起の二  不器用な笑みを見せられて

「隣いいですか?」


 そう声をかけられて顔を上げると、見知った少女が微笑んでいた。


「ご無沙汰してます。 兄さん」


「偉皆か! 調子はどうだい」


 僕を兄と呼ぶのは鴨原偉皆かもはらいみな 僕の二つ下の従妹だ。


 最後に会ったのは正月だから5カ月ぶりの再会になる。 


「絶好調! 今はランク6位なんですよ」


 そう誇らしげに言うと、自分の隣の席に座った。 栗色の長髪が揺れる。


「みたいだな。 大したものだよ。モデルの仕事の方でもよく見るしな」


「そっちもいい感じですよ。 ありがたいことに事務所は卒業後も使ってくれるそうなんです」


 偉皆は照れくさそう頬を掻く。


 実力、ルックス共に申し分ない選手は自然と人気が高まり、その活躍の場を広げていく。


 ここは武専なんてお堅い名前ではあるが、ある意味芸能学校のようでもあるのだ。


「3年に進学して幾ばくも無いのに早くも就職内定か。おめでとう」


「そういう兄さんは仕事で来てるんだよね? 勧誘ですか?」


「いや、マネージャーとしての初仕事だ。顔合わせ及び打ち合わせってとこかな」


「紅色さん所属のタレント?…… 誰でしょう?」

 案外当事者の学生達の方が、業界人やオタクより学内の事情に疎かったりする。武専あるあるだ。


「明寺鏡花だ。知ってるだろ?」


 その名を聞くと心なしか偉皆の表情が険しくなる。


 明寺はランク3位の副会長を破っている。


 公式戦ではないためランクの変動はないが、偉皆にとっては自分より上位を倒した選手だ。


「目を見張る活躍だからな。警戒するのも分かるよ」


 それ故に僕も荷が重いんだけど……僕が彼女の将来、会社の未来を大きく左右してしまう。


「彼女自身もですけど、彼女に兄さんが付くというのが、ハァ、厄介だなぁと」


「過大評価痛み入るよ」




 そうこうして偉皆と世間話や情報交換をして時間を潰し、待ち合わせの場所 第3小会議室に向かう。


 会議室にはまだ彼女の姿はなく、椅子に腰を落ちつかせる。


 するとシャーっと軽快な車輪の音。


 刹那 ドアが開き、キックボードに乗った明寺が中を覗き込んできた。


 こちらを見ると彼女は小さく声をあげ、直ぐドアを閉める。


 場所を間違えたと思ったのだろうか?


 呼び止めるために立ち上がると、再びドアが開き、短めの黒髪にくせ毛が目立つ小柄な女生徒が入ってきて頭を下げる。


「遅くなってすいません。鏡花まだ学校の施設を把握出来てなくて、だから……その」


 一度閉めた時に呼吸を整えたのだろうか? 


 一息に喋ったかと思うと急にゴニョゴニョと口ごもる。しかし映像で見るのと随分印象が違う。


 どことなくアンニュイなイメージがあったが、今目の前に居るのはどう見ても年相応に落ち着きがない少女だ。


 それでも勿論十分に目を引く可憐さをたたえてはいるのだけど。


 いや、この違和感は二の次だ 今はとりあえず


「まぁ 座って話そうよ」 


 僕は可能な限りの柔和な笑みを彼女に向け、席を勧めた。


 少女はカクカクとぎこちない仕草で椅子へ近づき、恐る恐る座った。


「じゃあ自己紹介させてもらうよ。僕は……」


「っ存じ上げてます! 浅間真翔あさましんと先輩ですよね。

 アサシンの愛称で呼ばれ、他校からは兼定の仕込み刀の通り名で恐れられたあの浅間様ですよね」


 自己紹介が食い気味に乗っ取られ、あっけにとられている中で明寺は目を輝かせてなお続ける。


「その革新的且つ合理的な秘剣さばきは不可視故に不可避!

