第216話 復讐者vs殺人鬼

—1―


9月4日(火)午後5時41分


 集会場で克也と小町、奈美恵と由貴のペアと別れた私と奈緒は、宝箱を探しながら村の中を歩いた後、池に来ていた。

 奈緒は、池の周りや木の陰を見てみたり、ぴょんぴょん跳ねるカエルから逃げたりと忙しくしている。


 その度に、奈緒と手錠で繋がれている私の腕がぶんぶんと引っ張られるのはもう言うまでもない。


 池を見ると、水面が僅かに揺れていた。緑に濁っている池は、とても魚なんていそうにない。

 となると風が水面を揺らしているみたいだ。


 奈美恵と由貴は、宝箱を池で見つけたと言っていた。2人とも全身濡れていたので、池の中にあったと考えられる。


 同じ場所に宝箱が2つ隠されている可能性はゼロに近いだろう。なので、私は見つかったらラッキーぐらいの気持ちでいた。最悪見つからなくても仕方がない。

 だって、私がここに来たのには別の理由があるのだから。


 集会場でみんなと別れた時。由貴が纏っている雰囲気が明らかにおかしかった。

 私しか知らない由貴のもう1つの顔。

 選別ゲームという生と死が曖昧になるこの非日常の出来事が、闇に包まれていた由貴を解放させたのかもしれない。


 掲示板に貼られていた『ゲーム実行不可能』という文章。佐藤平治とタエの死。

 死んだらゲームを続けることができない。ならば誰が村のみんなを殺しているのか。

 それは、十中八九奈美恵と由貴で間違いないだろう。


 しかし、それが分かっていても証拠がない。

 私は、その手掛かりを探すためにここに来たのだ。これ以上の犠牲者を出さないためにも。


「凛花、宝箱無いねー。もう暗くなってきたよ」


「うん。早く見つけないと」


 私と奈緒は池の周りを歩いていた。

 池は木に囲まれていて日陰になっている。そのため、数日前に降った雨のせいで少し地面がぬかるんでいた。靴に泥がついて足が重い。


「血?」


「血だね」


 奈緒が葉っぱについている血を見つけた。地面にも血のようなものが確認できたが、靴でぐちゃぐちゃに削られていて泥と混ざっていた。

 地面に触れてみると、赤い血と茶色い泥が混ざったものが手に付いた。


「地面のも血で間違いなさそう」


「誰のかな?」


 奈緒がそう言いながら、池の方に伸びているぐちゃぐちゃの地面を辿る。

 足跡を残さない為にそうしているのか、血を隠す為にそうしているのかは分からない。だが、何かを隠そうとしているのは明白だ。


 奈緒と2人で池の手前まで来ると、水面のすぐそばに足跡があった。

 小さい足跡とそれより少し大きな足跡。

 動かぬ証拠がここにはあった。


 葉っぱに血が付着していたということは、雨が降った日よりも後についたということ。

 そして、2人分の足跡がかなり近い距離にあることから、この足跡は選別ゲーム中にできたもので、現在ペアを組んでいる者ということになる。

 足跡の大きさから女性と推測することができる。現在生存している女性のペアは、私と奈緒を除くと奈美恵と由貴だけだ。


 つまり、奈美恵と由貴が殺人鬼だということが証明された。


「やっぱり」


「やっぱり?」


 奈緒が首を傾げた。目をぱちくりさせながら首を傾げる奈緒が、小動物みたいで可愛いと思ってしまった。

 いけない。そんな呑気に和んでいる暇はない。


「茂夫さんが危ない!」


「なんで? どうしたの凛花?」


「茂夫さんが危ないんだよ。早く茂夫さんの所に行かなきゃ」


 茂夫とペアを組んでいる妻のフミエは脱落している。恐らく奈美恵と由貴に殺されたのだろう。

 どうやって茂夫だけが生き延びたのかは分からないけれど、由貴が茂夫を見過ごすはずがない。


 早く行かないと手遅れになってしまう。

 殺人鬼が奈美恵と由貴のペアだと知っているのは私だけだ。私にしか茂夫を救うことが出来ない。


 奈緒のことを引っ張りながら夢中で走った。お願い、間に合って。


—2—


9月4日(火)午後5時25分


 月柳村村長の工藤茂夫は、奈美恵と由貴を探していた。

 宝箱なんて最早どうでもいい。茂夫の頭の中には、復讐という2文字しかなかった。


 手には鎌を持ち、血走った目で2体の獲物を探す。

 年のせいで機敏な動きは出来ないが、手錠で繋がれていないため、ある程度の自由は利く。


 しかし、恐ろしいのは奈美恵と由貴の準備の良さだ。

