程度だ。


 そして現在進行形のものが、そこから応用したもので魔族の核を人の新生児に埋め込め馴染ませる方法だ。

 この研究内容にミラノアの関与は薄く、詳しい事は分からないが、ある一定の成果は上がっていたようだ。


 非人道的な行いであるが、人類存続の危機に置いてそんな事を気にしている場合でないことも理解できるし、このことについて非難するつもりはないし、はっきり言うと僕にとってはどうでもいいことこの上ない。


 だが、興味はある。


 革命を行うにあたり、カプリカ州の兵士との戦闘は避けられない。その前に見に行ってみたいものだが、現実は厳しいかな。


 そんなわけでミラノアの知識の中には僕の知的探求心をくすぐられる内容が色々とあったけどその中で一つの懸念点があった。


 それは芽愛兎の行動が皇帝には既に読まれていたということだ。


 ミラノアは太守プリアイ·パラカツから通達を受けていたようだから当然帝都の貴族と繋がりがある他の商人達もこの事を知っているということだ。

 まあ、クルルカが知っている程度の情報だったから上層部が掴めていないはずも無かったと考えられるが分からないのは、皇帝は気付いてなお、芽愛兎の内通を見逃していたのは何故なんだ。

 ......。

 芽愛兎は戦闘能力も低いし、危険ではないと判断したのだろうか?


