二、彼女の秘密

「おはよう」

 朝の通学路。

 上杉愛氣が俺の横に並んで来た。

「おはよう」

「どう? 投げられた所痛む?」

「うん。ちょっとね」

「まったく、おじいちゃんたらあたしがホントにカレシ連れて来たと思って妬いたのね。きっと」

「そうかな」

「そうよ。おじいちゃん、孫コンなのよ」

「マゴコン?」

「そう。孫コンプレックス」

「それって普通じゃね。じいちゃんばあちゃんなら」

「そうだけど。うちはちょっと行き過ぎな所あるのよ。うち、両親いないから特に」

「え?」

「お母さんはあたしが小学校に上がる前に死んじゃったしお父さんも生まれて直ぐに事故でね」

「……」

「あ、ごめん。朝から暗い話しちゃって」

「うちも、父さんいないんだ。美沙ちゃ、いや、母さんと二人」

「ふーんそうなんだ。お互いまだ若いのに大変よね」

「そ、そうだね」

 上杉って不思議なコだな。

 こんなに重いことを出会って間もない俺なんかにサラッと言えちゃうんだから。

「あ、あいつら……」

「え?」

 上杉の表情が急に曇った。

 見ると、少し先に亮、ハジメ、マサルの三人がこっちを向いて立っていた。

 俺は瞬間的に身体からだこわばるのを感じた。

 無意識に身体が震える。

「長尾くん?」

「だ、大丈夫だから。行こう」

 俺は、何とか男としてのプライドを保とうと努力した。

「あいつら、まだりてないのかな」

 上杉は歩きながら、前をしっかりと見据えていた。

 その横顔が女の子ながら凛々りりしい。

「大丈夫よ。あたしが守ってあげるから」

 その言葉は素直に嬉しかったけど、同時に少し自分が情けなくもあった。

 徐々に亮達に近づいて行く。

「よう。今日は同伴かよ」

「それとも、チビ女がボディガードってか」

「ったく恥ずかしくねえの? 女になんか助けてもらってよ」

 亮に続いてハジメとマサルも、ネチネチと挑発してきた。

「うっさいわよ。アンタ達こそつるまないと何も出来ないなんて情けなくないの?」

「んだと!」

「何よ。亮、やるの? みんなが見てる前でのされたいのかしら?」

 他の生徒達が、立ち止まっている俺達を横目で見ながら通りすぎて行く。

「ちぇっ。いつまでも調子に乗ってると後悔するぜ」

「アンタ達もこれ以上いじめなんてダサい事してると後悔どころじゃ済まないわよ」

「ああ?」

「長尾くん、今うちの道場に通ってるんだから」

「こいつが合氣道を?」

「そうよ。途中でくじけた誰かさんと違って見込みあるんだから」

「オイ、亮、このまま言わせといていいのかよ」

「そうだよ。この前のはまぐれだって。不意をつかれなきゃこんな女――」

「行くぞ」

 亮がマサルの言葉を遮った。

「亮……」

「俺達から逃げられると思うなよ」

 亮達は早足で先に行ってしまった。


「亮は元々うちの道場に通ってたのよ」

 昼休みの屋上で上杉は金網越しに外を見ている。

 俺は床に体育座りをして風になびく上杉のショートのグラボブの髪を見つめていた。

 時おり風が強くなり上杉の制服のスカートをヒラヒラとさせる。

 見えそう……。

「まったく何考えてんのよ!」

「え!? あ、ごめん」

「え? なんで長尾くんが謝るの?」

「え? だって……」

「亮よ。昔はあんなんじゃなかったのに。正義感強くて。稽古だって熱心だったし」

「そうなんだ。全然想像出来ないけど」

 あのいじめのリーダーが正義感が強かったなんて。

「突然来なくなっちゃったのよね。道場に」

 上杉は振り返って金網に持たれ掛かった。

「人がせっかく心配してあげてたのにあいつったら……」

 もしかして上杉はあいつの事が……。

「フー、ハァ、ハァ、ハァ……」

 ん? どうしたんだ?

 上杉の呼吸がなんだか変だぞ。

「ゴホッ、ゴホッ……」

 苦しそうな呼吸の後、上杉が突然咳き込み始めた。

「上杉!?」

「だ、大丈夫。少したてば、ゴホッ、ゴホッ」

「オイ、ちょっとやばいよ。早く保健室に行かないと」

「ホントに大丈夫……だから……」

「でも……」

 俺はどうしていいか分からなかったけど、少しでも上杉を楽にしようと上杉の背中をさすった。

 咳をしながら上杉は制服のポケットから小さな容器を取り出すと、口の中に向かってスプレーした。

「ゴホッ……ゴホッ……」

「上杉……」

 俺は上杉の背中をずっとさすり続けた……。

 上杉の咳が少しづつ治まって行く。

「ごめん、びっくりさせちゃったね」

「いや、その……」

「喘息なのよ。薬で抑えてるけど、気分が悪くなるとたまに発作ほっさが出ちゃうのよね」

 あんなに凄く強い女の子だと思っていたのに、そんな持病を持っていたなんて。

「みんなには言わないでね。キャラじゃないからさ」

「でもさ上杉――」

「さすってくれてありがとね」

「上杉……」

「それからあたしの事は愛氣でいいから。あたしも長尾くんじゃなくて直人って呼ぶね」

「え?」

「うちの道場では少年部は下の名前で呼ぶの。それにあたしは直人の一応姉弟子だしね」

《キーンコーンカーンコーン……》

 昼休みがあと五分で終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

「さ、もう行かないと」

 愛氣はさっきまでの発作がうそみたいに、颯爽と屋上の出入口に向かって歩き始めた。

「直人、早く行かないと授業遅れるよ」

「あ、うん」

 俺は愛氣の後から屋上の扉をくぐった。

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