第14話帝国の勇者は傲慢だ

 騒めく場内。

 その視線の先は一点に注がれていた。


 入口のドアから現れた黒髪中背の若い男。


「く、九図ヶ原くずがはら様……」


 僕の近くにいた帝国の貴族の一人がその名をぼそりと溢す。


 怯えたように。



 その日本人的な名前から、彼こそが帝国勇者の一人なのだろうが、日本人らしい穏和な雰囲気を感じない。

 確かに一見理性的に見えるが、その端々に見隠れする歪んだ感情が瞳に映りだし、それが彼の狂気を物語っているからだ。


 何処か以前の鎌瀬山と似ている。

 方向性は違うし過程も結果も違う。

 けど、その入り交じった正と負の感情、それは人として正常であると同時に異常でもある。



 どうやらその後ろに他の勇者は追随してはいないようで彼一人で来たらしい。

 さっき僕らの仲の良さを引き合いに出して帝国勇者は仲があまり良くないといったようなことを宰相が言っていた通り、帝国勇者側は不仲なのだろう。


 九図ヶ原登場から数瞬立って、一度静まり返った会場は再びざわめきを取り戻す。


 誰もが皆、彼と目を合わせぬよう。


 誰もが皆、彼と関わりを持たぬよう。


 当人の九図ヶ原はその様子に気にすることなく、テーブルに置いてあるワインを手に取って会場内を闊歩し始める。

 彼の進路上に妨げにならないように誰もが道を開ける。

 彼に話しかけられぬよう、目を背ける。


 どれだけ嫌われているんだ彼は……いや、どれだけ彼は異常性が高いのだろうと言い換えるべきか。

 まぁ、ニーベネスの話から帝国の勇者の異常性は聞いている。

 彼等とは余り関わりたくないと思うのが普通であろう。


 そのまま九図ヶ原は場内を闊歩し、ニタァと笑う。

 彼が歩む直線状にいる二人。

 九図ヶ原の登場と、式場内の空気の変化に気づいていないで楽しく話している二人。

 獲物を見つけたように、その歪んだ瞳に映るのは。


 齢10歳程のマシュマロ公国の王女 マロニア・エル-ナと、彼女より幾分だけ背丈が高い幼女おさなめ華代。


「なァなァ、聞きてーんだけどよ?王国の勇者ってのはどこのどいつだ?」



 九図ヶ原はねっとりとした視線を二人に向けながら、乱暴な口調で聞く。

 途端、周囲の視線はその三人に集中する。


「あなたは……えと……?」


 マシュマロ公国の王女マロニア・エル-ナは頭に疑問符を植え付けながら九図ヶ原を見上げ、呟く。

 彼女は帝国の人間でも貴族でもない。


 僕らと同じく今日この勇者式典という事で招かれてきた来賓だろう。

 だから、九図ヶ原を知らずとも無理はない。


 が。


「あ?お前、オレ様を知らねえってのか?」


 どうやら、九図ヶ原は自分を知っていないと言うことが琴線に触れたようだ。


「おい、クソガキ。てめぇどこの国のやつだ?」


 不機嫌になったのか若干語気を強めて、その手に持っていたワインをテーブルに置いて、マロニア・エル-ナに詰め寄ろうとする。


「華代が王国の勇者だよ。そういう君は帝国の勇者さんかな?」


 その時。マロニア・エル-ナを庇うように前に出たのは幼女。

 彼女にしては珍しくすこし怒ったような表情で九図ヶ原を見上げる。


「ほぅ、てめぇが……?」


 名乗り出た幼女に対して、九図ヶ原は口元を歪め、嘲笑を込めた瞳で幼女を見て、笑い出す。


「あっはっはっは。なんだ?王国の勇者ってのはこんな餓鬼なのか?おいおいおい、小学生が呼ばれったってか?こちとら託児所じゃねぇんだぞ?まさか王国の勇者は餓鬼ばっかってわけじゃねぇよな?くはは、笑いが止まらねぇ。なんだなんだ、益々オレら帝国の勇者様が頑張らねぇとなァ!!ったく、こんな足手まといにしかならないヤツラを召喚するたァ、王国も腐ったもんだなァ?どうよお前ら!」


