結の三 なくしもの
観客席は大いに沸き立っている。
試合開始直後は、明寺の様変わりしたスタイルにどよめきが起こっていたが、皆何時の間にか試合にのめりこんでいた。喧しく騒ぎ立てる実況のテンションにつられて、会場は熱狂に包まれる。
関係者席で僕と偉皆が固唾を飲んで彼女を見守る中、隣の席に壮年の紳士が座る。
「異種武器戦とは随分と前時代的な決闘の様相だねぇ。浅間君、解説をお願いしてもいいかな?」
遅れてやって来た社長の言葉に、試合を撮っていたカメラマンが反応する。
「どうせなら鴨原ちゃんにお願いしたいっす。うちの局で使えるかもしれませんっす」
そう言って偉皆にカメラを向ける。タレントは大変だな。
図太い提案に、彼女は嫌な顔一つせず解説を始める。
「ここ数年のddsでは確かに気弾の応酬や身体強化による高速戦闘が一般的ですね。
しかし、天野君はその中でも武器の顕現というスタイルを貫いている選手です。
明寺さんは彼への対策としてこちらも武器をとるという、真っ向勝負の姿勢をとった。
その結果として珍しいカードが実現したという訳です。」
カメラを気にしてか、社長は僕に耳打ちで質問してくる。
「それにしたって明寺君はなんであんなに渋い武器を?」
僕はニヤッとして返す。
「まぁ見てて下さいよ」
明寺は右手で鎖分銅を振り回し、天野の突進に備える。
彼女はギリギリで体を捌いてそれを躱す。
直後、振り抜かれる剣の急襲を鎌で受け止め、鎖を天野の顔に打ち付ける。
彼は直撃に顔を歪ませつつも、盾で明寺を突き飛ばし距離をとった。
天野はバックステップで距離をとりながら得物を弓に持ち替え、構える。
それを見逃さず、明寺は鎖分銅を投擲、彼が再び盾を出し防御するのを確認すると、距離を詰め、鎖分銅を手元に回収する。
「すごいっ。明寺君が優勢じゃないか! あの[守護天使]が思い通りに闘えていないよ」
社長が感嘆の声を漏らす。
天野の戦闘スタイルは防御と回避に優れ、攻めあぐねている相手を着実に削っていくというものだ。
それに対する明寺の得物は鎖鎌。その凶悪なフォルムとは裏腹にこれは案外保守的な武器だ。
攻撃力には物足りなさはあるが、牽制や拘束性能に秀でていて、後手に回った時の対応力には瞠目だ。
「でも攻め切れてはいないんだよね。 このままじゃ勝負がつきそうにないよ?」
不安顔の社長に軽く応じる。
「それでいいんですよ」
今は天野にスマートな闘いをさせていないだけで十分だ。
気位の高い奴は泥試合を嫌う。
この状況が続けば彼は手抜きのままではいられない。出してくるはずだ、実力の底を。
勝負を決めるのはその後だ。
フフッ 副会長からもう余裕は感じられないですね。
彼の武装はそれぞれ遠距離用と近距離用。どちらかの間合いでの勝負に持ち込みたいんでしょうが、鏡花の間合いからは逃がしませんよ!
鎖分銅を振り回し、副会長が構えた盾を迂回するような軌道で彼の側頭部を狙う。
盾では曲線的な動きには対応できまい。これは貰った!
そう思った刹那、彼の翼が羽搏き、吹き飛ばされる鎖分銅。
えっ! 何? そんな使い方も出来るの? 便利ですね翼!
そのままに空に舞い上がって距離をとろうとする副会長。
かかったっ!
翼の動きが突如止まり、彼は直ぐに地面に降り立つ。何かに押し戻されるように。
「
副会長が舌打ち交じりに苦々しい顔で睨んでくる。
そのとおりです。アサシンさん直伝、陰引金。
副会長の頭上にトリガーを仕掛けさせてもらいました。
一瞬動きを止めさせるもの、そして地面に押しつけるもの。
ここぞとばかりに鎖分銅を再び投擲。彼の左足に鎖を巻き付け、強く引く。
押さえつけられた状態で足を払われた彼は後方にバランスを崩し、その純白の翼を地につけた。
惚れ惚れするような技あり。あの誇り高い姿に埃をつけてやりましたよ。ドヤァ!
