三、入門

「ほれ! どうしたい? もっとマジで掛かって来んかいっ!」

 日も暮れてきた道場の中。

 真ん中に、黒帯を締め白い道衣に白袴しろばかまを着けた虎蔵じいさん。

 呼吸ひとつ乱さずに立っている。

《ゼェ、ゼェ、ゼェ……》

 反対に息を切らしながらその周りを囲んでいる道衣に黒袴くろばかまの男達。

「ウォリャー!」

 男達が、次々に虎蔵じいさんに向かって飛び掛かる。

 が、そのたびに四方八方に次々と投げられて行く男達。

「ほれっ! 休むな!」

 みんないい大人だぜ。

 それが、どれも小さいじいさん相手にまったく歯が立っていない。

「ホイッ、ホイッ、あっ、それ!」

 宙を舞う男達。

 畳に叩きつけられてはまたそのじいさんに飛び掛かって行く……。

 そして、ついにはみんな畳の上にへたりこんでしまった。

「せ、先生。参りました」

 一八〇センチくらいの一番背の高い男が畳にひれ伏した。

「なんじゃ、もう終わりかい。ウォーミングアップにもなりゃせんわ」

 な、なんじゃこりゃ。

 あのじいさんやっぱり超能力者?

 それとも……。

「おい。愛氣のカレシやい」

「ちょっと、おじいちゃん! 長尾くんはそういうんじゃないって言ってるでしょっ!」

「ボ、ボクですか?」

「長尾くんも、そこフツーに認めないっ!」

「ホッホッ。そうボクじゃ。ちょっとやってみんかい?」

 え? ちょっとって言われても……。

「さあ。ほれ、遠慮はいらんから」

 ニコやかに虎蔵じいさんは俺を手招きしてきた。

 正直言って俺には、弟子の人達がインチキをしているようにしか見えなかった。

 だってそうだろ。大の大人が白髪しらがの小さなじいさんにいいようにされるなんて。

 でも、昼間学校で上杉が不思議な技で俺を助けてくれたのは事実だし……。

「どうした。ビビっとるのか?」

 いつまでも、立ち上がらない俺に虎蔵じいさんは再度手招きした。

 よし、やってやる。

 この身で確かめてやる。

 そう決心すると俺は虎蔵じいさんの前に立った。

「――!?」

 なんだ、この威圧感は!

 確かに虎蔵じいさんはどう見ても一五〇センチあるかないかなのに……。

 空気と言うか雰囲気と言うか、何か得体の知れない力で押されているような感じがした。

「じじいが怖いか?」

 虎蔵じいさんは俺の心を見透かしたかのように言った。

 ニコニコしているが目だけは笑っていない。

「来ないならワシからいくぞい」

 虎蔵じいさんはじりじりと間合いを詰めてきた。

 くそっ、馬鹿にしやがって!

 俺はタックルで倒してやろうと身構えると突進して行った。

「――!?」

 一瞬、天地が逆さになった。

 時間がゆっくりと映画のスロー再生の様に感じられた。

《ドスン!》

「ゲホッ!」

 気がついたら背中から畳に叩きつけられて、俺は天井を見つめていた……。

「大丈夫? 長尾くん」

「上杉……」

 上杉愛氣が、大きな瞳で俺の顔を覗き込んだ。

「オ、オレ……」

「覚えてないの? おじいちゃんに呼吸投げされたのよ」

「呼吸……投げ……」

「おじいちゃんもダメじゃない! 初めての人を本氣で投げるなんて」

「わしゃあ、ちゃんと手加減したぞい」

 俺は、まだ意識が朦朧もうろうとしながらも起き上がった。

「すげぇ……」

 俺は思わず呟いた。

「え?」

 上杉が立ち上がった俺を見て少し驚いているみたいだ。

「俺、結構マジで掛かって行ったのに……」

「ホッホッホッ。ワシの投げを初めてくらってすぐに起きあがってくるとはのぅ。なかなかいい足腰をしとるわい」

 俺は思った。

 これなら、俺は強くなれるかも知れない。

 いじめに負けない強さを手に入れられるかも知れない。

「じいさん。いや先生、僕を入門させてもらえませんか!」

 俺は、自分の口が勝手に話すのを聞くように感じていた。

「稽古は厳しいぞ」

「はい」

「続けられるかな?」

「やります! 強くなりたいんです!」

 射抜きそうな眼光で俺を見てくる虎蔵じいさん。

 俺は心の中ではビクビクしながらも、その眼をしっかりと見返した。

「うむ。ならば次の稽古から来なさい」

「はい! ありがとうございます!」

 こうして俺は、合氣道『妙心館』に入門することになった。

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