結の四 すれ違う栄誉と化け物の深淵
客席は恐怖に包まれ、出口に急ぐ人々でごった返していた。
それも仕方がない。
流れ弾被害の心配が一切ないとされている、行き届いた安全管理が全く信用できなくなってしまった。
それに選手はどうやらご乱心だ。
動物園で猛獣が逃げ出した、そんなパニックを思わせる。
偉皆を含め、会場に居合わせた有名選手達が協力して出口への誘導を始めると、幾分騒ぎは落ち着いてはきたが、観客たちの顔から恐怖の色が消えるには至らない。
それほどまでに奴は規格外だ。
どこまでバテリアに恵まれていたら、あんな奥の手が用意出来るのだろう。
とはいえ、決して想定外という訳じゃない。
現実主義と評価される彼が現代兵器を顕現してくる可能性は考慮していた。
確かに考えていたよりは相当スペックの高いものを出してきたことは否定しないが、明寺が持っている術を総動員すれば対応出来ない訳じゃない。
問題は——
向けられた重火器に、心臓が早鐘をうち、頭の中では警笛が響く。
このままでは蜂の巣にされる。だけど、どうすればいい…… 浮かばない。
散々修行してきたのに、肝心な時に次の手が浮かばない。
つまらなさそうな顔で引き金に指をかける副会長。それでも鏡花は何も出来ない。
「鏡花っ!」
観客席から聞き慣れた声に突然下の名を呼ばれ、呆気にとられる。
こんなタイミングで念願の名前呼びとか、何考えて生きてるんですか? あの人。
その声に続いて、様々な声が耳に入ってくる。
「おねえちゃん! 頑張ってー」
「負けんな。嬢ちゃん。しっかりしろ!」
逃げずに観戦している人たちの声だ。
絶望的な状況なのに口元が緩む。
もうっ止めて下さいよ、鏡花は応援されると舞い上がっちゃう質なんですから!
副会長は忌々しげに呟く。
「まるで私が悪者みたいじゃないですか」
これに精一杯のドヤ顔で応じる。
「すみませんね、待たせて。そろそろ鏡花のヒーローショーを再開しましょう。」
「今の今まで臆していたのに随分と調子に乗ったものですね」
「失礼な! 鏡花は重火器マニアだからじっくり観察してただけですけど!」
なるべく会話で時間を稼ぐ。その間に彼に対抗出来る奥の手をこそこそと顕現する。
「下らない。そんな減らず口がきけなくなるようにしっかりぶち殺してあげましょう。」
「そんなこと出来ないくせに……脅しが過ぎると滑稽ですよ?」
「……明寺さんこんな川柳を知ってますか? 格闘技 試合中なら 全て事故」
「なにそれ物騒っ!」
ぶっ殺すとか言った側からユーモア!? ブレ幅が凄すぎて不安定なんてもんじゃない。寧ろ狂人の域と言っていい。やっぱりこの人怖ぁ!
準備が整い、全力で2号を走らせる。折角顕現させた奥の手だが、出番までは不可視化し待機させる。
まずは大きく距離をとり、機関銃の弾速や連射時のインターバルの有無・威力について把握する。
アサシンさんの追尾式デコピンより段違いに速いが、追ってこない点は大分マシです。
何とか対応してみせます。
……応援されてしまいました。ヒーローを志す者にとってその意味は特別大きい。自分だけの戦いじゃなくなる。絶対に負けたくなくなってしまう。
それに……ふふっ 嬉しいじゃないですか。
そりゃあ突然で驚きましたけど、実はいつも心の中ではあんな風に呼んでるんですかね?
この試合に勝ってニヤニヤしながら問い質さないと!
