第26話魔の瞳


「52番出てきな」


 鉄製の牢屋を開け、ミラノアが声をかけると薄暗い牢の中から黒髪の巨人が現れた。

 身長は僕の二倍以上、腕回りだけでも人の胴体位の太さはあるか。


「見ての通り、巨人族さ」


「......嘘をつくな。巨人族はこれより数倍大きいはずだ」


 文献に書かれていた巨人族はゆうに人間の数十倍はあり、でかいものとなると、帝都の城壁を越える。

 確かにこの魔族は大きいが、それはあくまで人の範疇でしかない。

 誰が見てもわかるような、偽装表示のようなことをされて不快の意を表す視線をミラノアに向けるが、彼女は特に動じた様子も無く口を開く。


「だから言ったじゃない。亜種ってねぇ」


「どういうことだ?」


「確かに普通の巨人族ならもっと大きいわ。けど、これは亜種。分かるかい?」



「.....それは、巨人族の中でも劣っていると言うことか?それとも何か特殊な能力スキルが使えるのか?」


「ああそうさね、どちらも外れではないねぇ。こいつは巨人族と比べて小さいし劣っているさ。けど、本来巨人族が使えないはずの魔術が使えるからねぇ」


「魔術が使える巨人か。優秀そうに聞こえるがどのレベルの魔術が使えるかによるな」


「まあ、普通の魔術師程度かねぇ。でどうかしら? 買わない?」


「まあ、悪くはないな.....だが何故こいつは魔術を使えるんだ?お前が教えたのか?」


「んふふ、さあねぇ。亜種だからじゃないかしら?」


 ミラノアのはぐらかすようなその言い方に少し不信感を募らせる。

 亜種だからといえば納得すると思っているのだろうか。

 しかし、どうしようか。

 手持ちはかなりあると言っても限りはある。

 この巨人には興味があるが、金額次第といった所か。



「なあ、人間」



 突然、巨人の男が口を開いた。声は低く、かすれていて聞き取りにくい。水すらもあまりもらってないのだろう。


「私の事かな.....」


「珍しいわねぇ。こいつから喋り始めるなんて......」


「ああ、そうだ。人間、私がどうして魔術が使えるのか?小さいのか?気になるのか?」


 男の目は鋭く、暗くそして深かった。

 そしてそれが人への憎悪か、己への絶望からなのか僕には分からなかった。

 僕はその光を失った瞳を見つめ言葉を発した。


「興味はある」


 それと、気に入ったよ。君を。



 その僕の言葉を聞き、男は一瞬口角を上げるがまたすぐに無表情に戻る。


「そうか.....種は簡単な話だ。私が人族と巨人のハーフだからだ.....」


「......なるほどな。確かに人の血が混じっているとするならその体格に魔術が使えるのも納得がいく。いくつか聞きたいことはあるがそれを聞くのは無粋だろうからな。後で文献を読み漁ることにするよ。でだ、これをアルミナは知っていたのか?」


