結の六 センス・オブ・ファイター
「飛んだっ? あのキックボードにこんな力がっ!」
社長が驚きに声を上げ、キックボードに乗って宙を駆け回る明寺を凝視する。
無理もない。散々バテリアに恵まれていない・秘剣の出力が弱いと報告されていた明寺が、効率の悪いとされる飛行なんて特異な秘剣を使えばそりゃあ驚くだろう。
重ねて偉皆が、ハズレです なんて笑いかけるものだから尚更だ。
「あのキックボードはなくても飛べるはずなんですけどね……あれがないと上手くバランスとれないみたいで。
飛ぶとはいっても、宙に浮くのと別に
僕はそう簡単に解説する。
勿論仕組みが単純であろうと誰にでも出来る芸当ではない。
飛行生物の中でも稀有な能力である
「浮遊のセンスなんて何が起因して身に付いたんだか。こればかりは理解不能ですよ」
彼女の特殊な才能に気付いたのはあくまで
「私は寧ろ合点がいきましたけどね」
偉皆はそう言い、得意顔で流し目を寄越してくる。
「あの子、全くの無名だった入学直後に上級生に絡まれてますよね? それにオタクで厨二病だから友達も多くない。あれだけ可愛くて周囲の目を引くのに孤立しがち、要するに超浮いてるんですよ!」
そんな結論を高らかに言われても返事に困る。不信感のままに咎めるような視線を向ける
僕のそんな難儀な表情を見て偉皆は溜息を一つ。
「違いますよぉ。堅物の兄さん相手に陰口で盛り上がろうとする訳ないじゃないですか。」
陰口で盛り上がるって…… わざわざ陰で言ってるだから慎ましくしておけよ。
語意の矛盾を感じつつも、従妹の黒い部分を垣間見て内心動揺を隠せない。
「だったらどういう?」
「多分ですけど、物理的イメージを伴って感じていたんじゃないですか? 周囲から浮いている事を。」
なるほど。感受性豊かな明寺のことだ。その説は十分に考えられる。
とはいえ実際潜在的な、特訓以外の要因で身に付いた秘剣のセンスについては謎が多い。
そもそも近頃まで世間を騒がせていた
先天的であれ、後天的であれ、考えて答えが出てくるものではないだろう。
興味は尽きない研究テーマではあるが、僕は学者ではなく彼女のマネージャーだ。その立場に立ち返れば目下の懸念事項が一つ……
彼女の能力はほぼ間違いなく天野の逆鱗に触れた。
私は自らの目を疑った。ありえない、信じられない。許せない。
それは私が母の言いつけで数週間軟禁された末に手に入れた能力。
四六時中ひたすら鳩の翼の動きを観察し、最終的にはその鳩を解剖し、筋肉の付き方を理解することでやっと身に付いた秘剣。
吐き気がするほど無駄な時間と苦痛な経験。それらと引き換えに得た、見栄えだけに重きを置く実用性のない力。
浅間真翔の弱さと母の謀略によって
そんな力を今、目の前の女が使っている。許せない。
何の価値もない人間が、何の苦労もなく会得したんだろう。その事実が許せない。
そしてこの私への対抗策としてそんな愚にもつかない秘剣を出してきた。それが何より許せない。
「どこまで私を愚弄するんだっ 羽虫ぃ!」
両腕から噴き出す炎が怒りを糧に勢いを増す。悲鳴を上げたくなるような程の苦痛。
この熱さ、両腕を蝕む痛みには慣れが来ることはない。そして痛みが怒りを増幅させ、怒りの炎が更に身を焦がす。
この痛みは貴様のせいだっ。明寺鏡花!
激情のままに機関銃を構え、飛び回る対象に銃口を向け乱射する。
なんですアレ!? めっちゃ燃えてますやん! 見るからに激オコじゃないですか。怒ってんのは鏡花の方だっての!
黒々とした炎を遠目に、鏡花は片手をキックボードの取っ手に、片方ではスケボーを担いで宙を駆け回る。
波のように押し寄せる弾幕。それを紙一重で躱し続けるこの状況はさっきと同じ。つまり近寄らなければ決して活路は拓けない。
でももう同じ手は喰わないだろうし、少しでも気を抜くと蜂の巣にされてしまう。
そして仮に近づけたとしてもまたあの燃える手に迎撃されるかもしれない。
……どうしたもんですかね。
逃げながら策を練るも、副会長の狙いは次第に正確に、鏡花の動きに追いつき始める。
必死に逃げ回っているうちにドンドンと高度が高くなってしまっていることに気付く。
距離を詰めるどころか離されている。
刹那、連射が一時止まり、副会長が得物をしっかりと構えなおす。
その動作の意味を図りかねていると、再び機関銃が火を噴く。寸での所で回避すると、副会長が下卑た笑い声を上げた。
「おいおい、テメェは空中戦してるんだぜ。避けていいのかよ?」
鏡花はその時初めて気付いたんだ。調度今、観客席を背にしていたことに。
機関銃の射線の先には疎らながら人がいることに。
必死で速度上げ、弾を追うが間に合わない。どうか外れて、心からそう祈る。それしか出来ない。
あわや着弾、そんなタイミングで弾が突如として軌道を変える。自ずから客を避けるように。
何事かと目を凝らすとそこには見慣れた人物の姿があった。
「
そう口にした青年の両手からはポロポロと薬莢のようなものが転げ落ちる。
あれは……乾電池?
きょとんとして目を離せない鏡花に、彼(ヒーロー)は事も無げな顔でサムズアップして言う。
「こっちは任せてくれていいよ。だからとっとと、倒して来い!」
「うっす!」
快活に返事をして、再び二号を担いだまま一号を走らせる。
命懸けの、下手すれば観客の命まで懸かった勝負なのに嬉しさが思わず顔に出てしまう。
状況は何も変わってない。鏡花が一人で戦い、一人で副会長を倒さないといけない。
だけど、彼と共闘している。そんな気分になっただけでこんなにも嬉しくて、勇気が底抜けに沸いてくる。
やっぱり、鏡花の
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