第103話 経験値の差

◆  ◆  ◆


「この声は?」


 不破が声の聞こえてきた金城を見る。


「多分里菜だ。俺の独立軍の……えっと今は色々あって違うんだけど。とにかく中でなにかあったみたいだ」


 里菜と剛とミナトが独立軍から抜けたなんていちいち説明している場合ではない。

 一刻を争う緊急事態だ。スパイが城の中に侵入したのだろう。


「さっきも言ったが、ここは鐘子かねことありすに任せて大丈夫だろう。俺たちは城の中の状況確認だ」


 英司が金城に向かい俺たちも後に続く。



 城の中に入ってすぐのところに人が2人倒れていた。金色のビブスの下に銀色のビブスが出ている。

 やはりスパイが潜り込んでいたようだ。

 慎重に行動しなくてはいつ襲われてもおかしくはない。


「英司、里菜は治療室にいるはずだ」


「分かった」


 目的地を治療室に確定させ、右に1回、左に1回曲がると長い廊下に出た。

 すると、前方から4人の男がこちらに歩いて来ていた。前に2人、後ろに2人並んでいる。

 一方、こっちは英司と不破が前を、そのすぐ後ろを俺と鮫島さめじまが歩いている。

 悲鳴があったばかりだというのに、向かってくる男たちはどこか落ち着いた様子だ。


「おう、お疲れ! まったく、外でごたごたがあって参っちゃったよ」


 英司が右手を上げ、気さくに男たちに話し掛けた。

 いつもの英司の雰囲気とは少し異なる。


「それはそれは、俺たちも向かおうと思ってはいたんだよ。なあ?」


「あぁ、そうさ。ちょうど話してたところだったんだ。悪いな、出遅れちまったみたいで」


 前の2人がやけに親しげに英司に謝った。それに合わせて後ろの2人も同調して頷く。

 軍の将軍に謝る態度とはとても思えない。それとも英司の知り合いなのか?