「ええ、まあ当然ねぇ。 言っておくけど悪意とか騙すつもりは無かったさ。ただ話す必要はないと判断しただけ」


 アルミナは隠していた事を悪びれた様子もなく肯定する。


 騙すつもりがないとは良く言えたものだ。


 第一に純正魔族としての強さに比べれば人の血が混ざるだけで魔族として弱体化したも当然だ。

 それに加え、魔族を買う奴等からしたら人の血が混じってしまっているだけで折角の魔族としての付加価値は下がったも同然だ。

 だからこいつはその事を黙っていたのだろう。


「そうか......まあいい。こいつは買おう」


「......意外だねぇ」


 隠していた事を言及せず、更にはこの巨人族を買うとは思っていなかったからかアルミナは少し驚いた表情を見せた。


 確かに魔族を求めにきた物好きならこういったモノは不良品に入るのだろう。


 けど、僕にとってはそんな事どうだっていい。


 何故なら、買う基準は単純に気に入るか気に入らないかだからだ。

 そして、僕はこの男が気に入った。それだけの話。



「だが、値段は金貨100枚だ。それ以上払うつもりはない。どうする?」


 相手が黙っていた事を利用してかなり安めの金額を提示する。


「......いいさね。交渉成立よ」


 アルミナは一瞬考える素振りを見せたがすぐに僕の提案に賛成した。

 意外だな。金額の擦り合わせがあると思ったのだけどこうもあっさりひいてくるとは。

 この提案に乗らないと僕が帰ると判断したのだろうか。

 まあどっちにしろ僕に都合がいいから良かった。


「なら、良かった。支払いは後で一括払いでいいか?」



「ええ、構わないわ」


 交渉が成立した後、僕は男の方を振り返る。

 疑問に思った事があったからだ。



「なあ、お前は何故私に教えた?」


 僕の質問に対して男は鎖に繋がれた右手を掲げ、目を瞑る。

 それは祈りに見えた。


「お前は、強い。だからだ」 



 そして、それだけ言うと男は牢屋の中に戻っていった。

 それを確認したアルミナはしっかりと扉を閉じ鍵をかけると此方を振り向き身体全体を見回すように目線を上下させる。


「魔族に認められるなんてアンタ随分強いみたいだねぇ。そんな細い身体だって言うのに.....」


「まあ、ほどほどにな。次を頼む」


「分かったわ。次は此方ねぇ。53番、出てきな」


 アルミナが声をかけるも牢屋の奥からゴソッと物音が聞こえたが、起き上がる気配はない。


「53番!罰を与えられたいの?」


「んっ......やだ」


 幼いが抑揚のない声が牢屋から響き聴こえた。


「だったらとっとと出てきな!」


 アルミナの怒鳴り声に呼応して、ぺたぺたと小さな音が此方に近付いてきた。

その姿を見て、僕の表情が若干歪む。


「小さいな......」


 つい言葉を溢してしまうほど現れた魔族は小さかった。

 身長は僕の胸元にも届かないだろう。

 それに腕も脚も痩せ痩けており、簡単に折れてしまいそうだ。


「ああ、そりゃあそうさね。小人族の血がはいっているからねぇ」


 それを聞いてこのサイズにも納得がいく。

 小人族か。王国の文献には殆ど情報が無かったから分からなかったが名前の由来の通りかなり小さいのだな。


 そんな感想を抱きつつ視線は小さな頭から生えた二つの小さな耳にいく。


「それと、獣人族との混血って訳か......」


「御明察。小人族と獣人族の混血さ」


「なるほどな」


 藍色の髪は長く、地面にまで垂れ延びている。手入れをしていないからか酷く汚れているし、絡まってしまっている。

 そして、そこから顔だしている二つの小さな耳は先が元気無く項垂れていた。



 僕の視線が気になったのか少女は琥珀色の瞳で此方をみた。

 その瞳は深く、美しく、蠱惑的だった。



 瞬間、何かを除かれた気がした。



「......今、何かしたか?」




 通常より少し低くなった声で少女に問う。

 何かされた.....いや、何かを見られた???


 なかば超直感に近いもので感じ取ったそれに僕は警戒心を高める。


 僕の疑問に答えたのは後ろに立っていたミラノアだった。


「今、アンタは魂を見られたのさ」


「.....魂を?」


「そ、こいつは人の魂が見えるのさ」


 日本にいたら何を言っているんだと鼻で笑って終わりだが、此方の世界では違う。

 本当にあり得るかも知れない。というより、あり得るのだろう。

 この子にそれが出来るかどうかはさておき。


「それは本当か?知っている事を全て話して貰おうか。先程のように隠し事無しにな」


「ああ、分かったよ。まあ、と言ってもこっちは知っている事はあまりなくてねぇ.....本当よ。だからそんな怖い顔をしないで」


「.....」


「この子は魔眼を持っているのさ......。

 名前は、深淵ルーチフェロノ瞳。人の心の奥底まで覗くなんて言われてるが実際は人の魂の色を見る程度の名前倒しの魔眼だけどねぇ」


「ほう、思っていたほどではないな......だが、面白い」


 予想していたほど危険な能力では無かったが、僕の興味を惹くには十分であった。


「なあ、俺の色は何色だった?」


 僕の質問に対して少女はぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。


「黒......それに、歪......魂、ずれてる、肉体と.....」


「ほう......」


 黒。それが僕の魂の色なのだろう。黒と聞くと、それは悪いイメージが先に浮かぶが実際の所どうなのか。

 それに魂が肉体とずれてると言っていたけど.....これは恐らく芽愛兎の能力により無理に肉体を変えたからだと思う。

 しかし、歪みが出来るのか.....余り使いすぎるのは良くない可能性があるのかな。

 実際の所、能力といったものがなんなのか全く分かってない状況は良くないと思っていた地盤が出来たら研究するのも悪くないな。

 僕がそんな思考をしていた時にアルミナがぽつりと呟く。

 否、呟いてしまったというべきか。


「良く分からないねぇ。魂と肉体がずれてるってのは.....」


 それは只、疑問を口に出してしまっただけの事だ。

 しかし、少女の言った言葉で事態が急変する。


「肉体、偽者、偽装かな?......」


 瞬間、ミラノアの表情が鋭いモノに変わり、僕の心は冷徹に冷めていく。


「偽装.....アンタ......何者だい?」


 先ほどまでの友好的な態度は一ミリもない。

 敵対者を見るような目だ。

 しかし、それは余りに過敏すぎる反応に感じた。

 僕は勤めて冷静な声で名乗る。嘘の肩書きを。


「グルナエラ連邦の男爵、ホースヒュートンだが」


「53番、こいつは人かい?」


「ん、人、たぶん」


「......そうかい。聞くの忘れていたけど、アンタ、魔族を買って一体何をするつもりなんだい?」


 ミラノアの言動から既に警戒心を抱かれてしまったのは明白だ。しらを切るつもりだったけど、やっぱ、無理そうかな?



 ん?



