第25話相場

翌日の朝。


 身だしなみを整えた後、僕は城を後にした。

城下街では、未だ勇者式典での興奮が冷めてないようで何処か活気があり、この様子だと帝国側は情報規制をして公国の魔族襲撃を民衆に知らせてはいないようだった。

 まあ、民衆の不安を無駄に煽る必要はないので兵の出兵に伴い、大々的に発表するつもりなのだろう。



 しかし、汚ないな......。

街角には所々ゴミが溜まったおり、中央路はまだましの方だが少し曲がり細道にでも入ったら悪臭が漂ってくる。



 悪臭を我慢しながら細道を通り、臭いが強まると共にやがて人通りも減ってきた。

 すれ違う人も服はよれよれあるいはボロボロの者達になり、貧困層の人が多く見られる。


 帝都も少し中央から離れたらこの有り様か。

そして、この様だと分かっていてなお、放置している貴族も駄目だなと落胆する。

 こんな所で無駄に労働力を消費させているならもっと別の事をさせるべきだ。

 市民より下のモノを作り、不満を高めないように放置しているって可能性もあるけどこのやり方じゃ宜しくない。

 まあ、まず間違いなく放置しているだけだろうけど。


それと、城を出てからずっと感じていた複数の視線、気配も薄く素人で無いことがわかるけど、彼らをどう撒こうか。

帝国の諜報員で間違いないだろうけど、やはり僕もマークされているか。


ふむ、丁度手にいれた能力を試す機会でもあるかな。


タイミングを見計らい視界から一瞬外れる曲がり角で瞬時に限外能力を発動する。

それは『七つの原罪』ですることにより手にいれた他人の能力。


《嫉妬》。

言うなればコピー能力。蜜柑の限外能力の『劣化模写』と似ている能力だ。

違う点は、蜜柑のように劣化した能力ではなくそのまま能力を模倣できると言うこと。

贋作ではなく本物を扱える能力。

デメリット……みたいなものとして蜜柑は3つの能力をコピー出来るのに対して僕は一つしかストックに持てない。


帝国勇者、音ノ坂芽愛斗の限外能力。

『無貌の現身ノーフェイス』。


あらゆる姿に変化可能なこの能力により、浮浪者に化け地面に座り込む。

跡から着けてきた男達は突然僕の姿が消えた事に驚き戸惑っていた。

そして、浮浪者に化けた僕を一目見ることもなく、走り去っていった。

それを確認した後、僕は次に式典であった貴族の一人に姿を変えた。

理由としてはここから行く場所は奴隷商なので貴族の方が都合が良いと考えての事だ。

それに相手次第では荒事になるかもしれないと考え、顔を覚えられていると後で面倒になるだろうと用心しているのも理由だ。







歩き始めて数分後、



「おい、待てよあんた」


僕の前に立ち塞がる形で二人の男が話し掛けてくる。

ナイフを片手に此方に向けるように握っていることから友好的な様子は一ミリも感じれない。


貴族の姿が災いしたようだ。


「何か?」


「あんた、良い服来てるよな?貴族の坊っちゃんかぁ?ああん?」


ナイフをギラつかせながら凄んで来るが、はっきりいてそんな安物ナイフでは僕に傷ひとつ付ける事は出来ない。


「んー」


「おいてめぇ、兄貴の質問無視してんじゃねえぞおら!」


どうあしらうか考えていたのだが、僕が無視したのかと思ったようで後ろに立っていた男が首もとの服を掴み壁に叩き付けるように僕を放り投げる。


「おっと」


こんな所の汚ない壁に服を着けたら汚れてしまうと体制を前に傾け足を曲げて、壁に触れると同時に力を込める。

その力を利用して一回転し、僕を捕んでいた手を振り払う。


「なっ、おらぁぁっ!」


僕の身のこなしを見てか慌てたように勢い良くナイフを突き刺しに来た兄貴に対して身体を半歩ずらし、当たるのを避ける。


避けたのはつい癖だ。

そしてナイフを持っていた手首を掴み、強めに握る。


パキッと音が響いた。


「アア、ぁぁてぇ」


呻きながらナイフを手元から落とすのを見て手を離すと男はいたがるように地面にのたわる。

それを見下すように見ていた僕にもう一人の男は怒りを露にしながら、殴りかかってくる


「てめぇっ、兄貴に何しやがるっ!」


何故、他人の為に怒ることが出来るのにこういうことが出来るのだろうか。

いや、もともと屑だった奴等が群れてる内に仲間意識が沸いただけか。

さっきやられそうになった事をやり返すように拳を払った後に胸元を掴み壁に叩きつける。

建物が少し揺れたが当然、力加減はしてある。

殺すつもりなどないのだから。


僕はいてぇいてぇとのたうち回る彼らを傍目に無視してそのまま道を歩き始める。

周りの視線が何処か恐怖をはらんだものに替わった気がしたがそんな事には気にも止めず僕は目的の場所を目指した。









「ここかな?」


数分後地下へと続く階段を見つけた。

その側に合った小さく薄汚れた看板には、ベルナーツェと書かれていて目的地についたのだとわかる。


「さて、入るか」


階段を一段一段、降りていった先には鉄製の扉が一つあった。


「入りな」


 扉の向こうから声が聞こえた。

