第217話 ひらめき

—1―


9月4日(火)午後6時10分


 私と奈緒は、茂夫の家に向かっていた。

 私たちがいた池から茂夫の家に向かうには山を突っ切った方が早い。日も落ちてすっかり暗くなった山の中を行くのは心配だったけれど、これが最短のルートなので迷っている場合ではなかった。


 山の中には、私たちを照らしてくれるものも、地面を照らしてくれるものも何もない。明かりが無いと人はこんなに不安な気持ちになるのか。

 いつもならこれっぽっちも気にならないカラスの鳴き声にさえ反応してしまう。


「懐中電灯でも持ってくればよかった」


「そこまで考える余裕無かったよね。安心して凛花、暗くなっても私はここにいるから」


 隣を走っている奈緒がニッと笑ってウインクをしてきた。奈緒の笑顔にはいつも救われる。

 もう少し時間が経てばその奈緒の顔も暗闇で見えなくなるだろう。山の中には街灯が無いので、あまり長居は出来ない。

 夜行性の動物も動き出すだろうし、遭遇したら危険だ。


「茂夫さん!」


 山の中を走ること数分。

 途中で運よく、いや運悪く茂夫の姿を見つけた。仰向けに倒れていて、奈緒の声掛けにも反応が無い。


「間に合わなかった」


 茂夫の左半身には縦に大きな傷があった。見るからにかなり深い。

 辺りを見ると、木の枝からロープが垂れ下がっていた。ロープの先端には斧がくっついている。恐らくこの傷はあの斧によるものだろう。


「よくもこんな酷いことを。んっ? 何か書いてある?」


 茂夫の右手の傍に何か文字が書かれていた。茂夫の右手の人差し指を確認すると、固まった土が付着していた。茂夫が書いたもので間違いなさそうだ。


「凛花、数字の4と8が書いてあるよ」


「多分、茂夫さんが残したダイイングメッセージだね。4と8か……」


 読書が趣味な私はミステリー小説などもよく読む。

 ダイイングメッセージとは、被害者が死ぬ直前に書き残したメッセージのことだ。そのメッセージが犯人を知る手掛かりになることが多い。


 茂夫は、村の人を殺人鬼から守るためにこのメッセージを残したのだろう。よく見ると、4と8の間に点が入っている。


「48じゃなくて4・8か。4と8は分けて考えろってことかな?」


 奈緒がうーんと唸りながら推理を始めた。

 奈緒の推理は当たっている。


 犯人に気付かれないように茂夫が残したメッセージ。

 私はその犯人が誰なのか知っている。志賀奈美恵と矢吹由貴。犯人を知っているからこそ、自然と茂夫が残した数字が何を表しているのか分かった。


 私は、悩んでいる奈緒に答えを教えてあげることにした。


「4は志賀奈美恵の頭文字のしを8は矢吹由貴の頭文字のやを表してる。やっぱり犯人は奈美恵先生と由貴さんで間違いない」


 4と8を漢字に直すと四と八になる。そうすると、それぞれしとやと読むことが出来る。まあ、直さなくても読めるんだけど。


「奈美恵先生と由貴さんが?」


「うん。それと茂夫さんだけじゃなくて、掲示板に貼ってあったゲーム続行不可能の為に脱落したって人は全部2人の仕業だと思う」


「そんな、奈美恵先生も由貴さんもそんなことする人じゃないよ」


 奈緒は信じられないといった様子だ。

 でも、2人がやったという証拠は確かにあった。今度は私の推理を奈緒に披露する番だ。


「平治さんとタエさんを鋭利な刃物で殺害した2人は、体に返り血を大量に浴びたはず。その姿で村の中を歩くことは出来ない。だから血を落とすために池に向かったんじゃないかな」