 それに、何をするつもりか......。



「観賞用だ.....」



「.....そうかい」


 うん、駄目だ。

 確実に疑心を持たれているな。

 しかし、この反応が気になるな。



「なあ、......何を知っているんだ?」


「......何をってどういうことだい?」


「いや何。少し貴方の言い方が気になってね.....。まるでこれから俺が何をするつもりか知っているみたいで」


「......」


 沈黙は肯定だ。

 だから僕はあっさりと答えた。


「もし、......革命をする。と言ったら貴方はどうする?」


「......革命ねぇ、そういったもんはうちら商人は中立の立場でねえ......。勿論、金を払ってくれるなら、こちらも売るさ」


 僕の発言に対して冷静な反応。そして模範解答のような答え。

 この女、中立と言っているが間違いなく帝国側の人間だ。


「俺が誰だか分かっているみたいだが何故だ?」


 恐らくミラノアが知っているのは僕ではなく、姿を偽る能力を持った人間。つまり、芽愛兎だ。


「.....何を言ってんだい?」


「俺が勇者だってこと気付いているだろ?情報源はどこだ?」


「商人は情報に敏感でねぇ。このぐらい知っているさ.....」


「はあ、らちがあかないみたいだから。貴方はもういらないね」


 僕は片腕をミラノアに向けた。

 その片腕には漆黒に染まった歪な紋様を浮かび、そこから飽和するかのように無数の黒点アーテルが周囲に漂い始めた。


 その不可思議な現象をみたアルミナは困惑した表情を浮かべる。


「アンタ.....それは一体.....」


「喰らっていいよ.....」




 僕の指示に従い、『暴食』が襲いかかる。



「ひぃっ!」


 アルミナの怯えた悲鳴と共に僕の黒点アーテルを遮る形で二人の男が飛び出してきた。


それは、共に仮面を身に纏い、現代でいう忍者のような黒い装束を身に纏った者達だ。

一人は両手で長刀を構え、もう一人は両手に二刀のナイフを構え僕からミラノアを守る様にそれらの切っ先を向けて視線を逸らさない。



「護衛か。面倒だな」



「アンタ逹、戦闘向きじゃないと言っても相手は勇者!時間を稼ぎなさい!」


 それだけ言うとアルミナは奥の道に走っていってしまう。

 逃げられるのは不味いな。


「承知した」「御意」


 悪いけど時間を与えるような事はしないよ。

 黒点アーテルを腕にに集中して黒霧状にし、二人の男を飲み込むように前に放つ。


 それを片方はバックステップで避け、他方は天井を利用し反射して僕にナイフで斬りかかってきた。


「死ねっ」


 それを視認した僕は、右手を無造作に奮う。


「君がね」





 男は爆ぜる。

 その死に意味もなく救いもなく、ただ、風船が割れるようにその身は終わりを迎えた。



 当然、種も仕掛けない。

 全力で叩いた結果肉片になったというだけだ。

 ただそれだけ。


 どうしようも無いほど僕と彼らにはそれだけの実力さがあったというだけの話しだ。

 勇者とこの世界の人間がどれほどまでに差があるかを見せつけるだけの愚行だ。

 だからこそ、この世界には勇者信仰が絶えないんだろうね。

 召喚されて一週間の僕がこれなんだからね。

 

 ……英雄王なら、限界突破を使用時に限りは粉みじんにすることだってできるんじゃないかな。


 飛び散って来た血をかかるのは精神衛生上よろしくないので黒霧で払いながら、視線をもう一人の男へ向ける。


 長刀を構え、一切の動揺した仕草もない。

 片割れが死んだというのに冷静でいられるなんて優秀だな。

 もっと恐怖で怯えてくれていいのに。


「悪いけど、通して貰うよ」


 黒点アーテルを黒霧からさらに密集させ、大爪の形をとる。


 そして、大地を踏み込みその反動で瞬間的に男の懐に入り込む。

 その速度は優に人間の視認速度を越えており、当然男が僕に反応することはない。

 そして、大爪で男を喰らい切り裂いた。


 「ん、これはいいね」


 爆ぜた男が持ってたナイフを拾って、逃げたミラノアを追う。

 ミラノアはそこまで足が速い訳でもなく、すぐに息を切らしながら走るミラノアを視界に捉え、ナイフを投擲する。

 

「ッあ!!痛ッ」


 豪快に巨体を地面に叩き付け、突如襲った激痛を伴うナイフが刺さり鮮血に染まった足首を見て顔を苦痛に歪め。

 ふと顔を上げた先にあった僕の姿を見て顔を青くすると共に、震えながら口を開く。


「な、アンタが何故!? あいつらは!? それに早すぎる!?戦闘向きじゃないって話じゃなかったの!?」


「悪いね。人違いなんだ」


 そういって『無貌の現身』を解き、本来の僕の姿になる。


 解いた理由?

 勿論、この女の反応が見たかっただけだ。


「アンタ、王国の.....!?待って!革命に協力するわ!だから」


「正解。だけど残念、お別れだよ」


 黒霧がミラノアを覆いこんでいく。 



「ひっ、いやだ、待っておくれっ......かはっ......おねが....」

 表情が恐怖で歪み、苦しみで歪み、痛みで歪んでいく。

 そして最後に絶望で歪み、跡形もなく消えていった。








「はあ、初めからこうするべきだったね 」


 そうぽつりと僕は呟いた。

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