 園芸支柱の先端を加工して尖らせ、槍のように扱っていた。あれに刺さったら一溜まりもない。


「なぜじゃ」


 茂夫が疑問の言葉を口に出す。

 茂夫は、由貴が宝箱を持っていたことを確認している。つまり奈美恵と由貴はゲームをクリアしたのだ。

 なのになぜ2人は人を殺すのか。それが茂夫には分からなかった。


 1時間近く歩き回っても奈美恵と由貴の姿を見つけることが出来なかった。

 茂夫は、自分の家がある方へ向かっていた。


「やっと見つけましたよ茂夫さん」


「奈美恵、由貴」


 茂夫が振り返ると、奈美恵と由貴が立っていた。手には何も持っていない。由貴が人を馬鹿にするような笑顔を茂夫に向けている。


「許さん、お前ら2人とも許さんぞ!」


 茂夫が怒りの声を上げ、走り出した。

 走り出したと言っても老人のスピード。女性とはいえ若い2人に追いつくはずもない。

 しかし、奈美恵と由貴はわざと遅く走り、茂夫に挑発を掛ける。


「あれー茂夫さん、許さないんじゃなかったんですか?」


「うぐっ、はぁ、はぁ」


 首だけ振り返った奈美恵をキッと睨むが、体力の限界が近い。完全に息が上がっている。

 それでも足を止めないのは、妻を殺された恨みが勝っていたからだろう。


 奈美恵と由貴を追いかけているうちにいつの間にか森の中に入っていた。

 木々が生い茂り、地面には根が剥き出しになっていて足場が悪い。


 茂夫から逃げている奈美恵と由貴も転ばないように気を付けながら走っているので、速度が落ちた。

 片方が転んだらもう片方も転んでしまうので慎重になるのは当然のことだ。


 茂夫も鉛のように重くなった足に鞭を打ち2人を追う。


「なぜじゃ、なんでお前たちはフミエを殺した!」


 口の中に溜まった唾液を飛び散らせながら茂夫が叫ぶ。

 すると、奈美恵と由貴の足が止まった。


「なんで、か。練習。練習かな」


 由貴が適切な言葉を探しながら呟いた。


「練習じゃと、なんの練習じゃと言うんだ」


 茂夫が1歩1歩、確実に2人の元に近づく。

 しかし、奈美恵も由貴もそれを気にする様子はない。


「人殺しの練習よ。現実では人殺しなんてなかなかできないでしょ。捕まっちゃうもの」


「ふざけおって、やはり普通でないわい。悪魔じゃ。お前みたいなのと同じ村で同じ空気を吸っておったとわな」


 茂夫が鎌を振り上げ、最後の力を振り絞って走り出す。

 まだ距離は少しあるが、2人は逃げる素振りすら見せないので確実にやれる。


「人殺しの練習には動きの鈍い老人が最適だった。そして茂夫さん、あなたでこの村の老人は最後よ」


 由貴が木の陰に隠れていたハサミを拾い、そのすぐ上に手を伸ばす。そこには、ピンと張っているロープがあった。由貴は迷うことなくロープを切った。

 ロープは勢いよく宙に飛んでいき、枝の間をするするとすり抜けていく。

 それと同時に宙から斧が出現し、弧を描く様に茂夫目掛けて飛んでいった。


 茂夫は、体力を使い切ってしまったので、今さら横に逃げる余裕もない。

 茂夫は自分の死を確信した。


 死の間際、周りの風景がスローモーションのようになると言われているが、茂夫はまさに今、それを体験していた。


 目の前に迫る斧。避けることは出来ない。

 なぜか、この瞬間になって頭の中に普段見慣れた朝ご飯の風景が浮かんできた。

 ご飯に味噌汁に焼き魚と漬物。ちゃぶ台の上にそれらが並べられている。


 口うるさいフミエだったが、食事中だけは静かだった。

 白米を口に運び「美味しい」と、微笑む。


「フミエ……」


 次の瞬間、茂夫は後方に吹き飛んでいた。

 左半身に斧が直撃し、辺りに血飛沫を撒き散らす。


 奈美恵と由貴は、振り子のように揺れている斧をかわし、茂夫の元に歩み寄った。


「矢吹さん、動きませんね」


「ショックで気を失ったようね」


 斧の威力は凄まじかったようで、茂夫のあばら骨を砕いていた。

 心臓にまで達しなかったが、出血量から恐らく長くは持たない。


「今日はこんなところかしら」


「終わりですか?」


「ええ、もう暗いし、帰りましょう。これは執筆が捗りそうだわ」


「それはよかったですね」


 奈美恵と由貴は軽やかな足取りでこの場を後にした。

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