副会長に対する世間の一般的的なイメージは優雅の一言。
そんな気高さもこんな乾燥無味な転ばされ方をしていては形無しですね。
仰向けのまま未だに動かない副会長。鏡花は距離を詰めて鎌で斬りかかる。
彼が舐めプを貫くつもりならばここで勝負をつける。
「もういいや」
ふと倦怠の色に満ち満ちた呟きが聞こえた気がした。
直後甲高い破裂音。鋭い衝撃が鏡花の鎌を弾き飛ばす。
何が起こったか分からず彼に目をやるが、その手にあるものを理解するや咄嗟に距離をとる。
鈍い光沢を放つ拳銃を片手に彼はユラリと立ち上がる。
何時の間にか翼や他の武装も引っ込めていて随分身軽になった様に見える。
とは言え、これが彼の本気? 正直拍子抜けという感じだ。
銃器を顕現する選手は他にいないわけではないが、弾丸一発一発を顕現する都合上、バテリアにかかる負担も大きく連射性能は高くない。
威力は確かに脅威に感じるが、想像していたほど取り付く島もない訳ではなさそうだ。
自分の瞳や上体前面にトリガーを設置して、彼を迎え撃つべく拳を固め、いつでも発進出来るように2号に意識を集中する。
すると副会長はハンドガンを投げ捨てて、新たな得物を生成し始める。
着実に形作られていくその姿に目を見張る。
そんな、まさか……流石にハッタリでしょう?
その時、特に気にも留めていなかった実況のスピーカーからヒステリックな金切り声が大音量で響く。
「御使さんっ! 何ですかその野蛮な姿は。散々無様を晒しておいて極めつけはこれですか?」
副会長のお母さんだろうか。 価値観の押し付けが著しく鏡花まで気分が悪くなる。
「[守護天使]でないあなたに存在していい理由なんてないんですよ。恥を知りなさい!
報道陣もとっととカメラを止めなさい。天野に逆らう気ですか?」
もうこちらに意識さえ向けていない副会長は、中年女性が鬼の形相で睨んでいる放送席を眺めている。
「うっせぇなぁ!」
突如会場全体に響き渡った怒号が副会長のものだと気づくのに、かなりの時間を要した。
観客は勿論、放送席の彼女も同じらしく、会場をしばし静寂が支配する。
彼はゆっくりその大きな得物を持ち上げると、その引き金を引いた。
静けさを破り騒がしく連続する爆発音、それに被さる様に観客の悲鳴が一斉にあがる。
秘剣の暴発でも傷つかないように設計されている放送席は見るも無残にボロボロになっていた。
自分の目を疑った。あの距離でこの威力、それに秒間何十発も撃つ程の連射が可能なんて。
思わず冷や汗が噴き出す。なぜ忘れてたんだろう。この人は正真正銘の化物だった。
副会長は命からがら放送席から逃げ出す人々を鼻で笑った後、こちらに向き直る。
「身内が騒がしくて申し訳ありませんでした。気を取り直して続きをしないとね」
彼に視線を向けられたと思ったら、突如寒気に襲われ、震えが止まらない。
慌てた思考のまま一体何をされた、なんて考えを巡らせるが何ということはない。
怖いんだ。単純な恐怖に脳が、体が素直に反応してしまっている。
「ところで明寺さん。不公平だと思いませんか?
カッとなってやったとはいえ、私は色んなものを失ってしまったようです。
全部あの人のせいです。そう、いつだって私が苦しいのは彼のせいだ。」
副会長が何を言ってるのかさっぱり分からない。それでもその言葉に耳をすまし、一挙手一投足を見逃さないように気を張って情報を集める。それが今鏡花が出来る唯一の自己防衛なのだから。
「でもそんな彼は今まで散々無視してきた自らの罪を、今頃になって玩具にして遊んでいる。
これは理不尽ですよね? 許せませんし、そもそも許しません」
先ほどからケタケタと笑っている副会長だったがその言葉にはどんどんどす黒い感情が塗り重ねられているように感じる。
「だからせめて私と同じくらいには彼にも傷ついて貰わないと。
そうですね。私が失くした沢山の代わりに――」
こちらに向けられた副会長の表情。それは純粋な悪意によって形作られた悪魔のような笑顔。
「——彼には大事なものを亡くして貰うとしましょうか。」
そう言うと大きな機関銃の銃口をまっすぐ鏡花に向けた。
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