 それとも。


「アォォォォァー」


 まあ、それを考えるのも後ででいいか。

 魔隷の首輪が魔隷の呪と同じだとしたらミラノアが死んだ後、彼らは解放されるということを意味している。街に出られる前に片を付けないといけないか。


 魔隷の呪を通してクルルカに来るように連絡をしてから既に騒がしくなっている牢獄の方にまた足を向ける。

 そして、限外能力『理想郷』を発動する。


 空間がひび割れ、歪む。


 瞬時に構築されていくのは、虚構の箱庭。

 四方は白に囲まれ、他にモノも入口も存在しない密閉された空間。

 その造り上げた空間に近くにいる魔族全てを取り込む。



 よし、これで外に逃げられる心配は無くなった。


「やあ、みんな。気分はどうかね?」


 取り込まれた魔族逹は突然の事態に理解できず、狼狽えるモノが多数だった。

 彼らは僕が挨拶をした瞬間揃って視線を此方に向けた。


「なんだ?」「.······あいつは」「クエェッ」

「ああ?」「······人間?」


 そして、1拍の空白が生まれた後に僕が人間だと理解したようで、感情が困惑から憎悪に瞬時に移り変わった。


「おい、人間だ······俺たちを閉じ込めやがってた」

「ウルゥゥ」


 その反応は当然のモノといえた。

 彼らは牢獄に閉じ込められていた間、食事も録に与えられず暴力を受け、反抗は許されず、家畜のように扱われていたのだから。


「死ねっ!人間!」


 人間への憎悪の余り僕に飛び掛かってきたものが一名いた。


 二メートルはある白い翼に黄土色の嘴、そして、鉤爪。

 鳥と人間を混ぜたその見た目から鳥人族であることが伺えた。

 目は血走っており、人への恨みは相当なもののようで、話が出来る状態にはとてもじゃないが見えなかった。


「まったく」


 飛来したそれを半歩ずらすことでかわし、人間だと舐めてかかった鳥人の隙だらけの胴体に回し蹴りを打ち込む。


 もちろん手加減はめいっぱいしたよ。本気出したら木っ端みじんになっちゃうからね。


 数百メートル飛んだ後、鳥人間は受け身をとることすら出来ず地面に落ちた。

 それを見た魔族達は同族ではないが、同じ境遇であった仲間がやられた事に怒り心頭の様子であった。


「てめぇっ!」 「ウルゥゥゥ」


 はあ、今から隷属させるというのにこれでは駄目か。

 一度彼らには立場を示す必要があるようだ。

 君らの嘗めている人間がどれほど強いのかということを。


 逆らった自分の愚かさに懺悔の念を抱くくらいにはね。


「はあ、話聞く気ないやつは今から僕を殺しにきてくれ。殺さないように叩きのめしてあげるからさ」


「人風情が嘗めるなぁっ」「お望み通り殺してやる」

「ウルゥゥゥァッ!」


 挑発的な僕の物言いに怒りの表情を浮かべた多種多様な魔族逹は僕に憎悪を向け、襲いかかってきた。



 思った以上に安い挑発に乗る奴が多いね。

 相当鬱憤が貯まっていたってのもあるだろうけど、ここまで単純だと面白いな。


 数にしておよそ40。


 5分といったところかな。








 結果として、2分もかからず僕に刃向かうモノは全員倒地に倒れ伏した。


 思った以上に手応えが無かった。

 弱っていたのもあるかもしれないがこれならクルルカの方が数段強い。

 あの子、自分は大した事がないと言っていたけど、実は結構強かったりしたのか?

 いや、竜化していなかったクルルカを考えたらこんなものかも知れないな。竜化は言わばドーピングのようなものだから実際の実力だけで考えたらこいつらと大差は余り無かったように感じられる。

 まあ、それでもクルルカの方が強かっただろうけど。


 視線を倒れ伏しているモノ達から外し、まだ立ち尽くしているモノ達に向ける。


 僕に戦い挑まなかった者の大半は女性や子どもで何処か怯えた様子で僕を見ていた。


「残りは僕に刃向かうつもりはない?」


 僕の質問に対して誰も答えることは無かったが、それを僕は肯定と受け取り、話を進める。


「君たちを飼っていたミラノアは死んだ。だから今日から僕が君たちの飼い主ということだ。ここに異論があるやつはいる?」


 威圧を込めた僕の物言いに誰も異を唱える者はいなかった。

 まあ、そんな奴がいるならさっきの挑発で僕に襲いかかってきていただろうし。


「というわけで君たちにはまず、僕と契約をして縛らせてもらう。勿論例外はない。全員共だ」



 結果として想像以上に魔族逹は大人しく僕の魔隷の呪を受け入れた。

 まあ、半数は反抗できないように叩き潰してからしたわけだけど。


 さてこいつらの使い道だが、大半の輩は当分利用することはない。個としての力は人間よりも強く使い勝手はいいかもしれないがもし使うとしても終盤での帝都攻略あるいは陽動に使う程度だろう。それも裏に僕がいると分からないようにだ。


 理由としては一応僕も勇者だからだ。

 民衆の中には魔族に家族を殺された人達だっているだろうから魔族を大々的に扱おうモノなら一気に民衆や他国から非難が来るのは予想がつく。

 それは間違いなく面倒だ。



 ......クルルカを連れ歩くのも結構面倒かもしれないな。

 魔隷の首輪を着けさせたら問題ないと思ってたけど、民衆からの批判は避けられないか。まあ、堂々と勇者に言ってくる人がいるとは思えないけど、反感は間違いなく持たれるだろう。それに間違いなく目立つ。


 そこでカモフラージュに鎌瀬山の出番だ。


 面倒な事は彼に押し付けるに限る。


 誰を使うかと言うことになるけど、鎌瀬山の性格的に反抗的な奴は相性が良くないだろう。

 となると、庇護欲をかられる女の子が妥当だろう。鎌瀬山はなにかと女の子に甘いしね。

 そこまで決めると頭に浮かびこんだのは先ほど僕の『無貌の現身』がバレた原因であるあの子だ。


 少し不安な要素もあるが鎌瀬山なら問題もないだろう。




「当分の間、君たちはここで待機だ。指示があるまで勝手な行動をしないように」


 魔族全体に魔隷の呪を通して命令を送る。


 よし、とりあえずクルルカが既に着いているだろうからあっちに戻るとしよう。


 僕が造り出した理想郷を閉じる。

 感覚としては本を閉じるのような感じだ。


 瞬間、世界が閉じ、元いた場所に僕は戻った。


 牢獄は先程とはうってかわり酷く静かだった。

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