 笑い、笑って、幼女もとい僕ら王国側を貶し終えたあとで九図ヶ原は手を広げて周囲でそれを見守っていた者達に笑いの賛同を求める。


 けれども、周囲の人たちにとっては幼女も九図ヶ原も勇者であることに変わりはない。

 各国の重鎮たちはどうすればいいのかわからず、帝国の貴族達は一様に目を伏せる。


「おい、そこのお前。人混みの中に埋まってる赤い服のお前アースベルト家だっけか?」


「ひっ……あ、いえ、なな、なんでしょう九図ヶ原様」


 一向に笑わないギャラリーを見て、軽く舌打ちをすると、その人ごみに紛れていた一人、おそらく帝国の貴族であろう20歳後半程の女性の周囲にいた人物が避け彼女の周囲に不自然な空間が出来て、九図ヶ原は首だけを動かして話しかける。


 その女性は、蛇に睨まれたかのように縮こまると震えた唇でかろうじて返事を返す。


「お前は笑わねぇのか?」


「……え?」


「笑わないのかって聞いてんだよ?」


「え、いや……」


「お前の父親だっけか?この前処刑されたの?いやァ、ってことは母親もなァ?」


「ひッ……や、やめてください。お願いです、母だけは……」


 曰く、自分に逆らった商人や国民を無理やり処刑にした。


 話を聞く限り、これに該当するのが彼、九図ヶ原なのだろう。

 女性は、震えながら膝まづいて、九図ヶ原に泣きながら懇願する。


「で?てめぇは笑うのか?笑わねえのか?」


 九図ヶ原の最終勧告とも言える一言。

 それは暗に、彼女の母親の命の選択を迫っている一言と同義だ。


 だから。



「あは、あはは」



 彼女は笑う。


 歪な笑顔で。


 苦痛と悲痛で歪み、醜悪に嗤う。




 それを見て、九図ヶ原も笑う。


 歪な笑顔で。


 愉悦と狂気で歪み、醜悪に嗤う。



 皆が彼女を見る視線は一様に痛ましくて、同情を帯びる。


「カベル家、モモイルス家他にもいたよなァ。てめぇ等は?笑わねぇのか?」


 恐らく同じように、彼女と同じような立場の者がいるのだろう。

 九図ヶ原の言葉と共に笑う。

 歪な笑いは会場を包んで、如何様に不気味さを醸し出して、その中で九図ヶ原は悦に浸る。


「気持ち悪いです。この状況」


 いつの間にか僕の傍に来ていた蜜柑の顔はいつもより青い。



「そうだね、蜜柑」


 確かに、気持ち悪い光景だ。

 恐怖によって強制された笑いの渦の中で優越感に浸る勇者の姿。


 これは端から見れば悪夢以外の何物でもないだろうね。





「あなたは邪悪です」


「あ?」


 その気持ち悪い笑いの渦は一人の少女の声によって掻き消される。

 マシュマロ公国の王女マロニア・エル-ナ。


 その小さい身体で、一回りも二回りも大きな九図ヶ原の前に立ち、まっすぐな瞳で彼を見る。


「あ?」


 がんを飛ばす、といったようなものなのだろう。

 九図ヶ原はマロニア・エル-ナを見下すように彼女の瞳から視線を逸らさず、彼女もまた視線を逸らさない。


「あなたの様な者が勇者を名乗る資格はありません。あなたのような人よりも、幼女おさなめ様の方がずっとずっと素晴らしいです」


 目を逸らさず、震えず、怯えず、はっきりとマロニア・エル-ナは九図ヶ原に告げる。


「面白ぇこと言ってくれんじゃねえか。見たところこ帝国のもんじゃねぇかもしれねけどよ」


 九図ヶ原はそのまま、マロニア・エル-ナの胸倉を掴み引き寄せる。


「他の国のもんだからって安全だと思うなよ?勇者に逆らったらどうなるか、教えてやろうか?クソガキ」


「私はあなたを勇者とは認めません!!」


 それでもなお、怯えも震えながらも強い目でマロニア・エル-ナは九図ヶ原から瞳を逸らさない。


 口論だけではなく、九図ヶ原は手を出した。

 その事実を前に、幼女おさなめもマロニア・エル-ナを助け出すために動き出そうとするが。


「勇者の庇護下でしか生きていけねぇクズの癖に粋がってんじゃねぇよ。てめぇ等の国だけ防衛しないでもいいんだぜ?オレ等はよぉ!!」


 流石腐っても勇者と言ったところか。

 九図ヶ原は横目で幼女が動き出したのを見ると、胸倉を掴んでいたマロニア・エル-ナをそのまま持ち上げて幼女おさなめに向って放り投げる。


「ッ!?」


 一瞬幼女は驚愕に顔を歪めるけど、どうにかして放り投げられたマロニア・エル-ナを受け止めるが自分と同じような体型の少女を投げつけられれば、勇者のスペックがあるとはいえ近接戦闘向きではない彼女に支えることが出来ずにお尻から倒れこんでしまう。


