第215話 最高の夫婦

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9月4日(火)午後3時40分


 なぜ、村長の工藤茂夫だけ生き延びることが出来たのか。

 それは、偶然が重なり奇跡と呼べるものが起きたからだ。

 しかし、それを別な面から見れば、志賀奈美恵と矢吹由貴のミスとも言える。


 茂夫の妻、フミエが殺される前。

 茂夫とフミエは、宝箱を探すべく、畑や田んぼの手入れの際に使用する機械や工具が格納されている倉庫の中にいた。


 自分の家の倉庫なんかに宝箱が隠されている訳が無い。

 茂夫はそう思っていたが、妻のフミエが倉庫を探すと言い出したので、それに従うしかなかった。


 フミエは、茂夫以上に気が強いので、逆らうだけ無駄なのだ。避けられる争いはできるだけ避けて通る。喧嘩をしたところで宝箱は見つからない。


 茂夫とフミエは結婚をしてちょうど60年になる。楽しい時は共に笑い、辛い時は文句を言い合い、なんだかんだあったが今まで支え合ってきた。

 よく分からない選別ゲームなどという狂気じみた、いかれたゲームに巻き込まれてもやることは変わらない。今まで通り支え合っていくだけだ。


 そんな茂夫とフミエの元に2つの影が迫っていた。


「あら、奈美恵ちゃんに由貴ちゃん、どうしたの?」


 開放されているシャッターの下に立つ奈美恵と由貴の存在にフミエが気付いた。

 2人とも水に濡れていて体がびしょびしょだ。手には園芸支柱を持ち、由貴はそれに加えて金色の宝箱を持っている。


 フミエの声を聞き、身を屈めて下の方を探していた茂夫が立ち上がろうとしたその刹那。

 奈美恵が腕を後ろに引き、園芸支柱をフミエ目掛けて投げ放った。


 奈美恵が投げた園芸支柱は、先端が加工されていて鋭く尖っている。人を殺す為に特化した武器だ。

 高速で迫るそれをフミエが手を前に出して防ごうとするが、僅かに反応が遅かった。フミエの手に触れることなく、一直線に心臓付近に突き刺さった。


 由貴が奈美恵に支柱をもう1つ渡すと、おまけと言わんばかりに間髪入れずに投げ込んだ。

 今度は、倒れかけたフミエの肩に当たり、後方に飛んで行った。フミエの肩から血が流れ、服を赤く染める。


 うつ伏せに倒れたフミエは、倒れる瞬間、胸に刺さっていた支柱がさらに体に深く刺さり、横になった。


「おい!!」


 立ち上がった茂夫は、その光景を見て声を出さずにはいられなかった。

 さっきまで文句を言いながらも宝箱を探していた愛する妻が血を吐き倒れている。

 目の前に立つ2人の女の手によって。

 過去にこれだけ怒りが込み上げてきたことがあるだろうか。


 奈美恵と由貴は、次のターゲットを茂夫に定め、園芸支柱を投げようとしていた。

 茂夫との距離は、4メートルと少し。投げてくると分かっていれば避けられないことも無いが、今年84歳になった茂夫ではやや難しい。


 茂夫が不利だ。

 それもそのはず、一方は人を殺す為に準備をしてきた者たち。もう一方は、そんなことを1ミリも想定していなかった者だ。


 茂夫は、数秒の間に頭をフル回転させる。

 そして、手錠が繋がれていない方の手を伸ばした。掴んだのは、壁に立て掛けられていた草刈り機。迷わずにスイッチを入れる。


 これには、奈美恵と由貴も予想外だったのか顔を見合わせてから後退りをした。

 奈美恵と由貴にしてみれば、ここで茂夫を殺しておきたいところだろう。このまま茂夫を生かしてしまっては、後々面倒くさいことになる。


 しかし、園芸支柱では草刈り機に勝てない。

 試しに奈美恵が離れた距離から園芸支柱を投げるが、茂夫に当たることはなかった。由貴が持つ支柱は、ラスト1本。


 茂夫は自身の体を守るように草刈り機を奈美恵と由貴に向けている。


「これでは無理ね。ここはいったん引いて、茂夫さんは後でやるしかないわ」


「そうですね。2人で行ったとしても私か矢吹さんのどちらかが倒されたら意味ないですもんね」


 由貴と奈美恵は、茂夫に聞こえないように話し合うと、茂夫の前から去って行った。

 茂夫は、2人が完全にいなくなったことを確認すると、草刈り機のスイッチを切った。


 こうして茂夫だけ生き残ることが出来たのだ。

 手の届く範囲に草刈り機が置かれていなかったら為す術なく殺されていただろう。


 茂夫の命を救った草刈り機は、前日に妻のフミエが片付けたものだった。

 茂夫は、最後の瞬間までフミエに救われたのだ。

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