 しかし戦闘が高度過ぎるために世間には理解出来ず、不人気が理由で試合に出れなかった。

 人呼んでお茶の間に殺された英傑っ」


「ストップストップッ!分かったから」


 僕にそんなに多くの異名があるのは知らなかったが、彼女が僕を知っているのは想定内だった。


 勿論僕が有名だからじゃない。


 知名度が高いと仕込み刀は務まらない。


 彼女が試合の中で僕のオリジナル技を使用していたのが理由だ。


 言うほど立派なものではないけど、偶然に一致するほど単純なものでもない。


「最後に一ついいでしょうか。浅間様」


「様付けを止めてくれたらね」


「では略してあ様」


「うん? 呼び捨てだよね。僕は君の使用人じゃないぞ。いやまぁいいんだけど」


「じゃあアサシンで」


「僕が中二病に思われないかな? それでも別にいいんだけどね」


 明寺はじれったそうに頬を膨らませていたと思うと、


「とにかくっ アサシンさん! ファンですっ!」


 顔を真っ赤にそう伝えてくれる。


 当時の学生以外での僕のファンはこの子で5人目だった。




「明寺ちゃんは相当なddsオタクだよね。

 しかも中二病だ。僕のファンなら間違いない」


「酷いなぁ! それに割りと重い自虐でもありますし」


 和気藹々と軽口を叩きあう。


 こう打ち解けられたのはやはり彼女が僕の技の理解者だからだろう。


 自分の事に関しては謙虚でいたいけど、血道を上げて築いた技術はやはり誇りに思う。


 そこを十分に語れるとなればつい興も乗ってしまうというものだ。


「大分横道に逸れちゃったけど そろそろ打ち合わせを始めよう」


 ようやく本題に切り出すと、明寺の表情がみるみるうちに固くなる。


「方々からイメージキャラクターとして起用したいと依頼が来てるからね。

 厳選した後、仕事してもらうよ。

 それとddsの試合が決まったら、公式じゃなくてもなるべく早く伝えてほしい。

 取材陣やスポンサーを誘致して可能な限り人目に触れるようにする」


「……分かりました」


 気づけば明寺は俯いていた。表情は堅いというより暗い。


「別に不安に思う事ないだろ 君は十分可愛い タレントとしても申し分ないよ」


「! 可愛いなんてそんなっ、いやそうでなくて試合が……」


 真っ赤になった後、また俯いてしまう。


「それこそ心配いらないよ。

 驚異的な秘剣の大火力に、技も洗練されてる。君は本当に強いよ。

 ハッキリ言って世界を狙える」


 彼女が試合をしたのは3度だけだが、それを見るだけでも彼女の秘剣容量=バテリアが優れている事は疑う余地もない。


 バテリアに恵まれず、小手先の技術に頼った戦いしか選べなかった僕としては羨ましい限りだ。


 事実とはいえベタ褒めを受けた明寺は、試合後に見せるような硬い笑顔になる。


 生で見ると分かる。


 恥ずかしさと罪悪感の鬩ぎ合い、これ一番困ってるときのやつだ。


「違うんです! 鏡花は別にバテリアが凄い訳じゃなくて……サクリフィーチョって知ってます?」


 強烈に嫌な予感が思考を過る。


 その疑念を打ち払うために慎重に言葉を紡ぐ。


「秘剣成立当初に考案された、バテリアに関係なく大出力の秘剣を行使するために身体の機能を一部犠牲にする秘剣捻出法だよね。

 使える人も相当稀だったそうだし、ハイリスクローリターンだから廃れたんだけど……君には関係ないよね?」


 明寺は静かに首を振る。あの笑顔で。


「使ってるんです。サクリフィーチョ」


 目の前が真っ白になった。


「じゃあ何だ? 試合で使った大火力の秘剣はサクリフィーチョによるものって事?」


「そうなんですよー。アハハハハ……ハハ」


 乾いた笑いが狭い部屋に空しく響く。ハハハ……駄目だ 全然笑えない。


「さっき歩き方も変だったよね。それにキックボード、もしかして足……」


 明寺は口元に笑みを貼り付けたまま視線を右へ左へ、僕と同じく滝の様に汗をかきながら、


「鋭いですねー。実は前の試合から右足の感覚がないんですよ。えへへー」


 努めて明るく、絶望的な事後報告をしたのだった。

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