階段を降りる音は響くから気づいていたのだろう。

 僕はドアノブを回し、室内へと入った。

部屋の奥にはでっぷりと太っている女がソファにもたれかかっていた。

 探るような視線で僕を見てくるのは僕が金を持っているか判断していたのだろう。

 僕の服装を見るや否やねっとりとした口調で僕に話し掛けてくる。


「アタシはミラノア。ここの店主さ。アンタは......ここいらじゃ見ない顔だねぇ。どこの貴族様だい?」


「グルナエラ連邦だ。ここで魔族を売ってると聞いたから何人か買いに来た」


 今の僕の見た目は緑の瞳に、茶がかった黒色の髪をしている。これは式典の時に話した若い貴族の姿であり、帝国や王国に余り関わって来ない連邦の貴族であるから式典の時にしか来ないであろう事は予想がつく。

 だからこそ、彼は顔を借りるのに最適な人材であった。


「ほう、北の地から来たのか。確か、あっちだと奴隷の規制が色々と厳しいから買いにくいだろうねぇ。で、何の魔族が欲しいんだい?」


「どんな種類がいる?」 


「そうさねえ、獣人、竜人、魔人、鳥人、小人、森人。他にはよく分からない亜種がいるってくらいかねぇ」


「亜種?」


「ああ、亜種は知らんのかね。亜種ってのは異なる種が混ざった奴等の事を言うのさ。例えば、羊のような姿をした竜人は竜人の亜種。森人でありながら、褐色肌なら森人の亜種てねぇ」


「異なる種が混ざっていないようにも思えるが.....只単に見た目が違うだけでは?」


「結論からいえばそうさ。見た目が普通と異なるのをいちいち種毎に分けるのが面倒さだから亜種って言ってるだけだからねぇ」


「かなり大雑把だな」


「誰も困りやしないんだから良いのさ。で、どいつが見たい?」


 相手の種族の区別は戦争に置いてかなり重要な事であると思う。

 相手が何が苦手で何を得意とするか。それを知っているだけで対策の仕方が見えてくる。

 情報の大切さをこちらの上層部が知らないとは思えないので、民間には秘密裏にしているのだろうか?


「全部見たい所だが、まずはその亜種とやらを見せてくれ」


「結構な数いるわよ?」


「構わない。時間と金ならある」


 そういって、貨幣を入れた袋をちらりと見せる。

中に大量に入っている金貨は召喚されてすぐに王様に融通を聞いて貰って頂いたものだ。

 

「そうかいなら良いのさ。此方についてきな」


ミラノアは巨体を起こし、重い足取りで店の奥へと進む。

一歩一歩の足音が古びた床下を軋ませ、響かせる。


 付いていった先には牢屋が幾つも並んでいた。

すべてに数字が振り分けられており、それで奴隷を区別しているようだ。それに鉄製の牢屋のようだが、柱はどれもかなり太い。

 魔族の身体能力を考えてこれだけ頑丈にしているのだろうけれど、これで魔族を牢に閉じ込めておけるとは思えない。


 幾つもの牢屋を通りすぎていく。

中に入れられている魔族は見ればどれも鉄鎖に手足を拘束されていて、身体は傷だらけだった。

 どれも首輪を着けており、恐らくあれが魔隷の首輪なのだと予想がつく。クルルカを自由に動かすために一つ後で手にいれなければならない所だ。

 やがて、ミラノアは肥えた巨体を止める。


「ここからが、亜種の奴等さ。順番に見ていこうかい」


「それより、魔族達はやけに傷だらけだったが、何処もあんな扱いをされているのか?」


 別に同情や哀れに思った訳ではない。

只純粋に興味があっただけだ。



「ん?まあ、そうだねぇ。魔族は頑丈でしぶといからねぇ。あれくらいしとかないとすぐ暴れちまうのさ。困ったもんさねぇ....」


「そうか。それは大変だな。で、相場は一人当たり大体どのくらいなんだ?」


「そうだねぇ。こっちとら、危ない橋を渡ってるからねぇ。それに魔術も使えて肉体も強靭な奴等ばかりだから普通の奴隷の数十倍は軽いさ」


「まあ、妥当な所か。では見せてくれ」



あらかじめ調べておいた相場とそう変わらず、ミラノアが嘘をついていないことがわかった。


 この大陸では金貨対銀貨対銅貨が、1対16対400で統一されている。

 1食を外食で済まそうとすると大体銅貨が3~7枚程度必要であり、一般階級の人たちが月に稼ぐ額が大体金貨1枚程度だと言われている。

 そして、この世界での奴隷は中流階級なら一人は持っているほど安く、そして手続きひとつで買えるほど簡単だ。金額にするとおよそ金貨2~4枚程度で、こつこつと貯めれば奴隷を一人買うくらい訳もないようだ。

 そして魔族の相場は通常の奴隷の数十倍であるから金額はおよそ金貨200枚あたりだろうと考えていた。


 補足としてだけど、因みに帝国の奴隷制度として魔族は魔隷の首輪をつけていなければならない(人はいらない)のと、国民の場合は奴隷の売買は商人を通してか国の行政を通して行い、登録する必要があるそうだ。

 まあ、僕は他国の人間だからそのあたりは問題ないけど。


さて、どんな奴がいるかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る