「どうしてこんなことするの!!( ・`д・´)」


「あァ?オレは勇者だ。この世界を救うべく呼び出されてやったんだからよぉ。何されてもこの世界の奴らは文句言う資格なんてねぇんだよ。いずれはオレに救われんだ、オレに盾突くのは世界の希望に盾突くのとおんなじだぜ?くはははは」


 今度は、本当に怒った幼女ちゃんの声が響くけれど、九図ヶ原はそんな幼女を嘲笑にも似た笑みで蔑み笑う。

 九図ヶ原はテーブルに置いたワインを手に取って一口、口に含む。


「まじィな、これ。てめぇ等みてぇな糞餓鬼にぴったりだぜ?」


 手に持ったグラスに注がれたワインを倒れこんだままのマロニア・エル-ナと幼女おさなめに向けてかける。


 彼の手元から放たれた紅い色をしたワインは宙を飛んで、二人へと迫る。

 この至近距離、それに幼女の上にはマロニア・エル-ナがまだ乗っかった状態。

 流石に、勇者のスペックを持ってると言っても幼女にそれを避けることは不可能。


 会場の誰もがそう思い、目を背ける。


 けれど。


「冷てぇ!!」


 九図ヶ原の声と共に周囲の視線が彼へと注がれる。

 幼女おさなめ達にワインが掛かった形跡は微塵も見当たらず、逆に、九図ヶ原の股間部分は水分によって湿り、変色していた。


 今の一瞬で何が起きたのかわからない。

 周囲の誰もがその疑問に顔を見合わせ疑問符を浮かべ。


 誰かの足音に合わせて、人混みに道が出来る。

 全ての視線がそこに集中して。


「帝国の勇者が騒いでるからって見に来てみれば、お漏らしをするような餓鬼だったとはな。でっかい図体してお漏らしするとかダッセぇな」


 そこから現れたのは鎌瀬山。

 幼女に放たれたワインが九図ヶ原の股間にかかっていたのは、鎌瀬山の限外能力によるものだろう。

 空間と空間を繋げる限外能力『空間移動ムーブメント


「てめぇか?」


 鎌瀬山の姿から同じ勇者だと気づいたであろう九図ヶ原は、この起きた超状現象は限外能力であることに気づいたようだ。


「知らねえな。なんのことだか。お漏らしを人のせいにするのはだいぶ無理があるぜお漏らし坊主」


「……王国の勇者ってのは、オレをイラつかせるやつばかりだなァ。ほんとによぉ」


「俺も帝国の勇者は気に食わねえって思ってたんだ。相思相嫌ってやつだな」


「小学生のメス餓鬼を連れてピクニック気分の糞勇者共が粋がってんじゃねぇぞ?どうせオレ等にてめぇ等も救われるんだ。なら今のうちに媚びておけよ」


「お前らみたいなのに媚びるならブタに媚びた方がマシだ。偏差値が大きく違うと話が通じねえって話は半信半疑だったんだが、今確信したぜ、あれは正しいってな」


 九図ヶ原は鎌瀬山に詰め寄ってその獰猛な瞳で睨み、鎌瀬山も負けじと睨み返す。

 勇者同士の一触即発の自体に、場を見守ってた貴族や来賓達もざわざわと危機感を感じて騒めき立つ。


「男と見つめ合う趣味はねえぞ、お漏らし坊主」


「あァ、なんだと?いくら寛大なオレ様であってもこれは許せねぇぞ。アァッ?」


「許せないってんならどうするよ?」


「はん、さすがにオレでもここではおっぱじめようとは思ってねぇよ。てめぇ、名は?」


鎌瀬山かませやま釜鳴かまなりだ」


「ダッセぇ名前だな」


「てめえには言われたくねえな」


 そう返されると九図ヶ原は鼻で笑い、鎌瀬山をどつくと手を広げ、会場内に響き渡る様に大声で告げる。。


「パレードが終わった後、王国勇者と帝国勇者の模擬戦を行う。オレ様こと九図ヶ原くずがはら戒能かいのう様とそこのクズ勇者鎌瀬山釜鳴の模擬戦だ。オレ様に世界の平和を託すしか能がねぇてめぇ等無能共がオレ等帝国の勇者に全てを託すしかねぇってことを再認識させてやる」


 騒めきだす会場の中で、九図ヶ原は大々的に勇者同士の模擬戦を告げた。





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