「なんだよ2人して背中丸めちゃって。猫背か? シャキッと伸ばした方がカッコいいぞ。ほら!」


 男4人とのすれ違いざまに英司が前2人の背中を力強く叩いた。


「ぐがあああ」


「うごっ、ごいつー」


 背中を叩かれた男2人が突然苦しみながら倒れた。地面に転がり必死にもがいている。


「大丈夫っすか!」


 後ろを歩いていた2人が転がっている2人に駆け寄る。


「何を……」


 鮫島が急な出来事に驚き、口を開いたまま棒立ちしている。


「残り2人もスパイだ。見たことがない」


 英司が俺に耳打ちしてきた。

 さすがは英司の超記憶能力だ。初めからあの4人がスパイだと見抜いていたのか。

 それで、すれ違いざまに背中を叩く動作で金色のビブスを僅かに上にあげ、露わになった銀色のビブスに触れたのだろう。

 これを咄嗟に思い付き実行した英司はさすがとしか言いようがない。

 鮫島は未だになぜ2人が倒れたのか分かっていないのか、倒れて動かなくなった2人を見ていた。


「くっそー!」


 残された2人は一瞬、襲い掛かるそぶりだけ見せると俺たちに背を向け、出口の方に走り出した。

 2対4では勝ち目がないと判断したのだろう。


「待て!」


 ここで逃がしてしまっては後々面倒なことになる。


「おらっ」


 追いつかれると確信したのか、2人は足を止め攻撃を仕掛けてきた。

 だが、攻撃を仕掛けてきたといってもどれもモーションが大きいものばかり。

 小さい子供がスーパーで親にお菓子か何かを買ってもらえなくて、駄々をこねて暴れているようなものだった。

 御影山道場で修行した俺にとってこんな攻撃をかわすのは容易いものだ。


「うりゃあ!」


 攻撃をかわしたついでにがら空きになった男の背中、金色のビブスをつまみ、反対の手をその中に滑り込ませた。

 もう1人の男にも同じことをする。


「先に行ってるぞ」


 それを確認した英司と不破、鮫島が治療室の中に入っていくのが見えた。

 俺もすぐに後を追う。


「里菜! 大丈夫か!」


 治療室の入り口を大きな体のフトシが塞いでいた。

 うつ伏せに倒れたまま動かないフトシを仰向けにさせる。


「フトシ、どうした? 起きろって」


 体を揺さぶっても反応が無い。まさかと思い心臓に手を当てると、嫌な予感は当たった。

 俺はフトシを壁まで移動させると、座らせて手を組ませた。



「なんでそんなことが出来るんだよ」


「生き残るためだ。俺には生きて帰らなきゃならない所がある」


 入り口から最も遠い、部屋の隅に剛の姿があった。両手を広げて向かい合っている男を睨んでいる。

 剛の後ろには里菜とミナトが隠れていた。剛が2人を守ったのだろう。剛の頭からは血が流れていた。


乃愛のあか?」


 剛と向かい合っている男に背を合わせる形で乃愛が立っていた。

 手には竹で作られた槍が握られている。顔の見えない男も槍を持っていた。


 そんな乃愛と対峙していたのが、鮫島と英司、不破の3人。不破は英司を守るように右手を横に伸ばし、構えていた。

 そのやや前に鮫島が立っている。乃愛が手を伸ばしても槍が届かないギリギリの距離だ。

 睨み合いが続く。


「はやと!」


 剛が俺の名前を呼び、ほんの一瞬だけ視線を送ってきた。そしてすぐに向かい合っている男の方を向く。


「はやと? そうかはやとが来たのか」


「洋一……」


 顔の見えなかった男——洋一が振り返り、俺を見てニヤリと笑った。

 と、その隙を逃さず、剛が洋一の足に飛びついた。

 洋一が倒れ込み、必死に剛の腕を振りほどこうとバタバタと暴れ、抵抗する。



 洋一が倒れたことに驚いた乃愛が槍を下ろした。


「おらあああああ!!!」


 そこに鮫島が叫びながら突っ込んだ。凄い気迫だ。

 この瞬間を逃すまいという思いが声のボリュームになって表れている。

 実際にこの機を逃してしまうといつ再びチャンスが訪れるか分からなかった。もしかしたらチャンスなど訪れなかったかもしれない。


「キャッ!」


 乃愛が鮫島の気迫に押され、目を閉じて槍を下から上に突き上げた。

 ただ向かってくる鮫島に向かって真っ直ぐと。

 鮫島は乃愛まで残り数十センチの所でそれ以上近づけなくなった。

 乃愛が槍から手を離すと鮫島がドサッと音を立て床に倒れる。


「嘘だろっ」


 鮫島は口から血を吐き、現実をまだ飲み込めないのか槍が刺さっている腹付近に触れた。物凄い量の血が鮫島の手に付き、床に流れている。

 

「鮫島! 乃愛、お前!」


 武器が無くなった乃愛は普通の女の子だ。戦闘能力は無いに等しい。

 俺は乃愛の身柄を押さえる為に走った。


「これぐらい、選別ゲームを2回も生き残った俺たちにとって、ピンチのうちに入らない」


 洋一が槍をぶんぶんと振り回してそう言った。

 不破も俺と同じく乃愛の元に動き出そうとしていたが、洋一のこの行動を見て足を前に出すのを止めた。


 楠木第二高等学校の時の選別ゲーム、どろけいで初めは理解できない行動を繰り返す洋一だっだが、気が付けばゲーム中盤から頼りがいのある中心人物の1人になっていた。

 俺も洋一には何度も助けれられた。


 新国家に来てからは、前の学校でクラスメイトだったありすさん、祥平と再会し、俺たちには見せたことのない笑顔を見せることもあった。

 洋一にあんな顔もできるのかと初めて知った。


 ギルドでは精力的に活動し、ジルやロッドがいなくなった今では、ありすさんの次ぐらいに慕われているメンバーだろう。

 そんな洋一が、元クラスメイトの最後の1人である乃愛と一緒に敵として俺の前に立ちはだかっている。


 かつて仲間だった相手と戦うことになるとは、どこか複雑なものがあるな。

 それも、命を懸けて戦うことになるなんて。

 はぁ、現実はつくづく残酷だ。

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