「池の近くにあった血は、平治さんとタエさんの血ってこと?」


「うん」


 池の水は、緑に濁っていたから池の中で血を落としても誰も血が混ざっていると判別できないだろう。よく考えられている。


 しかし、奈美恵も由貴も池の手前についた足跡と葉っぱに付着した血までは気付かなかった。

 まさかそれを私と奈緒に見つかるとは思ってもいないだろう。


 そして、由貴が持っていた金色の宝箱。奈美恵の話によると池の上で見つけたらしいが、それが本当かどうかは分からない。

 私は、殺したうちの誰かから奪ったものなんじゃないかと考えている。


 ただ、これは奈緒には伏せておくことにした。一気に全部話しても奈緒が混乱するだけだろうし。


「このことはくれぐれも誰にも言わないでね。奈美恵先生と由貴さんに気付かれたら次は私たちが狙われると思うから」


「う、うん。分かった」


 奈緒は、こう見えても口は堅い方だから大丈夫だろう。わざわざ自分の命が危なくなるような真似はしないはずだ。


「完全に暗くなる前に村に戻ろっか」


「そうだね。残り時間も少ないし、最後の力を振り絞って急いで探さないと」


 私と奈緒は、平治とタエの時と同じように近くに生えていた花を供えてから村に戻った。


—2—


9月4日(火)午後6時52分


 村に戻ってきた私と奈緒は、集会場の前に設置されているベンチに腰を掛けていた。

 村でも数少ない街灯の1つが集会場の前を照らしている。古いタイプのものなのでとても明るいとは言えないが、今の私たちにはありがたかった。


「ゲーム終了まで残り5時間か」


 集会場の時計を見て奈緒が呟く。

 思えば昨日も今日も集会場にいることが多い。村の中心で行きやすいということもあるし、ベンチで休憩することが出来る。さらに時計もあるので時間を確認できる。そして、夜は街灯があるから多少明るい。選別ゲーム中は、掲示板で情報の収集も出来る。


 この村に集会場ほど整っている環境はないだろう。

 1日走ったり歩いたりとほぼ動いていたので足に疲労が蓄積していた。


「宝箱、ホントにあるのかな?」


 実際この目で銀色と金色の宝箱を見ているからあることは知っている。

 日も落ちて視界も悪くなった村の中から果たして宝箱を見つけ出せるだろうか。

 そんな不安が頭の中をぐるぐると回り、思わず弱音が出てしまった。


「大丈夫、きっと私たちなら見つけられるよ。ほら! 星も綺麗だし」


「星は関係ないと思うけど。あっ、でも綺麗」


 昨日もこんな風に空を見上げた。きらきらと輝く無数の星がどこまでも広がっている。本当に綺麗だ。


「あれっ? 昨日もこんなにはっきり星見えてたっけ?」


「どうだろう。昨日も綺麗だったと思うけど」


 昨日よりも星がよく見えると思ったが、どうやら私の気のせいだったみたいだ。

 いや、気のせいじゃない。


 私の記憶違いだったかと辺りを見渡すと、街灯に目が留まった。街灯の円筒の中に四角い箱のシルエットが浮かんでいる。

 それが明かりを遮っていたのだ。いつもよりこの辺りが暗いから星が良く見えていたようだ。


「奈緒! 街灯の中見て!」


 私が指を差した先を奈緒が見る。そして、それが何か分かると顔をパッと明るくさせた。


「どうする?」


「集会場の倉庫に大きな脚立があったはず。それを使えば届くと思う」


 木の枝を切ったりするときに村長の茂夫が使っていたことを思い出した。

 私と奈緒とで脚立を抱え、街灯の下まで運ぶ。


「揺れるから気を付けてね」


「うん、分かってるって」


 2人で同じ方から登り、とうとう円筒の前まできた。

 このシルエット、大きさ。探し続けた宝箱で間違いない。


「どうやって取るの?」


「うーん、ペンチか何かでボルトを取らなきゃ無理そう。でも錆びてるなー」


 このままでは、宝箱が取り出せないと分かったので再び倉庫へ。

 暗闇の中、何か良さそうなものを探す私と奈緒。


「凛花、これなんかどう?」


 奈緒が手渡してきたものは、ハンマーだった。これで円筒をぶっ壊せってことかな。奈緒らしい破天荒な考えだ。

 だが、悪くない。


「よしっ、今度こそこれで宝箱ゲットだ」


「へへへっ、いいねー凛花、やる気だねー♪」


 ハンマーを持って、脚立を上る。そして、また円筒の前へ。


「行くよ!」


「いいよ!」


『「せーの!!」』


 奈緒と声を揃えて思いっ切り、大胆かつ豪快にハンマーで円筒を叩き割った。

 一瞬、街灯が点滅して元に戻る。円筒の破片が流れ星のように空へと舞った。あまりに綺麗だったので思わず見入ってしまった。


 肝心の宝箱はというと、ガサッと音を立てて円筒の破片と一緒に地面に落ちた。

 それを見て、私と奈緒が声を出して笑い合った。


「金だ! 金色だよ!」


 先に脚立から下りた奈緒がそう叫んではしゃいでいた。銀色より金色の方が嬉しいのは分かる。

 私ももちろん嬉しかった。


 ただ、それよりも宝箱をようやく手に入れることが出来たという安心感が大きかった。

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