気持ちの上で2号のエンジンをふかし、速度をより一層上げる。
「持ち直したね! 明寺君」
社長が心底安心したように自分の髭を撫でていた。
「兄さんが名前で呼んであげたせいですかねぇ?」
耳元で囁かれ振り向くと、偉皆が微笑んでいた。
観客席もかなり落ち着きが戻って来たため、御役御免となったんだろう。
「からかうなよ。 苗字で何度読んでも明寺が反応しないから……」
ふーんとつまらなさげに応じ、偉皆も席に着く。
縦横無尽に駆け回りながら、天野の射線から逃げ回る明寺を三人して眺める。
「どうも弾の方が明寺君を避けるように見える時があるんだが……偶に彼女の姿が見えなくなるし」
「目いいですね社長。あれは
ここぞとばかりに偉皆が質問してくる
「実際のところ、明寺さんは
完全に個人情報だから今まで敢えて教えるような事はしなかったが、偉皆相手に今更気にしても仕方ない。
「最大で20個だよ。とは言ってもスケボーを使っていると、五個分の負担はかかるから自由に配置出来るのは15個だね」
一瞬、二人の表情が固まる。
「あれ? もしかして僕の方が多いと思って聞いてた?」
「そりゃあねぇ。弟子に抜かれてちゃ師匠の名折れじゃないかい?」
社長が気まずそうに言う。
「こればっかりはバテリアの出来に依存するので何とも……どちらにせよ偉皆や副会長の様な選手と比べたら微々たる差です。」
「まぁ兄さんのあの技で怖いのは量より質ですしね。でもあの子筋がいいから実際すぐ抜かれますよ?」
「ああ そうだな——」
冗談抜きで一発一発が一撃必殺の威力を持つ弾丸の高速連射を必死の体で躱し続け、相手の得物の癖を探っている明寺を眺める。
僕を追いかけて来てくれた子を、僕自身で技を教えて、その結果僕を超えていく。
なんだろうな。何かを残せるってのはこういう気分なのか。
「——最高の誉れだ。」
はっきりそう思えた。
射線に入ったら即アウト、インターバルも無し。威力は地形を変化させる級で欠点は小回りが利かない点ですか……距離を詰めないと勝ち筋が見えませんね。
とはいえ悠長に近づていてては格好の的。
こうなったら一か八かやるしかない。
全てのトリガーを使い継いで高速で接近、止めはスケボードロップキック。
これしかない。よしっ!これでいこう。
2号がドリフト気味に急な方向転換すると同時に心で唱える。
突き飛ばされるような程の空気抵抗を全身で受ける。首が痛いし、視界が忙しく移動し、気持ちが悪い。
しかしへこたれることなく、
もう一度。もう一度……ウォェッ っもう一度。もう一度ぉ。ラストォ!
視界は揺らぎ、体中が痛い。
移動だけで満身創痍になりながらも、完全に副会長の背後をとった。
そして勢いのままに跳び上がった。
刹那、小回りが利かないはずの機関銃が弾かれたかのように動く。まさか、これは……
「
そう口にした副会長は悪意に溢れる狂気じみた笑みを見せる。
加速させることで重さ故の動きの鈍さを克服した訳ですか。よりにもよって浅間真翔の技で。
どうやら敢えて隙を攻めさせ、守りが疎かになっているところを叩く作戦……読まれていたってことですか。
まぁこちらも読んでましたけどね!
機関銃がこちらを射線に捉えようと動く。
しかし直前、何かにぶつかり動きを止める。
それは秘剣で顕現させた長年の相棒であるキックボード。隠し抜いた鏡花の奥の手。
「ナイスだよ愛車1号。さあ喰らえっ! 止めです。」
必死で上げた速度を保ち、全体重を2号に乗せた。
全身全霊、渾身のドロップキック。
副会長に直撃せんとするそれは————————片腕で薙ぎ払われてしまった。
弾き飛ばされ、仰向けに倒れる。
超高速の質量体の突撃を素手でやりすごすなんて……
あんな化け物兵器を顕現しながら身体強化まで仕込んでいた?
でも流石に無傷ではないはず、そう思い副会長の方に目をやる。
彼はこちらを見下ろしていた。鏡花を薙いだ左腕を庇いながら。
そこからは湯気のようなものが上がっている。
よく分からないけど、何かダメージはあったようで安心する。
そこで鏡花の元に二台の愛車が滑走してきた。無事だったか、お前たち!
しかしその姿に違和感を感じて、思わず口に出す。
「えっ! 何で2号ちょっと焦げてんの?」
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