結の五 その翼は誰が為に
2号の黒くなっている箇所に恐る恐る触れる。
熱を持ってはいるが触られないほどではなく、炭化しているのも、表面のごく一部だけに思えた。
秘剣はより強くイメージできる程、強固にそして効率良く発動できる。
この二週間の間、四六時中2号と共に過ごしていた事が功を奏した。
「今のは惜しかったですねぇ」
安堵の息をつくも束の間、声をかけられて弾かれたように構えをとる。
とは言っても今の鏡花は丸腰なのですが。
「思い違いを詫びましょう。あなたは[
副会長の目は爛々と見開かれ、口元ではニタニタと笑いながらも、声には感情が乗っていない。
その不協和と溢れ出る狂気に眩暈がしそうだ。
「また降参したいんですか?」
「まさかっ! 今の私を天使(ピエロ)扱い出来る人はいないでしょう。
単純に感心しているのです。目も当てられない粗末なバテリアでよくぞここまで喰らいついてきましたね。
最もこの称賛は浅間真翔に向けて言うべきなのかもしれませんが。」
彼の声が悪意に濁る。しかし、申し訳ないことに彼の嫌味は鏡花には全く刺さらない。
これをアサシンさんが聞いたなら、鏡花のために激怒してくれたんだろうな……とそんな考えにふと思い至り、寧ろ口元が緩んだ程だ。
「ええ。そちらにお願いします。鏡花的にもその方がハッピーですんで!」
答えるや否や彼は舌打ち、瞳はありありと怒りの色に染まり、両腕から赤黒い炎が噴き出した。
唐突な正体不明の秘剣の行使に咄嗟に身構えるが、意外にも彼は大きく息を吐いた後、諭すように語りかけてくる。
「洗脳されていますね……。彼に期待しても私みたいに裏切られますよ、絶対に——」
——私は実は天野の血を引いていない。施設で保護されていた私をお父様が養子にして下さったのだ。
天野家は完全な実力主義。優れたものが評価され、劣ったものは排斥される。
銀行の頭取であり、家長のお父様は、容姿に優れ秘剣の才能にも恵まれた私によく目をかけてくれた。
それが面白くなかったんだろう。お父様の実娘、先ほどスピーカー越しに喧しく鳴いたあの豚が、私を寄越せとお父様に要求したのだ。娘には甘いお父様は快諾し、私は娘への誕生日プレゼントになり、その日から豚は私の母になった。
母は私に優美な振る舞いを強要し、それを口実に何かと理由を付けて私の行動を制限した。功績をあげられない状況を作り、私の評価がこれ以上は上がらないようにと抑え込んだのだ。
そして私が[兼定(かねさだ)]に入学した後には、
既にプロddsプレイヤーを優に超える程の力を持っていた私に手加減しろと命令してきたのだ。
圧倒的な力の差は優美でなく、世間が認めない。負けてもいいから唯優美であれと。
その要求だけは承服出来なかった。お父様から伺った天野の流儀、圧倒的な蹂躙と君臨。その正反対を選択することなど魂が拒絶した。
そこで私は一つ提案をする。
圧倒的に弱い選手を世間が認めたら、私だって認められるはずだ。三年生で最もバテリアに恵まれていない選手がプロになれるかどうかで賭けをしようと。
私が勝てば好きなように戦わせて貰うが、負けたらどんな道化でも演じよう。
母は快諾した。子供はバカな上にゲーム好きだから御しやすい、そう思ったんだろう。
しかし私には確かな勝算があった。
華のある者にしか目がいかない母は知らないだろうが、最弱であるはずのその先輩は例外的に強いのだ。
浅間先輩は勝ち続けた。その姿はまさに私の希望を背負って戦うヒーローだった。
愚かにも母は慌てて妨害を始めたが、急に介入なぞすれば足がつく。
後は浅間先輩が苦情を[
しかし、浅間先輩が学園に苦情を入れることはなかった。
ランク戦が受理されなくなっても、自分の試合だけ中継されなくても、突然自分の校内ランクが剥奪されても。
私には理解が出来なかった。
何かしら母からの脅迫はあったのだろう。しかしそれも想定内で私は彼に賭けたのだ。
才能が乏しい事を揶揄する奴らを実力で黙らせ、プロになるために我武者羅に勝ちを重ねるその意気に賭けたのだ。
それが何だこの体たらくは。この私に期待をさせておいて。
その後、彼は学園の権威に関わる試合では戦力として利用されていながらも、路傍の石として卒業した。
そして私は母に支配され、
「——分かりましたよね? 彼がどうゆう人間か。私が彼のせいで今日までどんな目に合っていたか!」
今まで感じたこと事がない程の激しい感情に無意識に体がワナワナと震えながらも
「……ナルホド」
そんな言葉が口から零れる。
確かに違和感はあった。
今ようやく合点がいった。
どうして気づかなかったのだろうか。
自責の念も相まって鏡花の中の怒りは膨らんでいく。
「理解したようですね。話したら気分も冷めてきました。考えてみたらあなたも彼の被害者ですし、とっとと降参してください。そもそも私が殺したいのは……」
「お前のせいかぁ!」
副会長の下らない言葉などもう聞いちゃいない。ただ激情のままに叫ぶ。
「お前が余計な事に巻き込んだからアサシンさんはプロになれなかったんだ」
鏡花の糾弾に、冷めきった無感情になっていた副会長の目が再び怒りの色に染まる
「奴が腑抜けだったからでしょう。私の期待を裏切った。ヒーローなどとはとても呼べない最低の男だ!」
違う、腑抜けなんかじゃない。
アサシンさんは恐らく社長や家族を守るために夢を諦めたんだろう。
きっと唇を嚙み、悔し涙を流しながら。
「ふざけんな! 勝手に賭けて、巻き込んで、人の夢をぶち壊した上に逆恨みとかガキか!
お前なんかがヒーローを……浅間真翔を語るんじゃねぇ!」
副会長の両腕から高く炎が噴き出す。
「見逃してやるって言えば調子に乗りやがって、望み通り踏み殺してやるよっ!」
そんな言葉に怯む心など重荷になるだけ。速度を上げるためにとっくに捨てている。
鏡花は2号を片手で掴み、1号に乗ってその2つの車輪に意識を集中する。
「何処に行く気だ虫ケラ? 何処も彼処も穴ぼこだらけなのによぉ!」
副会長はそう吐き捨て機関銃を構える。
地上のほとんどには機関銃の爪痕が残っており、とても走り回れるコンディションじゃない。そんなことは分かっている。
息を小さく吐いて、吸って,怒りに任せていた意識を落ち着ける。
そしてそのままに、
「1号! テイクオフッ!」
そう大声叫ぶと、1号の車輪はフワリと地を離れる。
流石に予想外なのか間抜けな表情で固まった副会長を真っ直ぐ睨みつけ叫ぶ。
「このド悪党がっ! アサシンさんの前で土下座させてやります!」
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